めんどくさがりとバイト
暑い中仕事したくなんてない。
でも生きていく(姉から)ためには金が必要なんですよ。
「おいバイト! ここも開けて並べとけ、ディスプレイ通りにやれよ!」
「ウェーイ」
俺の返事が気にくわないのか、舌打ちをして再びタバコを吸うために席を外すバイト指導の店員。
接客と屋外の仕事を外したら、店の開店前の商品補充と清掃の仕事があったのでやることに。ダンボールに詰まった品物を山のようにお店に運び入れ、広い店内をモップ掛け、更に商品を開ける。仕事内容に不満はないけど指導するやつには不満しかねーよ。
お馴染みじゃない少し遠いスーパーでバイト中。
思えば最初にめんどくさかったので、まとめてダンボールを運んでいた辺りから目をつけられている気がする。でもあいつも二個いっぺんに運んでたんだが?
しかしここで反論しても労力を使うのでテキパキとダンボールを開けて商品を並べていく。文句言われたくないのでディスプレイにクリソツにしてやったわ。
「いやー、あんたよく働くわー」
おい、誰だ。そんな不名誉なこと言うのは?
使ったダンボールを畳みながら振り返るとパートだと紹介されたお姉さんがこちらを見ていた。
「あいつ口だけで仕事しないから、言ってること気にしなくていいよ。二週間だっけ?」
多分任期だよな?
「ええ、まあ」
「彼女にプレゼント? いや、夏の費用とか?」
主に姉の費用です。
虚ろな目で「彼女とか幻なんスよ……」とブツブツ呟いたら、誤魔化すように肩をバンバン叩かれて「これからこれから、来年もあるって」と言われた。少なくとも一年は出来ないという解釈でいいんだろうか。
手を休めていた訳ではないが、あの店員が扉を開けたのを期に静かに仕事に戻っていった。俺の指導をするはずの店員は、店内をグルッと回ると再びタバコを吸いに出て行った。
なにしに戻ってきたんだよ。
仕事の終業を知らせるポーンという力が抜けるような音が鳴ったので、タイムカードを通しに休憩室に戻ったら、奴がいた。タバコ吸ってろよ。
「あ、お前まだだわ。この後のレジの奴来てねーから入って」
イライラした調子で言われた。遅れてこなくなる理由もわかるわ。
俺は気づかれないよう溜め息を吐き出しながら、仕事用のエプロンを着ける。
このバイト、ハズレだろ。
バイト帰りだぜ。
河川敷をのんびりと自転車を漕ぎながら帰っている途中だ。辺りに人影はなく民家からも遠い。
じゃあいいね?
俺は笑顔で自転車を道端に止め、川に向かって叫んだ。
「仕事なんて嫌いだあああああ! でも俺はバイトに行く! 生きるためになああああああああああああ!」
圧倒的絶望感、決定的社畜力! それが社会!
「…………なにやってんの、君」
見てわかんねーか? 青春だよ青春。家で溜まるストレス、バイトで溜まるストレス、これがストレス社会か。
振り向いた俺の目に茶髪。
なにやってんのお前? ラジオ体操?
拳を握りしめて川に叫ぶポーズのまま振り向いた俺を、口をポカーンと空けて茶髪が見ていた。どっから湧いたんだよ。虫なの? じゃあ無視で。
自然な仕草で自転車のハンドルに手を置きスタンドを外して帰ろうとする俺のふとももを、茶髪が一蹴。
「帰るなし!」
いやここは帰らせてやれよ。これ以上の辱めとか鬼なの? 女性なの?
茶髪が荷台を両手で引き留めてるのを見て、今日一日はきっと苦いものになると俺は悟った。
茶髪、爆笑。
「あはっはっはっ、……くくっはぁーはっはっはっ! ダメだお腹はぁははは!」
河川敷に降りれるように備え付けられてる石造りの階段に腰を下ろし事情説明。または拷問かな?
殺してくれ。
今の俺なら姉に喧嘩を……いや売れないわ。やっぱ怖いもんは怖いもん。
「ふふふっ、ふーふー」
漸く落ち着いてきたのか息を整えてチラッとこちらを見る茶髪。
「ぶはっ、はぁーはははぁ! いやー、たす、助けてぇふははは! こ、殺されるぅはははひっ!」
どうやら俺の叫びが秘孔を突いてしまったようだ。あれ、雨かな? こんなに快晴なのに。不思議。
ただ笑ってるだけなのに俺の鉄壁を誇る防波堤を砕いた茶髪は恐ろしいと言わざるを得まい。もう近寄らない。視界に入ったら逃げ出すレベル。
「じゃあ、そういう訳だ。達者で暮らせよ」
「あー、待って待って! 怒った? ごめんごめん、……ふふっ」
未だ笑いの余韻が残る茶髪は、それでも謝りながら足を掴んで引っ張ってくる。
「ふふ、そんなにムカつくならさー、辞めたらいいのにー」
出た。気にくわなきゃ出てく系。
いやー、それも一理あるけどね。また仕事探さなきゃいけないのがめんどくさい。応募、面接、電話待ちをまた繰り返すよりかは我慢する方がね。
「そんなにお金ヤバいの?」
ヤバいのは姉だ。弟がそれに続く。
まあお金稼ぐってのは大変だって、楽園の王様も言ってたしな。バイトって社会に出る予行演習らしい。出たくねーな社会。
「別に金が欲しくてやってるわけじゃ……いや、十割以上金のためだな? うん」
「全部お金じゃん」
茶髪が何故か楽しそうに叩いてくる。暴力を楽しむとか……女子らしい。普通。
全部ゲロった俺からはこれ以上何もでてこねぇよ。跳んでみろやぁ、とか言われる前に帰ろう。国家権力の取り調べでもカツ丼的な物が出てくるというのに、茶髪に至っては鞭一色だった。女王様だった。女性が王様なんて当たり前なのにプレイにまで求めるなんて訳わかんない。
そっと自転車に乗った俺。ドスンと背後からの音。
「ごー」
振り返ると満面の笑みで片手を突き出す茶髪が荷台に座っていた。
いや、ごーじゃないよね? そう俺のゴーストが囁いてる。
「俺、これからまだバイトだから」
嘘って便利。
「えー? じゃあ、ついてく。暇だし」
暇つぶし感覚かよ。
「お前ねー、そんなん出来るわけねーだろ。飛び入りでバイトとかステージ感覚か? アイドルか?」
「ちっがーう。バイト先の前まで、ついてくって言ってんの。別に遠くてもいいよ。帰り暇だし、歩くから」
……え、いや、それはマズい。具体的に言うと嘘がマズい。こいつが女子なのもマズければ今の状況もマズい。
「まぁ、もっとも? 君がホントにバイトに行くんなら、だけどねー」
茶髪は笑顔。でも目が漆黒。日本人だな?
気づいてる、気づいてる気がする、気づいてないこともない……いや、気づいてる。
上がり始めた気温に汗が噴き出し始める。フリルを重ねたような黒地のシースルーのミニに、青い半袖の袖の部分がシースルーで合わせたシャツを着ている茶髪は、俺の荷台で女の子座りをしてる。
つまり戦闘態勢だ。
なめんなよ?
「コンビニのラテでいいですか?」
「チョコレートもつけて、君の涼しい部屋で歓待してくれるって? よろしい、許そう」
ふへへっ、バイト代が跳んじゃうぜ。
チョコレートは三百円のちんまいのを買わされた。ほんとだ。女の子ってお金かかるや。偶には漫画知識も真理をついてくる。
アルバイト……二日目ぇ……。
目が死んでる俺に今日からの新入りを紹介された。
「よ、よろしく、や、ヤガミくん!」
「やっほー、よろー」
つり目にロリ子だね?君らってアイドルなの?
「えー、じゃあ、仕事の説明に入らせて貰います」
昨日と同じ指導店員だというのに、昨日と態度が随分ちげぇ。これが女子高生の破壊力か。
髭も剃って仕事もサボらず説明も丁寧だ。殴っていいですか?
若干声が緊張してんのは何故だ? 仕事を回してくる量も少ない。
「八神くーん。これってどこ積み?」
「広告の品だから、前」
「おー、そっか。センキュー」
つり目とこんな会話交わしても、昨日なら間違いなく怒鳴りこんできたのに今日はむしろこっちを避けてる。
あれ、女子高生に格好いいとこ見せたい系じゃなかったのか?
ロリ子が箱三つ程いっぺんに抱えてる時とかチャンスだったろうに……、近くにいなかったから仕方なく俺が上二つ抱えて手伝った。ロリ子は「あ、ありがとっ」と言い、何故かつり目が「……黒い」と呟いていた。なにが?
一日で快適な職場に様変わりしたバイト先。今日も終業。
なんと着替えは全員一緒の部屋なんですよ! エプロン脱ぐだけだからね。うん。
「よし! どこ遊びいく?」
ロッカーにエプロンを入れていたら、つり目がロリ子と遊ぶ算段を話し出した。
「ねー、ヤガミくんも暇なら一緒に遊ばない?」
話の流れなのかなんなのかつり目から遊びのお誘いだ。ロリ子の視線がなんか強くね? うん、分かってる。社交辞令ってやつだね? 邪魔しねぇって。
「わり、俺まだ別のバイトあるんだわ」
嘘って便利。
「あー、そっか。じゃあまた今度ということでー」
任せろ。空気読むことに関して俺の右に出る奴はいねぇ。左がいっぱい。家で読めないと死んじゃうからね。物理的に。
休憩室を出る時に、ロリ子の頭をつり目が撫でていた。おいおい、子供扱いは本人に失礼だよ? 手が置きやすい位置にあるからって全く。
帰り道に河川敷で、遠目に茶髪が歩いてるのが見えたので緊急コース形成した。散歩コースか? 明日からは別の道を探さなくては。
アルバイト、三日目だよ。
バイトの指導店員がクビになったそうだ。
どして?