めんどくさがりの一夜 2
「りんごっ!」
「傲慢」
「らっぱ!」
「パンプキン」
「きつね!」
「ネットサーフィン」
「じゃあねぇ、じゃあねぇ、んー、かけっこ!」
「コーン」
「うふふふ! ぜったい、ぜったい、んがつく! よーかい弱いー」
なんでだろうね? 不思議。
しりとりの必勝法として上げられるのが、同じ一字を毎回相手にプレゼントする方法だ。相手に嫌われること間違いなし。必死か。
しかし俺のこの方法を取ると、あーら不思議。早々にゲームが終わります。相手との関係も終わります。つまんなそうな顔すると倍々で消化されることでしょう。しかしってなんだ。より強力になってるわ。
だが幼女と空気読めない奴には通じない。もうこちとら百回は負けてるのに楽しそうに笑ってやがる。
深夜の夜道を幼女を抱えて歩く。
早々に下山するルートを見つけたけれど、コンビニなんてなかった。コンクリートとかビニールまで取り扱ってる店でいいのに。それコンビニ?
パーキングには歩いて高速を降りる道があった。
なんの疑いも持たずその道を下り、深夜の星明かりを頼りにウロウロ。国家権力の犬の出番があるとしたらいまだろう。道案内プリーズ。
しかし人生、早々都合のいいもんじゃない。姉弟を選べないことから躓いてるってーのに、そんなの分からないわけないじゃないかぁアハハハ! ハハハ……。
もう日付も変わったというのに帰途の手段がない俺と座敷童は、農道のような道をひたすら真っ直ぐ歩いていた。座敷童は鼻歌を歌っている。ひどく楽しそうなのは気のせいだろうか?
眠気覚ましというか、単純に遊びたいからのように見えたが、座敷童がしりとりしようと言い出したので、盗られちゃ適わんとこれを却下。うん。却下した。でも無駄だった。必要にリンゴリンゴと連呼され、押し負ける形でゲームに望んだ。
百連敗をマークしてるというのに座敷童は勝つ度に笑い声を上げて抱きついてくる。
イカレてやがる。
そんな戦慄すら浮かびかねない夜の散歩道で、ようやくというか何というか、線路を発見。流石に電車は通ってない時刻だが、これ歩いていたら駅につくだろ。
ここまで……長かったなぁ。
そもそも姉の戯言につき合ったのが最初の間違いだった。あれ? でも強制連行された気がするね?
「よーかい! よーかい!」
あれ? そもそも俺の意見が介在してたっけな? あれ? と、酷く涙腺がムズムズし出したところで、弾むように歩いていた座敷童が、グイグイとズボンを引っ張ってきた。
「なんぞや?」
「ふふー! よんだだけー!」
子供のこれって何が楽しいんだろうか? 全くわからない。ああ、なんだ。座敷童は女の子じゃないか。なら仕方ないね? だって女の子だもん。涙が出ちゃう。
有言実行を体現するべく俺が眦を光らせているというのに、歩き疲れたのか、座敷童は両手を広げてくる。ハグかな? 日本人にそんな習慣はないので首を振った。
「だっこ!」
無駄な抵抗だった。
将来は恐ろしい存在になるであろう雛型(女児)を抱きかかえる。何が面白いのか俺の頬をつまむのに夢中だ。もう好きにするといいさ。
さて、考える時間はタップリあったが考えたくないので考えなかったが、考えなきゃ安眠が訪れないっぽいので考えることに。
そもそも法治国家を標榜するだけ標榜する日本においては、銃なんて持ち歩いたら即タイーホされるはずなのに、俺の周りでは取り扱っている奴が多い。テンパとか襲撃してきた奴らとか姉とか、ちゃんと捕まえて二度と日の目を見ないようにしてほしい。
座敷童が頬を引っ張っる。
しかし警察が出張ってこないということは、何かしらの圧力が掛かっているとみて、間違いないだろう。
……心あたりがあるんだよなぁ。こんな無茶する、棺桶に片足入れたり出したりする存在に。
座敷童がクネクネと頬をいじる。
大体森の中に放置して森さん付けるとかいう、下手すれば幼少時のトラウマ(因・弟)を刺激して鬱になりそうな事をする人物が、他に思いあたらない。なにより森さんも言ってたしね? ことここに至るまで信じてなかったけど。いや、ほら、ねぇ? 女性だし。
そういえば森さんも襲撃されたんだろうか?
……心配だなぁ。襲撃犯。
なにをとちくるって姉と弟が滞在中の家に押しかけて来たりしたんだろうか? しかも狙ったのは女性ですってよ。いっのちしらずぅー!
彼らの身体の一部でも残っていることを祈ろう。遺族には立派だったと告げよう。なにせ、何回回したら首ってもげるのかな? と言わんばかりに、必要に首への一撃を喰らわしてくる弟や、骨という骨が砕ける音って……とっても耳障り。とか自分が砕いているにも関わらず理不尽な怒りを押し付ける不浄理(姉)に立ち向かったのだから……?! 彼らは英雄や! もう少し丁寧にお引き取り願えばよかった。だってトイレにこもってる時に話しかけられるのってイラっとするじゃん? じゃあ仕方ないね。
座敷童がヨジヨジと俺の体を這い上がり肩に足をかける。
この襲撃はどう考えても失敗する。あの、いつまで生きるつもりだ糞爺! が、この情報をキャッチしていたのは、もう疑う余地もなく間違いないことだ。わざわざ敷地内に俺ごとベッドを運びいれた事といい、姉に弟をつけてあの屋敷に呼んだ事と……過剰戦力すぐるぇ……。もしかして、ドサクサで俺に飛び火したら面白いとか考えたんじゃないの? 俺いらないじゃん? おさげ人質に弟一人ぶちこんでおけば万事オッケーじゃん?
まぁその後、弟に殺されるだろうけどね……。
「ふふふ。落ちなーい! すごーい!」
座敷童が俺の肩に仁王立ち。
落ちないだと? バカいえ。あっちにゃ、不落城すら楽勝する鬼畜どもが居るんだよ? となれば、今頃あちらさんは解決している筈。自信満々で登場したブーちゃんが追ってこないしね。
つまり、爺が遊ぶのに飽きたか、姉と弟が圧倒的火力でヤっちまったかだな。
結論として、俺のやる事は一つだな。
交番に駆け込もう。
あ、あっちの方で! じゅ、銃弾を「ナァイフっ!」とかいって叩き落としている女性がいて! とかいったら病院に連れて行ってくれるかもしれない。それはそれで結果オーライ。清潔なシーツと柔らかい枕が、俺を待ってる。うん。よく考えたら財布持ってなくてね? タクシーとか呼べなかったことに気づいた。
そんな訳で、今やこれは幼女との月夜の散歩でしかないわけですわ。
重心を巧みに動かしながら座敷童が落ちないように歩く。
たまに揺らしてみる。
「きゃー! きゃーきゃーあははははっ!」
痛い。髪を引っこ抜く勢いで引っ張っらないで。将来が心配になるだろ? うちのおとんを見ろ。きっと弟は将来的にああなってくれるべきだ。
「お前、もう降りろ」
「あい〜」
やだ素直。とても姉と一緒の性別に思えない?!
ストンと、そのまま肩車に移行する座敷童。俺の目の前で楽しそうに足が揺れる。髪をグイグイと引っ張っられる。別に、分かってた。
「ねー、どこ、いくのー?」
「あー? どこってお前……」
あれ? どこに向かってるんだっけ?
「この道の先だよ」
出来れば姉のいない世界がいいな。閉じた狭い部屋に布団とテレビがあればいい。冷蔵庫を開く度に食料が補充されると尚、いいね。ネット? 突然「アロー? 面白いこと書き込んでるじゃない弟よ」って書き込みされて、ちょっと横向いたらベッドでノーパソをカタカタやっている姉が手を振ってるのを見てからトラウマです。ちょっとお悩み相談してただけなんスよ? 『姉がイタい(物理)件について』って。その後?
1氏? 1氏ぃぃぃぃぃぃ?!
1死
>>1乙。……遅くなっちまったな……
(゜Д゜)ゝ
こんな感じだった。
「ねー、どこ、いくのー?」
あれ?! 答えたよね?
「あー、帰るんだよ。帰んの。家に」
俺の答えに楽しげにリズムをとっていた座敷童の足が止まる。髪を掴む強さはそのままに、座敷童は抱え込むように俺の頭に抱きつく。
「いっしょー?」
へっ。
「バカ言え。別々に決まってんだろ? お前を家まで届けたら俺も家に帰るわ」
「……そっかー……」
またあの、茫洋とした無機質で無感情な声を座敷童が発声する。
「…………」
「…………」
…………。
幼女が無言の圧力かけてくるー。
静かにしてくれるなら問題ない。ああ問題ない。問題? ないともー!
えいちくしょう。
両手を座敷童の脇にセット。そのまま高い高いの要領で座敷童を地面に降ろしてグリンとこちらを向かせる。座敷童の目線に合わすために、俺も農道のド真ん中にあぐらをかいて座る。スラックスのケツの部分の汚れはきっと激戦の証だね。
「なーんだよ? なんか不満なのかよ?」
座敷童の頬を引っ張りながら聞いてみる。
「……ひっほ、が、ひひはあ……」
「なに言ってんの?」
叩かれました。
少し頬を膨らませた座敷童が俺の片膝に腰掛ける。不機嫌そうにそっぽ向いているが、片手は俺の服をギュッと掴んでいた。
かまってちゃんめ。
「オーケーごめん悪かった。俺が全面的に悪い。な? だから、なんで帰りたくなさそうなのか言っちみな?」
うりうりと座敷童のほっぺをつついたら叩かれました。
しばらく無言を貫いていた座敷童だったが、ゆるゆると話し始めた。
「……あのねー……みんな、あたしのこと、見つけられないのー」
ゆっくりと透き通るような無表情でこちらを見てくる。それが、何かを我慢しているように見えた。
「……あたしが、『見てほしくない』てー……思うとー、見えないのー……でもねー……話してほしくー……でも見えないー……だから、いつも一人……ねーたんは見えるの……でも、ガッコ、あるからー……ねーたんはいなく、なっちゃう、のー……あたしは……また、見えない……」
よく分からん?
「ねー? よーかいと、いっしょが、いいなぁー……だって、よーかいは、見える? ねー?」
うーんと。
「つまり、一人が嫌なのか?」
「うん」
「でも一緒は無理だなー」
「……そっかー……」
座敷童の服を握り締めている手から力が抜けていく。
「だからあれだ。友達作れば?」
力なく俯こうとしていた座敷童が、俺の言葉にキョトンとする。
「とも、だちー?」
「そうそう」
「ともだち……なにー?」
「え、そっから? 友達ってあれだよ。一緒に遊んだりバカやったりケンカしたり、出来れば人間がいいと思うぞ? ボールとかだったら激しい激情を一方的にぶつける関係になるから」
あれはどう考えても友達の扱いじゃない。姉弟の関係だろう。
「ともだちー……どうやって?」
え? どうやってって難しいこと聞くね?
「後ろ暗いところを握って本人的に追い詰められてる時に肩に手を置いてポン。『僕たち、友達じゃないか?』うん。違うね」
「よーかい?」
あれ? 友達ってどうやって作るの?
悩みに悩んだ末に分からなかったけど、俺から言い出したことだしどうするかなぁ、こうしよう。
「とりあえず、俺が友達第一号でいいんじゃね?」
ほら出来た。ね? 簡単。
「よーかい、ともだちー?」
「そう。妖怪が友達」
一度も面突き合わせてないのに友達認定される世の中だよ。エア友作る残念がいるぐらいなんだから妖怪が友達の奴がいてもよかろ。
「よーかい! とも! だちっ!」
友断ち? さっそく絶縁宣言ですか。そうですか。
抱きついてきた座敷童をそのまま抱え上げ再び歩き出す。
「よーかい、ともだちってなにする? しりとり?」
「あー、まぁ遊んだりとかだなぁ。たぶん? あれだ、お前も学校通うようになったらわかる。たぶん?」
「ガッコ、ねーたんと、おんなじー?」
そりゃ高校か?
「いや小学校からだろ」
「しょ、ガッコ?」
「小さいからね」
「よーかい、いっしょ?」
はっはっはっは、面白いこと言うね?
「違う学校だ。違う友達も作れるぞー。たぶん? 友達いっぱいだな。たぶん?」
「ともだち、いっぱい?!」
月明かりの下、線路沿いの農道を歩きながら、座敷童に学校の説明を続けつつ、俺は駅を目指した。