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めんどくさがりの一夜 1



 狭いよ暗いよ静かだよ。なにこれ落ち着く。


 こんなところにあったんだねアガルタ。いつかは目指したシャングリラ。行く気なかったけど。


 この狭い世界に姉はなく。朝、部屋に侵入しては僕の大事な物を奪ってく弟もなく。つまり世界に俺だけだ。俺が世界の王で間違いない。


「よーかいー……」


 王政崩壊といったところか。


 不安なのか座敷童が服をギュッと握ってくるのが伝わってくる。服ギュッだ。壁ドンの親戚に違いない。つまり脅迫だ。


「……よーかいー……どこぉ? ……スンッ」


 あなたの後ろにいるの。


 え、怖い。なんか急にその一文が浮かんできた。というより紛れてきたよ。そう思うと暗いのも怖い。電気つけてー。


「おう。ここだここ、ここにいるぞ。暗くて分からんだろうが」


 今、あなたの後ろにいるの。


 こわいぃぃぃぃいい!? え、なに、誰? マジで止めて。せめて明るい時にして。快晴の日中帯にして。


「よーかい、いる?」


 え、妖怪がいるの? 断言は避けたい発言だな。


「とりあえずお前が抱きついてる壁が俺だ。俺が壁だ」


「うん、わかった」


 マジで? 理解力高いね。


 ここは俺もまずは状況確認だ。狭い。確認完了。


 キツキツのトランクケースにすし詰め状態。幼女トゥギャザー。


 逮捕だ。いつも逮捕が追ってくる。ちくしょう。


 ひとまずこのトランクだかジュラルミン(熊人形)だかを蹴破ってヒーローよろしく逃げ出したいんだが……体の調子がイマイチ。


 具体的に言うとあれだ。


 動けない。


 襲撃された部屋からここまで、まるで透明な縄にぐるぐる巻きにされたかのように体が動かない。しかも幼女つきだ。強制逮捕(意味二重)だ。


「おい座敷童。動けるか?」


「うゅ?」


「そうだ。夜は調子が出なくてな」


「よーかい、夜、だめぇー?」


「そうだ。よーかいは夜ダメだ」


「わかった」


「ありがとう。じゃ、ちょっと動いてみろ。あれだ。無理すんなよ? 俺が痛くなるようなことはよせ」


「わかった」


 信じられない。なんてことだ。もはやこんな幼子の発言でさえ女性というだけで不信感が湧く。全部女子が悪いな女子が。


 女子と書いて女市と読む、その心は、全ての女性の行き着くところとか考えていたら座敷童が動いた。おぅ、やるな。やはり女の方が強いということか。


 ヨジヨジ。上に向かって這ってくる。


 待て。体の自由が効くかどうかの確認だから。アクションはいいから。


 俺の気持ちが届いたのか、座敷童の手が俺の鼻を潰したところで進撃は止まった。


「これ、なにー?」


「鼻だな」


 見てわかんない?


「これは?」


「くひだ」


「ふふ、じゃ、これー」


「頬だね。なんでつねった?」


 俺の頬をグイグイつねってくるので首を振って手を外すと、「ふふふふふ、やー!」と体の上で暴れ出す幼女。おい止めろ動くな。的確にあばらにニーがヒットして痛い、オーケー?


 しばらく動けない俺と残酷な幼女で俺の頬の所有権争いをしていたが、ピタリと座敷童の動きが止まる。


「ねー、よーかいー?」


 どこか媚びたような声音で座敷童が問うてくる。もしかして上目づかいとかしてるんだろうか。暗くて良かった。見えないからね。この歳からそんな教育を受けているとか知ったら、俺は女性に絶望するところだった。


「おしっこ」


「おらぁ!!」


 リミット解除。エンジン始動。バイパスを直結。アクセレータ全開。外部エネルギー循環。内燃機関起動。血流を高速化。ギアをチェンジ。細胞変異固定。圧力値上昇。痛覚遮断。神経系ターミナル倍化。腕部集中硬化。


 感覚を全開に。力を最大に。


 閉じられた世界を蹴破る。社会的生存権の存続のために。


 弾け飛ぶジュラルミンケースに鉄芯。鍵の部分だろう生体認識式のスキャナーも歪み、本来なら有り得ない形で俺たちが詰め込まれていたケースが半分に割れる。


 そんなんどうでもいい!


「どれぐらい我慢できる?!」


「ちょっとー」


 ちょっとってなんだ、ちょっとって! そりゃお前あれだ、小匙少々ぐらいアバウトだぞ?! 何ミリグラムまで記載しろや!


 ジュラルミンケースを固定していたベルトも弾け飛んでる。きっと気を使って緩く締めてあったんだろう。そんなんで安全が守れると思ってんのか? はなはだ疑問だ。


 連れ込まれた時の記憶通りなら、どこぞのバンの後部座席だろう。最も、座席は取り払われて真ん中が窪んでジュラルミンケースがはめ込めるように改造してあるが。


 見張りはいない。運転席と後部座席は黒いウィンドウで遮られている。


 好都合。


 座敷童を抱える。女性の扱いはソフトで丁寧に。男性? 普段の俺を見てもらえばわかる。


「ちょっと荒い運転になりますが?」


「わかった」


 座敷童がコクリと頷いて俺のシャツを握りしめたところで、車のバックドアを横蹴り! 鍵が壊れてバックドアが開く。


 高速で後ろに流れていく景色の中に、パーキングまで三キロと表示されてる案内板を発見。


 神様、信じてた!


 あとはこの車でどこまで引っ張れるかというところで、運転席と後部座席を仕切っていた黒いウィンドウが下りていく。流石に気づかれますよね。


 運転手と目が合う。


 首をクイッと傾けて気取ってみる。アー、ハン?


 路上に飛び出す。


 俺を削りとらんとする路面が迫ってくる。路面このやろう。


 座敷童が目をつぶって俺のシャツを握りしめていた手に力を入れる。踏ん張っちゃダメだ?!


 タッチダウン。


 慣性の法則と重力に従い削り飛ばさんとする路面に足裏から着地。細かなデコボコに対応してバランス制御。足裏から伝わる衝撃を膝のクッションで殺す。僅かに体に響く揺れすら両手で吸収。座敷童に快適な座り心地を実現した。


 パーキングは?!


 目の前に分かれ道。神様、ありがとう。


 随分すり減ってしまった御いくら万円の借り物革靴。襲撃犯の仕業に違いあるまい。全部襲撃犯が悪い。


 そんな革靴でダッシュ。襲撃犯、なんてことを。


 深夜の高速のパーキングにダッシュで飛び込んできたタキシードとドレス幼女。


 非合法工作員と某国の姫君的に見えるだろうか?


 ここは日本。イカレで安定。


 内情は駆け込みトイレだが。


 女子トイレ前で座敷童を降ろそうとしたが、これに抵抗。なんだって?!


「いっしょ。いいっっしょ!」


 おう。ここに来てワガママとか。ヤバい。口論している暇はなさそうだ。座敷童が内股をモジモジさせ始めた。


 仕方なくトイレに駆け込む。男性用。


 流石に個室の前で降ろすことに抵抗はされなかったが、一緒に個室に入ることは断った。妥協案として、常に返事をすることに。


「よーかいー?」


「いるよー」


 きっと田舎とかに。


「……よーかい?」


「いるよー」


 今、あなたの後ろに。


 ……誰かな? 俺が背にしてるのは、座敷童が入っている個室のドアだ。ということは科学的検地から見て座敷童に間違いないな。ははっ、なんか頭に響いたように感じたからさ。


「……ねー、よーかい」


「はいはい、いるいる」


 コンコンと軽くドアをノック。何がおかしかったのか座敷童の笑い声が聞こえてくる。


「コンコンってしてー。ずっとしてー」


「おっけー」


 コンコンコンコンコンコンコン。もしかして音消しにされてなぁい?


 深夜のトイレには他に利用者はおらず、ガラガラ。幼女を男子トイレに連れ込み不必要なほどノックを続ける男が一人。


 もう捕まえたらいいよ。


 溜め息を吐き出しながらノックを続けていたら、コツコツという音が混ざり始める。


 ああん?


 音の発生源に目を向けると、トイレの入り口に誰かが入ってきたのが見えた。


 タキシードに革靴だ。しかも、はちきれんばかりの肥満体に二重アゴの飛べないアレが、人を見下すような瞳と嘲笑を顔に貼り付けてこちらを見ている。


「驚いたな。正直、使用人か世話役だと思っていたのでね。しかも"壱"とは。鬼乃上の面目躍如といったとこか。まぁ、分家の末席ふぜいだろうけどね」


 何イっちゃってるの? いっちょんわからん。だがとりあえず。


「消えろ。満室だよ。並んでんのが見てわかんねぇのか?」


 しかもずっとノックし続けてるだろ?


 俺がトイレで絡むチンピラのような視線をただのアレに向ける。


「ちっ。……"壱"の出だからと調子に乗るなよ。大昔のランク付けが現代にも適用されていると勘違いした愚者が。力を出し惜しみ秘匿し続けたせいで衰えを隠せない"壱"とは違い、我々"鎖"は磨きあげ適応を果たしている! 見ろ!」


 バッと手を振り上げるアレ。というか、もうめんどくさいのでブーちゃん。


 そして再び金縛りに会う私。


 俺の周りの空気だけが質量を伴い固まってしまったかのような印象を与える。


 おう、ブーちゃん十四歳。


「手や足の自由を奪ったと言われる昔とは違い、今や全身に『縛鎖』を掛けられる! なかでも僕のは一味違う! どうだい? 体の自由が利かないという感覚は!」


 得意気に笑うブーちゃん。固まる俺。


 そうか、良かった。この金縛り的現象はブーちゃんがやってるらしい。幽霊じゃなかった。なんだよ、ビビったじゃん。ほんの少し、もしかしてとか思い始めてたじゃん。


「よーかい?」


「ああ? ノックね。はいはい」


 必然的に止まっていたノックを再開。確かに体に抵抗感あるな。泥の中で動くレベルの。


「なっ?!」


 これに驚いたのがブーちゃん。目を見開く。


 対して気にせずノックを続ける俺。ああいう、ちょっとイッちゃってるのとは関わらない方がいいんだ。家族で学んだ。


 そうこうしてるうちに座敷童が出てくる。待て抱きつくな。手を洗え。


「くっ、おい!」


「はい?」


 呼ばれたから返事したのだが、どうやら俺じゃなかったらしく、ブーちゃんの手振りでぞろぞろと入ってくる黒服集団。映画の撮影かな?


「使用人は殺せ。子供は連れてくが生きてればいい。いけ」


 それぞれが獲物を抜き、こちらに襲いかかろうと身構える。


 身構えようと、した。


「hello?」


 突然目の前に現れるめんどくさがり。


 奇襲だ! こちとら正義の味方だぞ? 変身シーンを待ついわれがない。


 面食らってる一人目を顔が陥没するほどぶん殴る。相手は十人。トイレの外にもいるかもしれない。もたもたしてられない。


 全員男性だ。男子トイレだしね。


 一人目がぶっ飛ぶ前に二人目の顔を掴み洗面台にめり込ませる。


 砕ける洗面台。吹き上がる水柱。くっ、襲撃犯めっ! 公共物破損も厭わないとは!


 三人目の顎を打ち抜き昏倒させると、漸く周りの視線が俺に集中する。


「い、いけ! 殺せ!」


 ブーちゃんが吠えるだけ吠えてトイレを出て行く。それに応じて襲いかかってくる黒服。手には刀身まで黒いナイフを握っている。


 突き出されたナイフをカウンターの要領で向かい討ち、顔を潰す。いつも姉にやられてるだけあって気持ちはわかるぞ。すげー痛いよね。


 崩れ落ちる黒服の背後から黒服。更にそれとは別に二人が左右に飛び出し、壁を足場に襲いかかってくる。


 前の黒服に飛び込んで前蹴りをかます。開いた空間に飛び込んでくる黒服二人。


 着地と同時にこちらではなく奥へと進路変更する。あっ、やべ。


 床板に足跡が残るほど力を入れて転身。座敷童を狙った二人を背後から髪を掴み、そのままクロス。なんかグシャっていったが気にしない。空耳だよきっと。


 背後から迫る三つの気配の内の一つに裏拳を入れる。振り抜いて進路上にいたもう一人をまきこんで個室にご案内。ドアをぶち抜いて飛び込んでいった。ギリギリだったんだろう。


 残る一人が死角から迫る。低い態勢から足を斬りつけようとするのを、足を上げてかわし、そのまま頭を踏み抜く。


 死屍累々。


 なんの抗争現場なのと言わんばかりに荒れ果てた深夜のパーキングトイレ。


「よーかいっ!」


「ちょっと待て。手を洗え」


 ひしっと抱きついてくる座敷童の脇に手を入れて持ち上げると、吹き上がる水柱まで連れていく。さぁ洗え。


「ずーーっと、水、でてるねぇ?」


「感知センサーがいかれたんじゃない? 男子トイレではよくある」


「ふーん?」


 ついでに俺も手を洗う。ポケットに入れた覚えのないハンカチで手を拭き、座敷童の手もついでに拭く。


 再びだっこをせがまれたので座敷童を抱えあげて男子トイレを出て行くと、店員らしい人が恐る恐るこちらを見ていた。


「な、中でなにかありました?」


「なんかスーツきた酔っ払いが喧嘩始めて、怖くなったから出てきました」


「いっぱい、いたー」


 ひしっと抱きついてくる座敷童。ナイスフォロー。


 困惑顔で「警察呼んだ方が……」とためらってる店員を尻目に、とりあえずパーキングを降りる道を探す。




 あとは、あれだ、コンビニだ。現在地の確認とタクシーで勝てる。


 そんな考えを浮かべながら、座敷童を抱えて暗闇の中へ入っていった。


AHーhun?

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