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めんどくさがりと桜 2


 今日も日差しが強かったので、あたしは川に涼みにきた。


 『言魂』を使えば周囲の空気を冷やすことなんてわけないけど、お父さんが多用するのはよくないと言っていたから川に行くことにした。


 それだけだ。それだけ。


 別にここで毎日のようにダラダラしてる男の子のことが気になるとかじゃない。気になるも変な意味じゃないし、そもそも気にならない。全然、これっぽっちも、全く。


 むしろ迷惑だ。あたしは毎回怒っている。


 その度にダルそうになる表情も奇天烈な発想も驚愕な行動も、全然全く楽しくない。


 ……まぁ、それでも? あたしのために集めた子供たちと遊ぶより、ほんのちょっっっぴりはマシかもしれないけど、迷惑なのだ。あたしはお気に入りの場所に行ってるだけで。


 木のトンネルを抜けて川べりに出る。いつものように、そこには木の影が掛かる大岩があった。


 大岩だけあった。


「……あ……」


 思わず残念そうな声が出る。それに気づいてとっさに、


「……あ、あーせいせいした! ほんと毎日毎日! ……いたのに」


 気持ちが盛り上がらない。


 声を出せばスッキリするかと思ったけど、モヤモヤが逆にハッキリしてしまった。


 ……一人だ。


 いつもあたしの言葉にふざけた返答を返してくる、あのふざけた男の子はいない。


 駆け出さんばかりにここまで来たのが嘘のように、トボトボと歩いて大岩を登る。


 川をぼんやりと眺めるのが好きだった。光を反射する水面も、火照りを冷ましてくれる涼しい風も、森の濃い空気も、全部大好きだった。


 ……だったんだけどなぁ。


 いつもは影に入る範囲を押し合いへし合いして、……まぁ、最終的には奪いとるのだが。


 今日は掛け合いのような言い争いをせずに座る。


 大好きな空間だ。……空間なのだ。


 いつもは足を伸ばして堂々と陣地を主張するのだが、今は縮こまったように体育座りをする。


 じんわりと瞳が潤む。


 違う、違うもん。全然違う。絶対違う。多分あれだ。あいつが悪い。だから違う。でもあいつは悪い。あいつが悪い。


 毎日いた。毎日いたのだ。自分より早く、時には朝から。山に住んでるみたいに。


 ガサガサガサ


 グッとこらえている最中に上流側の茂みからそんな音が鳴った。動物でも出てきたのかなと顔を上げる。


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


 あいつが口をもぐもぐと動かしながら出てきた。


 動物が出てきたっ!


「……あっ」


 いつも迎えられる立場だったので、なんと声を掛けたらいいんだろう?


 あたしが迷っている間に、あいつはこちらをボーっと見ると、大岩には登らず川のそばに腰を下ろし足を水に浸し、服の裾を広げて抱えていた何かをバチャバチャと川に落とした。


「……あ、……ねぇ……」


 あたしはいそいそと大岩を降りる。なんか声が掛けづらい。


 あたしが近づいてくるのがわかると、あいつはパタリと倒れこんだ。


 ……? なに?


「ぐ、ぐーぐー」


「今の今まで起きてたでしょっ!」


 ごまかせると思っているのか?!


「……いやだって、熊に会ったら」


「死んだふりでしょっ!」

 誰が熊だ!


 これだけ会話してるのに未だに起き上がらないあいつにあたしは協力してあげることにした。


「『浮け』」


 大岩を浮かべる。


 冷や汗が混じり始めたあいつに、あたしは笑顔で言ってあげた。


「あれに潰されてたら死んでるって思うかもねー。熊も」


「そういや熊に死んだふりって、実は効かないっていうし、そもそも熊なんていないしね!」


「……もうっ!」


 ズシャっと大岩を落とし、憤懣やるかたない表情であいつを見やる。


 もはやこちらを気にせずシャクシャクと何かを食べている。


 あたしは如何にも怒ってますといった表情で……いや、怒ってる。めちゃくちゃ怒ってるもん。


「なにニヤニヤしてんの?」


「怒ってるもん!」


「そりゃ女の子だもん」


「なにが?!」


 一瞬ドキッとした。あれ? なんでドキッとしたんだろう? いつも通りの噛み合わない会話ってだけなのに。


 首を傾げつつ、あいつの隣に座る。草履と足袋を脱いであたしも水に足をつけてみる。


「わっ、冷たい」


「お前が?」


 思いっきりハタいた。


 今のは仕方ない。


 頬を赤く染めたあいつは、キラリと目尻を光らせて何かブツブツと言っている。


「わかってた。わかってたのに。包もうオブラート、掛けよう保険の合い言葉を忘れるなんて」


「なによ? あたしが冷たいとかわけわかんないこと言うからでしょ」


「いつも場所の取り合いの最後には川に叩き落とす方のセリフでしょうか?」


「あたし一人涼しくなったら悪いもんね?」


「そうか。あれが女性にとっての気遣いというわけか……知ってた」


 溜め息を吐き出したあいつは、川から何か拾いあげてそれを口にした。


「……さっきから何を食べてるの?」


「野苺」


 あいつが指差した方に目を向けると、あたしとは反対側のあいつの隣に、川に流れていかないよう囲いが作られてあり、その中に果物? がプカプカと浮いていた。


「あけび、野苺、山ぶどう、ざくろ、スイカ」


 一個一個指差して教えてくれるが、よくわかんない。教科書に載ってる?


「山で盗ったの?」


「コンビニで買った」


 こんびにってなんだろうか? あいつはよくわからない事ばかり言う。


 また一つ摘んでシャクシャクと食べた。


 …………羨ましくなんてない。屋敷に戻ればなんだってモギュモギュ食べられパクパクるのだからバリバリ……羨ましくガシュガシュなんて、ない。でも!


「あの山で盗ったんならあたしの! あの山があたしのなんだからそれもあたしの!」


「なんというジャイアニズムよ。正にジャイ娘というに相応しい!」


 グーでいった。仕方ないと思うの。


 緑色の一番大きいのを所望した。ビクビクと震えながらあいつはそれをパカッと半分に割った。他のもそうだけど、意外と柔らかいみたい。


 八分の一ぐらいまで割った緑色の玉は、中は赤い実で黒い粒々が所々についていた。種かな? どうやって食べるの?


 食べ方がわからずあいつを見たら、あいつはそのままかぶりついていた。もぐもぐと口を動かしプププと、


「なにそれー?!」


「こいつの正式な食べ方だ。日本人は皆が習得する」


 飛び出した種は川に沈んでいった。なんでも魚に分け与えているらしい。


 あたしもやってみた。


 もぐもぐもぐ、ぷっ、ぷぷ、ぷっ。……結構むずかしい。


 遠くに飛ばそうとしたのだが、顎に引っ付いてしまった。うー。


「あーあー。うちの弟と似た状態に」


 そう言って手を伸ばしてきて、顎の種を取ってくれ、


「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 たから、全力でぶつけた。顔が真っ赤になった。


「もう! 一個無駄になったじゃない!」


「……もっと言うことある。もっと言うことあるよ」


「もう一個貰うから」


「そじゃねぇよ」


 あたしも顔が真っ赤になったのだ。あいつも真っ赤にならなきゃ不公平というものだ。


「これ、おいしいね」


 再び食べ始めたあたしに、あいつはだんまりだ。片手を振り上げたら必死になって答えてきた。最初からそうしろ。


「塩があったらねっ、もっとおいしいよね!」


「塩?」


「そそ。塩」


 塩があるともっとおいしいのか。


「『この手にたくさんの塩を』」


 片手の手の平を広げて『言魂』を使う。すると手の平に山もりの塩が出てきた。ちょっと重い。


 自慢げにあいつを見たら、あいつはうげーと顔をしかめていた。


「多い、多いよバカ。その塩お前の体から抽出した塩とか言わね? うげー」


 塩食らえ!


「とうてむっ!」


 よくわからない叫びを上げて転がり出すあいつ。「目がー! 辛いー!」とか言ってゴロゴロボチャン。マナーがなってないと思う。


 手の平に少し残っていた塩をパラパラと赤い身に振りかける。これじゃしょっぱくなるのではと思い少しだけ。残った塩は川の水で洗った。魚におすそ分けだ。


 あっ、あまーい。塩との味の落差でより甘く感じられる。これ考えた人はすごいと思った。だからあいつではないだろう。

 あたしがスイカを堪能し終わる頃、漸く川の中からあいつが戻ってきた。塩くらったくらいで大げさな奴だ。


「どうだった?」


「塩分過多で死ぬかと思ったわ! こういうのは遺産残してくれそうなお年寄りにやれ!」


「ふーん?」


 ドチャッとずぶ濡れのあいつがあたしの隣に座る。ちょっとー、飛沫が飛んでくるから離れてよ。


 あたしの表情なんて気にせず、あいつは再びスイカを食べ始めた。


「塩、いる?」


「既に十分貰ったから」


 少し距離をとるあいつ。失礼なやつめ。距離をつめるあたし。


 しばらくあいつがシャクシャクとスイカが食べる時間が続く。なんとなく静かな時間。ここにはあたしの好きな物がたくさんある。


 暑い日差しを反射して光る水面、蝉の声を響かせる森、体を突き抜けていく風、そして――――。


「そんなわけないもん!」


「ゴデュファッ?!」


 思いっきり突き飛ばしたら川に潜ってしまった。マナーがなってないと思う。


「ぜったい違うもん!」


「日本語から覚えようか? 常識でもいいけど」


 水面から覗かせたあいつの顔目掛けて、スイカの皮やら石やらを投げつけた。


 小器用に避けるのにムカついた。


「避けないでよ!」


「バカ言うなよ?!」


 笑い声が絶えなかったあの夏の日。












 くすっ。


「お嬢様?」


「なんでもないわ」


 思い出し笑いをしたのをお目付役に見咎められて首を振る。確かに今の状況にそぐわない表情だった。


 一族の成人の儀式となる『元』の前祝い中にスピーチをほったらかした事についてお叱りを受けている最中だった。あまりにも退屈だったから、つい昔のことを思い出してしまった。


 そんな態度が言っても無駄と思われたのか「もう、ようございます」と諦めの溜め息と共にそんな言葉が吐き出された。


 やった。


「じゃあ、もう先輩のところに行ってもいいわね」


「……はぁ、お嬢様」


 再び溜め息を吐き出す従者頭の千斗。いつもは和服を着こなすが、今日はパーティーの案内も務めるため燕尾服だ。


「だって、妹が遊んでもらったのよ? 姉としたらお礼を言うのが筋でしょ?」


「私の方から述べても宜しいのですが?」


「ダメよ。そんなの誠意に欠けるわ」


 私の笑顔に千斗が軽く首を振る。


 失礼なリアクションだ。塩を食べさせるぞ?


 私は、話はもう終わりとばかりに立ち上がった。あんまり先輩を待たせてまたいなくなるといけない。美澪が関わっていたなら、先輩がいなくなったのも頷ける。お部屋付きのお咎めは無しにしておこう。


 歌い出しそうな気分で部屋の入り口に差し掛かる。女中が扉を開けるタイミングで再び千斗が声を掛けてくる。


「桜お嬢様」


「なに?」


 少しキツめの声が出た。扉を開ける女中が震える。


 しかし声を掛けられた本人はケロッとした顔で続きを話す。


「既に遅い時刻にあります。桜お嬢様の御客人とあらば出席者とは別の御部屋をご用意致しますので、ついては案内の方は何時に」


「いらないわ」


 千斗の声を遮って否定の言葉を返す。


「では御車を?」


「それもいらないわ」


 だって。


「一緒に寝るのに部屋の用意なんておかしいでしょ? 私の部屋があるもの」


 絶句する千斗を残して部屋を出た。再び掛けられる声に今度は振り返らなかった。


 だって。


 先輩が待ってるから。



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