めんどくさがりとパーティー 2
遅筆というより既に致筆。
未だ根気よく読んでくれる読者さんに感謝を。
主人公…………姉にそれできんならさぁ……
セバスな人の案内でやってきた扉の前。
恭しく頭を下げられ入室したそこは、どこぞのパーティーホールだった。
右見ても左見てもドレスにタキシードを着こなす紳士淑女の皆さん。
木を隠すなら森、ということだな。俺の溢れんばかりの紳士オーラも、ここなら幾分中和されることだろう。なるほどな。いやわからん。
そんな、俺が溶け込める空間に足を踏み入れると、周りの視線が一気に集中した。多少のざわつきも静まり返り、息を飲む音すら聞こえてきそうだ。
胃がマッハ。まだ社会にも出てないというのに穴が空きそうだよ。どいつもこいつもメンチ切ってくる。これが目で殺すと言われる現象だろうか。モテモテだなおい。
Uターンして帰りたかったが左腕がガッチリロックされてる。そっと掴んでるだけに見えてルパンにも開錠が無理なレベル。チラッと視線を送ったら楚々とした笑顔で撃墜された。かなりキてるな。
俄かに声が戻ってきたホールだったが、ついでに刺すような視線が俺に突き刺さる。痛い、痛いって。
そうか、わかった。紳士淑女で形成されたこの空間で俺が目の敵にされるわけがない。この視線は、隣の人類という進化の家庭で振り分けられし闇、ANEに刺さってるのだ。解決。そうさ、そうだよな。伊達にエイチ紳士代表と言われてる訳じゃないよ。俺が紳士に溶け込めないわけがない。
姉に促されるまま歩を進める。適当なテーブルの前で、その足を止める。
テーブルにはご馳走が載っていた。隣には弟が立っていた。
しかし弟は俺に声を掛けず、俺達も弟には声を掛けれなかった。
可愛らしい女性二人とにこやかに談笑していたから。
「姉さん」
「なにかしら」
「記念に写真なんて撮りたいんだけど」
スマホをよこせ。デジカメでも可。
「そう。じゃあ帰りに写真を撮りましょうか」
それじゃ意味がないんだ。
弟はともかく少女達は俺達が会話を始めると、少し頬を染めてチラチラとこちらを見ていた。
視線の先は姉に見える。
きっと憤慨しているのだろう。自分達はあそこまでじゃないと。然り。
突然の激痛。足元をみると甲を踏み砕かんばかりにハイヒールが刺さってた。なにこれ超いたい。
「ね、姉さん」
「なにかしら?」
先程よりいい笑顔だ。怖い。
(エスコートしている最中に、他の女性に目がいくとか万死よ)
(ビギナーなんで一回ぐらいは許してくんない?)
二回目は逃げるから。俺、絶対逃げるから!
ひそひそと会話を交わしたあと、漸く足の痛みから解放される。
今日は随分と優しいな。この後の展開で同じように命を拾うため、少し俺へのヘイト値を下げておこう。いくぞモンスター!
まずは言い訳だ!
(大体誤解だよ。俺は弟の浮気現場を抑えて邪悪な企みに使いたかっただけなんだ!)
(あんたねぇ……。んー、でも確かに健くんは少しは痛い目見た方がいいかもねぇ。あれじゃカナちゃんも心配になるわ)
いえ痛い目には合ってると思う。その辺はフォローしとくか。
(でがしょ?)
コクリと頷く姉。
いいぞ。アイテム(弟)で大分俺へのヘイト値が下がったように思える。最終的には弟を痛い目に合わせてくれればgood。
次の策は奉仕だ。
会場をグラスを持って回っているボーイさんから飲み物を二つ拝借する。「ノンアルコールです」イエァ。俺も飲むからね。あっちで少女を二人同時にコマしてるイケメンもグラスを掲げていたので思いついた。イケメンはまだ十五だ。通報しますた。
飲み物を両手に戻ってきた俺を、姉のアホ面が出迎える。なんだその顔。
姉の左手がピクリと動いたのは、飲み物を受け取るためだね。きっと。
「…………なによ。気がきくわね」
「エスコートだろ」
肩を竦めながら適当に料理を皿に積む。空いてるテーブルに皿を置き、姉とグラスを傾ける。
姉は普段見ないほど丸くなってる。借りてきた猫だ。今なら殺れる。
「失礼」
だいぶヘイト値が下がってきたので、後は罠にハメ殺すといった段階でメガネを掛けた知的なイケメンが声をかけてきた。ぐっ、後少しで神殺しが完成したというのに。
メガネは俺には目もくれず姉に話しかけだした。
「壱鬼の家の方とお見受けしますが?」
イケメンの自信に溢れんばかりの笑顔を姉の微笑が迎え撃つ。イケメンが少したじろいだ! 効果は抜群だ!
「母方の姓は壱を名乗っておりますが、私の連なる家系は矢になります。八神 鼎と申します。見知り置きを」
「こ、これは失礼を。私は三條 新と申します。家系は鎖に名を連ねております」
お邪魔かな? お邪魔だな。喋ってる内容も少しアレだ。ここは気をきかせて退場するのが紳士。俺も紳士の末席に名を連ねる者として、ここは身を引くが宿命。へっ、姉ちゃん、幸せになれよ。
グサッとささるハイヒール。縫い止められるわたくし。
会話が弾む男女の隣で涙を見せないよう堪える男の図がここに完成する。
別にまだ逃げた訳じゃないのに?! ちょっと場所を変えようと思っただけだよ? まだ一歩も動いてないのにこの仕打ちはない。いいんだ、姉だもん。わかってた。
「私も今年で元を迎えることになりまして、喜ばしいことです」
「ええ、本当に」
「あちらのテーブルで今年で元を迎える者が集まって親睦を深めております。顔合わせも含めておりますので、良ければご一緒に?」
「いえ、連れがおりますから。今回はご遠慮させて頂きたく存じます」
「そうですか……」
会話に仕切りがついたのか、イケメンがこちらに視線を飛ばしてくる。いまそれどころじゃねぇんだよ。
「ご紹介頂いても?」
「……弟の」
姉が最後まで紹介することなく、イケメンが会話をインターセプト。
「ああ、弟君でしたか。ということは、君も八神か」
イケメンの視線は完璧に上からのものだった。
「姉君のエスコート役を買って出たんだね。大したものだ」
なんかこいつの喋り方吹くな。学校でいじめられたりしないだろうか?
「しかし大役に疲れているんじゃないかな? 少しの間、交代しようか? あちらで同じ年代」
「いや大丈夫です」
ズバッと断る。一刀両断だ。
姉が何か言おうと口を開いた瞬間に言ってやった。気のない時の女子のごめんなさいレベルの速さだったと自負している。
こいつが何が楽しくて魔獣の王(姉)なんかを誘ってるのかはわからんが、こちとら今後の生存権が掛かっているのだ。作戦は継続中だ。気をきかせようとして足を踏まれた。違った。足を貫かれたのだ。こいつじゃ駄目だという合図だろう。男日照りのくせに選り好みするとか、ないわー。
俺の断りにしばし茫然とするメガネ。姉が追い討ちとばかりに断りの台詞を吐く。
「すみません。確かに慣れない所で弟も疲れが出ているようなので、隅で休ませようかと思います。ついては面倒を見なければいけないので、これで」
「……そうですね、はい。お暇になった時に、叉お声掛け下さい」
「失礼します」
姉に再び肘を引っ張られてホールの端へ。
壁際には充分な間隔をとってソファーとテーブルが点在していた。疲れた人用の足休めのためかな?
その内の一つに姉が腰を降ろす。ここのテーブルには何も置かれてない。
「……座んないの?」
「いや、料理でも取ってこようかと」
「いいわよ別に。いま大してお腹減ってないし」
ちぃっ! どこまでも自分本位な奴め! 貴様に奉仕してるという名目で俺のお腹を満たす作戦がパーじゃないかね?
しかし今は奴の俺へのヘイト値を下げて弟が自然に獲物に作戦の最中だ。まさか奴の意向に逆らうわけにもいくまい。
諸々の事情で、俺も座った。
え、なにこのソファー? すんごい気持ちいいんだけど?! 目を閉じたら持ってかれそうなんだけど?! 一つ包んでくれないかな?
「ねぇ。あんたさー、最近さー……」
ソファーに魂を売り渡しそうな俺に姉の声が待ったをかける。邪魔しないでよ!
二人とも視線は目の前のパーティーピーポーどもに固定だ。名前の由来は知らないが、恐らく頭のイかれ具合のために救急車が必要な人達のことを指すと思われます。
そんな奴らと少し距離があるため姉の話し方がいつものそれに戻る。注目度は変わらんがね。あの髪を巻いてるお姉さんが頬をそめ、ほぅっと溜め息を吐き出し熱い視線を送っているのは俺で間違いあるまい。方角的に俺だ。少しズレているけど間違いない。決してズーレーではあるまい。
「聞いてる?」
「一言一句」
滞りなく。
聞いてない。
俺の正直な発言に姉も納得いったのか、チラリと不審な眼差しを送ってきていたが、再び視線を前に戻された。
「それで? いるの? いないの?」
なんだその宗教的な問いかけ。前後の文がスッポリ抜け落ちてるぞ? 一から説明しろよ一から。
「いないなぁ」
「そっか……」
俺の適当な答えに姉は興味が無さそうに呟くと、拗ねてるのかそっぽを向いてしまった。少し耳が赤くなってる。姉の正面にいるピーポーどもが激しく狼狽したりフリーズしたりしている。そんなに恐ろしい顔なのかなぁ……。良かった。あっちに向いてて。
人間、恐ろしい者や怖い者からは目を背けるようにできてる。道端で頬に傷がある人を見かけたら反対側を凝視し始めるように。それが十字傷で語尾がおろ? なら二度見しますけどね。
だから姉を視界に入れないのは仕方ない。俺は姉とは逆方向を警戒することにした。
知り合いとかいないかなぁ。
……知り合いとかいないや。
目に熱いものがこみ上げてきたが、グッと我慢した。ここでビームを放つ訳にはいくまい。
絶望を感受していた俺の視界に、俺の恋人(布団)を毎朝奪う奴が映る。
美少女と称してよい女の子四人に囲まれて笑ってやがる。
俺はビームを放った。仕方なかった。
全然羨ましくなんかないね。俺なんて美少女四人とお泊まりしたもんね。熱い夜だったね。布団でグルグル巻きにされて。
あいつ死なないかなぁ。
「どうしたの?」
「いやぁ……」
目元の熱い何かを拭って顔を上げる。どうやらビームで誰かが傷つかないように、うなだれ…下を見ていたようだ。
あいつにも後日、絶望というものを教えてやるとしよう。なーに遠慮することはない。血を分けた兄弟じゃないか。
俺が弟の破局をどう演出するかを考えていると、マイクが入った。
『此度の宴席に出席下さり、御礼申し上げます。尽きましては、葵乃上が次期頭首であらせられる桜様、そして御大、葵乃上頭首雅人様から御祝辞を賜りたいと願います』
ご遠慮致します。
第六感が帰ってきた。おかえりー。なんだろうこのヒシヒシと感じる嫌な予感は。トイレ休憩に発つべきなのでは?
俺の神速の判断も状況がそれを許してくれず、いつの間にか椅子に座っていた皆々様は御起立され私語厳禁と化したホール。
傍らの姉も立ち上がっていた。同様にしろと促され渋々と立ち上がる。
耳が痛い程静かになったホールの最前列。一段高くなったステージに白と淡い緑のドレスを着た大和撫子が登壇する。
オカッパさんだ。
見目麗しいその顔には貼り付いたような笑みと光沢の消えた瞳。普段は可憐なその表情も儚さが際立って見える。
ステージの中央に到達した彼女が正面を向く。マイクなどないのだが、何すんの? 罰ゲーム?
全員注目してるので俺も注目する。流れるままに流されろが信条の俺としては集団の中にあって隣と違った行動などとるわけがない。無個性が大事。将来養って貰う立場としては婿姓が大事。
そんな埋没中の俺の視線とオカッパの視線がガッチリ合う。だが俺は勘違いしたりしない。アイドルのライブで本人が俺に向かって微笑みかけてくれたことは間違いない。絶対目が合ったもん。ウィンクするタイミングが絶妙だったもの。
しかし不特定多数の中で注目を浴びてる一人がその多数に向ける視線というのは、背景を見るものなのだ。よく野菜に例えられるあれだ。名言にもある。
人がゴミのようだ。
つまり目が合った奴はゴミのように見られてるでエンド。野菜にしても三角コーナーの中の奴なのだ。
まぁ、そこまではいかなくとも? 気づかないといいたいわけで、現にオカッパは、
ステージから飛び降りた。
びっくりな現象だぜ。最前列をキープしてなかったのが悔やまれる。
事態はどのような展開をみているのか、ここは一番後ろなので判然としない。ただ、十戒を得た昔の人ってこんな風に海を割ったんだろうなぁ〜と人ゴミが左右に割れていく。
ここが危険地帯なのはわかった。じゃあどうしよう。逃げる? 逃げますか。逃げましょう。逃げいでか!
突然の展開に流石の悪魔の王(姉)も戸惑いを隠せないでいる。この隙を逃すべきではないね。どこを見ている? 的に逃げますか。
「よーかいっ!」
貴様がなっ!
横合いから俺にしがみつく影、座敷童。
戯れる相手が居なかったのか、足にしがみついて離れない。ちょっ、離して。わかったわかった、遊ぶから。この手を離してくれたら気の済むまでつき合うからぁ!
座敷童は和服姿からドレス姿にフォームアップしてる。そんなんできるの? ピンクのフリルを何枚も重ねたようなドレス姿だ。
あくせくと悪戦苦闘してる間にタイムアップです。息を切らしてオカッパが人ごみを割って出てくる。
「先輩!」
眩しい笑顔だ。目も当てられない。
「……せんぱい?」
姉(不安を揺り起こし喜悦を摘む呼び声)再起動。顔も上げれないよ。
「……あれ、ミレイ?」
「あい〜」
オカッパに呼ばれた座敷童が笑顔で答える。しがみついた手は離さない。やはり家人はその存在を知っていたらしい。
注目度が今年最多を記録する中、俺は汗が滲むのを止められなかった。
迸る汗! 弾ける青春の夏! ほんとリア充とかイかれてる。
座敷童「うごきにくいー」
ぽいっ。ペタペタペタペタ
座敷童「えと、えーと」
キョロキョロ
周り「ざわ……ざわ……」
座敷童「いないー……いたっ!」
ダダダダダダダ
座敷童「よーかいっ!(ゲットした)」
こうしてオカッパへの援護が完成する(普通)