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めんどくさがりとパーティー 1

姉回とか……誰得ェ…………



 やらせはせん、やらせはせんよ!


 そう何度も何度も肉塊にされては堪らない。命は何個もないんだよ?! しかし奴は女性だ。命って喰えるのか? と返ってくるのが関の山だろう。


 弟にエスコートされたマーダー(姉)は優雅な振る舞いでその手を外し、儚げな微笑を浮かべ俺に歩み寄ってくる。ゆっくりと。


 その挙動に運転手さんは魂を抜かれ、この後の展開に当たりをつけた弟は十字を切ったよあの野郎。


 俺のような男の中の男は命乞いなどしない。聞きゃしないんだもん。どうすればいいのよ。


 いつもと違うことと言えば今日は屋外ということだ。あと奴がドレスとか着ちゃってることだ。エスケープ可? いや遥か深淵なる巨悪(姉)の後ろには飼い犬がはべってやがる。奴は混沌の言いなりだ。何かブツブツ「五体満足……いや無理だな……せめて原型を……留めれるわけないか。ま、兄ちゃんが生きて……生き返れますように」言った後で、神(姉)に向かって祈り始めるではないですか。少しばかり話し合おうじゃないか。おさげと。


 おさげを洗脳するべく弟の不貞を脳内ででっち上げている内に、姉が俺のパーソナルスペースに侵入してきた。


 恐怖に駆られた俺は、とっさに近くにあったものを掴んで盾に掲げた。


「わーい!」


 座敷童だ。


 ニコニコと満面の笑みで手を振り上げ、遊んでもらっていると勘違いしている座敷童を全面に押し出した。前面に押し出した!


「…………あんたねぇ」


「あはっ。もっと高くしてー。ねー、動かしてー!」


 ふふふ。このまま戦闘、違った。一方的な狩りを始めたら関係のない幼女が巻き添えをくってしまうかもなぁ。不幸なことだ。例え精密な射撃(拳)で俺だけを狙ったとしても、その時の衝撃で幼女を抱えている手がほどけて落ちてしまうかもなぁ。残念なことだ。


 姉は呆れきった顔で溜め息を吐いている。俺は射線上に幼女が来るように微調整。幼女も喜んでいる。姉も暴力を振るわず、俺も傷つかない。これがウィンウィンってやつか。時代が俺に追いついてきた。


 パッと。


 擬音で表現するとそうなる。


 このままジリジリと後退を決め幼女を放り投げダッシュするべく考えていたら、手にしていた幼女の重みが唐突に消失。文芸部室に駆け込まんばかりの動揺が俺を襲う。


 しかし幼女は消えたわけじゃなく、目の前の慈悲無き断罪とか知らない刃(姉)の手の中に収まっていた。危ない!


 ほんとに瞬間移動したかのごとく一瞬で。態勢まで変わっている。


 本人も何が起こったかわからず、抱えられていると思っていた俺と目が合い首を傾げる。俺も傾げる。ねー。


 これまたいつの間にか姉の後ろまで詰め寄っていた下僕(弟)が、姉から自然な動作で座敷童を受け取る。なるほど。


「そんじゃ。あっしはこの辺で」


「少しでも動いたら潰すわ」


 全力で駆け出した。


 賢い選択と言わざるをえんね。動こうと動くまいと潰されるのだ。そりゃ逃げるわ。


 あの門を越えれば!


「少しでも動いたら潰すわ」


 耳に届く声に絶望した。全力疾走中だというのに耳元で聞こえるから。振り向かないことが愛なんだって。


 だから振り向いて肩越しに後ろを確認。弟が座敷童の目を手で目隠ししていた。どういう意味だろうね。


「少しでも動いたらすり潰すわ」


 より痛い方に進化したっ?!


 走ってる途中で振り向いたせいか、耳に届く声に動揺したせいか、はたまた足を引っ掛けられたせいか、俺は転倒した。受け身をとろうとした手が何者かにそっと抑えられる。おいおいよせよ〜。ほんとに。


 転んだって泣かない俺は、地面に移る影に号泣しそう。


「少しでも動いたらすり潰すわ」


 少しずつ影が大きくなる。ハイヒールが見えた。発狂しそう。


 あー。あーあー。


 顔を上げた。


「動いたわね?」


 結末を変えられるとか思っちゃった。林檎は下に落ちるものなのに。














 無事でした。


 うん。驚いてるよ。だって林檎がフワフワ浮くんだもん。ビビるべ?


 首根っこ掴まれた俺は、首から下を満遍なく叩くのかな? それとも顔をグチャグチャかな? と考えていた。料理は下拵えが大事。


 しかしどうしたことか。姉はそのままズルズルと俺を引きずり出した。ああ、校舎裏ですね? わかります。恥ずかしいんだね? 女の子だもん。目撃者はいない所でという犯人の心理。


 釈迦もびっくりする程の悟り顔で引きずられる俺は、仔牛のようだった。食べられる。


 終始無言で俺を引きずる姉。重たいとかの声は入らない。姉にとっては腕時計してるかしてないかぐらいの違いだろうからね。


 しかし、なんかいつもと対応が違うな。ああそっか。きっと俺が恐怖に怯える様を見たいんだね? ばかだな。いつも見てるだろうに。あなたが視界に入ったら恐怖しかありませんよ。


 投げ捨てられた。


 タイミングが偶々合っただけで、俺がサトラレじゃないと信じたい。俺の純真さを考えると否とは言えないとこある。幼女盾? 己の命の危機が迫っているというのに幼女の要望を叶える俺の精神は尊い。


 顔を上げると、教室ぐらいの大きさの部屋にいた。デカい身鏡が三つと更衣室も三つに無数の衣服が置いてある。ここはどこだろう。姉は何だろう。


 そんな疑問を解決するために後ろを振り向いたら、姉とセバスチャンな人が会話を始めていた。


「適当で構わないので、見られるようにお願いします」


「承りました」


 セバスチャンな人が頭を下げると、タイミングを合わせたかのように隣室に繋がっていたであろう扉が開き、数名のメイドさんが出てきた。


 なんだカフェか。


 姉にしては随分まともな所に連れてきたな。しかしあの武家屋敷、メイド喫茶まで家内完備してるとは、いい趣味してる。


 俺がうんうんと頷いていると、衣服を持ったメイドさん方が近づいてくる。やべっ、どうしよう。実はメイド喫茶初体験なんだが……定番はくそ高いオムライスなんだろ? なんだよそれ貴族の喫茶か。


 思わず「水で」と言いかけた俺を、メイドさんが丁寧に助け起こす。手が柔らかかった。もう結婚しかねぇ。


「お召し替えを」


 そう言われて更衣室の方に促される。


 更衣室の中にもメイドさんが完備。


 何かおかしい。


 ここにきて漸くおかしさに気づいた。姉の折檻もまだだしね。


 カーテンを開けてメイドさんが待機してる更衣室が大蛇の口に見える。


 どう思う? シックスセンス。


 俺の優秀なブレーンに問い合わせたところ「お暇を貰います」と返ってきた。そういえば今日のピンチの連続に奴の警告が無かった。いなかったのか、ならしょうがないね。


 とにかく困ったら逃げる、背水の陣なら後ろに飛び込めが信条の俺は、すかさず逃げ道を探した。


 当然、出入り口に仁王立ちしている仁王様(姉)と視線がごっつん。俺の考えを見透かしたように姉が口を開く。


「あんた、逃げたら殺……」


 しかし姉は台詞の途中で口を噤み、少し考える動作をした後で再び口を開いた。


「逃げなかったら殺さない」


 なっ?!?!?!


 ……なっ?!?!?!


「殴らない?」


「殴らない」


「蹴らない?」


「蹴らない」


「千切らない?」


「千切らない」


「滅さない?」


「め、めっ、ってあんたあたしを何だと思ってんのよ?!」


 魔王。


 思わず足を止めて姉と会話を始めてしまったが、周りのメイドさんはこれを邪魔する様子はない。むしろ邪魔にならないように控えてる。


 破格の条件だ。青天の霹靂だ。空が落っこちてきた。そら林檎も浮かぶわ。そんなん些事だわ。


 恒久な平和が目の前にあるというのに、俺の頭の中には違う考えを持った俺がいる。



 めんどくさそうだなぁ……。



 いやいや、何考えてんだ俺。しっかりしろ俺。日常生活では使わない千載一遇という言葉が今まさに。千回の人生で一回だ。もう頑張りたくない人生でもここだけは頑張ろう、一生のお願い。


 しかし最近怠ける事によって溜まる力が空なためか、本能が全力で逃げたがっている。ちょっぱやがけつかっちんだ。


 全力疾走したがる本能に、動かないことを強制する理性。互いに相反する命令を下す俺に体がフリーズ。


「なかなか似合うじゃない」


「え?」


 気がつくとタキシード姿だった。


「…………へ?」


 放屁じゃない。


 更衣室のカーテンを開けるメイドさんSイン更衣室内。


「あれ?」


 ちょっと待とうか。俺の服をどこに持っていくんですか? この格好で帰れと? ご近所さんの視線が怖いわ。あと下着も含まれてない? え? 格好が変わる間の記憶がないんだけど。見たよね? 見てないとか無理だもんね。ちょっと待とう。ね? うん。なんでキビキビ撤収してんの?


 ちなみにメイドさんSは若い方ばかりで、ええ、多分同年代の方もいらっしゃるおい下着変えたのか? 変えなくて良かったろ?


 目で物を言うとかよく聞くから視線で必死に訴えたのに、誰も弁解せずに去っていった。


 残ったのはセバスと総てを超えてる者だ。勝てやしない。


「じゃあ、はい」


 何が楽しいのか、姉は喜々として手を差し出してくる。


「今お金持ってなくて」


「なんでよっ?! 違うでしょ!」


 違うの?


「エ・ス・コ・ー・ト!こういう時は男性がリードするもんなの!」


 はぁ、さいで。


 差し出された姉の手をギュッと握る。


「な、な、な」


 「泣き喚きなさい」かな? いや、もっとストレートかもしれない。


 幾つか「な」から始まる残虐なワードを思い浮かべてたら、手をベシッと叩きつけられた。姉の中で暴力っていうラインはどこからなのか問いたい。


 姉は白い肌を赤く染めて喚いた。激怒だね。


「な、なんで手を握るのよ!」


「エスコートしろって」


「腕を出すのよ! う・で! こうよ、こう」


 そう言うと姉は、前にならえの先頭がやるように左手を腰に添え肘を突き出した。


 こうか?


「そうよ。そんで……こ、こう」


 うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!


「きもちわぶっ」


「……なにか?」


「いえ何も」


 そうか。姉が右手を俺の左肘に絡ませてきたのは逃げられないようにするためか。だから俺の左頬は腫れてるんだね? 合理的ぃ!


「もう。しっかりエスコートしなさいよね。今覚えておけば、将来役に立つでしょ」


 多分、学校の勉強レベルで役に立ちまくりだな。


「それではご案内の方を」


「お願いするわ」


 セバスな人の問いかけには姉が答えた。


 セバスな人が扉を開け、少し前を先行する形で案内する。


 姉に促されてセバスについていったのだが……あれ? 普通に廊下なんだけど? 日本家屋にいた気がするんだが?


 それを言ったら部屋で寝ていたのに森いたって。ふふふおっかしー。俺の頭かな、世界かな。


「ほら、キョロキョロすんじゃないわよ」


 姉が器用に掴んでる肘をつねってくる。良かった、姉ちゃんだ。


 しかし現状の認識には追いつかなかった。疑問は全部追いやってセバスの後について進む。



 ……帰りたいだけなんですけど。


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