めんどくさがり、明日はテストだぞ?
「……兄ちゃん。……兄ちゃん」
すぐ覚醒したよ。なめんなよ?
ガラガラと残骸の上から起き上がる。ベッド? 譲ったよ。紳士と名がつく以上、礼を失した行動は慎むべきだよね。裾も離してくれたしね。
辺りはまだ暗いのか、窓から朝日は漏れていなかった。
弟がドアを指差していたので廊下に移動する。……お前のその無音歩行術どこで習うの? テニス部? 隠れ里発見しちゃったってばよ。
廊下に出ると弟がヒソヒソと話し掛けてきた。
「それで? 兄ちゃんどうすんの?」
どうって……難しい事聞くね?
「まず、朝ご飯を食べる」
ノータイムで目を潰されました。ハッハッハ。一回姉弟で話し合わないか? 家庭内暴力について。
「父さんと母さんに話しても『そうか』で済むだろうけどさ、あの人達放任だし。学校とか着替えとか、色々あるし。一回家に送ってあげたら?」
それでこんな早朝に起こしに来たのか。人目に付きにくいしね。だからって目を突くことないよね?
「訳アリなんだろ? じゃなきゃ兄ちゃんが自分の部屋に他人を入れるわけないし……」
話し合おう。会話って大切。めんどいからって投げちゃダメダヨ。驚いてた理由ってそっちかよ?! ちょっと心の壁が堅いだけだ! そのうちホームパーティー開いてやるよ! 友達で部屋を溢れさせてやんよ!!
姉弟会合とおさげちゃんに贈る言葉が俺の中で決定した。見てろよ?
部屋に戻ったよ。
……ところで女性ってどうやって起こすの? 俺と同じでいいのかな? 他人を起こした事ないから分からん?
布団を引っ剥がすべくベッドに近いたら、茶髪が爛々とした目でこちらを見ていた。仲間にして欲しいのかなぁ?
「あーー……。やばっ、あたしスッピンじゃん?! うわぁ……もうー」
すかさず布団に潜る茶髪。いや今更。
「……あのさ。色々、ありがと。なんとか落ち着いたよ。ごめんね? 迷惑掛けちゃって」
「全くだ。次から気をつけろ」
不満足な面で茶髪がまた顔を出してきた。
「そこは持っと優しくするべきでしょ?……てか君、一回会った事あるよね? ほら、コンビニで」
「無いな」
枕が飛んできた。
茶髪は今や完璧な不満顔で身を起こしていた。
「もう! いいよ、別に! 覚えてないんなら!」
もういい人の言い方じゃなくない?
「……それで? 送ってくれんでしょ?」
「聞こえてたのか? 朝は早い方なんだな」
「……いや。あの子はともかく。君、超ガラガラ音たててたじゃん。起きるよ、フツー」
今度弟にあの歩法習わなくっちゃ。
俺も茶髪も昨日の服のままだ。最近暖かいしこのまま外に出てもいいか。早く行って早く帰りたい。
俺と茶髪は超ガラガラ音をたてながら部屋を出て行った。
道交法って知ってる? 自転車推しながら歩いてる理由だよ!
茶髪の家はこっから四十分。お前なんでうちの近くのコンビニいたんだよ? 謎すぐる。
適当に雑談しながら歩く。茶髪は完全復調。タメ口だな? 年下だったら許さんよ?
「あの人達ってさー、どうなるかな?」
「捕まる」
タムラー共のことだろ。まぁ入院は確定だねー。カメラ現場に置いてきたから即逮捕だろうよ。慣れてたっぽいから別件がワサワサでてくんじゃね?
「そっかー」
少しホッとした表情で茶髪が頷く。
まぁ、ウロウロされたら怖いもんな? 大丈夫じゃね? 知らんよ俺は。
「……こういう時は優しくしたりして口説くんじゃないの?」
「バカじゃん?」
ケツを蹴飛ばされた。
ないんだよ。それ幻想だから。大体恋は生まれねーよ? お前の本性、「知らな〜い」だからな。ドキュンにドキンとかない。ぶっちゃけない。
「あ〜、なんか納得いかない。バカに引っかかってバカに助けられるし? ……もしかしてあたし魅力ないのかな?」
バカばっかですね。ツインテにする?
「ねー、聞いてる? あたしって、魅力ないのかなー?」
独り言じゃなかったのかよ……。
「あ、コンビニ。なんか食う?」
「言えよ!」
またケツを蹴飛ばされた。
もう〜、なんだよコイツ〜。助ける必要なかったよ。自力でいけたよ。モンスター(姉)臭がすげえよ。
「……唐揚げ。辛いの」
少し頬を膨らませつつ注文してきた。金は僕が出すんですよね? もちろん訊きませんでした。
三:二でした。
カフェオレと微糖を差し出したら、カフェオレを受け取った。……マジで好みが似てんな。もうニコニコしてるし。
「あっ! ここ! あたしン家」
日曜の新聞に載ってんの? ……デカいマンションだな。
鞄から破れた制服と下着を取り出して渡した。
「あー、H」
ぶっ殺すよ?! もう返せ! 俺の親切心!!
茶髪は笑いながら、「アハハ〜、ウソウソ」と言いながら制服を受け取った。オートロックの自動ドアを通り抜ける前に俺に手を振っていた。俺の制服? 家に予備があるよ。
弟は平常運転。
ちょっ、待てよ! 嘘だろ?! 兄ちゃん頑張ってたんだよ?! 今日ぐらい起こさないとかあるだろ?! 不幸男だってインターバルがあるんだよ? 基本怪我が治るまで次はないんだよ? ……あっ、俺怪我してないね。仕方ないね。納得! できるかぁ!!
いつも通り覚醒に時間をかけ、制服に着替えて下に降りる。親はいないので自分でコーヒーを入れる。
「あっ、コーヒー? あたしも〜」
リビングには核弾頭が鎮座していた。取り扱いには厳重に注意せねばっ?!
滲み出る冷や汗を拭きつつ、俺は慎重に頷いた。俺の一挙手一投足が世界の未来に関わってくる。なんてことだ?! 耐えられない?!
震える指先を必死に制御して、先にコーヒーをリビングに持っていく。何がスイッチになるのか分からない。不安材料は全て潰すに限る。
リビングで二人掛けのソファを占拠していた魔王様はテレビを見ていた。近くでレイプ犯が捕まったとやっていた。
ナニソレこわい。
膝をついて恭しくリビングのテーブルにコーヒーを置く。
魔王が呟く。
「……怖いわ〜。あたしも、気をつけよ〜」
俺、爆笑。
声を上げて笑っちゃったよ。下手な芸人よりすげぇよ。
我を取り戻した俺に、すごい透明感のある笑顔を姉は向けてきた。人間じゃないみたいだ。
もし、瞬間移動が覚えれるなら、やはり自分で覚えよう。俺に、次があれば。
遅刻したよ。そらそうだよ?! 寧ろ褒めてよ!!
俺の遅刻は珍しい。基本は来るか来ないかだから、朝居なかったら休み。
しかも、ボロボロの体を引きずって来たっていうのに、次、体育……。僕を勉強させて?! 机に向かいたいだけなんだ?! なんて模範生なんだろう。世が世なら表彰されてしまう。
体育着に着替えて体育館に向かう。俺が最後。
体育館では体育教師の周りにバラバラ集まっていた。後ろの方に行く。
「よーし、集まったな! 今日は体育館好きに使っていいぞ! 外には出るなよ!」
ハゲマッチョがぁぁぁあああ……。植毛するぞ!
俺は壁際まで下がって座る。ハゲマッチョは体育館を出て行ったので監視はしないんだろう。ギリギリ許してやれた。俺の心は姉とは違う。
気のせいかロリ子がこちらをチラチラ見てる。ロリ子のグループの人数は偶数なので頭数欲しいわけじゃないだろう。
「八神。まざらないか?」
この前スーパーであったクラスメートが話し掛けてきた。
「嫌、悪いけど運動得意じゃなくて」
スーパーのグループも偶数だ。誘う必要なくね?
「八神。じゃー、審判やってくれね?」
これは宮本だ。告白事件の犯人。スーパーのグループの一人なんだろう。バスケットボールをクルクル回してる。
「嫌、悪いけど運動得意じゃなくて」
「動かないけども?!」
嫌ってちゃんと言ってるだろう? 可笑しな奴らだ。大体俺はお前らより運動してるよ? 今日の朝なんか肉体の限界に挑んだ結果なんとか生存してるんだよ? 日々の運動に命が掛かっている以上、余計な体力を使う事は死に繋がる。もうやだ、こんな生活。
みんなやる事が決まったのか、バドミントンやったり卓球やったりしてる。女子? 大半が壁際に座ってるよ。やる気あんのかね?
スーパーの奴らはコートを一面使ってバスケをやるらしい。五対五でやるとか、友達多いね? 女子のバスケ囲う率が高い。反対側のコートでやってくんねぇかな……。 なんとなく覗いた反対側のコートで、卓球やってる奴らが白熱のラリーを展開していた。なにアイツら?! すごい!!
目を輝かせていた俺の近くにロリ子が座る。
あれ? 遊ばないのか? あ〜、バスケ見たいのね、はいはい。モテ男は死滅すればいいのに。俺の周り? ガラガラだよ。ドーナツ化現象、あれに近い。
ロリ子とは微妙に距離が空いている。ロリ子が近い時はいつもこの距離だね。あーそうだね。俺と話したいわけじゃなく、空いているから座っただけだね? 俺の涙腺はダメージをくらった。今日は弱ってるから手加減してよ……。
バスケの試合が始まった。
そして、終わった。
内容? 記憶にないよ。全身全霊で体の回復に務めてたからね。なんかスーパーがゴール決める度に歓声が上がってた。
放課後さ!
授業? ほぼ自習だよ自習。あんなん描写も思いつかんわ! 強いていうなら、……黒板を視界に入れてスイッチ。黒板を視界に入れてスイッチ。鬱になる! 普段と変わらないけどね。俺が模範生すぐる。
家の車庫に自転車ぶち込んで(比喩じゃなし)玄関のカギを開けた。
迂闊だって? はっ! 分かってない。形容しがたい化け物は朝起きてただろ? そういう日は大抵用事があるんだよ。しっかし、用事ないとき常に寝てるって終わってるわ〜。
「お・か・え・り」
人類の終焉よりいでし闇(姉)が俺を待っていた。
歯の根が噛み合わずにカチカチ音を鳴らしてる。鞄は取り落としたようだ。いつ? 足元がフワフワする。耳がクワンクワン鳴ってる、ダメだ……ダメだダメだダメだダメだダメだ……逃げちゃダメだ!!
「提案がある!!」
「聞くわ」
打てば響くタイミングで返されたが、殺気は消えてない。本当に聞くだけ?! なんて残酷なの?!
「今からダッシュでコンビニに行ってポテチとジュースを買ってくる」
「それが末期の言葉?」
まだだ!
「アイスもつける! 一番高いやつ!!」
「足りないわ」
鬼め!
「姉ちゃんのいつも買ってる雑誌! 新しいの出てたよ! それで!」
「五分よ。一秒遅れる毎に指を一本消滅させるわ。スタート」
俺は全力で駆け出した。願わくば、レジが混んでないことを祈って。
誰か、俺を誉めて……。
息も絶え絶えに帰りつくと、姉はリビングに移動してた。やっろー! こっちは一秒一本だぞ?! 欠片の慈悲もねーのか?!
ギリギリ間に合った俺に姉は不満げだった。
「アンタ汗臭い。出てきな」
言わずもがな! 貴様と一緒の空間にいたら呼吸さえ気をつけにゃならんからな!
部屋に戻った俺は、掃除を始めた。
寝ないのって? 俺は学習したよ。部屋は綺麗であるべきだね。とりあえず寝た時に背中にグサグサ刺さる部屋は遠慮被るよ……。それにしてもアレだな。勉強する前に部屋の掃除するって本当なんだな。あれ? でも俺、家で勉強したことないや。……なんだ嘘か。俺の学習能力は高いからな。今も姉を手玉に取ってたの見たろ? ……あれ? なんでだろ? 目から水が。俺の姉弟のスキル破りがヤバすぐる。無効化系好きとか、どこの中二だよ、あいつら……。
部屋を片付けてたら、ゴミが大量になったので下に捨てにいく。
帰る途中でおさげちゃんに会った。
「あ、お兄さん。お邪魔してます」
「いらっしゃい」
どうやら、コンビニの間に弟が帰ってきてたようだ。正に千載一遇の好機! これを見逃す手はない。俺は自室を通り過ぎておさげちゃんの後を追った。
「……あの」
「あー、俺も弟に用があってね」
前はあんなに激しく抱き付いてきたのに。女性ってサッパリしてはるわ〜。
おさげちゃんを部屋に先に入れて、俺は部屋の一歩外で待機。
「兄ちゃん?」
完璧超人は油断している。くぅらえぇぇぇ!!
「お前当時水泳部二年の堀田先輩に告られた時帰るの遅かったよな、なんでだっけ?」
キィィィィィィバタン。
俺もおさげちゃんも扉には手を触れていないのに、勝手に閉まってしまった。不思議。閉まる扉から垣間見えたのは、絶望する人間と、俯くおさげちゃん。表情は……見えなかった。
夜の紅葉を楽しみに俺は部屋の掃除を続けた。いっぱい咲いてるといいな。
漫画を読みながらダラダラしていたら、弟が強襲してきた。
「兄ちゃん。久しぶり組み手やろーぜ? 時間無制限で」
「ふっ。いいのか? 父さん帰ってきてるぞ?」
ピクッと反応する弟。
この家で最強は、実は母さんだが、根が優しいので暴力は全く振るわない。クソ爺も母方。しかしヒエラルキーの頂点は父さん。強いわけではないのだが……母さんは父さんにめちゃくちゃ尽くしている。父さんに理不尽な傷が、例え毛ほどのものでも付けば、この世から消滅してしまうだろう。姉の全力で逃げ延びるのがやっとと言えば、おわかりになるでしょう? 遠回しに、巻き込むぞ? と言ったのだ。
信じられないものを見る目の弟。
「イカレてる」
「その通り」
潜ってきた修羅場の数が違うんだよ。命なんてな、朝コーヒーを飲むためにあるんだよ。
弟は頭を振りながら部屋を出て行った。その顔に紅葉が咲き乱れてたのは言うまでもない。
今日はゆっくり食事できるだろう。姉さえ、父さんの前では大人しい。
普通、一家の団欒はこうあるべきだよね。