めんどくさがりと座敷童
最近の幼女遭遇率について言及したい。
上は小学校高学年から下は二歳ぐらいの児童まで、幅広い範囲の美幼女によく遭う。
しかし。
世のロリconeどもがどう思おうと嬉しくない、嬉しくないのだ。むしろ言葉を交わすだけで政府の犬に睨まれる昨今、エンカウントは致死性の攻撃をもつモンスターとの遭遇によく似ている。小さくてもモンスター(女性)。侮るべからず。だからといって男性なら安心、男の娘! に走るのもどうかと思う。つまりノーマルなんですよ。普通。俺の考えは常識ということで分かっていただけたと思う。これからの将来、見合いの席では、女性が振り袖、男性はフルプレートアーマーを着るべきだという俺の考えが。
何が言いたいかというと、女性の考えている事は理解しがたいということで、はい。
「とってとってー」
盗って盗ってだと? ナチョラルに犯罪を進めてきやがる。自分の手を汚さないとこが子供でも女性ですね。おませさんめ。
座敷童に出口への案内を頼んだはずなのに、何故かデカい業務用冷蔵庫のある部屋に誘導された。台所とはいいたくないな。ここが台所なら学校のグラウンドも台所だよ。金持ちは何でもデカけりゃいいと思ってやがる。羨ましいわけじゃないよ? いやほんと全然全く欠片もね、羨ましくないよ。ただここで「けっ」と言わざるを得ないのは、目の前の座敷童の髪の毛が視界に入ったための脊髄反射というやつだ。人間なら仕方ないね。しょうがない。
「けっ」
「はーやーくー、つぶつぶっ! みかんのやつっ!」
建てに宇宙の真理より解き明かすことが困難と言われてるだけあるな、女心。俺の今の気持ちよりも、冷蔵庫上段のつぶつぶ果肉入りオレンジジュースの方が重要らしい。ははっ、カチーン。
俺は冷蔵庫上段でこれでもか! と言わんばかりに大量に並んでいるミカンの缶ジュースを手に取り、開けて飲んだ。なんだこれ?! 美味い。
「あーーー! なんで飲むのーーー?!」
いや、盗ってって言われたから。ごくごく。
「あたしにも! あちゃしにも!」
グビグビグビリ。
「うっ、うぅ〜〜〜」
やばい。
言われた通りにしたというのに、座敷童は瞳に涙を溜め手を握りしめ出した。殴られる。
とっさの判断で缶ジュースをもう一つ取り出して渡した。受け取るためには手をパーにせねばなるまい。
「……すん。えへっ」
今にも泣きださんばかりだったはずなのに、座敷童は笑顔を浮かべて缶ジュースを受け取った。つまりあの涙が有名な女性の涙ってやつだったわけだね? 嘘泣き。武器と誇るだけあるね。手はグーだったからな。
ぼんやりと、座敷童といえど女の観察を続けていたのだが、座敷童は缶を口に当てて傾けたり振ったりして首を傾げている。なにやってんの?
「のめない〜。どうやるの?」
どうって…………。
俺は座敷童の缶ジュースのプルトップを開けてやった。
「!! すごいねぇ。あたしもできる?」
「少し難しいな。十五歳以上の男性で二ヶ月の厳しい研修を乗り越えて、更に一ヶ月既に許可証を持っている指導員に問題なしと判断されて、初めて発行される『プルトップ開けれます』許可証を所持しているなら可能なんだが」
「よくわかんない」
「だろう? 大人になったらわかるよ」
大人が汚いってな。
あんまりこだわるつもりはないのか、モキュモキュと缶ジュースを飲み始める座敷童。
座敷童が缶ジュースを懸命に飲んでる間、俺は今後の対策を練ることにした。
出口に連れてけと言ってんのにキッチンに連れてきたところを見ると、人間の言葉の翻訳が上手くいってないのだろう。子供はあてになんねぇ。となると独力での脱出になるな。あの座敷童は足手まといだな、置いていこう。全然福とかない。噂でしかない。
飲み終わった缶をゴミ箱へ…………ゴミ箱がすげーある。缶どれだよ? なんで缶詰めの表記のゴミ箱と缶ジュースの表記のゴミ箱が別れてんだよ。綿アメみたいな表記のゴミ箱って何だよ。プルトニウムみたいなのと人間みたいなのがあるんだけど。入ってないよね? 洒落だよね? お洒落。
金持ちの、臭いものには蓋の精神を見た。怖い。料理された後に捨てられちゃうの? 一刻も早くここから出なければ。早く家に帰って自室の布団にくるまって、たからこうなったのだが。
「おい童……」
子供から、親が目を離さない理由は、見てない所で怪我したり何か口に入れたりしないようにだという。ましてや性別で分かたれた半分は女性なのだ。しらない間にS2機関喰らってても不思議じゃない。
目を離すべきじゃなかった。
「ん、しょ」
こうして後悔している間にも、また一つ犠牲が産まれてしまった。
俺は座敷童に近づき、目線を合わせるためにしゃがみ込むと、聞いた。
「なにやってんの?」
「えへ〜。すごいぃ? できたー」
座敷童の周りにはトマトジュースの缶が散乱していた。
プルトップが開いた状態で。
座敷童は、それが仕事と言わんばかりにひたすらトマトジュースを取り出しプルトップを開け、トマトジュースを取り出し、
「ストップ」
座敷童の手を掴む。
あほや。子供ってほんとアホ! くぅ!
どうする? ざっと全部で二十三缶ほどある。全部いくか? 腹が逝くな。ならばどうする?
ひとまず座敷童を調理台の上に置く。なにも「どう料理しようかな〜? ぐへへ」といったわけじゃない。これ以上犠牲を出さないための隔離政策だ。
「ねぇ、すごい? すごい? あたしにも出来たよ」
「大したもんだ」
俺が頷きを返すとニコニコと上機嫌な座敷童、ハイテンション。
俺がとある物を探して視線を右に左に散らすと、真似してるのか首を右左と回しながら「キャー」といってはしゃいでる。ぐっ、ガキめ。
仕方ないので残像が見えるほど首をグルグル回してたら見つけた。お冷やのおかわりとかついでくれるアレだ。正式名称は知らん。多分、おかわり君、もしくは、店員は笑顔だけど凄く面倒くさそう君、だろう。投げやりなところから略して、仮にピッチャーとでも名付けようか。
すかさずピッチャーを手に二十三缶もあるトマトジュースを入れていく。
「あたしも! あたしも!」
少しうるさかったのでミカンジュースを渡しておいた。プルトップを開けたときに適当に頭を撫でたら嬉しそうにしていた。その後ピッチャーに入れそうになったのは死守した。そういう遊びじゃないから。
全ての缶の中身を移し終え、ピッチャーを冷蔵庫にぶち込んでおいた。お料理にお使いください。
後は証拠隠滅をはかれば終わりだろう。缶をゴミ箱へ。しかし俺ほど学習能力のある人間もいまい。今は大人しく二本目のジュースを飲んでいる座敷童から目を離さないように、ノールックで缶をゴミ箱へポイポイした。感覚を全開に。コントロールを私に。
「すごぉい! あたしも! あたしもやる!」
よせ! 死ぬぞ?!
俺の精神が!
しかし俺の心の叫びも虚しく届かず。
中身がまだ入っていたミカンジュースは、座敷童曰わくつぶつぶを撒き散らしながらゴミ箱へ吸い込まれていった。
プルトニウム表記の。
ほんと余計なことしかしねぇ。どこで学んでくるんだよ?!
雑巾と台ふきで飛び散った果汁を拭き取る。近場にあった。せっせと絞って同じところにかけておく。
なんか、やたら疲れたよ。
げんなりとしながら座敷童に近づく。もう帰る。玄関の方向だけ教えてもらおう。
視線を座敷童に向ける。座敷童は内股をモジモジとさせている。
「おしっこ」
「イってこい」
クイッと顎で入り口を指し示す。
んー? なにかなその手は? バイバイかな? バイバイだな。手は振ってなかったけどサヨナラバイバイだな。今時の一桁年代のサヨナラなんだね。そう考えると飴少女ことリッカが俺に向けて手を広げたのも抱っこではなく「ここからは一人で充分だ」的な意思表示だったということか。
「もる」
俺は座敷童を素早く抱えると聞いた。
「どっちだ」
「あっち」
座敷童が指差した方に全力で走った。最早バレるバレないの騒ぎじゃない。捕まる捕まらないの問題だ! 知らない幼女に他人の家の冷蔵庫から勝手に拝借した飲料で排泄を促すとかヤバい。証拠がなくても幼女が俺を指差しただけでアウトになりそう。デデーン、とか笑えない。(人生)あうと〜、とか軽々しく言ってくれるな。
幼女が示した方向にトイレはあった。めっちゃ洋式の男女別の普通のトイレだ。雰囲気裏切るにも程がある家だな。
女子トイレの前で座敷童を降ろし、手で行ってこいと促す。
「……いっしょ」
ねだるような視線で服の裾を握ってきやがった。
ばかこくでね。
「大丈夫。待っててやるから。お化けは出ないから」
「ようかいじゃないの?」
「そうだ。お化けじゃない」
子供故に理解が遅いのか首を傾げている。キチンと説明してやってもいいが内股のモジモジが激しくなってきた。限界の近さを知った俺は座敷童の背を押す。
何度も振り返ってきたので、その度に頷きを返した。ノリでやったのでこの頷きが何を意味するのかはよくわからん。
漸く女子トイレに座敷童が消えたので、俺も男子トイレに入る。女子トイレの前で待つとかハードルが高すぎる。
男子トイレには先客がいた。作務衣を着てタオルをバンダナにしているお弟子さんスタイルの渋いオッサンだ。焼き物とかやってそう。
「ん〜?」
振り返って俺の方を見てきたので、軽く会釈して個室に籠もる。会話しませんスタイル。男子トイレの個室が便利過ぎる。中学生ぐらいまでは上から覗いてくるがな。あれほんと何が楽しいんだろうね。
ここのトイレは上が開いていたりしない。助かるぜ。
先客の男性が出ていったのを物音で確認して俺も出て行く。それにしても男女に別れているトイレは素晴らしいな。朝、姉がトイレから出てきた時にすれ違いで入ろうとしたら滅却されるからね。朦朧とした意識の中で弟が蔑んだ目で「こんなとこで寝んなよ」とか吐いてトイレに入っていった時は色々考えさせられましたよ、ええ。以来二階のトイレしか使ってませんけどね。
なるべく家の人との接触を避けるために少し遅れてトイレを出た。特に女性に見つかってはいけない。ボコボコにされてしまう。
流石に先に座敷童が出ていた。なんかボゥっと立ってる。
「どした?」
声を掛けると振り向いてきたが、その顔に表情は無かった。てっきり泣いてるかと思ったが。武器ですもんね。振りかざす男性がいないと使えないっすよね。
フラフラとさまよった視線が俺を捉えると、近づき足に引っ付かれた。
「おい、手ぇ洗ったんだろうな」
殴られました。トイレの前ですからね。わかります。
離れる気配がないので座敷童ごと移動すると「いやぁー!」と嬉しそうな声が上がる。嫌なら離してくれませんかね?
めんどくさくなってきたので抱きかかえるとニコニコと笑顔だった。
「じゃあ、玄関行こうかねー。出口はどっちだ?」
「あっち」
ほんとかどうかは分からないが、座敷童が指し示すままにあっちこっちをウロウロしていたら、本当に玄関らしき場所へついた。車が何台もすれ違えそうな両開きの木製のデカい門扉が見える。森さんがいない。なんてラッキー。きっと森をさ迷い歩いてるんだろう。
「おぉ、これで漸く帰れる。長かった……」
座敷童を玄関先で降ろす。連れては帰れない。捕まってしまう。
「おい、サンキューこのやろう。俺帰るからお前も早くお帰り」
「なんで? どこに帰るの?」
首を傾げる座敷童に俺は説明した。
「家に帰る。待たせてるやつ(布団)が、いるからな」
キリッ。
座敷童が後ろを指差す。
「いや……そこはお前ん家だろ。俺は俺ん家に帰るんだよ」
「なんで? じゃあ連れてって。いっしょいく」
「ダメだ」
泣いたり膨れたりするかと思ったが、座敷童は「そっか」と呟くだけだった。
「ようかいだから、帰るの? ようかいのお家に」
「そうだ。妖怪だからな。妖怪せいだな」
「そっか」
なんか罪悪感があるんだけど。しかし俺には家に帰ってダラダラするという予定があるため、幼子の悲しそうな顔を振り切ることにした。
ポンポンと軽く頭を叩くと、悲しそうな顔が少し嬉しそうな顔に変わる。
「じゃあ」
な、と言い切ろうとしたところで、門扉が開きリムジンが入ってくる。
おぅ、横になげぇな。どうやって曲がるの?
そんなことを呑気に考えていたのが悪かった。リムジンが少し離れた場所に止まり、運転手さんが出てくる。どこぞの制服に制帽、白い手袋をつけた運転手は後部座席のドアを恭しく開けて頭を下げた状態で止まった。
後部座席からは髪を短くカットしたタキシード姿のイケメンが出てきた。
「あれ? 兄ちゃん」
我が家の弟だ。
怪訝そうな顔をしていたので、苦虫を噛み潰して青汁に混ぜたような顔で迎撃しておいた。
弟はリムジンから降りると一歩横にズレ手を差し出した。
その手を奥から出てきた人物が掴んだ。
光を弾くような艶やかな黒髪はストレートに、淡い水色のサマードレスに身を包み腰の同色コサージュがアクセントになっている。細い脚や腕を惜しげもなく晒し、薄い銀のハイヒールがリムジンから降りてくる。しかしなんといっても一番目を引くのは顔だろう。老若男女を惹きつけて止まない神が与えたもう、美の極致のような造形。本来なら特に男性はこぞって群がりそうなものだが、彼女から出るオーラのようなものが近くに寄ることを躊躇わす。透明感のある表情に薄い唇のあの顔に笑いかけられたらそれだけで昇天してしまうだろう。
弟にエスコートされて、そんな完璧美人が姿を現す。微動だにしていなかった運転手さんも流石に動揺したのかピクリと動き、やや顔が赤くなっている。
そんな完璧美人、姉が俺に気づき視線を向けてくる。
「あら、あんた……」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! はぁっはっはっはっはっはっはぁっひっひっく――――はっ?!」
姉は笑顔だった。あかん。昇天してしまう。