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めんどくさがりをご招待



 森の中に突然出現した塀は、視界の端から端まで続いていた。


 高さ五メートルぐらいの白塗りの塀だ。


 巫女装束の美少女、オカッパに導かれてきた先は、越えられない壁だった。越えられないなら仕方ないね。帰り道だけ聞いて帰るしかないね?


「あっ、こっちです。表から入ると凄い回り道になっちゃうから、裏口からで……すいません」


 どこどこまで続く白塗りの壁に、一部がくり貫かれるように扉が備えつけてあった。江戸屋敷のような塀だから扉は木かな? って思ってたのに、鋼鉄製。しかも鍵穴などなく、取っ手の部分にオカッパが触れると「ピー」という電子音の後に扉がスライドした。いやだハイテク。風情を返して。


 その扉と屋敷の塀を見て、今更ながらに嫌な予感がヒシヒシと皮脂に伝わる。……許してくれ。


 前で嬉しそうに笑いながら手招きするオカッパに姉(神を浄化し魔を鼓舞するアーティファクト)がダブる。しかし後ろには猫を被った虎が……っ?!


 落ち着け。所詮は人の造りし造形に神の作りし似姿よ。なにそれヤバい。心拍数が少し上がってしまった。


 どこかに助けはないものかと、血走った目がキョロキョロと止まることなくアチコチに視線が飛び、上がってしまった血流の速さに伴って汗がじんわりと滲む。指はこの暑さのせいで震え? 伝わったのか脚もガクガク。これが武者震い? なるほど。夏場は大変。


「どうしたんですか? ……あっ! 遠慮しなくても全然大丈夫です。むしろ、いつ来てくれてもいいので」


 オカッパが近寄ってきて満面の笑みで腕を掴んで引っ張る。ひぃー?!


「いやいや、やっぱり突然お邪魔するのは悪いかなぁって……」


「そんな! ほんとに遠慮なんてしないで下さい! 自分の家だと思って頂いてかまいませんから!」


 オカッパの手をやんわりと振り解こうとしたら、逆にギュッと握り締められてしまった。ひゃぁあっ?!


 助けを求めようと、三歩下がってついてくる森の人(銃器ではない)に視線を送ってみたが、こちらを見てるんだか見てないんだか分からない視線の先は斜め下を位置し、うっすらと微笑みを浮かべる付き人モードだ。随意ってあれだ、俺の意じゃないみたい。


「……なんか、随分お付きを気にシマスネ?」


 ヒヤっと来た。


 あれ涼しいな? と視線をオカッパに戻すと変わらずニコニコしていたが、瞳の光彩は消えていた。恐らく、あの開いた扉から霊気が漏れだしたのだろう。冷蔵庫開けるとなるよね。あるある。


 俺はオカッパの足下から吹き上がる霊気を気にせず、質問にゴマカシで答える。


「いや、荷物どうしようかなーってさ。どう考えても、あの扉は抜けられんだろう」


「あっ、そうですね。じゃあお付きには正門に回って貰いましょう。私が連絡入れときます」


「あ、ですか……。じゃ、それで」


 だから今日のところは、と続けたかったのだが、笑顔なのに迫力があったので押し切られてしまった。いや違う。笑顔だから迫力がヤバかった、の間違いだな。怖い。


 ともあれ脅威が一つ減るのはありがたい。森さんとはここで別れさせて貰おう。早い方がいい。森が腐界に呑まれる前に。


「じゃあ、森さん。ここで」


「はい。承りました」


 おお。従順な女性って素敵。しかし調子に乗らないようにしよう。俺は熱湯をかぶりたくはない。


 森さんが壁沿いに歩いていくのを見送ると、オカッパが扉の中に足を踏み入れながら振り返ってくる。


「じゃあ、私達も行きましょう! あの、とりあえず、わたっ、私の部屋で! おおおお茶でも」


 なんだろう。ネズミとりにチーズが乗ってるのを見ているネズミの気分なんだが。


 今の心理状態は置いとくとして、紳士度が十段階評価でHとつく俺が、初対面と思われる女の子の部屋に上がりこむ訳がない。遠回しに断ろう。


「いや、流石にそこまで厚かましくしちゃ悪いよ」


「全然大丈夫です! イきましょう!」


 言われるがまま、オカッパに背中を押され、俺は扉をくぐった。

 同時に、第六感は匙を投げた。












 塀の中と外で、だいぶ様相が変わった。塀の外は鬱蒼とした森で、塀の中は手入れの行き届いた庭だった。


 池に橋なんて掛かってる。刈り込まれた芝に、味わい深い松の木、季節によって楽しめるようにか、今は散ってしまった桜の木や梅に、紅葉を楽しめるように今は青いイチョウなんてものが絶妙に配置されている。


 その先に平屋建てのデカい日本家屋があった。


 悪いことやってる家だ。ここだけバブル。


 連行される下手人のようにオカッパと橋を渡る。池にはデカい錦鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。


 なんかだいぶおかしな事になってると思う。ちょっと整理しよう。


 えーと、尻尾に拉致されるというか親に裏切られるというか、尻尾の道場の合宿へ。終わってボロボロになりつつも必至で帰ってきた兄を、何故か弟が追い立てたんだよな。反抗期か……。で、偶然出会った部長に部活動を強いられ、茶葉が乱入。他の部員と顔合わせを強制され完徹。漸く帰っていい加減眠気が限界だったから、とりあえず寝たんだよな。弟が何か言ってた気がするが、反抗期だしな、で切り捨てて……目が覚めると、体が縮んでしまっていたっ?! て事もなくー、森に置き去りにされた。


 一瞬、ビバ異世界、なんてことだ……伝説、始まっちまうな……なんて考えてたことは内緒だ。ラインに突っ込む腐界人を見て直ぐに夢は砕けたからね。


 腐界人が言うには、これは爺のせいだという。妖怪のせいなら仕方ない。現代のキタさんに退治をお願いしようと思ったが、奴は基本乙女しか助けない。まさに怪異。脱出は自力でこなすしかなさそうだ。


 つらつらと考えてたら、和服を着た家の人っぽいのが、橋の終わりに立っていて、オカッパが話しかけている。たぶんあれだ、森さんが表門に回ったからそれについて、


「別室にお風呂の用意と着替えを。私の部屋に先輩をお通しして、お茶と菓子を。夕飯も部屋で食べるわ。二人分。行って」


 一言もなし。


 振り返ってこちらを見たオカッパはいい笑顔だった。


「あ、先輩。お付きの人の対処しときました。じゃあ、部屋で待ってましょうか?」


 やべー。とうとう相手の嘘も見抜けるようになったよ? そして未だにこの娘が誰か思いだせない。中学の時の後輩? しかし友達もいないし部活もやってなかった俺に、後輩なんておさげちゃんぐらいしか思い浮かばないんだが? なんて事だ、目からも汗が……。


「そ、そうだね」


「ちょっと着替えてきますけど、直ぐ戻るので。先に部屋にお願いします」


 オカッパがそう言うと、後ろから別の家の人っぽい人が俺に近づき、「こちらへ」と促してきた。気配の絶ち方に現れ方、歩法、挙動、どこぞの高校卒の方だろうか……。高度に訓練された俺じゃなかったら危なかった。逃げ出すところだ。


「先輩! それじゃあ後で! 直ぐに戻ってきますから!」


「え、ああ、うん。そうだね戦争は何も産まないね」


 ブンブンと手を振るオカッパに適当に振り返して、俺は思った。


 今が好機。


 逃げ出す時の定番を案内の人に伝えた。


「あの、トイレかりても?」


「はい。それではこちらへ」


 あれれ? 促してる先が変わってないよ?




 俺は首を傾げつつもついていった。トイレにつけばこちらのものなので。



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