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めんどくさがりと遭遇


 黙々と川辺を歩く。


 効果音はズシャッズシャッで間違いないだろう。


 悪霊掃除屋の助手が持つような荷物を背負い、更には実体のある幽霊(つまり生身)の女性をその上に乗せて山を下るって言うんだから、正気なの? って聞きたいよ。自分に? いや女性に。


 某野球漫画で習ったんだが、人間は登るときより降るときの方がエネルギーを使うらしい。わぉ、勉強になるー。教科書も全部漫画にしてしまえば、生徒の理解度も上がるんじゃないだろうか? 教材はアニメに、教員は2Dに、生徒の最多就職先がアニメクリエーターか漫画家になり、結婚は全て別次元の女性と一方的にできるようになり! いずれは肉体という楔から解放された存在への昇華に繋がり!


「やがては至るわけですな! 女性の支配からの脱却に!」


「声出てっから。暑さで頭沸いてんじゃないの?」


 まあ、あくまで『夢』だと言いたいだけでして、はい。


 しかしこの暑さの中、黙々と下山させられてたら何の拷問かと考えてしまうので、思考が横に逸れるのは仕方ないと思うのです。拷問かと考えてしまうので。


 妄想すら封じられたら後は、森さん(人類の半分がこの人と同じ性別のために、霊長類などと呼ばれるようになった存在)と会話するしかなくなるじゃないか。そんなの恐れ多い。決して長々と話して蛇が出てくることを忌避してるわけじゃないよ? あくまで相手が不快に思わないような配慮さ。


「なんか暇ねー。あんた何か話でもして、私を楽しませてよ」


 千夜一夜って知ってる? 僕知らない。だから話などない。


 沈黙を貫きたいが、この後の展開は目に見えてる。


 沈黙→死 話→死


 つまり結果は同じということだ。


 汗が吹き出る。


 まるで尾行がバレて、今死ぬか後で死ぬかと突きつけられているかのようだ。寿命でお願いしたい。


 汗が顎を滴り落ちる。


 第三の選択を選びたい所だが、相手から『話をして楽しませる』という課題が出てる限り、話はしなければならない。リアルがクソゲーと呼ばれる所以だろう。このうんこゲーム。

 そりゃ若い女の子と話すだけで料金が発生する商売が成り立つわけだわ。あれは安全の値段なんだね。話してる間に限っては危害を加えないぞ、というね。


 顎から落ちた汗が地面に沁みを作る。


 だから結論としては。


「五千円で勘弁して下さい。今持ってないので、家に帰ったら、二日以内に」


「……んん? どっからそうなったん?」


 古より。


 こうして負債が増えながらも山を歩くこと四時間。長い。日本かどうかも怪しくなってきたよ。保護? 植? 全てパルプにしてしまえ。


 一番嫌いな色が緑になろうかという所で、第一村人発見。おぅふ、オカッパの巫女さんだよ。どこぞの井戸を通じて戦国に迷いこんだ可能性あり。たとえ「俺の代わりに、オダ、やらない?」とか言われても断ろう。


 選手生命が掛かろうとも試合に挑む決意で声を掛けようとしたら、茂みからガサガサ出てきた時点で気付かれた。俺の顔を見てひどく驚いている。まぁ、さもありなん。荷物の上で寝転がる同族なぞ見たら驚くよね?


 とりあえず誤解を解くことにした。


 両手を開いて前に。ポーズ゛撃たないで゛


「違うんだっ!」


「先輩っ!」


 んー? 会話がおかしいな。俺の会話の流れとしては「この人は怪しい人じゃない(オカシイ奴だ)。決して危害を加えたりはしない(俺は)」と続けつつ、俺が脅されて従うしかない立場の善良な市民だと理解させる方向にしようと思ったのに……森さんと知り合いとは、いかん会話の方向性を変えねば。俺だけが畳まれてしまう。後で口裏を合わせてもらうとして、森さんの許可を得て山に入ったことにしよう。


 つまり嘘ついとこ。


「えと、後輩? さん?」


「ああ! すいません! 桜です。呼び捨てで全然大丈夫です」


 わちゃわちゃと岩の上から降りてくる。


 森さんの後輩なんだから傍若無人の徒かと思えば、上から声を掛けるのが失礼とでも思ったのか、わざわざ近づいてくる。顔が赤い。この暑さでそんな重苦しくもん着てたらそうなるわな。


「どうやら桜ちゃんに会いにきたみたいなんだけど、森で迷ったみたいでねー。良かったら山を降りる道を……」


 教えてって言おうと思ったんだけどね。


 赤ぇ。


 近づいたらよりわかる赤さ。


 よく見たら、岩の上は木の影になっていて涼しそうだった。急に暑い所に出てクラッときたか? 大丈夫か? 目がグルグルしてる。


「会い、会いに……愛しに? き、きた……から、つまり、私に……私と……」


 やばいな。謎言語になってきてる。


 何故か第六感さんが俺を超叩いてる気がする。きっと目の前の女の子の安否を気遣ってだろう。心の底から溢れでる優しさよ。ん? なんか叩く速度上がった気が……。


 まあいい。


 女性が視野に入ったら警戒を促す壊れ性能だからね。某魔法使いが靴下にくるんでトランクの底に沈めたあれみたいなもんだ。マグルの俺には扱いがむずい。


 とりあえず、目の前のオカッパに水分を与えるべきだな。ここで立場が反対なら、川に突き落とされて「ほら、水だ。遠慮せず飲みな?」と言われながら沈められる所だが、生憎と紳士。掛ける言葉は「紅茶でもいかがかな?」が正しい。確か森さんがリュックから出してたな。よし。


「も――り、さん? ……だと……?!」


 いつの間にか。そう、いつの間にか。


 森さんが乗っかっていた場所には誰もいなくなっていた。


 しかし振り向いた俺が驚いたのは、その事に対してじゃない。


 いつの間にか三歩程下がった所にお仕着せを着たメイクばっちりの森さんが、手を前に組み頭を軽く下げ軽く微笑んだ状態で立っていたことだ。お付きの人だ?! いや、森さんは子供の頃からお付きの人だけども。


「はい。御随意に」


 マジでか?


「謂われのない暴力を禁じます」


 駄目元で。


「……御用命承りました」


 マジでか?!


「せっ、先輩!」


 はっ! そうだった。オカッパが熱中症だ。しかも知り合いがいきなりお付きモード入ったらびっくりするよね。


 顔を戻すと、オカッパから湯気が立っていた。わーお。


「両親に、両親にしょかい、しょーかい!」


 今のやりとりはスルー? とりあえず言い(フォロー)しとくか。


「あの人は、元々俺達の付き人で今も面倒になってるから、仕事であんな格好をしてるわけでね? 親代わりっていうかなんていうか」


「えっ?! 先輩の親代わり?! あっ、あの! はじっ、初めまして(・・・・・)! 葵乃上 桜です!」


「御紹介に預かります。当代壱鬼家御頭首より八神家御子息の御世話を仰せつかわりました、壱鬼が分家、波子舞が次女、千代と申します。お見知りおきを」


 ん? 『御』が多いな。うん、分かってる。そこじゃない。なんか葵乃上って聞いたことあるな。アイスのメーカーだったかな? いや、それよりも。


「初めまして?」


 汗々と頭を下げるオカッパに問いかける。森さんは何故か片膝ついて頭を垂れてる。


 先輩後輩的な関係じゃないの?


 はっ?! 森さんの歳的にありえない!


 ……ということはだ。


「先輩、あの、ここでゆっくり話しても全然大丈夫ですけど! 荷物もあるみたいなので一度! 家に!」


 と、オカッパがぐりんと俺の方に首を向けてきた。理解に至った瞬間に解答を貰った。これあれだ。


 どこぞでブラブラ歩いてる時に「あれ? 八神じゃね? 八神じゃーん! 久しぶりー!」「お、おう。久しぶり……」ってなる現象だ。所謂、誰だっけ現象。やべ。思い出せん。


 夏だからと汗が出る状況が多くなかろうか? やはり自分の部屋しかホームはないね。最近よく攻められるけど。


「あのっ、じゃ、じゃあ! いいい行きましょうか!」


 オカッパの手が俺の前をウロウロとさ迷い、最終的に行き着いた服の裾を握りグイグイと引っ張ってくる。いや伸びるから。


「いや待って。荷物あるから」


 そして出来れば帰り道だけ教えて。お家のご招待は、また今度、機会があればということにしない?


 しかしオカッパは、俺の言葉に引っかかったのか首を傾げる。


「……え? 荷物はお付きの人が運んでくれますよ。そう言えば……先輩が運んでましたけど……あれ?」


「男だからね」


 弱いからね。どっちがって? そりゃ弱い方さ。


 俺が自嘲を浮かべたのを、何を勘違いしたのか「先輩、優しいですね」とか言われた。


「でもお仕事とっちゃ駄目ですよ。逆に悪いことしてるみたいになりますから」


 そうかな? そうだな。


 出来れば俺もあのくそ重い荷物とはお別れしたい。チラリと森さんに視線を向けると跪いてペコリの態勢のままだった。しかし心の声はしっかりと聞こえてきた。


『やべ、どうすべ?』


 今日も感度は良好らしい。これで一儲けできないかなぁ。


 ここで森さんを見捨てると後が怖い。しかし下山は楽になる。なら仕方ないね。見捨てるしかないね。


 俺が決意も新たにオカッパの提案に頷こうとしたら、オカッパは「……でも、そうですね。少し大きいですよね……」とブツブツ言いながら荷物に近寄っていった。


「『これに重さはない』から、大丈夫です。はい、お願いします」


 荷物に触れてそんなことを言い出したかと思ったら、ヒョイと片手で軽々しく持ち上げた。


 森さんは突き出された荷物を恭しく受け取ろうとしたが、手が震えていた。潰れるんだろうか。そんなものを運ばせないでほしい。


 が、


 森さんもヒョイと持ち上げたところで吹いた。

 持ち方も変だ。肩掛けのところを掴むでもなく、横から鷲掴みだ。怖い。


「さ、行きましょう! 先輩!」


「お、おうよ。もちろんさね」


 笑顔が眩しい美少女と和服が似合う美女を前後に、俺は下山を再開した。


 化け物が二匹。


 さってと、今日はどこに逃げようかなー。




 日は、まだ沈まない。



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