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めんどくさがり、山を降りる



 あっつい。


 なんで夏って暑いんだろう。冷夏うんぬんって聞いたことあるけど、冷たい夏とか(笑)。冷たくしてくれ。


「はいもっと早く歩くー。日が暮れるわよー」


 気温をだよ? 言葉じゃなく。


 絶賛山下り中です。


 毎日が今年の最高気温なここ最近。家でクーラーの中にいれば毎日同じ温度だというのに、なんで俺は山を汗だくで降りなきゃならないんだろう? そこに山があるからかな? バカ言え。


 俺の少し先を歩く案内人さんは手ぶらで冷たい視線を送ってくる。きっと俺が熱中症にならないようにだろう。愛されてる。なんせ自分の荷物を俺に全て預けてくるぐらいだからね。愛が重い(物理)。


 俺の二倍はあるリュックを背負わされ黙々と山を歩いている。


 やっぱり、夏といえば、山だね! リア充はどこかおかしい。


 あれ? なんでだろう? 山を降りているはずなのに、酸素が薄いような……。これはいかん。


 口をパクパクと金魚のマネをして必死に訴えたら、森さんも流石に軽快に動かしていた足を止めてくれた。


「ん〜、わかんない。なんの真似? 現国の平井?」


 砂漠でオアシスの蜃気楼をみた絶望感だよ。どうやら気力を振り絞って自分の意志を伝えなければならないらしい。そう。どんな想いも目に見えるわけじゃないのだ。言葉にしなけりゃ伝わらないことだってある!


「たすけて」


「むり」


 伝わればいいってもんでもない。


 要求のグレードを下げよう。じゃなきゃ、その、あの、あれだ。命がヤバい。


 人生なんて妥協と融通で出来てるんだから、具体的かつ自分にも利益があることなら誰だって断ったりしないよ。


「ここらで休憩しませんか?」


 切実に。


 たった一つの些細な願いだというのに、森さんは拒絶を含んだ視線で答えを返してきた。


「ここで〜?」


 ああ、なんだ普通に嫌そうな言葉も返してきたよ。ダメージ二倍。


 しかし分からないでもない。周りは鬱蒼としているし足元は草だらけ、虫とかウジャウジャいそうだしね。決して『お前と休憩ぃ〜?』的な意味合いではないはず。なんだろう、殺しにきてるね。身も心も。


 だから俺は休憩できる場所が近くにあることを話した。


「水音がするから近くに沢でもあるんじゃね? そこで休憩しませんか?」


「……いや、水音とかしないし、キモイし、人気の無いとこ誘うなし。……そういやあんたも壱鬼家だったわね……相変わらず人間やめてんね、キモイ」


 だ、ダムが決壊しちゃうよ?! これ以上体から水分が出ていったらどうなるか分かっての諸行ですか?! 分かってますよね。女性ですもん。


 おそらく証拠の残らないやり方と、後の法廷で有利になるように殺りにきてるね。しししし信じられないよ! もう女性が信じられないよ!


 このままだと死ぬと本能が訴えるので、仕方なく森さんを無視して水音が聞こえた方に足を進める。


「ちょっ! オコた? オコたの?」


 激でな。


「もう〜、こんなんでオコんなよ〜」


 ズンときた。


 肩越しに振り返ると、森さんがニマニマしながら荷物の上に乗っかっていた。背負わせた上に感触も無しとか……等価交換から学べ。鋼を全巻読み直してこい。


「んじゃ、ゴー。私も疲れたから丁度いいわ」


 ダム決壊。


 色んなとこから水がでんのは人間だからさ。生きてるって証拠。


 ゴソゴソとスマホを取り出してラインを始めた森さんを背負い、俺は水音を目指した。










「やふーふ」


 川に飛び込んだ。派手な水音が鳴る。


「いーよねー、男は。何も気にする必要なく水に飛び込めるんだから」


 割と切実に命の危機なら男女関係なくいけると思いますが?


 森さんが足を川につけながら羨ましそうに俺を見てくる。


 予想通り川があったので、荷物を置いて川に飛び込んだ次第です。


 重力に逆らって川の上に浮かぶ。浮力だ、浮力だよ。時代は浮力。なんか川の上に浮いてるだけで気持ちいいよ。このまま流されて人里までいっていいんじゃね? もうこの女いらね。


 パシャパシャと水を蹴っているジャージ女の横をプカプカと横切る。


 パシャパシャドドガッドカッパシャパシャ。


 ぐふっ。別にモビルなんちゃらではない。


「ねー。お腹すいたー」


「すぐにご用意致します」


 だからぶたないで。


 脇腹を押さえながら川から上がる。


 これ? なんてことない健康法だよ。水から上がるときに脇腹を押さえたら引き締まる気がするとか、そんなん。決して患部を押さえてるわけにあらじ。


「で、野苺とかアケビとかでいい?」


 森さんに確認の意味も合わせて問いかける。『他にないよ』と。


「妾はガッツリ食べたい気分じゃ」


 森さんがこちらを見つめて答える。『肉がいい』と。


「じゃあ、ガッツリ採ってきますね。イチジクとかザクロも」


 俺は笑顔で穏やかに返した。『ふっざけんなファク。山に肉なんてねーんだよ。スーパーにしか置いてねーんだよ』と。


「妾は、ガッツリ食べたい」


 森さんはいい笑顔だ。『じゃあスーパーに行けばいいじゃない?』と。


 ………………。


「魚がいますね」


『魚肉で』


「よきにはからえ」


『しゃーない』


 魚を捕ることになりました。










 魚を素手で捕まえるとか笑う。そんなビックリ人間的などこぞの弟子ではないので、罠を張ることにした。


 人間の知恵だ。人類の歴史に学ぶんだ。


 古来の人は、罠を用いて身動きを封じ、武器を用いて自分の何倍もデカいマンモスを狩ってきたという。マジで?


 もし本当だとしたら、狩っていたのは女性だったのだろう。説得力が違うよね。奴らの追い込み、パないもの。


 網も竿もないので、川の端に袋小路を作って追い込みをかけることにした。奥に行くほど細く浅くなるように作る。


 岩をガンガン水の中に落として作ったせいか周りに魚がいなくなってしまった。魚捕るって大変。仕方なく遠い所から追い込みをかける。


「まだぁー?」


 間違った。追い込みをかけられる。


 図にするとこうだ。


 魚 ← 俺 ← 神 ← 女 ← 姉


 魚が俺から必死で逃げていくが、気持ちはわかる。でも、生きたいんだ。詫びるつもりはない。


 袋小路への一方通行に追いやって、脱いだTシャツを網代わりに魚を三、四匹確保して、振り向いたら、


 森さんが俺の上半身を見て涎を垂らしていた。


 お腹すいたんだね、きっと。多分、俺を通り越して魚を見てたんだよ。……きっと。


 すぐさまTシャツを着て、少し離れてるから叫ぶように声をかける。近づけばいい? なにを馬鹿な。


「森さーん! 火、持ってるー?」


「荷物の横のポケットに、ナイフもライターもコンパクトロッドもあるよー?」


 早く言えよ、くそ女。


 女性に接すると味わう感覚、なんか胸が苦しかったり(ストレス)心臓の鼓動が速くなったり(不整脈)などがあるが、一番はなんといってもこれでしょ? 徒労感。はい穴掘ってー。できた? じゃ穴埋めてー。って言われるあれだ。


 荷物の横のポケットを開けたらサバイバルキット的な感じになってた。釣り竿に練り餌もあった。涙と血って同じ成分なんだってー。つまり目から流れてもなんら不思議ではない。豆知識。


 まて。怒るだけ無駄なエネルギーだ。素早く食事を取る方が大切だ。具体的にあれだ、腹減った。


 手早くサバイバルキットを取り出す。石でカマドを作り小さな網を乗せる。炭を適当に入れて着火材にライターで点火。火が大きくなる前にナイフで魚の鱗を落とし、内臓を抉る。感謝の言葉を忘れずに。


「往生してね」


 ヤのつく商売の人は上手いこと言う。


 川の水で綺麗に洗ったら、鉄串を刺す。火の調整をしつつ網に乗せ焼く。適当に裏返しながら塩を振る。まぁこんなもんだろ。


 汗を流しながらジュージューやっていたら、森さんが立ち上がった。


 ザッ。中腰に移行しつつ森の奥と下流(逃走経路)に目を向ける。


「……なにやってんのよ。焦がさないでよ? 私の魚」


 ジャイ族(女性)的な発言を流しつつ頷く。


 森さんはスマホで音楽を聞きながら荷物を漁る。どうやら目的は荷物だったようだ。


 500mlの紅茶のペットボトル飲料とカロリーなブロックを取り出して戻ろうとする。


「ちょ、待てよ」


 ガシッと腕を掴んでもしょうがないと思う。


「なんじゃら?」


 ん? と首を傾げる森さん。合図だ?!


「何でもないです」


 反射的に手を離す。そういえば、この種族は友達と「ずっ友だよ!」と誓いを交わすくせに同じ奴を好きになったら抜け駆け上等を謳う種だった。桃園の誓いみたいだね。


「ねー。魚もういんじゃね?」


 おっと。いけないいけない。焦がしたら焦がした分だけ焦がされるとこだった。


 魚を裏返すと、いい感じ。


 ミニバケツに入れてた水で火を消す。炭が冷めたらバケツにいれて持ち帰り。


 余熱で魚を焼いてたら、森さんが隣にしゃがみこんでくる。なんか嬉しそうだ。


「お〜。なんかこういうの久々だわー」


 どういうの?


 焼けたであろう串を差し出す。


「うむ。くるしゅうない」


 いや苦しいです。


 森さんがパクパクと魚に食い付く。俺も適当な串にガブリ。


「んー。美味しいじゃーん。偶には外で食べるのもいいねー」


 いや家で食べるのがいいです。もしくは自分の労力がゼロがいいです。


「そうだなー」


 森さんは紅茶を一口飲むと、ペットボトルを差し出してきた。


 受け取ってゴクゴク。


「紅茶よりはお茶か水派なんだけど」


「飲んだ後に言う? んだよ。美少女との間接ちゅー成分入りならエリクサーだろ」


「あっはっはっはぐ」


 グサッときた。


 だって、美『少』女とか。正確には『美少』女とか、ザクッてきた。


 黙って食べよう。魚と同じ運命を辿りたくはないし。










 食事も終わり片付けも済んだ。もう帰りたい。


 なのでそろそろ出発しようと森さんにお伺いと方向の指示を頂くことに。


「森さん、そろそろいこっかー」


「うーい」


「あっち方面に向かってたから……こう突っ切った方が早い」


「あー、どっちでも同じじゃね?」


 …………ん?


 全く反対方向を指さしてみる。


「……あっちが下山ルート?」


「ん〜? そうそう」


「……もしかして遭難してる?」


「遭難です(爆)」


 置いていこう。


 下山ルートも知らない上に荷物な女を抱えたまま遭難とか死んでしまう。今も荷物の上に腰かけてるし。運べと?


 ジリっと軽く下がる。


「置いてったらどんな手を使っても山降りて婚姻届に署名捺印させるから」


「じゃ、行きましょうか? 多分、川に沿って下流を目指せば間違いないかと」


「よろー」


 むしろヨロッときたよ。




 文字通り荷物を抱えて、山を降りることにした。日が沈む前に降りなきゃ。夜になったら獣が出るかもしれない。



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