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めんどくさがりと森



 鳥のさえずる声が聞こえる。


 木漏れ日が葉の隙間から顔を刺してくるので、死にたくないから目を開いた。


 視界一面に枝が広がり視線で辿ると大きな木にいきついた。気になる木だ。


 寝起きの頭をフル稼働。つまり眠いしか出てこない。


 ゆっくりと辺りを見回してみたが、緑の地面に木が乱立している。そして大樹の下にベッドが置かれ横なっているどうも俺だよ?


 つまり、今日、森スタート(句読点の位置はあってる)です。












 いや馬鹿な。


 落ち着け。冷静になれ。幾度も死線がそばを通り過ぎていった経験をもつこの俺に、たかが朝目覚めたらベッドごと森に置き去りにされてくらいで、どないしよう?


 これはかなり特殊な状況だよね? キャンプと仙人以外こんな状況で目覚めることなんてないはず。


 俺はゆっくり体を起こした。


 ベッドの端に誰かがこちらに背を向けて腰掛けているのが見えた。


 俺はゆっくり体を横たえた。


 ヤバい。あれはあれだ。姉の字から市(死)を取った性別だ。つまりノスフェラトゥ。


 長い髪は茶髪と同じ茶色だがくすんでいる。アップにしてうなじが見えたので女と判別できた。何故かジャージを着ている。


「はぁ?! 意味わかんない! さと×さじとか頭腐ってんじゃないの?! 受け受けうける〜」


 しかも腐ってやがる。早すぎたんだ。


「あー、もう駄目。話になんない」


 ボスっという効果音と共に足に過重がかかる。


「……警備あきたなぁー。しかしコイツはほんとよく寝るよね」


 足に乗っかっていた過重がグリンと態勢転換。ゆっくりと上に上がってきたよヒィぃ。


「へっへっへ。ダンナダンナ、もう昼ですぜ? いつまで寝てるんですかい?」


 俺の顔に息がかかる。あれだ。夏の定番、怖い話。


 ツンツンと頬をつつかれる。


「……しっかし、デッカくなったねぇー……。ウサギみたいに一緒に逃げ回ってたのに。はぁ、たくましくなって」


 モミモミと布団の上から揉まれる。


「……あっ、ちょとムラっときた」


「うーん、さーて起きちゃおっかなー」


 俺氏貞操の危機。


 不自然でない程度に体をはねのけ、背伸びをして今起きたよアピール。

 年齢不詳の敵性生物は特に抵抗することなくゴロンと足の方に転がった。


「はよー」


 寝転がったまま軽く手を上げて挨拶してくる女性を、俺は知っていた。


「なんだ森さんじゃねぇか」


 無口じゃない方の。


 蹴りが鳩尾に入った。大丈夫。想定内だから。


「あんたねー、久々あったんだから感涙にむせび泣いて宝石の一つもプレゼントしてきなさいよ」


 しかも集ってきた。大丈夫。想定内だから。


「しかもまだあだ名だし……。千代お姉ちゃんでしょー。ほんと昔っからあんたって名前覚えないんだから」


 よっこらせと森さんが体を起こしてくる。狭いベッドに男女が一緒にいて両方部屋着。なんという部屋感。ただし森。


 しかしなんてこった。これで何らかの情報を得られるかと思ったが、森さんじゃ何の役にも立たない。森にエルフがいるぐらい普通。ただれた店にエロフがいるぐらい普通。


 森さんが体を起こして近づいてくる。俺のほっぺを掴むと引っ張り出した。


「あっはっはっは! のびるのびる」


 イカレてやがる。女性だもの。


 しかし森さんは確か俺より七つ上のはず。つまり二十四。働いていてもおかしくない年齢なのだが? 学生が闊歩し社会人がそれを羨ましげに見る季節にジャージということは。


 俺は森さんの手を払って聞いてみた。


「森さん、もしかして無職?」


「失礼ね。就職してたわよ。今はちょと実家に寄生してるだけよ」


 うん。無職だね。


 つまり将来の俺になるわけだが……情報収集しておくか? なんでも知っておいた方がいいに決まってる! なんでもは知らないとか言えるようになるからね? ここ一番で叔父さんを引っ張ってこれる。


 というわけでトライしてみた。家庭教師ではなく。


「就職ってなんですか?」


「……そこから?」


 他にどこから聞けと?


 森さんは嫌そうに顔をしかめ苦虫を噛み砕くように口をすぼめて言った。


「延々とお茶を汲み続けることよ」


 然り。


「やめたの?」


「……辞めたというか、辞めざるをえなかったというか……。社内恋愛で彼氏が出来たんだけど、付き合って三週間して家に呼んだのよ? ばっちりよ。隠すもの隠して下着はオニュー。手入れ完璧。まずは胃袋ということで料理してたら、パソコンに入れてた描き掛けの原稿見られちゃったのよ。まぁスリープにしてたのもまずかったけど、あいつは糞虫って気付けたからむしろプラ? で、人のパソコン見たミトコンドリアが私の原稿見て言うのよ、『うっわ、俺マジこういうのない。気持ちわりぃ』ってね。でね? 気分悪ぃ帰るからの一人飯で、会社に出ていったらウィルス蔓延並みに広まってたわけよ? 私が腐ってるってね」


 まじでパンデミック。


「だから仕方なく私はとるべき対処をしたの。仕事終わり掛けの蛆虫のパソコンをぶち抜いて、驚いてるヤツに『ほらよ、茶だ』って私の想いをこめたお茶を掛けてあげたの。顔を赤くして飛び上がってたわ。良いことした。で、唖然とする部長の机に辞表叩きつけて『私はゾンビだがBLは尊い!』って言って辞めるしかなかったの。わかる?」


 俺はコクコクと頷いた。森さんが俺の胸ぐらを掴んだこととは関係がない。全くない。


「いえ、わかってない」


 ですよね。返事なんて関係なくギルティなんですね? わかってましたとも。


「ちょとだけ、失業保険きく期間だけ寄り道することにしたの。親が持ってくるお見合い写真やジモティとの合コンがダルかったわけじゃなく、子供の頃から世話してたガキどもが顔みせにきてるっていうから、私がこうして久しぶりに世話役を仰せつかったわけよ? つーかワカのお姉さん? なにあれ? めちゃくちゃ美形じゃない。そしてニッキがカッコ良くなってた。彼女いるとか爆ぜろ。もげてしまえばいいのに」


 なんかこの人、俺の人格形成に多大な影響を及ぼしてる気がするよ。


 同意する。


「それで? あんたこんなところで何してんの?」


「寝てました」


 授業中の言い訳レベルで返したら一発頂きました。あざっす。

 たぶん、俺の返答がどうこうよりストレスを解消したかったんだと思われます。


「それで? あんたこんなところで何してんの?」


 しかもエンドレス。


 ガタガタガタガタッ。


 ウサギのように震えていたら反対の頬に頂きました。宗教かな?


「それで? あんたこんなところでなにしてんの?」


 森さんのストレス解消に一役買ってる。


「いや、ありのまま今起こってしまった事実を話すぜ?」


 殴られました。理由? 理から外れた存在(女性)にはそんなの存在しない。


 でも多分こうだ。


「いや、ありのまま今起こってしまった事実を話させていただいてもよろしいでしょうか?」


 森さんが頷く。やはり敬語だったか。


「モンスターの襲来を何事もなく収めて、俺の心と体を癒やしてくれる恋人(柔らかい)に体をうずめて眠りについてら、何故かここぶっ!」


 頂きました。何をって? 愛だよ愛。コンビニで売ってて誰しもゲットできるっていう量産品。


「まあアンタがここにいる理由とか知ってっけどね」


 愛じゃなく只のヴァイオレンスだったみたい。やだ勘違い恥ずかしい。


 俺が人生と女性に物理的に打ちのめされているを見ながら森さんがつまらなそうに言う。


「オジジ様がやったみたいよ? 母さんが強制連行して連れてきたって言ってたわ。でー、何か強めの薬使ったらしいから、起きるまで見張ってたってわけよ」


 お薬って凄い。この目から流れ落ちている水も薬のせいかな?


「アンタもやーっと起きたし。さあ、山を降りるわよ。疲れるから、おぶってね?」


「いや、何から突っ込んでいいか分からんけど」


「ナニからツッコムとか(笑)」


「とりあえず、山降りるのは賛成。でも、おぶって降りるのはちょっと」


「そうね。ちょっと大変ね。ご苦労様」


「いや、無理です」


「えーーー。昔はあたし背負って鬼から山を逃げ回ってたじゃーん」


 ぶーたれる森さん。


 いやだよめんどさい。別に命が掛かってるような状況じゃないんだから、背負いたくない。森さんは背負っても楽しい体してないし。


「それで? ここってどの辺りですか? こんなデカい木ってありましたっけ?」


 植樹?


 俺が木を見上げていると森さんが呆れたような視線をよこす。


「あんた……庭山だと思ってんの? 呆れた。ここは本家じゃないのよ。主家の持ち山だってさ。近くに山小屋があるんだけどー、そこに泊まりこんでアンタ見張ってたのよ。あたしは今日から見張りに立ってるけど、アンタは丸二日ぐらい? 寝てたんじゃない?」


 二日寝てただと?! ありがとうございます!


 じゃなくて。


「しゅけ?」


 俺が首を傾げて森さんを見たら、森さんはめんどくさそうな顔を返してきた。


「えー……。前にも説明した気がすんだけど」


 過去には拘らない質なので。


 頭をガリガリと掻きながらも、森さんは説明してくれた。


「従家が三に補家が五。それを纏める主家が一。日本を裏から取り仕切ってるとか言う頭おかしいグループよ。えーと、江戸時代に名前が変わったのよねー。徳川が掲げる葵の紋の上に存在するからー、確か」


 森さんがコメカミをツンツンつつきながらウンウン言ってる。懐かしいな。受験の時もよくやってた。


「葵乃上とかじゃなかったかな?」


 ふーん。


「知らん名前だな」


「いや、アンタは知っときなさいよ」


 森さんが残念な視線を向けてきたが、気にせず下山することにした。どれくら時間がかかるか分からないからね?


 それにしても雨が降ったらどうする気だったのか……。


 糞爺には寿命の前に逝ってもらうことにしよう。


 決意も新たに、俺と森さんは森を降りることにした。

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