めんどくさがりの朝
死屍累々とは正にこのこと。
俺の部屋のテーブルは立て掛けられ、床に所狭しと布団が並ぶ。
普段は掛け布団の役割を担うアヤナミ(布団)も今は無惨に踏みにじらている。ちなみに何代目かはもう覚えていない。「代わりはいる(ある)でしょ?」と言わんばかりに我が家の鬼(姉)に蹂躙されるからだ。
そういえば、鬼の字の斜めに伸びている所と姉の字の斜めに伸びている所は似ている。女という字もそうだ。
なんてことだ……また一歩真理に近づいてしまった。このままじゃ将来、扉の向こうに体の一部を持っていかれること必至。この気付きは墓まで持っていくことにしよう。
問題は残虐にも布団の上に寝転んでいる女どもだ。俺が甘かった。よく考えればこいつらは姉と同じ性別だというのに。
だがここで手出しするわけにもいかないっ……!
何を考えているのかこいつらは、わざわざ一度家に帰ったというのにラフな格好に着替えて再集結。俺から兵糧を頂戴すると徹夜でワイワイ騒ぐことイン俺ざルーム。仕舞いには、明け方になって眠くなったからと一人また一人と倒れるように眠ってしまった。全員ハーフパンツやTシャツと似たり寄ったりな格好だ。
ここで安眠を確保すべく行動したいが、こいつらの復讐はやべーからな。情弱な俺としては事の成り行きを見守るしかないのだ。
ちなみに、床に四人、ベッドに部長な割合だ。力関係を如実に表しているだろう?
僕簀巻き。
部の長的な人が言うには、男性は昼の顔と夜の顔、上半身と下半身が別ものだそうだ。
四対一だったんですよ? 僕に何ができたと?
だからゴロゴロ転がるのは仕方ないのだ。茶髪のTシャツが捲れあがり、こっちの角度なら奥まで見えんじゃね? という位置に転がろうとも、あれだ、不可抗力? ってやつ。
知ってる? 地球は自転してんだよ。ぐるぐるな。平衡感覚が素晴らしいとされる人類はこれに抵抗できる。
だがしかしっ!(タイトルではない)
旧型のパイプがついてるようなオンボロな俺はこれに日々頑張って逆らって動いている。意識的に、意識的にだっ!
駄がしかしっ!(タイトルで略)
今は悪しき者どもによって封じられた俺にはその力は使えず肉体は衰える一方。
つまり!(三回は無理)
ちたまの自転に対抗できず、簀巻きのフォルムを考えれば、自然と解答が見えてくる。
このままじゃ見えちゃうね? でも仕方ないんだ。拝ませて貰った後はキチンと御礼の言葉を贈るから。しゃざい? あれは悪いことした人が言うんだよ。つまり身近な例を上げるなら姉とかね。
そんなわけで、努力しながら(もちろん、転がらないようにさっ!)ウンウン唸って態勢を逆転させようと試みていた次第。
「……あ、あの……」
なんだよ、今忙しいんだけど?
「な、なにをされているんでありますか?」
何って? 体の位置をいい具合に動かそうとしてんだよ。言い訳はウェブで。
「……苦しいのでありますか?」
馬鹿いえ。むしろ興奮してます。
「やっ、やっぱりキツかったでありますか。すぐに解くので!」
いやいや、解いたら言い訳なくなっちゃうでしょー? 捕まっちまうよ。誰、とは言えんが治安機構の国の犬的な人に。
ウンウン唸っていた俺に影が差す。
その影の主は茶髪を跨いで俺に近寄ると布団の縄を解いていった。
……………………。
「お、おはよう、ござっ、います……」
少し頬を赤らめながらも、キチンと俺の目を見て挨拶してくる少女。確か……こ、こ、虎、……軍曹かな?。
「……おはよう。気持ちのいい朝だね」
じゃあもう一回簀巻いてくれる? 上下逆で。
「は、はいっ! ……っと」
軍曹が思わず上げてしまった返事は意外に大きな声量だったので、咄嗟に口に手で蓋をして辺りを見回すが、誰も起きてこない。なんてパラダイス。
「……す、すいません。皆さんまだ就寝したばかりでした……」
うむ。徹夜慣れしている俺はともかく、茶髪は結構早かったな。ん? 軍曹はどうして起きてられたんだ?
俺が首を傾げたので、伝えたい思いが届いたのか、ありのままを答えてくれた。
「じ、自分はまだ眠くなくて」
端的すぐる。
眠れない原因の方を聞いたつもりだったが。
仕方ないので周りを起こさないように、ハンドサインで聞いてみた。
「あっ、……こ、ここに来る前に睡眠をとってて、ですね」
わかるんかい。
「友達とプールに行ったのですが、人が多くて昼過ぎに帰ってしまって、ご、ご飯を食べたら睡魔が……」
喋ってる途中で恥ずかしくなったのか顔が段々と赤くなっていく。いや、そこまで踏み込んで話さんでも。
「ち、違いますよっ?! いつもは規則正しくしてます! 昨日たまたま、ほほほ本当はきんっ、緊張もっ?!」
再び声量が大きくなり始める軍曹。このままではイカンと、握り拳に人差し指だけ立たせ鼻の頭に当てるという、何故か世界共通ジェスチャーを披露。
「えっ? あ、なっ、なんで、ありますか?」
わからんのかい。
「……いや、だったら下に行ってコーヒーでも飲むか?」
扉を指差すとコクコクと頷く軍曹。
茶髪は足音に敏感なのを思い出し(弟が無音歩行してるのに超ガラガラ音がしたって言ってた)俺達は足音を殺して階下に降りていった。
「あれ? おはよう兄ちゃん」
一階には弟がコーヒーメーカーでコーヒーを淹れていた。朝チュンかな? 爆ぜればいいのに。
しかしおさげの姿は無く、リビングも一応確認。良かったぜ。
「お、おはようございますっ! や、八神くん、で宜しいですか?!」
「えっ? あぁうん。合宿お疲れさん。八神健二です。同じ学年かな? 呼び捨てでいいけど」
「ではっ、八が……ああ! 八神先輩も同じ名字なので……」
「あぁ、そっか。じゃあ名前呼びでもいいよ。嫌じゃなかったら」
「じゃ、じゃあ健二くんで」
「うん、いいよ。えっと……」
「じ、自分は、虎舵屡鹿といいます」
「じゃあ虎舵さんで。虎舵さん、コーヒー飲む?」
「いっ、頂きます」
「じゃあもうすぐ出来るから、座ってまっててよ」
「はいぃ!」
あれー? しまったなぁ、うっかり携帯の録音機能がオンになってたぞぉ。あー、でも良かった。幸い我が家の共有スペースであるキッチンでだしー、ナチュラルに名前を聞いてお茶に誘う弟と照れる軍曹の声しか入ってないしね。ああ、機械音痴でなければ、この余計な音声も消せるというのに。そうだ! 今度おさげに聞かせ…聞いてみよう! 秋が楽しみだな。
「俺も頼む。なるべく甘く」
貴様のようにな。
「砂糖は置いてあるから自分で入れろよ。あと、お菓子……」
テキパキとマグカップ三つと茶菓子を用意する弟。
俺は平然と、軍曹は恐縮しながら並んで腰掛ける。良かった、三つってことは部屋にもいないんだね? 兄ちゃん、弟の寿命が今日で終わりを迎えずホッとしたよ。
「じゃあ、ごゆっくりー」
その後、弟はコーヒーを淹れ終えると自分の分を掴んで階段を上がっていった。いい奴程早く死ぬって本当なんだなぁ……気をつけなきゃ。
コーヒーの黒さと砂糖の甘さが俺の体に響き渡る。余程いい豆に違いない。
テーブルの上に置いてあった豆を手に取る。特価のシールが貼ってあった。剥がした。お客様の目についたら、ね? 他意はないよ。
「あ、あの八神先輩!」
何かね?
「一晩泊めて頂き、ありがとうございました!」
うん。外じゃなくて良かった。学校じゃなくて良かった。
「よく聞きたまえ軍曹」
「はいっ!」
いいのかよ。
「文芸部の合宿というのは、本来なら秘密裏に行われ、日程から内容に至るまで全て極秘だ。今まで文化部系の合宿など余り聞かないだろう? あれは文化部特有の頭脳戦に使われる。互いに牽制しあい抜きに出んと狙っているわけだ。我が部など少数精鋭と言えば聞こえはいいが、実際は部長のワンマンだからな。俺たちが足を引っ張らないように注意しなければならない。然らば、今回の合宿は秘中の秘だ。全て自分の胸の内に抑えるよう頼む」
「はっ、はい! じ、自分は文化部入るのは初めてなので、知りませんでした」
「俺もそうだ。気にするな」
へー、そうなんだ。文化部大変。
しばらく話すネタもなくなり、コーヒーを啜る音だけがキッチンに響く。
しかし軍曹は話したい事があるのかチラチラとこちらを見ている。
何故かわからないが少し罪悪感があったので、俺から水を向けてみる。
「どうした?」
「あ、あの、えっと」
口を湿らせるためか、コーヒーを一口飲んでこちらに視線を向ける軍曹。
「八神先輩は、じゅっ、澁澤さんか莉然先輩と、お付き合いされているのですか?」
「ないね」
あー、奴ら部員じゃないのにいたもんな。
「そっ、そうですか。すいません、詮索するような事を」
「あー、いいよ。確かに文芸部の合宿なのに部外者がいたらな」
「あっ、あのお二人というのがまた、やっぱり横の繋がりとかあるのかなぁ、と思って、健二くんもいたので……」
うーん。いや一応あれはここに住んでるからね? 住んでるのに全然見ない人もいるけど。
その後もコーヒーを飲み終えるまでポツポツと雑談を続けた。
ただ、美少女を四人も泊めて何もなかったというのは、我ながらどうかと思うので、女の子を家に泊めて二人て朝コーヒーを飲んだ経験があると、突っ込まれたら言おう。更に突っ込まれたら、ゲームをした、とか、縄を使われた、とか言っておこう。
だって嘘じゃないし? 見栄って大事。