めんどくさがりと不良
次の日も普通に起こされたお?
いつも通りに布団を部屋の隅に投げ捨てていく弟。容赦なくね?
いつも通りゆっくり覚醒したいが、流石に食事をせねば。既に四肢に力が入らない。
グチャグチャな部屋の中をのそのそと抜け出す。台所では弟が弁当を鞄に入れていた。俺の食事が用意されてる! サトリ一家で間違いないね。
「いってきまーす」
俺は朝練に行く弟様を見送った。
「いってらー」
俺は用意されていた食事をもそもそ食べる。これを用意してくれたのは弟だ。今、台所には俺以外誰もいない。なんでって? 父さんと母さんは朝帰りだ。戦慄を禁じえない。今日まで休みらしいから下手したら夕方だな、帰ってくるの。 結構な量なのは昨日食べてないのを知ってるからか? お腹減ってるからペロリといけちゃうぜ。
食事を終えると部屋に戻って着替えた。残骸の中から鞄を見つけたら、結局いつもの時間になってしまった。
靴を履いてると台所から声が聞こえた。
「あたしのご飯はー」
「……………………」
いつも用意してない食事。一人分とは思えない量。毎日起きてくるとは限らない姉が今起きてる。パズルのピースがカチリとハマった。いけな〜い。もうこんな時間だぁ。早く学校行かなくちゃ〜。
常に真実を解き明かすことが、最善とは限らないんだぜ? 偽眼鏡の坊主。
鬱だ。死のう。なーんてね。フフフ、おっかしーねー? どうせ殺されるのに……。
放課後だよ。
家に帰ったら死ぬのがわかってるのに、それでも帰らなきゃいけない。なんだよ、その十三階段。バグってるよ、一旦回収してよ。七万の大軍に突っ込んでいったら、こんな気持ちになるんだろうか?
教室には既に俺一人だ。足が鉛のように重くてね。 ははは、なんだ? 震えて来やがった。
こんな日に限って時間の進みを早く感じたよ。誰だよ?! 昼休みいらねーとか言った奴! 殺してやる! フフフ、おっかしーねー? どうせ死ぬのに。
いつまでもこうしてる訳にはいかず、俺は立ち上がった。何故って? 引き返せない道だってあるからだよ。
「八神くーん。教室閉めますよ? 先生今日は巡回だから早く行かなきゃならないんですよ」
絶対教師って暇だよ。夏休み学校で何やってんだよ。
コンビニ前です。
アイスとか買っていったら許されないだろうか? あ! よく考えたらこの前は、ボコボコにされた上にケーキもとられたんだった! 意味ないね、てへっ! ……攻略法ないとか……無理ゲーすぐる。
コンビニの横で、このままここで白骨化した方が痛みがないからいんじゃね? とか真剣に考えていたら、コンビニの裏手から人の話し声が聞こえてきた。店員さん?
俺は曲がり角のギリギリまで体を寄せると、ポケットから携帯を取り出した。携帯のカメラ機能を活用してそっと裏を覗く。俺達はいつの間にか忍として教育されていたのかもしれない。我が校の忍育成スキルが高すぎてつらい。
いつぞやあったタムラー(タムロってる人々)じゃないか。ケバ女がいないな? なんか茶髪が囲まれて、言い争ってんね。……あ。茶髪殴られた。いや、パーだな。ビンタ。おっ?! ……また叩かれたぞ。なんかマズくね? あー。なんか捕まったな。引っ張ってかれんだけど?
タムラーどもが茶髪を引っ張ってたのは、俺がいるとことは逆。取り壊し予定の廃ビルだ。
前はワンにゃんクリニックがあったんだよ。……時代の流れかな……。大きくなるから場所移すんだってさー。
見失っていた。
ここの裏って繋がってたんだな? 間にコンクリ塀があるから、てっきり通りぬけできないと思ってたよー。……うん。それどころじゃないね。でもさ、内輪もめだったらいやじゃん? ……うん。自分でもそうじゃないとは思ってるよ。……めちゃくちゃだりー。でも帰りたくはない。
足音を殺して廃ビルに侵入。埃だらけなので足跡を辿る。二階。すぐ手前の部屋から物音。
茶髪の服が破られ、形のいい乳房が露出していた。数人掛かりで茶髪を壁に抑えつけている。一人がこちらに背を向けカメラをカチャカチャいじっていた。
はい、けってー。
俺は軽く息吸うと駆け出した。
カメラをいじってた奴を蹴り飛ばす。
慣性の法則を無視するかのような急停止。その衝撃を全て蹴り足に乗せた。ビリヤードの玉の様に飛んでいき、壁に顔からグシャっとぶつかる。
一人。
「は?」
茶髪の前でズボンをカチャカチャやってた奴が間抜けな声を上げる。もうおせーよ。
ズボン(仮)の頭に踵を引っ掛けて振りぬく。
ズボン(仮)は頭を地面に叩きつけられる。地面に罅が入る。
二人。
あとの三人は茶髪を壁に押しつける役をやっていた。
一人が両手を、あと二人が足を一本ずつ。
茶髪は泣いていた。頬も赤く腫れている。ちょっとキレた。
「ってっめ!」
左足(仮)が殴りかかってきたので、前に出した方の腕の逆関節を折った。膝をカチ上げて睾丸を潰す。
三人。
両手(仮)は何かやってるな? お手本の様な廻し蹴りで俺の下顎を狙ってきた。半身になって懐に入ると、捻転した拳を腹に叩きこむ。体がくの字に曲がる。
四人。
「え? まっま、ち」
右足(仮)は部屋の奥に逃げ出した。そっちには窓しかねーよ。
右足(仮)に併走しながら下顎に五発叩きこんで脳を揺らす。五発目で顎を砕いた。
五人。
ミリタリーオタク(釣り趣味の軍人)とまではいかないだろうが、なかなかやるだろ?
実は俺と弟はそこそこ強い。田舎に住むクソ爺のせいで。……姉ちゃん? 人害だよ。計算に入れないでよ。
茶髪は泣きながら震えていた。
……そらそうだわ。『……ありがとう。ポッ』な展開なんて夢ですよね。ハハハ、わかってるよ? てゆーかピュアですから。その展開、逆に困るしー?
俺が近づくと茶髪はビクッとなった。
……涙腺鉄壁、発動!
それでも上半身裸はヤバいっしょ? 俺の服? いやいや、そこらにいっぱい落ちてるから。屍に服とか必要ないし。こいつは……ズボンだな。
ゴソゴソと上着を剥ぐと茶髪に見せる。
意図は理解したようだが、茶髪は首を横に振ってイヤイヤする。……そりゃ、今さっき自分を襲おうとしてた奴の服とか、嫌だわな……。
えーー……。……じゃ、俺の?
俺のブレザーを少し摘むと、茶髪は少しためらって頷いた。この間も涙はずっと止まらなかった。
俺はブレザーを脱いで渡すと、後ろを向いた。ジロジロ見られたくないだろうしね。長袖のTシャツで良かったよ。流石に半袖はまだ早いわ。
くたばってる奴のポケットを物色して、携帯を見つけた。……ピポパ
「……あっ、もしもし?廃ビルで女の人が襲われてるんですけど……はい。……はい。コンビニの横の元ワンにゃんクリニックで……そこです。え? あー、宮本です」
そこまで話して、通話中まま携帯を放る。
茶髪に向き直ると、めんどいのでこのまま帰ることを告げた。お前どうする? と聞いたら服の裾を掴まれた。
「……家まで送ろうか?」
頷く。
…………はぁ。
俺の家に、向かってます。
一応、廃ビルを出る時、残って警察に事情説明しなくていいのか聞いた。イヤイヤだった。俺? 俺は最初からする気ないよ。家まで来たら対応でよかろ。
茶髪にお前ん家どこだよ? と聞いたら、しゃくり上げながらだが、纏めると、「今、家に帰っても誰もいない。今、一人になるのは絶対嫌だ。他の人に知られるのも絶対嫌だ」だそうだ。めんどいので帰ることにした。おっもちかえりぃー。はい、不謹慎でした。
トボトボと自転車を推しながら歩く。服の裾を掴んで茶髪がついてくる。茶髪は漸く泣き止んできたが、……ヒク……ヒクとまだ微妙にしゃくり上げてる。
……しかし、どう見えてんのかね? 今。泣きながら男の制服(上)を着て男の服の裾を掴んでいる少女と上脱いでる男。……深く考えんの止めよう。ついたついたー。
……家に、……帰って、……きたよ。
姉はいなかった。
ヒャッハー!! なんてこった?! 体が軽いよ! 翼が生えたみたいだ! そら調子乗って太陽近くまで飛ぶわ。最初に聞いた時は、バカか? 思いましたが、今はその効果を実感してます。
家に帰りついた途端テンションの上がる俺にビクッとする茶髪。
女の子を自宅に連れ込んだ途端テンションの上がる男……。……ハッハッハ、安心したまえ! 私は紳士だからね! 大丈夫。怖くない。おっと、小動物相手の説得を人間にしても通じないよね? 平気平気。僕はピュア。好きな子とじゃなきゃつき合えないヘタレだから。
少しテンションも下がって(諸々計算したらフラット)落ち着いた俺は自室のドアを開ける。
惨状。但しベッドは無事。
だったねー。……本当、碌な事にならないよ。姉(人科)と関わると。
「……凄いね、部屋?」
「………………………」
倒置法に疑問系ときたか。今の心情を実にシンプルに表してるね。何が凄いって……君を今から何処かに座らせようとしてる事だよね。ベッド(論外)か残骸だね。アハハ! どうやらとんだエセ紳士だったようだよ! なにこれ、詰んだ。
「どうぞ」
俺は片方の手で部屋全体を指し示し、もう片方の手は胸(自分のだよ?)に添えた。好きな所へどうぞ!
空虚な感じの瞳が俺を見つめていた。大変な目にあって泣きはらしたせいだね、きっと。
ガチャガチャと部屋を掻き分けて、茶髪がベッドに体育座りする。うん。わかってたよ。他に座るとこないしね。
これで俺は、襲われそうになった女の子を自宅に連れ込み、テンション高めに部屋へ案内しベッド(半強制)を薦める男ってわけだな……ウサギの人に警察読んでもらわなきゃ。とんだ変態紳士だったようだ。
因みに俺は茶髪の隣に座ってる。……なんでって……裾、離してくんないんだもん。いいかな? って意志を込めて裾をクイクイすると、ギュッと握りしめられちゃう。
「…………ありがと」
……何に対してだよ。
本来ならここで必死に優しさアピールして好感度上げちゃうか、事情を聞いて真摯に対応して信頼度上げちゃうか、なのだが。めんどくさがりなピュアはフリーズ一択。
しばし静かに時間が流れる。
ぼーっとするのは得意(?)なので構わない。寧ろいつも通り。あれ? じゃあ俺の領域(物理的にもそうです)じゃん! ヤバい、無双タグつけなきゃ。
無双に夢中になってたら日が暮れた。窓(怪物搬入口)を見ると外は既に暗かった。
そういえば、一応貢ぎ物(泣)買っておいたんだった。鞄をゴソゴソ飲み物を取り出す。姉の好きなジュースと炭酸を茶髪に差し出すと炭酸を取った。……チッ、趣味が合うじゃねーか。ポテチをパーティー開けして茶髪との間に置いた。ポリポリと二人で食べる。器用だね? そろそろ裾から手を離してはどうだろう?
暗闇でボリボリと芋の成れの果てを貪り喰らっていたら、電気が点いた。
「兄ちゃん? 帰って……」
電灯のスイッチに手を伸ばした弟とおさげちゃんがいた。
物音すらしなかったよ。弟が忍なのは同じ高校だからわかるが……おさげ、お前もか?
驚いている弟と少し赤くなってるおさげちゃん。そのまま音もなく閉まる扉。なんなの? その無音スキル。いや、わかるよ? 真っ暗な自室で茶髪は泣きはらした目で俺の制服着てベッドに座ってたからね。俺Tシャツ。説明しないけどね。もう今日ダルい。
ポテチは無くなってしまった。足りねぇよ。
この時間まで帰って来ない両親は、おそらく明日そのまま会社に行くのだろう。愕然とした。ま、いつも事だけどねー。
「ピザでいい?」
「……え?」
いい? と聞きながらも携帯を出してピザを注文。いらなかったら、残りはケモノ(姉)の餌として台所に置いておこう。アイツの生態なんてしらないからなー、ピザは食べれるのだろうか?
ついでに弟にも電話。
残骸を往復するのがめんどい。
『……兄ちゃん?』
「ピザ頼んだから、気づかなかったら教えてー」
『……え? それだけ?』
「親がいないからな。部屋で彼女とエロっていいぞ」
通話口がうるさかったので切った。空気読める弟は怒鳴り込んで来なかった。
ピザが来た。
バイクの音がした時点で立ち上がったら、なんと茶髪がついてきた。裾を離せ!
玄関に出てピザを受け取った。
受け取る時にピザの人は笑顔だったが、『バカップルは死ね』と聞こえて来たので、俺のサトリ能力は相変わらず高い。
残骸を越えるのがもう面倒だよ。僕を助けて。
二人でムシャムシャピザを食った。茶髪は文句を言わなかった。……裾、離して頂けませんか?
「そろそろ送っていくわ。家どこだ? 近い?」
「……………………」
返事なしとか。効かねーよ? 俺の涙腺は日々鍛えられている。
「……泊まっちゃ、ダメ?」
「いいよー」
軽い返事にビビる茶髪。も、考えるのめんどいんです。この時間は普段労力ゼロなんで。まぁーでも、変な含みはないっしょ? 俺が目を向けたりピザ取ったりするのに、一々ビクビクしてたからね。据え膳? めんどくさがりは食わない。ピザでお腹いっぱいです。
恐怖(姉)が帰ってきました。
弟と違い足音高く階段を上がってきます。殺気全開です。ドアをガチャ。ノックは?
「――あんた……」
能面の様な無表情でしたが、踵を返して出て行った。弟の部屋に行ったみたいだな。こんな所に希望があったとは……。意外と近くにあるもんなんだよ。足元、ざまぁ! とか思ってる奴(俺)の足元にもあるもんなんだよ。
突然感涙しだした俺を茶髪が驚いて見ていた。
誰にも分かるまい! 命が貴重だということはな!!
――――さてと、どうやって寝る?