めんどくさがりの家で合宿、それはお泊まりって言うね 1
家にぃ! 帰ってぇ! きたよぉ!
数々の試練(尻尾の道場で合宿)と苦難(家の前にリア充、先輩からの指ぽき)を乗り越え、たどり着いた道の先には、
「そういえば、男の子の部屋に入るのは初めてだわ。少し緊張するわね」
「……」
魔窟(笑)。
びっくりだよね? あの後、解散するもんだと思って、馬鹿め! 遠い所まで逃げてやるわ! 叔父さんのアパート(近所)に逃げ込んでやるわ! とほくそ笑んでいたら、何故か二人ともずっと着いてくるんですもん。何考えてんだろうね? んで家に帰りついたら部屋まで乗り込まれて、お茶を要求。流石にこれはと思いビシッと言ってやったわ!
「コーヒーと麦茶とオレジュがありますが?」
ってね。ん? なに? ああ、ね。わかってる。俺だってそこまで抜けてないよ。ちゃんと揉み手で下から聞きました。
あー、ここで俺が情けないと思う男子もいるだろう。しかしそれは間違いと言わざるをえんね。だって(言い訳)よく考えてみてよ! 相手は姉と同じ性別なんだよ? ほら解決。弟だっておさげが来たら甲斐甲斐しく世話を焼くんだから。この判断が間違いなわけない!
「玉露がいいわ」
キンキンに冷やしたコーラを三つお盆に乗せて持ってきたわ。
何故か何も言わない黒縁にテンパ。俺も無言でグラスを一つ一つ並べる。
「さて、それでは、第一回文芸部夏の合宿を始めます。残りの部員も追々来るから」
「初耳ですが?」
「当然ね。言ってないもの」
黒縁から『あなた馬鹿なの?』という視線で見られた。やめとけ。ぞくぞくしちまう。恐怖でね、恐怖で。
黒縁の対面に胡座をかいて、コーラを適当にのみつつテーブルに頬杖をつく。
「そんで合宿って何するんですか? エロいこと?」
「もしもし。policeman? 婦女暴行の現行犯です」
「さぁ部長! 文芸部夏の合宿を始めましょう! どんな課題もなんなりとお申し付け下さい」
騎士の礼のごとく膝をつき頭を垂れる。通話には、なってなかったのか、そのままポケットにスマホを戻す黒縁。
「そこまで言うなら仕方ないわね。なら八神平部員に申し付けるわ。合宿の内容を一考しなさい」
平部員て。
「部長。文芸部のメンバーって何人いるんですか? 平ってことは、会計とか書記とか、副部長とかいるんですか?」
「いないわ。部長は私。あとはマスコットと平部員が一人ずついるわね」
それは部って言わないね。
「団でも構わないわ」
五人もいないけど?
コーラをズルズルすすりながら、どやぁと決めた黒縁を見やる。駄目やこん人。既に手遅れやったわ。
横目でテンパに視線を振ると、テンパは相変わらずの半眼でコーラを凝視している。今日はアソコに視線を向けていない。それもそのはず。ちゃんと弟の部屋に隠したからね。早くおさげが見つけないかな? 秋の訪れも近いだろう。
「聞いているのかしら?」
「え? ああ、はい。聞いてます聞いてます。聞かないとかそんな恐ろしいことしませんよ」
テンパから視線を黒縁に戻すと、黒縁はドヤ顔を止めてこちらを見つめていた。なんか怒ってる?
「……そう。…………ところで彼女は何かあなたに用事があるのかしら? 部活を始める前に、先に彼女の用事を済ませてくれるかしら?」
「あー、そうですね。おいテンパ。何しにきたんだ?」
俺がテンパに声をかけたというのに、テンパは黒縁をチラリと見やる。黒縁は目の端でそれを捉えているにもかかわらず、素知らぬ顔でコーラを飲む。
……ん? なんだ? なんか空気がおかしいな? 随分と薄い……呼吸が出来ないぉ?
大気に電気が迸り、青い炎が燃え盛り、圧力で部屋の物が軋み、コップがピシリと不吉な音をたて、コンコンと部屋がノックされ、ガンガンと頭痛と耳なりが鳴ってる気がする。やべー、目と耳がアウトだわ。風邪みたい。うつしちゃ悪いし、今日はここで解散しないかね? また後日連絡するということで。
俺の顔色が紫に変わった辺りで部屋のドアが開いた。顔を出したのは弟。
「兄ちゃーん。お客さん来てるよー」
あん? 部屋に入る時はキチンとノックしろよ! ありがとう助かった。
恐らく黒縁が呼んだとかいう部員だろう。
「上げてくれ」
弟は俺のその言葉に怪訝な顔をする。
「……いいの?」
いいか悪いかで言ったら、悪い。しかし弟の出現で空気が和らいだのは確かだ。第三者の投入で更に和らぐというなら背に腹は代えられんからね。このことわざってやべーよね? 昔の人は背と腹が同じものとでも思ってたのかね?
「いい、いい。先輩が呼んだ人らしいから」
他に俺を訪ねてくる人に心当たりとかないからね。ん? ばか、泣いてねーよ。
「まぁ……良いなら、わかったけど……」
ピラピラと手を振って弟を追い出す。ついでに黒縁とテンパも出ていけば良かったのに。
扉が閉まっても再びピリピリとはしなかったが、テンパがこちらを見つめている。俺は逃げ出したい。
「……なんだ一年。イジメなら弟で頼む」
「濕」
あんだって?
「濕」
どういうこと?
俺は首を四十度程傾げ眉毛を片方上げて片方下げるというリアクションをとった。奇特な死神の真似じゃないよ。
「濕」
「しつ?」
何? 何がしつなの?何画質なの?
オウム返しに返しただけだが、何故かテンパは納得したように頷く。
なんだ?
問いただそうと思ったが、こいつは女性。考えなんてわかるわけがない。それより、パタパタと誰かが階段を上がってくる音が聞こえてくる。恐らく初対面になるであろう人物だ。女性(怪物)や男だったらどうでもいいが、女の子(か弱い)だったら素敵な出逢いになるかもしれないしね。
「やほー。遊びにきたよー」
扉を開けて茶髪が入ってきた。
ほんとさぁ。分かるべ? 弟よ。
「…………んん?! なにこれ?」
茶髪が俺に視線を向けてきたが、ちょっ、こっちみないで!
茶髪の視線に耐えかねた俺が前を向くと黒縁が、横を向くとテンパが、それぞれが視線を向けてきていたので俺は俯いた。できれば夢オチでありますように。




