めんどくさがりとお茶を 1
家に、帰ってきたがしかし。
家の前に弟がいるんですよ。俺の家の前に。まぁね? そこはそんなに変じゃないんだけど。おさげもいるんだよね。
二人で談笑してる。
ま、それだけなんだけど、別にいいんだけど。なんかこう……それかこう! ……まぁ、あれだ。多分、封なんとかか絶かんとか的なフィールドを形成してんだよね。二人の世界的な? AT? バッカ、あれは俺でも張れるよ。むしろ誰よりも堅いの張れるよ。
この暑い中であの熱さ。爆発とか甘い。もっと苦しんで逝ってほしい。むしろ苦しんで生きてほしい。
視線と想いで人が殺せたりせんだろうか……名前書くだけとか。ま、やってみようかな。損はないし。
俺はT字路の角から顔をちょこっと出し、眼光鋭く弟を妬んだ。いや睨んだ。なんか目で殺すって聞いた事あるし。あとは気持ちだな。えと。
「腐殺塵無燥滅閻撲殴亡死圧爆芥死魍朦死死、死!」
「日本語でお願いできるかしら」
「死ね! 皆死ね!」
おぅ、現状把握。なんとか気づかないフリをしつつこの場から全速離脱せねば。人の背後から近寄るのって法で規制すべきじゃね? 背後に立つだけでオコな殺し屋とかいるしね。
「それで? 何をしているのかしら?」
気づかないフリ。
「玄関先でいちゃつきやがって、部屋はい」
「部活にも出ずに」
駄目ぇ! 見ちゃいけません! 前は狼、後ろは猫のデカいやつ。汗が出るのは夏だからだよね? 仕方ないよね? 肩になんか重みが……?! 夏だからね。仕方ないね。
ここはT字路。後ろと右がだめでも、そう、左がある!
退路を確認しようと左をチラッと見る。黒縁と目が合う。視線を戻す。ふぅ〜。
「こんな所で奇遇、じゃないわよ? あなたを探しにきたのだから」
耳元から声が聞こえる。まるで直ぐ傍で囁いているかの如く。なんてね。んな馬鹿な。なんか息遣いも聞こえてくんだけど、疲れてんだなぁ〜。
『遺書を書け。疾く』
「あっ、先輩。こんちはーっす」
「終業式以来かしら? あなたが私を見た途端に走って逃げた終業式以来かしら?」
ああ、俺の走りっぷりが見たいと? いいですよ見せましょう! ……あの、肩から手を離して貰えますでしょうか?
「次はないけれど、もし次に逃げ出したら――」
「……たら?」
「――少し驚く事をするわ」
これ以上……だと?! 女性ってだけで十分驚異の対象だって。もういいって。
黒縁が俺の肩から手を離す。
改めて黒縁に向き合う。今日は黒縁は黒縁眼鏡をかけていない。
恐らくコンタクトだろう。その端正な顔を惜しげもなく晒し、黒髪は伸ばすがまま、白のワンピースに白の鍔広の帽子を被っている。どこぞのお嬢様仕様だ。白で固めれば本性を隠せるとでも思っているんだろうか? 笑う。
「毎日家に押しかけて毎日耳元でおはようの挨拶を囁いてもいいのよ?」
「流石先輩! 水晶のような肌と光を弾かんばかりの白の洋服がとってもマッチ! 天使の輪を描かんばかりの黒髪と美の女神も嫉妬する程の御尊顔が眩しくて目も開けられません! 正に清く麗しいという言葉が他に見当たらない程です!」
「続けなさい」
もっとだと?!
「心根の清らかさが全身に出ているかのような佇まい涼しげな目元(胸元)薄い(酷薄な)唇、細く長い手足は完成された美の極致も下に見るほど美しく、見る者の心臓を激しく(恐怖で)射抜くありようはへぶっ?!」
「何故かしら? ……こう、沸き立つものがあったのだけれど……」
「突然殴った釈明からしませんか?」
あんたの感情なんて知らんがな。殴られる事が不可避ならおべっかなんて言うんじゃなかったよ。あとグーは止めよう。効果音がバチンじゃなくゴッとかだから。響かないよ? 周りにも俺の心にも。
そこで黒縁は一つ頷いて言った。
「手が痛くなってしまったわ。責任はとって貰えるのかしら」
ににに逃げなきゃ。速く! 薄々そうじゃないかと思ってたんだ。きっと目の前の人は姉と同じ性別なんだよ。あと何人いるだろう、姉と同じ性別の人って。いつになったら二次元に逝けるんだろう。
俺が、夏なのでカチカチと歯の根が合わずに寒さに震えていると、黒縁は視線をスライドさせた。
それは俺が覗い…見守っていた俺の家の玄関先ではなく、その反対側で、俺もなんとなしに視線を追ったら、
俺の隣に佇んでいるテンパに行き着いた。
ズシャ
俺は崩れ落ちた。
無理だよ。容量足んないのになんで入れてくんだよ。いらないの消したらいいって簡単に考えんなよ。後々いるようになるんだよ意外と。もう一考しようよ。軽々しく考えんなよー。やめろよー。殺せよー。
「知り合い……で、いいのよね? 紹介して貰えるかしら?」
「断る」
むしろ知らない人だね。
「紹介、して、貰えるかしら」
耳を引っ張ると痛いんだよ? どこまで引っ張る気なの? それ僕の耳なんだけど。とる気なの? 落ち着こう。一旦、一旦手を離そう。あの、ねぇ、ちょっと?
「それで?」
目の前に、今までその鋭い眼光を拘束具で封じていたと思われる女性が俺を見つめてきていた。やべえ、目で殺される。
行間? 読んでみて。君達を信じてる。
「やっぱり千切れたのはまずかったかしら?」
「そんな事実はない」
認めない。
黒縁は頬に手を当てて溜め息を吐き出す。うん。色々言いたい事があるんだが、
「場所変えますか。立ち話もなんなんで」
「あら。ご実家に招待して貰えるのかしら?」
バカ言え。
「いや、家に入るのはちょっと……。恐らくこれからおっぱじまると思うんで」
「? 始まる? 何がかしら?」
「先輩も見ますか? 多分そろそろだと思うんで」
手をコイコイと手招きして自分の後ろに隠れさせる。見易いように中腰になろうとしたら、既に屈んで自分の下にスタンバってる金髪が目に入った。
「……」
まあいい。
俺とテンパと黒縁はそろそろと角から顔を出して俺の家の玄関先を見つめた。
何故か弟もおさげもこちらを見ていた。不思議。でも多分関係ないよね?
「そろそろチュウかな?」
「しねぇええよ!!」
奇遇。俺もお前に死ねって思ってる。
弟の叫びはやたら高い空に吸い込まれていった。今年の最高気温をマークしたそんな日の昼前の事だった。じゃあ逃げます。




