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めんどくさがりと合宿 7



 ここで一日のスケジュールについてなのだが。


 本来ならバスで寺に着いたら掃除をするらしい。その後、滝行、昼食、筋トレ、山間走、夕食の順で初日は終わるらしい。俺と尻尾は山間走から合流したので初日は割と楽だったらしい。


 二日目は二手に別れる。


 山間走の上位が試合をこなし、その後に乱取りを永遠行い……え?


「外れたチームは山間走と筋トレ、術式組み手、型取りに気組み、ね!」


 尻尾が放った正拳突きを紙一重でかわす。そのまま裏拳に移行されぶっ飛ばされる。


「たわばっ!」


 畳の上を低空飛行するかの如く飛ばされた俺は、壁に当たることで漸く止まりそのままヒクヒクと微痙攣を繰り返す。


「よっぽどダウンしたり重傷じゃなければ休憩は認めてないわ。負傷時や疲労時の闘い方を身につける意味もあるのよ。はい立って」


 つまり今の事だよね?

 俺は白目をむき口の端から泡を迸らせ、もう動けないアピールをした。もうね、限界なんですよ。試合終わってから昼休憩も挟んでねえじゃねえか。六時間ぐらいぶっ続け。ブラックもブラックだよ! 砂糖とミルクを入れてくれ。


 俺がいつまで経っても起き上がらないので、尻尾もついに諦めたのか溜め息を一つ吐き出し近寄ってくる。


「ちょっと、大丈夫?」


 大丈夫じゃないよ。だから隅の方に運んで放置してくれ。出来れば優しく介抱してくれてもいいよ?


 尻尾が俺の頭蓋骨を踏み潰さんばかりの勢いで足を落としてきた。


「のぅおおおおお!!」


 転がる俺。


「やっぱり。あなたって本当に死んだフリが上手いわね?」


 呆れたと言わんばかりの表情でこちらを見つめてくる尻尾。


 し、信じられない……?! ほんとにへばってたらどうする気だったの?! 尊い命が消えるとこだったんだよ!


「いやー、マジでビックリッス! 俺とヤッた時も綺麗に技が決まったのに直ぐに起き上がってきましたもん。呆れるタフさッス!」


「そうだな! カブが連れてくるっていうから最初は期待してたんだが、見た目がナヨナヨな上に技がバスバス決まるからガッカリしたもんだが……なかなかどうして頑丈じゃねえか!」


 近場で乱取りしていたムッツリが話しかけてくる。ビックリするとこはそこじゃねえだろ? よく考えてみようよ。倒れている相手の頭蓋骨を割ろうとしたんだよ? ないわー。


 戦慄も覚えつつも立ち上がる。わかってる。ホームなんてない俺にとってどこもかしこもアウェー。味方なんていないんだ。


 尻尾がこちらを見据えてくるので、腰を逃がしながら視線を出入り口に飛ばす。もう嫌だ、帰る。大体、一方的に殴られてるだけなんだからサンドバックと一緒だよ? ならサンドバックでいいじゃん!


 提案しようにも「肉を殴る感触が好きだから」とか照れながら言われたら、どうしよう。可能性で言えば高いと言わざるをえないよね? なんせ女性は「解決は力で! 理不尽な力で!」を素でいっちゃう人達だもん。仕方ない。俺もやられるだけじゃない所を見せてやろう。


 気を引き締め真剣な顔つきを掲げつま先に体重を乗せる。やや前傾姿勢を保ちつつ右手を前に。尻尾もこちらの雰囲気に気づいたのか構えをとる。


 ふっ、もう遅い。


 俺は右手の人差し指で尻尾の踏みしめている畳を指差した。


「おい、なんか落ちてるぞ? 白い――パンツ?」


「え?!」


「ぶえらっ!」


 一番反応が速かったムッツリが、受け流し損なった蹴りを受けて飛んでいくのを横目でみながら俺は駆け出した。尻尾が遅れて気付くが、言ったろ? もう遅いんだよ。扉に向かって一直線! 扉は閉まっているが、なーに、構うこたない。ぶち破れ!


 弾丸もかくやという速度で走る俺の向かう先にある扉がゆっくりとスライドしていく。自動? 便利!


 スライドした隙間からチホがアイスを舐めながら顔を覗かせてきた。


 んなっ?!


 止まれる? 無理!


 このままじゃぶつかって儚い命(俺の)が散ってしまうので進路を変更した。三年生の担任って超大変。


「ぐっ!」


 勢いのまま壁に突っ込む俺。うん。そうなるね。


「? どぅえ、なにしてるの?」


「壁が好きなんだよ。ほっとけ」


「お手柄よ志保ちゃん」


 ひぃ。


 えっ、なんで背中掴むの? ダウンした相手に加撃しないんじゃなかったっけ?


「ふーん。よくわかんない。あのね、向こうの人達が、メニュー終わったってぇー」


 ガジガジと残りのアイスを噛みながら外を指差すチホ。それに尻尾が頷きを返すと、振り返って道場内の奴らに叫ぶ。


「尾頭沼さーん! 終了です! ストレッチと流しの監督お願いします!」


「おお! じゃ道場閉めるぞ! 全員外だ!」


 一度全員で「しゃっしたぁ!」と礼をかますと、手分けして窓やカーテンを閉めだす。一気に室内の気温が増す。


「おっと、これで終わりみたいっすね? じゃあ、俺らも上がりますか」


 なんでまだ捕まえてるのん?


「尾頭沼さん、鍵は私が閉めます。少し流してやってくんで」


 へー、頑張るね。あの、離してくれます?


「おう! 程々にな! 暑さでぶっ倒れんのだけは気をつけとけよ!」


 あ、俺がもう限界です。今すぐ涼しい所いかなきゃ死にます。えっ、なんでグイグイ引っ張っていくの? 出口は目の前だったのに。


 ムッツリが合掌しながら最後に出て行く。それを目で追っているとチホと目が合った。チホはバイバイと言わんばかりに手を振る。なに? なにが? 俺も出てくよ! なんで扉閉めんの?!


「よし! これでスペースを存分に活かせるわね! じゃ、一本行きましょうか?」


「ギブアップ」


「なにそれ? どんな技?」


 お前の試合のとき相手がしてたじゃねえか!


「なんなの? 俺は無抵抗なんだよ? まさか攻撃したりしないよね? そんな」


「私――」


 俺の言葉を遮って尻尾が言葉を被せてくる。照れた表情でモジモシしながら。


「あなた殴るのって意外と好きかも」


 ああ、母さん。生きて帰れるかどうかもわからない所に送り出してくれてこんちくしょう。獅子でさえ千尋の谷で済むっていうのに。


 ただ、俺の認識がまだ甘いことがわかったよ。女子こわい? ううん。そんなもんじゃないよ。


 女子ヤバい。
















 はっ! ここは山。俺八神。よし正常。


 まだ夕食までは時間があり、自由時間といいつつも体中が汗だくで汚れているので、例外なく皆お風呂に入ってます。


 いち早く風呂からあがり着替えていたら、魂が漸く体に定着しました。魂が外に出ていた間の記憶は朧気でよく覚えていません。黒ジャージで日本刀持った奴に追いかけられた気もするが? まぁ、あるある。


 特にやることないし、ゲーム引っ張り出して広間でゴロゴロしとくかと考えていたらムッツリが声をかけてきた。


「さあ八神先輩! こっからが合宿の本番ッス!」


 え、やだよ。もう何もしたくない。動きたくないし止めとこ。やらない。


「実はこの合宿中は、女風呂の覗きが条件つきで黙認されてるッス!」


「詳しく聞こうか」


 長椅子の端にドッカリ腰掛ける俺。対面に座るムッツリ。


 どこから取り出したのかムッツリは寺の見取り図を間に広げた。


「女風呂はここッス。高低差があるため高所から望遠鏡は無理ッス。また、穴を掘って覗きポイントの設置もトライしたけど駄目だったッス。ルールとしては器具を用いてはいけないと言うことッスけど、反則上等朽ちて死止まんの精神ッス!」


 それ合ってる? 死にたくはないんだが。


「ルールってなんだよ?」


 覗きにルールってあるんですね。ええ初耳。


「一つ、道具の一切の使用を禁ず。一つ、定められたルート以外の到達を禁ず。一つ、事の露見を以て終了とす。細かいのはまだあるッスけど大体はそんな感じッス!」


「……道具の使用って?」


 望遠鏡って言わんかったか?


「己の肉体のみって事だな。カメラでの撮影、暗視スコープや武器を用いての突破、トラップの設置、ぜーんぶ駄目だ」


 頭を拭きながらチャラ男が会話に加わる。ムッツリが女風呂周辺を指差す。


「ルートはこう。渡り廊下から脱衣場を除いた外からッス。つまり、決められたポイントがあるので、そこから覗けって事ッス」


 簡単じゃね? なに? 見つかったら終了ってだけでバレなきゃいつまでも拝んでいていいってわけ?


「ただし!」


 素っ裸の短髪と坊主が話に加わる。


「ルートには師範と師範代が見張りについてます!」


「つまり、お宝を拝むにはあの化け物どもを突破せにゃならんってーことだ」


 風呂から上がってきた奴らが続々と会話に加わる。


「師範代クラスは全員人間止めてるレベルでな。ぶっ飛ばすには作戦が必要なんだわ」「今年も今からが一番キツいけど」「おお。管理人さんの柔肌を拝むためなら!」「いや、蕪沢先輩でしょー」「し、しし志保たんはぁはぁ」「黙認ってのがいいよな」「このために多少スタミナ残しといたか?」「今年こそ……今年こそ!」


 お巡りさんここでーす。全員しょっぴいて下さーい。


「ただなー」


 着替え終えた金髪チャラ男がうなだれながら見取り図を見る。


「今んとこ勝率が零割でなー」


「ッスね。あのお化け共に対抗できるのなんて蕪沢先輩ぐらいッスから。コンビネーションにも限界があるッス。しかし! 俺は今日の乱取りで希望を見つけたッス!」


「あっ、それ俺も大体わかる」


 なんだ? 作戦でもあるのか?


「八神先輩のタフさが鍵ッス! 八神先輩が肉たて…もとい! 身を呈して時間を稼いで」


「おっと、船の時間だ。それじゃあ僕は失敬するよ」


 な、なんだお前らは?! は、離せ! これは立派な犯罪だぞ!


「尊い犠牲ッス。しかし技術の進歩に多少の代償は仕方なしッス」


 払うのは俺なんだけど?!


「一人を犠牲にして産まれる進歩になんの価値があろうか?」


「まとめちまうッス。うるせぇから口にも噛ませて欲しいッス」


 殺しておくべきだった。こいつのエロ度を量り間違えた俺の誤算……うん、違うよね? 早々逃げ出そうとした俺の行動に間違いはなかったよね?


 なにかに括り付けられながら瞳から水分がこぼれ落ちたのは、きっと風呂場だからだよね?











「逝くッスよ! くそ化け物ども! 積年の怨みここで晴らすと共に、女の柔肌を覗かれてるのを地面に這いつくばって(ほぞ)噛んで眺めてやがれッス!!」


「……ヒロ。ツッコミどころしかねぇが、お前このイベント毎に荒んでいってんなぁー」


 尾頭沼とか呼ばれていた髭の偉丈夫が呆れたような視線を投げかけてくる。


 どうも。キリストです。


 十字架に括り付けられ猿轡(さるぐつわ)を噛まされた八神家の長男、どうも俺です。


「それ道具じゃねぇか?」


「文字通り肉体を盾にしてるだけッス! 本人にも快諾を頂いてるッス!」


 快諾をググって。俺の勘違いかもしれんからググってー。


「ふむ。まぁ、新入りに怨みは無ぇが、腹も減ってきたしサクッとたたませてもらわうな」


「ふっ。甘いッス。今日はガチで狙ってきてるんで、尾頭沼さんには悪いッスけど暫く寝ててもらうッス」


 何かに気づいた髭が周りに視線を飛ばす。それに応えるかの如くムッツリの口が大きく裂ける。


「応援はしばらく来ないッスよ?」


「少しすくねぇと思ったが、……人柱にしたな?」


「バルハラへの橋頭堡ッス。時間稼ぎはさせないッスよ! あの妖怪爺にはそれも何分持つかわかんねぇッスから!」


 ムッツリがハンドサインを後ろに送ると、十人程が半円を描くように髭を包囲する。ムッツリが大きく息を吸う。


「きゃきゃれぃいいい!!!」


 なんてフラグ。自殺志願なの?


 五人が前に出て全く同じタイミング別々の軌道で攻撃を繰り出す。


 「殺ったらぁあああ!」「ちねぃいいい!」などの叫びとは裏腹に正確に急所を狙った攻撃が髭に殺到する。


 受け手を廻し体を捻り全ての攻撃を受け流す髭。すれ違い様に顎や腹に当て身をくらい昏倒するかに見えた五人だが、二人がしのぎバックステップで死地から離脱する。


「『剛体』に割りを裂いたか。やるじゃねえか」


 獰猛な笑みを見せる髭。狼狽えるムッツリ。


「馬鹿な。戦闘員を一瞬で」


 だよね。俺もどう見てもイーの人にしか見えなかったもん。つまりこちらが悪玉ですね? わかります。


「……くっ、怯むな!」


 お前がな。


「隊形を『追撃』に! 俺が前に出て受ける!」


 お前、ッス、どうした? 動揺が凄いね。


「いくぞ人型装甲板『肉盾』! 作戦名スケープゴート!」


 ヤバいな。嫌な予感しかしない。うん。別に予感とかじゃなかった。今現在が嫌だった。


 ムッツリだけ突出して前に出る。


「ふっ!」


 髭が素早く踏み込み、浅く呼吸を吐き出すと同時に中段突きを放つ。ムッツリが俺を突き出す。髭の踏み込んだ足を起点に、地面に放射状にヒビが入る。唸りをあげる剛腕が俺の腹に突き立つ。俺の体はくの字に折れ曲がり、磔にされていた十字架が破壊される。衝撃を逃がしたくてもムッツリがしっかりと俺を握りしめ踏ん張っているので無理だ。


「はっ! 見たか!」


 ムッツリが吠え、髭の一瞬の硬直に周りを囲んでいた奴らが飛びかかる。流石に全て受け流す事が出来ず二、三発被弾し髭が吹き飛んでいく。


 いや、無理だわ。ありゃわざと受けたな。距離とる為に。こんな化け物があと五人も……大勢は既に決したな。さてと。


「ちっと驚いたぜ。かなりマジで入れたんだがなぁ。……いやぁ、ショックだぜ」


 髭が体勢を立て直しこちらを向いて構え直す。


「フハハハハハ! いける! いけるッス! このまま確実にダメージを与えていけば!」


「貴様が逝け」


「ん?」


 ムッツリの胸に手を置き重心の下に潜りこむ。突くのではなく、押す要領でムッツリを投げた。グイッと。


「……へっ?」


 悪って栄えないんだなぁー。


「オーライオーライ」


 放物線を描いて飛んでいくムッツリの墜落地点に回り込み手を挙げて回す髭。


「ちょっ?! ギブギブギブギブ!」


 giveだって? 何かくれんのか? そんなん言われなくても亡くなるのにね。


 グシャ


 おーう。


「で? どうすんだ? まだやっか?」


「「「こうさんでーす」」」


 もうちょい早い降伏勧告なら救えた命もあるってのに。


「じゃあ、飯食いましょうか」


「そうだな!」


 ぞろぞろと引き上げる門下生達に俺も混じる。屍はほうっておいた。











 おまけ。


 負傷者を拾いながら他の師範代と合流。師範とか呼ばれてる爺さんの元に向かった。そこには師範と呼ばれる爺さんと、今日の対戦相手と呼ばれていた死屍累々が転がっていた。


「師匠。こちらは?」


「ああ。なんでも椎名にちょっかいだそうとしたらしいんだ。放っておいたら可哀想だから、ここで眠ってもらったよ」


「はぁ。それは、……自殺志願なんでしょうか?」


「ねえ?」


 いやちょっと。




 中には唯一無傷だった俺の対戦相手だった角刈りもいた。なんてこった。世の中って無情。雉も鳴かずばって言うけど、獲物(女性以外の性別の生き物)なんて鳴こうが鳴くまいが撃たれる。


 思わず振り仰いだ夜空には星が満天だった。あれが多分ムッツリ…あ、流れた。


 こうして合宿は無事終わった。もういかね。

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