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めんどくさがりと合宿 6



 どうしてこうなった?


 夏休みだから休んでいただけなのに……。運動不足とか言われたんスよ。日々、姉弟のDVにさらされている俺の何が不足だって? くっそ、あの色ボケばばあ。耄碌してんじゃないの? 大体言うこと聞かなきゃ暴力(運動)、言うこと聞いても運動(暴力)とか訳わかんない。世の中壊れてるよ。


「何ボーっとしてるのよ。並ぶわよ」


「俺がボーっとしてるだと? バカいえ。生まれてこの方、常に臨戦態勢だよ。さあゴングを鳴らせ。一瞬で決めてやるよ」


 俺はキメ顔でのたまった。


 尻尾は呆れたような表情をしている。ははーん、さては俺に惚れたな? 闘いに赴く漢の横顔にうんぬん。


 時刻は午前九時を回った所だ。あの山の中を走るとかいう危険極まりないマラソンの上位十名と、どこぞの流派の人十名がバラバラと広い道場内に散らばっている。


 こちらは袴姿。あちらは空手着だ。


 夕食を食べた後からあまり記憶がない。気づいたら布団で丸められ簀巻きにされていた。朝方脱出したが、体の汚れが気になり風呂へ。いや、山の中を駆けずり回ったからね。そしたらチホが入ってきてさ、何故か尻尾にガツーン。ヨロヨロしながらトイレに行ったらさ、丁度トイレのドアを開けた所でイタ女とバッタリ。でドカーン。何故か尻尾にガツーン。ヨレヨレのまま朝食の席に着いた。以下略。


 ウォーミングアップとやらで、柔軟したり投げたり投げられたりしているのをボーっと見ていた所で尻尾に声を掛けられた。


 ちなみに俺は柔軟や体操をしなかった。俺クラスになると準備など意識の切り替えで出来るもんだからね。そう、目が覚めて、目を閉じるまで。常在戦場なんだよ。じゃなきゃ日々殴られる事に疑問を持たなきゃいけなくなるからね? 大丈夫大丈夫、俺は幸せ俺は幸せ。まぁ本当は膝が笑ってるし体がガタガタだからピクリとも動きたくないんだけどね。まだね、午前中なんですって。しかも今から試合するんですってよ。


 俺は溜め息を吐きつつ呟いた。


「ロックだぜ」


「演歌ッスよ」


 リツイートあざーっす。


 隣にムッツリが並ぶ。因みに俺は一番端だ。尻尾が逆側の端。この並び順にはちゃんと意味がある。俺のいる所から先鋒、次鋒と続いて尻尾が大将になっている。世界的な貴族を怒らせるときちゃう人達だ。実力的には間違いないね。


 あの山の中を走るマラソンの先着順で役を決めるらしく、本来なら俺が大将なのだが……えっ? 一番強い人とやるの? やだよやめとこ。いつもやられてるよ! と反対した所、好きなところに入っていいって言われたのさ。


 そんなわけで、きちんと順番に並んでいるのだが、向こう側はまだ並んでいない。というか、態度が悪い。


 道場内に食べ物やら飲み物を持ち込んできてる上に、外に煙草を吸いに出る奴もいる始末だ。やたら睨んでくるし威圧的で態度がデカいんだが? 俺の気のせいだろうか?


 今も整列がかかったのにタラタラと歩いてこちらを待たせる。皆さん一様に尻尾に視線がいく。上から下まで眺め回して軽く口笛を吹く奴もいる。なる程。警戒してるんだね? わかるよ。なんせそいつが一番モンスターだもんね。尻尾と向かい合った相手が隣の奴に叩かれている。おそらく発破を掛けられているんだろう。死ぬなよ的な。


 俺と向かい合った奴が一番遅かった。腰の帯に親指を突っかけ、こちらをヘラヘラと見ていると思ったら、目が合うと睨みを利かせ凄んでくる。角刈りの髪に浅黒い肌は筋肉で盛り上がっている。並んでいる中で一番体格がいい。ヤバい、目を合わせたら駄目な人だ。俺は視線を隣に逸らした。ムッツリがやや呆れた様子で横目で俺をチラリと見てきた。ヤバい、目を合わせたら駄目な人だ。俺は視線を戻した。


 角刈りも今度は睨んではこず、代わりに嘲笑を浮かべ侮蔑を込めた視線を向けてきた。


 互いに礼を済ませ先鋒が残る。審判は向こう側の師範を名乗る爺さんだ。テッペンハゲの白髪で俺より少し背が低い。何が嬉しいのかずっとニヤニヤしている。キモイ。


 ルールは投げや関節技、目つき等の急所攻撃は無しの立ち技主体だ。寝技が無しなのでダウン後の判断は審判がするそうだ。なにそれいいな。帰ったら家族に提案してみよう!


 こちら側の人間は俺を残してキビキビ下がり全員が場外線の外で正座をかましてくる。軍隊みたいで怖い。


 あちら側の人間はダラダラと下がり立て膝ついて座ったり胡座をかいたり、微妙に場外線越えてない? 先鋒だけって言ってんのに二人残って談笑している。角刈りとその隣の奴だ。角刈りは隣の奴に「楽勝すぎる」「お前続け」やら嬉々として話しかけ肩をバンバン叩いて開始線まで歩いてくる。


 えっ? こいつ大将じゃねえの? 先鋒順から並ぶのはこちら側の取り決めらしく、あちらの順番とは無関係って聞いたんだけど? 一番ガタイがいいコイツが先鋒かよ。


「チェンジで」


「ああ゛っ?」


 ボソッと呟いただけなのに過敏に反応してくる角刈り。うっ、正直怖い。駄目だ。無理だ。俺には出来ないよ。本当にやる理由もないしモチベゼロゆえ帰りたい。目を逸らす意味も含め後ろ軽く振り返る。


 全員正座で真剣にこちらを見ている。ムッツリでさえ冷やかしや侮りは無く真摯な視線だ。尻尾に視線を向けてみる。


 さて武器屋よろしくアイコンタクトをとってみるか。俺の現状をしっかり把握してくれるかもしれない。


 パチパチパチパチ。



『腹が限界だ。トイレ行きたい』


 俺のアイコンタクトが届いたのか尻尾は、一度周りを確認するように座ってる奴らに目を走らせ、何故か軽く赤くなると咳払いを一つかまし、


「がっ、頑張って……」


 と尻すぼみ気味のエールを送ってきた。


 この状況で頑張れて鬼なんですか? いいえ、女性です。なら仕方ない。


 俺は覚悟を決めて前を向いた。決して後ろの圧力が増したせいではないと信じたい。俺にとったらアウェイだもん。ホームすらアウェイだもん。あれれ? 久しぶりに涙腺が熱くなってきたのは、闘いの高揚がうんぬんかんぬん。


 未だメンチ切ってる角刈りに俺は不敵な笑みを返した。


「はじめっ!」


 審判のじじいが手を振り上げる。










 白郷のじじいが練習試合の話を嬉々として持ってきた。


 だりぃー。実力順に十人選んでとか……、下っ端いかせとけや。第一、安達が行くなら俺は行く気が無かった。アイツは一々うるせぇからな。煙草の吸い殻を捨てたら灰皿に捨てろだ、街で女に声掛けたら嫌がってるからやめろだ、良い子ちゃんっぷりにぶん殴りたくなる。


 しかし実際やったら返り討ちに合っちまう。一回マジきた時に、三、四人でスナにするよう言っといたら、全員病院送りにされちまった。俺の名前は言わねーよう脅しかけといたが、……何か感づいたのか、以前より監視が厳しくなった。


 イライラするぜっ。


 女引っ掛けて攫っちまいてぇが、どっから嗅ぎつけたのか安達が湧いて出てくるからな……!


 だが、やつぁ今回の遠征について来なかった。まだそのレベルにない、とかわけわかんねぇ事くっちゃべって参加を拒否してよ。


 らっきぃだったぜ! 参加してる中じゃ俺が一番つえぇから幅利かせられるしよ、うるせぇ奴もいねぇからな! くそド田舎に一泊ってな気にいらねぇが、街にくりだしゃいいしな。下っ端パシらせて女捕まえさせてよぉー、楽しみだぜ。


 白郷のじじいが躍起になって「試合に勝てば知名度が!」「多少汚い手でも構わん!」とか焚き付けてくる試合は、ぶっちゃけどうでも良かったが、業界でデカい顔できるらしいからな、一応出てやろうとは思ったが…………滅茶苦茶強いのばかりとかだったら御免だぜ。だから本来なら実力的に大将は俺なんだが、確実に一勝やら理由をつけて先鋒になった。恥かくのはいやだからな。向こうさんは実力順らしいしな。


 だが、拍子抜けだぜ。やたら細い奴が多いし女も混ざってやがる。……女……くそっ! 大将だったらあの女とやれたってーのに! ……まあいい。このボロ寺に泊まりこんでっらしいから、後からでもちょいと味見できっだろうしな。すげぇ上玉だからな、後々呼び出しできるようキチッと形にハメとかねぇとな。


 さっさと試合を終わらせるべく目の前のガキを睨む。ビクッと反応すると後ろに視線を飛ばしてビビっている。


 ちょれーな。とりあえずボコってスカッとしとくか。


 ガキが振り返ってこちらを見据えると、顔に笑みが浮かんだ。


 ああ?


 訝しく思う間もなくじじいが開始の合図を出す。


 ガキがニヒルな笑みを浮かべたまま、右手を前に半身になり左手は腰……いや、微妙に腹を押さえる。空手の『受け』に似た構えだが、亜流か? なにより余裕かまして笑ってんのが気になる。引き手を握らず腹に当ててんのは防御主体だからか?


 こちらは上段受けに構え軽くステップを踏む。最悪倒れなくともいいのが入ったらじじいが一本とるって言ってたしな。油断して負けたら面子が立たねえ。


 こちらが微妙に距離を詰め、俺の蹴りの間合いに入ったってーのに、あっちは微動だにせず相変わらず片頬を持ち上げて笑ってやがる。


 ナメんなよ!


 速度重視の蹴りを上段、顔面に向けて放つ。恐らく防がれるだろうが、この体格差だ、態勢を崩せればそこから攻め手を見つけられる。


「シッ!」


 呼気と共に放った蹴りが相手の顔面に届き、歪み、崩れる。


「……あっ?」


 当たるとは思ってなかったので振り抜かず足を戻し、その場で崩れ落ちたガキを見つめる。


「……いっ、一本! それまで!」


 本来、相手が床に着いたら直ぐに一本をとると言っていたじじいも数瞬の間を空けて宣告が遅れる。


「よわっ」


 俺は倒れふすガキに吐き捨てて礼も適当に陣地に引き上げた。












「秒殺だぜ」


「されたんスよ? したんでなく」


 えっ? 予告通り一瞬で終わらせたって言うのに冷たくない? 何が不満だっていうの!


 皆が並んでいる中に引き上げて俺も正座をしたらムッツリに溜め息を吐かれた。悩み事かな? 思春期だもんねー、あるある。


「……あ、ああああの」


「うおっ! ビックリしたぁ!」


 背後を振り返るとイタ女が引きつった笑いを浮かべてプルプルと氷水を差し出してきた。手が震えているためチャポポポポポポと鳴っている。


「大丈夫だ。喉は渇いてない」


「バカ。蹴られた部分冷やせって言ってんだよ」


 ムッツリが試合に立ったので、その隣に座ったチャラ男が注釈してくる。蹴られた部分を、冷やす?


「なーぜー?」


 本当不思議な事言うね?


「……あっ、………あっ、……ぎぃ」


 おっと、何故かイタ女は視線が合うと逸らし説明もしてくれない。初対面はあんなに多弁だったっていうのに。仕方ない、ここは俺が会話を誘発しやすいように水を向けようじゃないか!


「――くなんてなんともないし、大体クラスでプールとかオワコンお前ら一夏の経験で人生オワコンマジ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」


 こうして場外乱闘の憂き目に合った俺は試合が終わるまで放置された。氷水って打撃武器的な立ち位置にあるんだね。蹴られた部分? 冷えたよ。だからってマウンドで殴らなくともいいと、うん、もういいです。




 ついでに試合は九対一で勝ったらしい。これいる?

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