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めんどくさがりと合宿 5



 ご飯の時間です。


 広い和室を縦に割るようにテーブルが四つ繋げて並べてある。


 テーブルの上座にはいつぞや見た爺さんと管理人の奥さんが座っている。そこから順に師範代と門下生が序列順にテーブルの左右に分かれて座っている。


 ワイワイガヤガヤと結構な賑わいを見せていることから、特別に礼儀を重んじているわけじゃないらしい。


 俺は下座の端に座らされている。隣には大樹とかいうムッツリが。


「醤油は?」「おひつのおかわり持ってきたぞ!」「皿足りてるかぁ?」「ビール行き渡ったか!」「こっちオードブルないぞ?!」「殻入れ、テーブルの下ッス!」「縄を解いて下さい」「お嬢は?」「まだ我慢しろよ!」「あらぁ、足りるかしら?」「師範! とりあえず一つ」「夏場は堪えるよなぁ」「いや有給で」「大樹ぃ! ソース取ってくれ!」「尾頭沼さん! これは醤油ッス!」「助けて下さい」「お手拭き無い人ぉー?」「志保ちゃんもいないぞ?」「全員いるかぁ?」「席つけ席! 飯盛るのは後にしろ!」「椎名ちゃんが呼びに行ってるよ」「おらぁ! とりあえず席つけぇ!」


 ガヤガヤと話しつつも夕食の支度を全員で行う。アットホームな雰囲気ですよね。


 俺? 俺はゲストだからね。当然何もしない。何もしないって言うのに……ははっ、何故か何も出来ないように縄でグルグル巻きにされてるんですよ。いやいや、こんな事しなくても指一本動かさないよ? ご丁寧に腕と足は別々の縄で縛らなくてもさ、あの、助けて下さい。


 全員が席につくが隣の奴らと話すのは止めず、賑やかさは変わりない。

 テーブルの上には寿司やらオードブルやら刺身やら唐揚げやらが山となって所狭しと並んでいる。そろそろ食事が始まるのかな? あれ? おかしいぞ? 俺このままじゃ食べられないんだけどな? ははっ、やだなぁ〜、うっかりしてるんだから。


「おいムッツリ」


「自分、大樹ッス!」


 応えるあたり自覚はあるんだね?


「これはどういう仕打ちだ? これは拉致拘束だぞ。今ならなんとか許してやるからこれを解くんだ」


「さーせん! 先輩命令は絶対ッス!」


「実は右ポケットに蕪沢の着替え盗」


 すかさず俺の右ポケットを(まさぐ)ってくるムッツリ。


「――撮写真があったら、解いてくれたか?」


「見くびらないで欲しいッス! そんな事で先輩の命令に反したりはしないッス!」


 どの口がほざくんだ? 全く。


「大体こんな事される理由がねえんだけど?」


「……お前。……俺は知らねーけど、蜂の巣落としたり一抱えもある枝を投げつけたりしたんじゃねーの?」


 反対側に座った金髪の五分分けロン毛が話しかけてくる。さっき名乗られたんだが、確か――。


「チャラ男」


「……俺、年上だかんね? 言っとくけども」


「八神さん! いくらなんでもチャラ男先輩に無礼ッスよ! 今のは謝るべきッス!」


「よし二人とも座れ」


 俺はムッツリと顔を寄せ合わせて小声で会話する。


「え? もう俺ら二人とも座ってんのにな? 頭か? 頭の病気か?」


「実は自分も前々から怪しいと思ってたッス。チャラさんはあれで二十八ッスからね。ちょっと無理あるッス」


「誰か席変わってー、俺耐えらんねー」


 そんな感じで、俺が着実に好感度を積み重ねて友好を広げていたら背後の襖が開いた。


「ほら、もう皆さん待ってますよ」


「い、いやっ…………私はいい、というか…………へ、部屋で……あと……後でで……はな、歩く、歩くから」


 尻尾が俺を投げ飛ばしたイタイ女の子の腕を掴んで入ってきた。

 二人とも部屋着に着替えている。尻尾は薄手のタンクトップの上に襟口の広い白いTシャツを重ね着してスパッツを穿いている。イタイ女の方は何かのロゴが入ったTシャツに短パンだ。


 ちなみに山を走った奴らは白いTシャツに短パンに着替えている。例外は管理人さんと下手人ぐらいだ。


 尻尾がこちらをチラリと見る。イタ女は注目を浴びたくないのか尻尾の後ろに体を隠すようにしている。

 何か言うでもなくそのままイタ女を上座に連行する尻尾。

 尻尾とイタ女が上座につくと、爺がジョッキを掲げた。和室がピタリと静かになる。


「それじゃあ、今日もお疲れ様です。いつも通り料理は管理人さんが作ってくれました。感謝を込めて、いただきます」


「「「いただきまーす!!!」」」


 深い落ち着いた声音の後に荒々しい叫びが響く。うるせぇ。


 食事が始まるとまたガヤガヤと騒がしくなり、席を立って飯をつぎに行ったり酌をしたりされたりと忙しくなる。


 隣のムッツリも席を立つ。


「蕪沢先輩の隣に行くッス!」


「構わんけど、縄は解こう。そこは解いていこう」


 何故か握り拳を握りメラメラと瞳を燃やしているムッツリに俺は人の道を問うた。わかるよね?


「いま! 会いに行くッス!」


 ……ギリギリアウト、かな? いや、完全にアウトだね。


 完全に俺を無視したムッツリは上座の方に走っていってしまった。


 俺は反対側にいるチャラ男を見た。


「あのー」


「俺の名前は?」


 澄ました顔でジョッキにビールをつぎ始めるチャラ男。目も合わせてくれない。


 しかし落ち着け。俺はこう見えても暗記も計算もなんでもござれの無問題だ。過去の記憶を遡りありとあらゆる事象を脳内から検索できる。グーなんとかやヤフなんとかだ。そんなペキな俺様がさっき自己紹介された男の名前を思い出すなぞ造作もないわ! 余りの記憶力に恐怖してむせび泣くがいいわ! ネコ型とかほざく狸に泣きつくがいいわ!


「どぅえるご」


「尾頭沼さーん。一杯どっすかー?」


 ああ、待って! 一回で見捨てるなんて殺生やで。実は誰にも打ち明けたことないけど、人の名前覚えんの苦手なんだよー!


 そして誰もいなくなった下座で、こうなったら犬のように喰らうのもやむなしと覚悟を決めていたら、再び背後の襖が開いた。


 髪を編み込んだフリフリワンピースが入ってきた。


「確か、チホ」


「なぁにー?」


 コテンと首を傾げて近寄ってくる。いけない。危険信号だわ。


「……この縄を解いてくれないだろうか?」


 背に腹は変えられない。具体的に言うと、腹減ってんのになんて拷問なんだ、しかし圧力には屈しないぞ! 只、目の前の料理の魅力に負けただけだ! とかなんとか。


「なんでー?」


 なんでときたか。


「このままじゃ、飯食えないだろ?」


 見てわかろう?


 コクコク頷くと、チホは俺の足の上に座ってきた。なんでー?


 因みに俺は胡座をかいて座っている。足は縄でグルグル巻き。手は腰の辺りでグルグル巻き。その上、腕と胴体もグルグル巻き。あれ? 女性と勘違いしてるのかな? 俺は男性だからそんなに凶暴じゃないのにね。


 チホは箸で唐揚げを刺すと俺の口元に持ってきた。


「あーん」


「どういうことだ」


「だって、ご飯食べたいって」


 うん。縄を解いては? 縄を解いてはどこにいったんだい?


 俺は唐揚げにかぶりつく。いやだって腹がね、これはこれで楽だしね?


 チホも自分の分の唐揚げを啄み、残りを取り皿に置く。


「ほかは? なに食べる?」


「あー、サーモンがいいな。寿司、寿司のサーモン」


 チホが寿司桶に手を伸ばすがサーモンには少し手が届かない。


「むり。あきらめて」


「いや、ちょっと手を伸ばせばいけるって。まだ諦める時間じゃないって」


 チホが「もうー!」と言いながら立ち上がって手を伸ばす。すると俺の目の前にはあれがドアップだ。児ポ法だ。動けないんだよ。不可抗力。


 直ぐにチホが戻ってきて俺の足に座り直す。戻ってくるときにも顔に近づく。立ち上がっても近づく。

 サーモン寿司に刺身醤油をつけて突き出してくる。


「はい」


 ガブリ。もぐゴクン。


「サンキュー。じゃあ縄を解いてくれる? それか隣に座れ。そこはな、(まだ見ぬ)彼女とかの専用席だから」


 由々しき問題だよ。


 チホが目をパチクリとまたたく。


「しほの彼氏になりたいの?」


「欠片もないが?」


「ふーん。でもしほ、彼氏は二人いるよ? 三番目になるけどいーい?」


「奥さーん! 叱って! 怒り荒ぶって!」


 最近の子は進んでるなんてもんじゃねえ! 最早後ろ姿も見えねえよ!


 チホは俺の(魂の)叫びも気にせず、淡々とご飯を食べ、再び唐揚げを突き出してくる。


「……なあ、流石に面倒なんだけど? マジで縄解いてくれまいか?」


「うーん。でもしほ、固くってほどけないと思う」


 おお、言われてみたら。んー、じゃあ仕方ないか。その内誰か解いてくれるだろ? なんか上座めっちゃ混雑してるけど。アルコール攻めで上司を殺す気なんだろうか。


 ボリボリと餌付けされながらチホと雑談しながら食事を続ける。


「で、彼氏って同い年か? どういう所が好きなんだ? お兄さんに話してみなさい」


「うん。えっとね、同じクラスの子と、ちがう学校の子。同じクラスの子はー、なんか人気あったから、なんとなく」


「お前こわいな」


「ちがう学校の子はー、なんかガツガツしてる。でもモテるらしくってー、じゃあほかの子にジマンできるなって思って」


「お前ちょーこわいな」


「でも最近、なんかエッチしたそうにしてくるの。しほは彼氏をー、そういうミリョク? でぜんぜん見てないしー、うざいから別れよっかなー、って」


「お前やべーこわいな」


「もう来年から中学生だし。ちょうどいいかなって」


 ん? お前小六なの?


「ふーん」


 気のない返事をうったが、元々俺の返事を聞いてないので気にせず食事を続けるチホ。


「どぅえるごは彼女いる?」


「いるとかいないとか誰が言い出したかは知らんが人間の価値を彼女の有無で判断するのは愚かしい事に違いないね」


「?? えっと、いないんだね」


 答えてないよ。黙秘だ黙秘。


「外人だからかな?」


「お前が俺の容姿をその瞳に映せてないのはよくわかった」


 零距離なんですけど?


「どんな女の子が好きなの?」


 そこで少し間が空く。


 ……どんな、か。どうだろう? ぶっちゃけ考えたことなかったな。えーと。


「まずは、髪はー……長……くても短くてもいいな。……顔は、良い方がいいな。スタイルも、やっぱり良い方がいいな」


 いやこれデフォルトだから。男は皆そう思ってっから。


「やっぱり、ムネが大きい方がいいんでしょ?」


「バカめ。ちっぱいにはちっぱいの楽しみ方と言うものがある。昔の人は言ったものだよ、乳に貴賤なしと」


 知らんけど。


「でも、あっ」


 ん? なんだ早くその箸で摘まんでいるかき揚げをくれよ。

 俺は口をカンカンと鳴らす。しかしチホの焦点は俺を通り越して俺の斜め後ろを見ている。俺もチホの視線の先に首を巡らす。


「んんっ」


 少しの朱を顔に浮かべた尻尾が正座して咳払いをしていた。酔ってんの?


「気にせず、続けて」


「はあ」


「しぃちゃん、ご飯食べないの?」


 チホが俺の隣をパンパンと叩く。


「……それもそうね」


 尻尾はコクコクと頷くと俺の隣に座り直した。


 尻尾、いいタイミングだ。


「ちょうど良かった。この縄解いてくれる?」


「結び目が固いからちょっと」


 何でできてるんだよ?! 海○石か? うん?


「なんでだよ。じゃあもうハサミでチョキっとやってくれよ……」


 しかし尻尾に俺の声は届かず。女性ですからね、ええ。いそいそと箸を持つと玉子焼きを一切れ摘み、


「はっ、はい。……あ、あーん」


 俺の口元に向けてきた。酔ってんな。なんか箸先がプルプルしてるし。


 特に抵抗なく尻尾に餌付けされる俺。ヒモ最高。あ、縄じゃないよ? エ○じゃないから。


「……それで? 話の続きは?」


「……なに話してたっけ。えと。あんただれぇ?」


「すげえ。マジパネェよ。早くこの子を病院に!」


 最早一刻を争うよ。


「うん。好きな人がどうたしの?」


 しかし尻尾には相変わらず俺の声が届かず。会話って知ってます?


「いや、昨今の小学生のモラルの低下と倫理観について話しあってた。具体的には夏の友やったか? とか」


「そう。黒髪はどうなの? 明るい色の方が好き?」


 駄目だこりゃ。


 三人全員で独り言を呟いていたら、上座から何人か下ってきた。


「成人組の宴会が始まったッス。無理やり呑まされる前に避難してきたッス」


「蕪沢さんもこっちに来てるしな」


「なっ?! 自分そんなんじゃないッス!」


「俺そうだわ」


「僕も」


 ガヤガヤと騒ぎながら下座の席に四、五人が座る。ムッツリが再び俺の隣へ。


「それで、八神さん何してるんスか? ロリなんですか? 死にたいんスか」


「こいつお前の下着しゃ」


「おっとうっかりッス。縄を解くのを忘れていたとは」


 ムッツリが俺を縛ってる縄の結び目を解く。解く途中でコソコソと話しかけてくる。


「勘弁して欲しいッス! 思春期だから仕方ない事なんス! 若さ故のってやつッス!」


 パラパラと解ける縄。


「さて。これでゆっくり飯が食える。おいチホ、サンキューもういいぞ」


 自分で箸を掴み茶碗を持つ。チホは動かない。あれぇ?


 しかし女性の考えなんて読めるわけがないのだ。ほっといて飯を食おう。


 取り皿に適当に見繕って食べ始める俺に視線が殺到。ん? なにか?


「ん? なにか?」


「いや、八神……さんは蕪沢さんと同い年ですか?」


「多分」


「ロリなんスか?」


「のう」


「トップゴールだったんですよね? 明日は十人入りですね」


「日本語で頼む」


「志保ちゃんでしょ?」


「いいえ、アホです」


「あ、カニ。あたしの分も割ってー」


「断る」


 あの止めてもらえる? どこぞの聖徳じゃねえから。いちいち拾えねえから。


 俺がバリっとカニを割って中の果肉を取りだす。チホが食事の手を止めてジッと見ている。仲間にはしない。


「俺ら未成年の中じゃ、蕪沢と大樹だけだもんな」


「僕、二十位だったんで明日また山間走です」


「俺もー。でも午前は術式組み手だから今日よりはマシじゃね?」


「相手によりますよ……」


 チホが大きく口を開いてきたので煮豆を放り込んでやった。なに、気にすんな。礼はいいぞ。


「そうね。私もまさか崖越えするとは思わなかったから」


「自分もッス。正直、逝ってこいとは思いましたけど。まあ、明日も一緒チームなんで、遺恨は残さないッス」


「あ? 俺、明日もお前と走んの?」


 いつ逃げ出せばいいんだろうか。夜? 人間は夜寝るように出来ている。


 俺がチホの手をヒョイヒョイ避けながら疑問に思ったことを聞いたら、尻尾が「ああ」と声を上げた。


「今日走った中で一位から十位のメンバーは明日の他流試合対抗戦に出ることになってるの」


 え?


「え?」


 チホが俺が手に持っているカニにカミついた。手ごと。正にカニヴァリズムだよ〜www。殺せ。

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