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めんどくさがり、電池を買う



 夏と言えば?



 日本には四季がありその季節にそったイベントがある。勿論、参加不参加は個人の自由だが、夏はどうしても開放的になる季節なので、自らの意志に関係なく関わってしまう場合もある。


 理由の一つは暑さだろう。


 薄着肌色(新しい四字熟語じゃないよ?)が眩しいこの季節。性に奔放な若者はそれだけでノックアウトです。頭沸いてんじゃないの?


 そんなリア充どもが弾ける季節ゆえ、最初の質問が街頭アンケートやらやたら嬉しそうな深夜番組のインタビュアーから発せられる。


 俺は駅前に来ていた。


 黒い半袖のTシャツに黒のハーフパンツに黒のクロックスを履いている。通報はやめていただきたい。ハーフパンツには白いラインが入っていて、Tシャツには白文字で前面に『撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だ!』そして後面に『だから僕をぶたないで……』とプリントされている。ちょっとコンビニまで仕様だ。駅前は結構栄えているのでバシッと着こなしている輩も多い。そんな中にいると浮くように感じるが、駅内設置型のコンビニの前には似たようなヤツらがタムロしてるので問題ない。え? 俺あれと一緒なの?


 軽い絶望感を覚えるやら暑さでクラクラするやらでフラフラと目的地に向かって歩いていたら、サマースーツを着た化粧軽めの若いお姉さんがマイクを向けてきたのだ。周りには何人かのスタッフが統計をとったりカメラをいじったりしている。


「お兄さんお兄さん! お兄さんにとって夏と言えば?」


 貼り付けたような笑顔とテンション高めの声にうんざりしつつも、思考停止寸前の俺は思ったままを反射的に答えた。


「クーラー」


 俺の部屋のエアコンが壊れました。










 回想。とかない。


 普通に壊れたよ。スイッチ押してもつかないんだもん。思わず一時間ぐらい連打したわ。壊してやる! って勢いで。


 仕方ないので親に言ったら、自分で修理頼みに行け、見積もり貰ってこいと言われたので、最初は近所の電器屋さんに行ったんだが、なんと休業。二階の居住スペースから「跳べよぉおおお!」って奇声が聞こえてきたので家主は元気みたいです。全然関係ないことだけど、その電器屋でブラウン管は取り扱っておりません。たぶん、飛んでんのは家主の頭だな。


 家から近かったので着の身着のまま飛び出してきたんだが、も一つ先の電器屋は少し遠い。が、しかし。着替えに戻るのが非常にめんどくさかったしエアコン壊れてるしでそのまま次の店へ。そしたらなんとびっくり。次の店も休業。


 ここまで来ると家に帰るまでの距離と駅前の家電量販店までの距離が同じ。


 でも待ってくれ。こんな格好(なり)だが、これでも俺は思春期真っ只中の男子高校生だ。モテたいしカッコ良く見られたいしモテたいしモテたい。つまりだ。駅前なんて流行に乗ってる奴しかいねぇ中でこんな寝間着のままで出ていくのは恥ずかしい。あ、着いたわ。流石に店内は冷房効いてて涼しいな。え? 羞恥心? おいおい夏なんだよ、エアコンには負ける。


 駅前の家電量販店は一階が駐車スペースになっていて、商品は二階に陳列してあるのでエスカレーターか階段で二階に上がらなきゃいけない。だから入り口正面には、いきなりエスカレーターと階段がある。もちエスカレーターで。


 上りのエスカレーターに乗って、なんとなく前を見ていたら、下りのエスカレーターに誰かが乗って下りてきた。


「あっ!」


 すれ違う時にバッチリ目が合う。向こうもそこで気づいたのか声を上げる。


 茶髪だった。


 茶髪はこちらに気づくとエスカレーターを急いで下る。俺もそれに頷くとエスカレーターを急いで上がる。両者反対のエスカレーターに乗り、


「なんでよっ!」


 再び同じ所で逆の立ち位置ですれ違う。なんでと申されましても。動機の言語化か……どごぞの団長ではないので容易い。あれだ、怖い。以上ですが?大体なんで女は男を見かけると追いかけてくるんだよ。動物的な習性か? そりゃ逃げたくもなります。しかしこれじゃエンドレスだよ。どこかで突破口を開かないと。


 半ば機械的に、また反対側のエスカレーターに乗って上り、また茶髪とすれ違うが、今度は茶髪の位置が違った。茶髪は下りのエスカレーターには乗っておらず、階段で下ってきていた。


「……」


「やっ」


 無言の俺に対し、茶髪は笑顔で軽く手を上げ、そのままエスカレーターの速度に合わせ今下ってきた階段を上がりだす。視線が俺から離れない。


 とっ、止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれト・マーレ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まってよ?!


 俺の願いが通じたのか、二階に到着し、俺の体は止まる。隣にはニコニコと笑顔の茶髪。


 茶髪が徐に伸ばした手は、俺の胸ぐらを掴む。


「今から、君を、殴ります」


 一語一語区切って話す茶髪に、俺はホールドアップしながら言った。


「弁護士を呼んでくれ」


 権利って大事。


「NO」


「のぅ……」


 片方は終始笑顔だった。やだ。人間不信になりそう。










「いてててててて」


 俺は片方の頬に手を当てて顔をしかめる。何故か俺の隣を歩いてる、それを見た茶髪が顔を赤くしながら怒鳴る。


「なんでよっ?! 殴らなかったじゃん! 誤解されるような事はやめてよ!」


「……虫歯が」


「虫歯かよっ?!」


 ぼすんっと俺の胸を叩く茶髪。……かよっ、て言った? いや、深く気にするな。あれだ、ツッコミだよ。


 あの後、悪目立ちしていた茶髪(俺じゃない)は、周りの注目を一身に受けTPOを考え己が行動を諫める事にしたようだ。


 具体的には、「痴話?」「別れ話じゃね?」「女の子の方が強いな」「いや、男が悪いでしょ」「だね。デートにあの服はないわー」等の会話が聞こえて顔を赤くした茶髪はそそくさとその場を後にした。


 俺の胸ぐらを掴んだまま。


 強制連行ですね? わかります。


 店内は冷房が効いているのに顔を火照らせてる茶髪は羞恥心を感じているのだろう。だから煽ってやった。いまここ。


「もう! 全くもう! ホントにもう!」


 食べてすぐ寝るとなれる奴ですね?


 プリプリと怒っている茶髪に俺は話しかけたりしない。虫じゃないんだよ? 暗闇の中で火に飛び込んだりしない。さっきのはアレだ。火の勢いを強めることで鎮火を早めようかと。


「……それで? 君は何買いにきたの?」


 まだ少し顔が赤いが、茶髪は口を尖らせながら話しかけてきた。


「お前は? 何買ったの?」


 茶髪はさっきからビニール袋を提げているし、下りのエスカレーターに乗っていたので買い物が終わって帰る所だったのだろう。


 俺の視線を辿った茶髪が、軽くビニール袋を持ち上げながら答える。


「電池」


「電池? コンビニで買えば良かっただろ? ここ来るまでに確か……」


「売り切れだったの」


 茶髪のマンションからここに辿り着くまでにあるコンビニを思い浮かべていたら、茶髪が先に答えを出した。


「全部か?」


「うーん……、駅前のは寄ってないけどね。ここに来るまでに寄った二軒には単四が売り切れてて。どうせ駅前まで来ちゃったから、ここで電池買う方が安いもん」


 まぁ、それは確かに。

 俺は納得の頷きを見せる。それにしても。


「単四か。単三じゃなく?」


 普通に使用頻度が高いのは単三だと思うんだが。パソコンのマウスとかキーボードとか。


 それに茶髪は「そう」と頷く。


「なんかさぁー。エアコンのリモコン? あれが電池切れみたいでさ、スイッチ押しても動かなくてさぁー、あせったぁー。ふわっ?! 壊れた?! とか思ったけど、エアコン本体のスイッチ押すと動くから。あー、電池ない? とか思ってね? 買いにきたんだけど。単四がピンポイントで売り切れてんだもん」


 …………ふーん。


「茶髪はバカだぐほっ!」


「名前」


 下腹部の下を押さえてしゃがみこむ俺に、茶髪が冷たい目で見下ろしてくる。な、何もなかったよ。我が校にイジメは存在しません。ただ……金的、ビニール袋、遠心力とだけ言っておこう。汗? 夏だからね、仕方ない。


「……名前」


 茶髪がしゃがみこんで目線を合わせてくる。少し眉根が寄って頬を膨らまして、『あたし、怒ってます』と態度で表してくる。どこかの目が吊ってる人も見習ってほしいね。


「……そういえば、最近既読も返信もないね。なんか進路指導室まで引っ張って行かれてるの見たし。……せっかく、夏休み入ったのに。もしかして補習?」


 これ以上何を補うっていうの? 危険な生物の生態で博士号とれるくらいのレヴェルになってるっていうのに。奴らは急所を狙ってきます。躊躇いとかありません。……わかっていたのに。


 俺が長々と悶絶しているので、流石に悪いと思ったのか茶髪が謝ってくる。


「な、なんか言ってよ! そんなに痛いの? いや、なんか君なら大丈夫かなぁって、ごめんってぇー」


 わ、バカバカ揺らすな! そっとしとけ!


 茶髪は俺の肩を掴んで俺を揺すって(拷問)いたが、何を思ったのか携帯を取り出し、


「もしもーし」


 と少し赤い顔で再び俺に呼びかける。



 そして、『運命』が流れだす。



 俺の携帯の着信音を聞いた茶髪の表情は、水を掛けられたが如く抜け落ちていた。痛みと一緒に血の気まで引いていっちゃったよ、おいお〜い。ははっ。やべぇ。


 ピッ


 茶髪は通話を切り、俺の汗は滴り落ちる。


「話し合おう」


 人間だもの。


「……へー。電話にでないのに?」


 『不思議』とばかりに茶髪が小首を傾げる。フラグきたこれ。





 やがて訪れる衝撃を受け入れるため、俺はそっと目を閉じた。エアコンは多分動くようになるね。良かった。只、俺が動けなくなる可能性はあるよね? 意外。


 ――――最高気温をマークした七月最後の日の事でした。


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