表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/119

めんどくさがりと終業式



 弟は常時無情。


「にぃーちゃん! ほらっ! 今日で最後だから踏ん張れよ! ……って、うえぇぇえ?! 澁澤さん?!」


 一応説明しとくけども。床に簀巻きになっている俺を見つけた弟は、いつも通りに布団を掴み引っ張った。一瞬で簀巻きから解放され壁ビタンする俺。壁ドン? あれ脅迫だから。そりゃドキドキするわ。


 バリバリと壁から剥がれ落ちる俺。眠りが浅かったからか目覚めはバッチリ。でも空中に放り出すことないよね。せめて床の上をゴロゴロ転がすとかあるよね。


「やぁ、弟よ。随分過激な朝ですね」


「あ、あぁ、兄ちゃん。なんか香奈が怒ってたんだけど理由にこころ、ってちげぇ。じゅ、澁澤さんがなんで兄ちゃんのベッドに」


 ふぅ。どうやら前人未到の大記録に挑戦する必要はなくなったようだ。テンパに感謝だな。


「うん、そうだね。ところで朝ご飯はまだかな?」


「な、なん、違うだろ! 朝飯なんかよりっ! 説明! なんで?!」


 弟の慌てように俺は一つ頷きを返し神妙な顔で答えた。


「うん、そうだね。ところで朝飯は何かな?」




 六回転とか。首が千切れるってーの。


 足音荒く階下に降りていく弟。左頬を肥大させ倒れ臥す俺。こんだけ騒いでんのに未だ起きないテンパ。ほんとどうなってんだよ。


 床に伏してベッドを見上げる。あ〜あ、ほんとなら柔らかい布団で横になってる筈なのにな。世の中ってほんとおかしい。


 世を儚んで世界の中心(ベッド)を見ていたら、碧い瞳とぶつかった。眠そうな半眼は状況に合っていると言えよう。テンパは顔だけこちらを向けていたが、俺と目が合うと顔を引っ込めた。


 ふぅ。やれやれだぜ。


 俺は起き上がるとテンパを見つめた。


 テンパは昨日寝かせた位置から一ミリもズレることなくベッドに横たわり、目はしっかりと閉ざされている。


 俺はフッと優しさ溢れる微笑を称えると、慈愛に満ちた動作でテンパの上半身をゆっくりと起こし、


 脳天に向かって拳を落とした。ゴツンとね。


 テンパの目がパチリと開く。開いても半眼。ブブブと小刻みに震えながら両手を患部に添える。やだかわいい。


 眠たげな半眼が俺を捉える。いつも通りの無表情だが、説明を求めているように感じたので、一つ頷いてそれに応える。


「あのな、お前バカ。ほんとバカ、マジバカ、もうバカ! いいかバカ? バカはバカって分かってないからバカなんじゃなく元からバカだからバカなんだわ、バカ。つまり、おまっバカ。バーカバーカ、オッケぇ?」


 途中からテンパの背後に黒いオーラとか見えだしたのは疲れてるからだろう。ふぅ。一仕事終えたぜ


 額の汗を拭い言いたいこと言った俺はポイッとテンパをベッドから降ろし、漸く空いたベッドに体を横たえる。


 生ぬるっ?! うわぁ……なんかぬくい。女の子の体温とか誰某が寝ていたからドキドキとかない。そんなん正直どうでもいいわぁ。真夏なんだよ? 不快感しかないわ。もっとヒンヤリしたとこ。


 俺がテンパ跡地から空間を空けるように体を動かしてたら俺の体に影がかかった。どけよ。影になるだろ?


ズバシッ


「あうっち!」


 乾いた破裂音と激しい光が明滅し俺の体に電流が駆け巡る。決して一目惚れではない。だっちゃ?


 思わず飛び起きベッドから落ちる。痛いなんてもんじゃない。ものごっつ痛い。アホなの?


 下からテンパを見上げる。手に警棒を持ってこっちを見つめている。白か。引っ張ったなぁー。さて恒例。


「ありがとうございまずっ?!」


 お礼を言ってる最中に警棒を押し当てられ再びビリビリ。便利な右手とかない俺は素直に感電するしかない。変身中は攻撃しないのがルールなのに?!


「待て落ち着け」


 ベッドを背に座りテンパに手を突き出す。テンパは警棒を俺の鼻先に突きつけている。ふぅ、俺としたことが。こいつはバカなんだから一から十まで説明しないと分からないに決まってるじゃないか。別に脅しに屈した訳じゃないけど。


「えーと、どっからだ?」


 弾ける電気! 滴る汗! なつ?


「鬼ごっこしてたのはオぅライ?」


 脂汗をかきながらホールドアップする俺。警棒から電気は発生せずテンパはじっと俺を見てる。続けろってことね。分かりました。


「あー、屋上から落ちたのまでオッケぇ? で、落ちました、途中で拾いました、逃げました、家に。イマココ」


バチチチッ


「……はい。気に入りませんよね? 分かります。ですよねー。すいません語彙が貧弱な」


バチチチッ


「えー、屋上から落ちていくアナタ様をキャッチしてですね、怪我がないように着地したんですよ」


バチチチッ


「ちがっ、違います! ふざけてません。えーと、うちの家系は代々頑丈なんスよ。車にハネられても『イテテテテ、てへうっかり』ってやれるぐらい。……なんで窓の外見るんスか? やりませんよ? あの、痛いことは痛いんですよ。あと、死なないわけじゃないので。僕が一番(?)家族の中でか弱いんスよ。打ち所悪かったらポックリです。」


バチ?


「警棒で返事するのやめません?」


 暑いからね。目から汗が出ても変じゃないよね?


 納得したのか分からないが、テンパは警棒を袖に直した。あれ? 次元収納って現実で可だっけ? 俺も欲しいな。頼んだら譲ってくれるやろか。


 警棒を直してるテンパを見て溜め息を吐く。ペラペラと喋ってたせいか思っていた事がつい口をつく。


「意味ないぜー」


 テンパはこちらを見ない。『聞く気』がないときだな。意思表示はするくせに。構わず続ける。


「お前がさ、何をもって人の本質を暴いてんのか知らんが、それはそいつの本質であって『お前』のじゃないからな」


 テンパはこちらを見ない。


「鏡のように返せば、相手も気付くと思ってんのか? 無理無理。人間なんて都合のいいように出来てんだから。自分を保つために自分を非難したりしねぇよ」


 俺もテンパを見ずにベッドに横たわる。


「もしくは、誰かからご教授されるとでも思ってんのか? それはそいつの『結論』だからお前にはしっくり来ねえかもよ?」


 横になる俺に影がかかる。


「どうすれば」


 耳に心地良く響く、すこし幼さを残した高い声だった。


 続く言葉は「いいの?」か「よかったの?」か。


 俺は気怠げに答える。


「しらね」


 このまま眠ってしまおうかと思ったが、ポツリポツリと俺のベッドにシミが出来る。ポタポタと俺の頬にも落ちてくる。イラッ。


「……お前なぁ〜」


 苛々しながら閉じていた目を開けベッドにあぐらをかく。

 テンパは半眼無表情のまま止まることなく涙を流していた。

 ガリガリと頭を掻いて溜め息を吐き出す。


 ポンポンとテンパの頭を軽く叩く。テンパと目が合う。


「皆な、考えながら生きてるし、必ずしも正解があるとは限らない上に正しくもねぇんだわ」


 ……なんの話だっけ。まぁ、いいわ。


「それでも回っていくんだわ、残念なことに。…………生きるのってめんどいよなぁー」


 もう一度溜め息を吐く。肩が重くなる。あーあ、とうとう取り憑かれたか。

 ポンポンと今度はテンパの背中を叩く。子供のあやしかたなんて全国共通だろ。


「感情殺して言葉無くす程嫌ならさっさとやめりゃいいのに。まぁ、それでもやりたいなら止めねーよ。好きにやってくれ。いじめでも自殺でも」


 俺のいない所でね? 薄情? バカ言うない。欠片も情などない。


ぼすっ、ぼすっ


 ……腹をグーで殴ってるな。あー、なんだ? こんな時はどうすりゃいいんだっけ?


 俺は幼女のアドバイスに従った。


「ごめんねごめんね?」


どすっ どすっ


 少し強くなった。どゆこと?


 俺はテンパの頭をポンポンと軽く叩いてあやしながらテンパが泣き止むのを待った。はぁ。










「おにぃーちゃーん。ご飯どうするの? 健くんとお姉ちゃんの分だけでいいの?」


 うちのオカンが部屋にやってきた。時計を見るといつも下に降りる時刻より少し早い。そもそも食事の有無は弟が適当に母さんに告げているはず。見たことないけど。


 ベッドの上で見ようによっては抱き合っているように見える儂ら。眉尻が上がるお母様。ふっ。覚悟なんてとうにできてる。逃げよう。


 咄嗟にテンパを壁にして窓から脱出しようとしたが、テンパはいつの間にか俺のTシャツをしっかり握っている。離せ! 離してくれ?!


「ちょっと!」


 眉間に皺を寄せた母君がズンズンと部屋に入ってくる。十六年かぁ……。せめて今読んでる漫画の最後を読むまで生きたかったなぁ。


 涙ぐむ俺を母は掴むと、テンパの手をはがしペイっと部屋の隅に放られる。


「シーツも床も血だらけにしちゃって! あなたは怪我してるんじゃないの? 大丈夫?」


 台詞の前半は俺に向けられ後半は心配そうな顔でテンパに向けられている。

 テンパの体をペタペタと触って怪我の有無を確認しながら「ここ、痛くない? ここは?」とテンパに問いかける母親。テンパはいつも通りの半眼無表情だが、すこし目の周りが赤い。うさぎちゃんだね。


「大丈夫だよ母さん。それ俺の血がついただけだから」


「そう、良かったわぁ」


 ふぅ、と息を吐き出し安堵する母上。あれ? 遠回しに俺の怪我を教えたんだけどなぁ? 息子さんの心配は?


 俺の切な願いが届いたのか、ママは俺をキッと睨むと「もう洗濯物回しちゃったんだから、シーツはお兄ちゃんが洗うのよ」と言いつけると、テンパを小脇に抱えながら退出していった。

 その際テンパが、曰わくいいたげな眼差しを俺に向けたが、俺はゆっくり首を振って返すだけに留めた。










 食卓には姉と弟がいた。


「あ、にぃーちゃん。朝飯どうする?」


「…………」


 訂正。只の屍と弟がいた。


「いつも思うんだが、そんなに眠いなら無理して起きてきて飯食わんでも」


「…………朝ご飯は、一日の、しほ」


 喋りながらも欠伸をかみ殺す人間兵器(姉)。それに苦笑しつつもパンを焼き始める人間兵器(弟)。


 俺は用心深く注意しながらも自分の席に座った。


「……あれ? そういえばなんでお前まだ家にいんの?」

 いつもの事と受け取っていたが、弟はこの時間はとっくに学校だ。


「今日は朝練休みだから。部活も終業式の後にミーテだけ」


「ふーん」


 気のない相槌を打っていると、弟がコップに牛乳を注いで出してくる。あぁ、バカ。今日は狂おしい程甘いカフェオレがいいのに。その事をやんわりと告げると、弟から角砂糖を二、三個投げ入れられ、


「はいよ」


 隣の姉から飲みかけのコーヒーを牛乳に足された。しかも牛乳は元々八分ぐらい入っており、そこから角砂糖の分もかさを増し、更にコーヒーも注がれた俺のコップは表面張力でいっぱいいっぱいだ。


「…………」


 白カフェオレを黙ってすする。俺もね? 学ぶんですよ、ええ。


 目の前の兵器はビックリする程簡単に爆発するからね。火薬庫で煙草蒸かしながら歩くなんて出来ない。死の商人も遠慮するのに。


「それで? 今日はどうするの?」


 弟が少し困った顔で問いかけてくる。「生きる」って答えたら殴られるのかな? やだな。どうしてこんな風に育ったんだろね? 


 痛いのはヤなので真面目に答えた。


「学校に行く」


 学生ですからね、ええ。


「そうじゃなくてさぁ……」


 弟は言いにくそうに言葉を濁す。視線がチラッと姉に走ったが、どうしたのか。

 姉はコーヒーを飲みながら物憂げにこちらの会話を聞いてるような聞いてないような態度をとっている。


「じゃーん」


 弟があくせくしながら言葉を探しているのを姉と一緒に眺めていたら母さんがキッチンに入ってきた。テンパを伴って。


 テンパは何時もあちこちにハネさせている髪をしっかりと溶かし、少し大きめの女子の夏用の制服に着がえていた。


「え〜。なにその子。かわいい〜」


 姉が喜々としてテンパを構いに席を立つ。母さんもテンパを後ろから抱きしめて「でしょうー?」とか言ってる。

 弟だけ青い顔をして、俺と玄関を指差し必死に手を振っている。パントマイムかしらん?


「これ、あたしの高校のときの制服? なんでこの子に着せてるの? どこの子?」


 姉がテンパの頬をフニフニしながら母さんに聞く。

 母さんもテンパの髪を触りながら答える。


「朝、お兄ちゃんの部屋で見つけたのよ。元々着てた制服が血で汚れてたから、お姉ちゃんの制服が同じだから着せてみたんだけど、人形みたいよねぇ〜。かわいいわぁ〜」


「へぇ〜。じゃあこの子高校生なの? 確かにかわいい〜」


 二人でテンパをかいぐりかいぐりしていたが、一通り愛でたので満足したのか姉が席に戻ってくる。しかし椅子には座らず俺の顔を鷲掴みにする。がしっ! めきめき。……えっ?


「健くん」


「あっ、はい」


 あちゃー、と言わんばかりに額を手で押さえていた弟は姉の底冷えするような呼び掛けに居住まいを正して応える。


「その子をちゃんと学校まで案内してあげてね? 今から家に帰ってたら遅刻しちゃうだろうし」


「畏まりました」


「あ、俺でもいいよ? 自転車置いてきたから今日歩きだし。健二は自転車だからさ」


「駄目よ。だってあんた今日遅刻するじゃない?」


 姉が可愛らしく小首を傾げる。この会話の間、俺の頭は卵のように変形していた。そうか。遅刻するんだ……俺。


 ズルズルと引きずられながらコーヒーを飲む俺。なるべく水分とっとかないとね。夏だからさ。俺の血液量の問題じゃないよ? 事前に輸血しとくべきだったなぁ……。


 弟は瞑目し合掌している。母さんはテンパの朝食を作り始め、それ俺のパンだよマム? そしてテンパは、いつも通りの半眼無表情で借りてきた猫のように大人しくしていたが、弟をチラッと見て、同じく俺の方に向かって合掌してきた。


 錬成ですか? なにも産まれないどころか滅えてしまうのに……。


 扉がパタンと静かに閉まる。












 学校に遅刻してしまいました。


 学校に着いたら既に式が始まっている時間だったので、仕方ないのでサボることに。


 昇降口が瓦礫の山だったので俺の上履きを探すのが大変でした。なんだろうね。下駄箱の中に不信物を確認して爆破でもしたんだろうか。

 俺は屋上に上がっていった。


 屋上に人の気配多数。ドアに耳をつけて会話を聞いてみたよ。


「駄目ですね。こりゃフェンスも取り替えですわ」


「やっぱそうかー。……それにしても何やったらこんなんなるんだ。ハンマー?」


「階段も爆弾が爆発したようになってましたからねぇ。この下の壁に銃痕もあったそうですよ」


「明日っから夏休みなのが助かりましたな。平日にこのような事態になれば学校も閉鎖でしょうからなぁー」


「それでも部活動はしばらく取り止めですよ。大会近い奴もいるのに……」


「他の学校と提携を取れるよう連絡してるんですよね? 確か……風見先生が」


「伊万里先生のコネらしいですけどね」


 そこで聞き耳をたてるのをやめた。どうやら現場検証でもやっているようだ。邪魔しちゃ悪いので足音を殺して、俺はそっと屋上の扉から離れた。













 今から体育館に行って自分のクラスの列に加わるのは非常に恥ずかしいし、なにより目立つ。ので、俺はブラブラと歩いて適当な空き教室で終業式が終わるのを待つことにした。みんながぞろぞろと歩いて教室に戻る時に、人混みに紛れてしまおう。え? やだ天才?


 一人テレながら空き教室のドアを開ける。するとなんということでしょう。黒縁がいました。


 パイプ椅子に腰掛け左手に文庫本を開いて持った態勢で驚きの表情を浮かべこちらを見ている。 黒縁は白のワイシャツにリボンタイをキチンと結びチェックのスカートも短くすることなく、我が校の女子の夏用の制服を見本のように着こなしている。


「なにしてるんだ! 終業式の最中ですよ!」


「…………どう考えてもこちらの台詞なのだけれど……」


 黒縁はパタンと文庫本を閉じると人差し指を眉間に当ててフーッと溜め息を吐き出した。


 それを横目で確認しつつ俺は空き教室に入った。普段なら逃げ出すんだけどね。この教室、何故かソファーが置いてあるんだよ。びっくりだぜ。どうせなら快適に過ごしたいしね? 黒縁は無視の方向でね。


「確かに部室に顔を出すようには言ったけれど……」


 おお。フカフカだ。三人掛け用だから寝ころべるな。げっ! こりゃやべぇー。一撃で根こそぎイかれちまう。違うんだマイハニー(布団)。浮気じゃない浮気じゃなくて……過ちかな?


「大体、終業式の最中なのだけれど? どういう経緯でここにいるのかしら?」


 あー、腹も減ったけど、睡眠が中途半端なせいか頭も痛いんだよねー。とりあえず寝とこう。何気にこの教室涼しいしな。ふわぁあああああ。


「聞け」


ドカッ


 なんかスゲーぶ厚い本が頭目掛けて降ってきたよ。めちゃくちゃ痛ぇ。本の使い方が推理小説に出てくる犯人なんだけど? いや、それより大事なことが!


 俺は頭を押さえて悶えつつ声を出した。


「せっ、先輩、いま……」


「気のせいよ。頭は大丈夫かしら?」


 どっちの意味でせう?


 頭をさすりながら体を起こす。個人を形成する上で最も大切な脳が入っている頭を狙うなんて……人にあるまじき所行。信じられないよ。


「……全く。それで? なんですか? サボりを咎めるなら、先輩もですよね?」


「私はサボタージュしてるわけではないわ。読みたい本があっただけよ」


 え? なにこの人? 言ってることの意味が不明過ぎて怖い。


「…………そうですか。それじゃ俺は船の時間なので」


「待ちなさい」


「断る」


 黒縁が俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきたのを、スイッとよけて入り口に走る。


「私は、待ちなさい、と言ったのだけれど」


 後ろから強烈な威圧感を放ちながらおどろおどろしい言葉が飛んできた。夏だもんね? 肝試しマジヤバい。


 俺は振り返らず廊下を疾走して黒縁のいる空き教室を後にした。












「よぉーし、それじゃ悪さすんなよー? 解散」


 相変わらずやる気なさげな担任の号令でワッと蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが思い思いの行動をとる。勿論俺は帰る。


 通知表やら夏休みにあたってのありがたい御言葉やらを頂いて、ホームルームが終了したところだ。


 学生の観点から言わせてもらうと、今日の終業式は体育館で長い話を聞くためじゃなく、ここで友人や部活仲間と夏の予定を確認するためのもんなんだろうな。じゃなきゃ学校来ないよ。あっ、でも友達いないや。今度から休もう。


 ガヤガヤと騒ぐクラスメートを尻目に俺は教室を抜け出した。


 置きっぱなしにしてあった鞄に上履きを突っ込む。明日から夏休みなので持って帰らないとね。教科書は全部置いたままだが。


 どうやらいち早く終わったらしく、校門には誰もいなかった。

 暑さで歪む景色にセミの声を聞きながら俺は一つ伸びをする。


「さて、帰ろう」


 なんとなく呟き、息を吐き出す。





 重たげな足を引きずって自転車をとりに、俺は夏の陽炎の中を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ