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僕は


 夢を見ている。それがわかった。


 明晰夢というやつなんだろう。初めて視る。嫌な夢だ。


 子供の頃の夢だ。近所の子供達と神社で遊んでいる。僕はそれを幼い僕の中から視ている。夢だというのに体の自由が聞かない。


 鬼ごっこをしているらしい。そうだ。鬼ごっこをしていた。僕はいつも鬼になった。足の速い男の子が何故かいつも僕を捕まえるのだ。抗議しても聞いてくれないのだ。僕が追いかけると嬉しそうに逃げ出し、諦めるとギリギリでタッチされない範囲で挑発してくるのだ。


 この頃は、まだ素直に感情が顔に出ていた。男の子の反応に泣いたり怒ったりしていた。……何故かな? 感情の是非じゃなく、何故、僕の感情は表情に出なくなったんだろうか? 泣いたり怒ったりする幼い僕を、僕は幼い僕の中から不思議に感じていた。


 この時の幼い僕は怒っていた。いや、怒っている。過去の記憶を夢に視ているだけだが、今現在の僕の夢でもある。


 いつも通り、あの男の子が僕をタッチして僕が鬼になった。この日は自分が鬼になると言い出したのに、始まって直ぐに僕をタッチした。僕の抗議の声を無視して男の子は逃げ出してしまった。腹は立ったが、ここで男の子を追いかけても意味がないどころか、余計に怒りを増すだけなので、僕は他の子を追いかける事にした。


 しかし、当然もうみんな逃げ出してどこかに隠れている。鬼ごっこはこの隠れる技が重要だ。上手く隠れ続ければ足が遅くとも鬼から逃げ切れる事ができる。その反面、逃げ道がなければ見つかった時点で捕まってしまうが。


 幼い僕はプリプリと怒りながら皆を見つけに歩き出した。あぁ、そうだ。そうだった。嫌だな。視たくないな。この先は。……? あれ? なんで視たくないんだろうか。もう起こった事なのに。幼い僕の中で、僕はモヤモヤしたものを感じていた。


 一番手身近な所から探し出す。よく分からない草書体で書かれた石碑の裏を、幼い僕が覗く。これの事をみんなは『お墓』と呼んでいた。しかし『お墓』の裏には誰もいなかった。いつもは一人ぐらい隠れているのに。


 幼い僕は本殿の方に足を向ける。あそこにはたくさん隠れているに違いないが、狙いが絞れない上、逃げ道がいっぱいあるので容易に捕まえられないのだ。しかし他にあてもない。


ガタッ


 と、音のした方向に目が行く。発生源は『お墓』の隣にある小さな社。


 ここは中で見つかってしまえば逃げ道がないので最初からスルーしていた。社の裏にいるなら『お墓』の裏を覗いた時に分かるので、余り人気のない隠れ場所だ。


 幼い僕が笑みを浮かべる。本殿に向かおうとしていた足を社に向ける。足音を殺して近づく。


 この時は、裏をかいて隠れている子がいると思ったのだったか。真っ直ぐ本殿に向かえば、違う結末もあったのだろうか。……違う結末を望んでいるのだろうか? 幼い僕の中で僕は見ていた。


 幼い僕が社の障子の前まで辿り着く。この時点で勝ちは貰ったも同然だ。一番の懸念は、隠れている子が見つかったのを感じとり、飛び出してきて逃げられることが不安だった。そうなると足の速さの勝負になる。逃げ切られるかもしれない。


 しかし、ここまで来ればもう大丈夫。中には逃げ道はないのだ。後はタッチするだけだ。そう、逃げ道はないのだ。


 抜き足差し足と、足音を殺して近づいていたためか、そっと障子を開けた。もしかしたら障子のすぐ後ろにいるかもしれないと思っていた。


 障子の隙間から中を覗くと、いた。予想通り一緒に鬼ごっこをしている女の子が。


 そして、包丁を持った黒く汚れた大人の男の人が。


 頭の中が真っ白になった。え? あれ?


 男の人は包丁をチラつかせて女の子を壁際に追い詰めていた。女の子は尻餅をついて歯をカチカチ言わせながら男の人を見上げている。男の人は黒い汚れた襤褸を着て、ギトギトの髪は長い。こちらに背を向けているので顔は見えないが、包丁を女の子に向けて反応を楽しんでいるように見える。


 男の人を直視できなくなったのか、キョロキョロと視線をさまよわせていた女の子と目があった。


 そこで、ようやく思考能力が戻ってきた。あの子をたすけ、


「あ、あそこ! 見てる! ほら、ほらぁ!」


 女の子はこちらを指差し男の人に必死に訴えた。


 幼い僕の受けた衝撃を再び僕も受ける。


 ここからはよく覚えてない。足をガクガクさせながら逃げ出したけどすぐ捕まってしまった。髪を掴む男の人の背後に、女の子がヨタヨタと社から逃げ出すのが見えた。「おと、なの、ひとっ、よんで、く」こちらを見ずに女の子はそう言った。嘘だ。僕にはわかる。何故嘘をつくのだろう? 幼い僕にも今の僕にもやっぱりわからない。引きずられるように髪を掴まれたまま社に連れ込まれる。必死に抵抗した気がする。爪が欠け膝を擦りむいて、障子の縁を全力で掴んで、


 男の子がこちらを見ていた。


 そうだ。これだけはよく覚えている。他の事は朧気でも、この時のことだけは、よく。


 目が合うと、幼い僕の顔に喜色が浮かんだ。なぜかな? やっぱりよくわからない。


 声を上げようか手を伸ばそうか、幼い僕は何をしようとしたんだっけ? それはわからない。何故なら、男の子は目が合うとスイッと逸らし走り出してしまったからだ。


 僕の手が障子から離れる。男の人が障子を閉める。


 この男の人を見てから障子を閉められるまで、『違和感』はあの女の子の嘘だけだ。行動に、その人の本質を映す行いに、『違和感』はなかった。


 男の人が幼い僕の服を裂く。僕は抵抗しようとしたが、力が入らない。どうということのない抵抗だが、男の人は気に入らないのか幼い僕の頬を張る。張る。張る。包丁を顔の横に刺し幼い僕を脅す。


 ああ、そうか。今の僕には分かる。抵抗されないためとかじゃなく、この男の人はこういう行為が好きなのだ。どうしようもなく。


 興奮してきたのか男の人が幼い僕の体に顔を擦り付けてくる。僕は無意識に顔の横の包丁に手を伸ばし、手が傷つくことも厭わず包丁の刃の部分を握り床から引き抜いた。痛みは感じなくなっていた。


 男の人の首に切っ先を刺しこみ思いっきり横に引いた。


 男の人の首から噴水のように血が吹き出す。最後の一瞬、顔を上げた男の人は、


 笑っていた。


 この時は分からなかったが、幼い僕も、ブルブル震えながらも、笑っていた。


 頭の中では女の子の言葉や男の子の行動が回っていた。目の前には笑顔で物言わぬ体になった男の人が。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。場面が切り替わった。


 あれから何日か経った後の事だ。幼い僕は女の子と男の子に尋ねた。嘘の事じゃない。何故逃げ出したのかを。責めてるわけじゃなく単純に疑問だったから。


「しつこいなぁ! あんたが鬼だったからでしょ!」


 そう答えたのは、逃げ出した女の子じゃなく、その子の友達の女の子だ。周りの子も同調し始める。


「そうだよ。俺ら鬼ごっこしてたじゃん」


「おまえ、たすけてとか言わなかったんだろ?」


「さっちゃんが悪いわけじゃないでしょ? かわいそうでしょー!」


 他の子が轟々と吠える中、逃げ出した女の子と男の子はただ黙っていた。しかし否定もしていなかった。


 そうか。遊びなのか。みんなずっと遊び続けているだけなのか。なんだそうか。


 僕には人の『違和感』が見える。そして、『違和感』のない行動や言葉は本当だ。嘘じゃない。世の中はそうなんだろう。なら僕も全力で遊ぶことにしよう。


 男の人の笑顔が浮かぶ。


 僕は『鬼』らしい。そして遊びっていうのは生きてる限り続くんだろう。


 僕は吠えてる子供達で遊ぶことにした。


 場面が切り替わる。


 月明かりに照らされた屋上のフェンスの上に僕は立ってる。


 どうにも不可解で不愉快で、そして不可能な行動や反応だった。


 これは『楽しい』だろうか? 今まで得てきた楽しさとは少し違うような……。


 僕はつぶさに観察を続け、その人の反応の何が自然で何が不自然かを『違和感』によって見いだせるようになった。人間の本性は。


 きた。相変わらず面倒くさそうな表情を貼り付け体を重そうに動かす男が。


 無色透明な違和感。動きは人間のものじゃなく、……そうか、人間じゃないのか。そうだ。きっとそう。人間は僕を追いかけてきたりしない。人間はもっと本能に忠実なくせに理性(嘘)で塗り固めた生き物だ。原色の『違和感』を取り除いたら分かる。欲に忠実で自分本位で臆病で。僕も人間で、そうやって生きてきて、あの時この人はいなくて、そう、いない、いなかったから、違う、違うはずだ、こんなの嘘で、だってじゃあなんで、


 僕には僕の『違和感』が見えない。


 視界が歪む。? 変だな。まぁ、いいや。


 フェンスから重力から生から本能から、人から放たれる。




 ああ、なんだ。もっと早くこうしてれば良かった。


 誰かが追ってきた。なんでだろう?


 僕は引き金を引く。


 黒い何かにあたる。そう当たった。それなのに止まらない。何か叫び声を上げながら僕にとりついてくる。何故追ってくるんだろう。……あれ? 追いかけて欲しかった……、いや、追いかけたかった? えと、何だっけ?


 あの日の男の人の笑顔が脳裏をよぎる。


 ああ、そうだ。聞いてみよう。それが早い。


 体に電流が流れ意識が飛ぶ一瞬、目の前の黒い何かも笑っていた。

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