めんどくさがり落ちる
一歩目から全力。それでも零から百に急加速とか無理。王様の所持品じゃん。こちとら必死に両足を動かす。
ビキビキッ
足が一歩つく度に、屋上の床に亀裂が入る。やぁねぇ? 老朽化かしら?
跳躍。一足跳びでフェンスを越える。テンパは黒縁が落ちた時と違い、外壁から少し距離があった。当たり前だ。自分で飛んだんだもんな。無事に着地する術とかあんのか?
感覚も全開に。引き延ばされた時間の中で総動員している身体能力で動く。テンパが重力に捕らわれ下に。既に少し差が開いていた。グングン落ちていく。
俺は外壁を走りだした。
テンパが腰の辺りから何か取り出す。タヌキのロボットなの? 黒光りするソレは映画や漫画でよく見るこの野郎。失敬。女性ですものね? このアマ!
黒塗りのベレッタM92F。ハンドメイドか? それにしても。
ゆっくりと流れる時間の中で脳がフル稼働。一球にどんだけ時間かけんだよ! うん、自重。
この状況は間違いなくテンパに引き込まれたものだ。よくよく考えるとこの数日はテンパの手中にあったように思える。人の行動を操れるというより、何らかの確信を持って予測している、と考えられる。観察力が群を抜いて優れているのか? テンパはイジメにあった時もそうだが、まず『見』から入る。能力的に見れば、いじめっ子共は物の数じゃなかったろうに、最初は様子見をしている。反応を観察しているという方が正しいか?
テンパが銃を構える。銃口はしっかりと俺に向いてる。
物事の整合性を読むのに長けてるというのか。予想外の行動もあったはずだ。が、上手く自分の思い描く状況に持っていってる。観察することに慣れているのか? どういった事をすればどう返してくるかが釈迦の手の中並みに上手いんだけど。きっと将棋とかチェスとか上手いんじゃない? 神の一手とか極めててくれればいいのに。大体何を求めているかがわからない。こいつは欲望に忠実だ。他人の欲望に。それでいて鏡のように敵意を返す。
乾いた音が連続して響く。一発目が頬を掠る。
弟には、イジメが露見したら、持っている証拠を使って保身を計るというようなことを言ったが、今となっちゃそんなこと無いだろうというのも分かる。見つかろうが見つかるまいがどうでもいいのだろう。己が体すら、どうでも。恐らく着地する術なぞなくこの状況なら弾が当たるということの方が重要なのだろう。そうだ。後の事なんてこいつは考えちゃいない。下駄箱に爆弾がいい証拠だ。ほんと無茶するわぁー。俺がいない所でやってほしい。弟にやってほしい。
二発目が左肩に。三発目が胸に。いい腕してる。
どこぞの斉天大聖よろしくイデデデデデデとか言うべきか? 足を止めたらスピードが落ちるからコースを逸れる訳にはいかない。甘んじて受け入れよう。何より今日の終業式が終われば夏休みだからな。しんどいのはここだけ。しんどいのはここだけ。頑張れ俺。柔らかい布団が待ってる。何もしなくていい日々が、俺を待ってる! 海だ山だ? なにそれ? 誰の名字? 君子すら危険には近づかないんだよ? 宇宙の真理(姉)を知っている俺が外に出る訳がない。
追いついた。跳躍のために膝を沈める。俺の一瞬の溜めに狙いがズレたか、外壁に弾丸が埋まる。
跳躍。
「秩父山中!」
ほら、言っとかなきゃ。ね?
蹴り出した外壁が放射状にひび割れる。テンパが銃で撃つから脆くなっていたんだろう。だけど僕らは気にしない。泣くの嫌で笑うとかない。ぶっちゃけない。……キチガイ?
「ゲットだぜ!」
残念な事にこの世界にはモンスターを強制収容できる便利な道具はない。だから野放しなんだろうな、モンスター(女性)。
銃をはじき(銃だけに!)テンパを小脇に抱える。柔道でいう袈裟固めみたいな態勢になる。ふぅ。勝った。
テンパは未だ泣き笑いの表情だった。
背筋が粟立つ。
ヤヴ、と感じた所で、
バチチチチチチチ
体に電気が流れる。密着しているので、当然テンパにも。意識は一瞬で飛んだのだろう。電気も直ぐに止まった。
これが本命だったか。
テンパはどうしてか、自分が飛び降りれば俺が追いかけてくると思っている。空中なら身動きがとれないから狙い撃ちできると思っている。もし捕まっても最終的に電気を浴びせれば勝てると思っている。
電流を流した身体の筋肉は収縮し、止めると弛緩する。テンパの確信に近い読みでは、俺は例え人一人抱えて屋上から落ちても大丈夫と思っている、らしい。故に、電気を浴びせ意識を飛ばし最低でも筋肉を緩めてしまえば着地はできない、と。
なめんなよ?
呼吸を整え体に無理矢理喝を入れる。近づいてくる地面に対して垂直に足を伸ばす。テンパをお姫様だっこに……意識がないせいか重いな? ってちげーだろ?! この子あと何個暗器隠し持ってんだよ……。着地したときの衝撃を考えると若干鬱になった。地面が目の前に。こなくそ。
ズンと響く、大地を踏みしめる音と共に軽く地面が揺れる。足が地面に沈みこみ重力が俺を逃すまいと潰しにかかる。
手に持っている荷物も重さを訴え、体が折れ曲がりそうになるのを歯を食いしばって耐える。衝撃は体を突き抜け脳天へ。力の逃がし方とかわからないから膝から骨が、挨拶、……いる? とばかりに主張したがる。引っ込んでてください大変な事になります。
引き延ばされた感覚で長い事耐えていると、フッと衝撃が抜けていく。ブレーカーも落ち、力が抜ける。ゆっくり前のめりに倒れそうになる。腕の中にはテンパが。
「ファックす!」
咄嗟に前方宙返りをかます。足が抜けなかったから思いっきり力を込めた。足元からボゴッと音がした。勢いが何故か足らず地面に背中から叩きつけられる俺。……ああ、テンパ(+暗器)が降ってくる。割愛。潰されるカエルの気持ちがわかっただけだよ?
「ぐっ、ぐぐぐ」
呻いているのは銃弾を受けたせいです。はい。
まだ夜は深く、人気なぞあろうはずもない校舎にうっすらと人の気配がしだす。ちっ、サツか。
俺は近くに落ちていた銃を回収してポケットに。人の気配とは逆方向にテンパを抱えて走りだす。
校門を素直にくぐる筈もなく塀をよじ登り夜の街に消える。……あれ?




