めんどくさがりと罠
夢の中に女神(茶髪)が出てきた。
なんで夢かって? バカでかい森の湖の前に気がついたらいたんだよ。夢だろ。しかも茶髪(女神)が湖の上に立ってんだよ。なんか後光を射しながらな。イタいわぁー。
残念な視線を浴びせても、茶髪は微笑を崩さず話しかけてきた。でも怒りマークがついてるね。
「君が落としたのは、この金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」
オノは捨てたんだよ。バカ言っちゃいけねぇ。なんか血とかついててバッチかったからな。
大体、正直に言ったら金銀パールプレゼントで、嘘を言ったら屑鉄回収とか損がないよ。神か。
でも正直オノとかいらないし、ここで俺の発言を自供させて後々法廷で不利な証拠として提出されても嫌だしなー。
俺は黙秘することにした。権利があるしね。
ぼーっと辺りを見渡す。綺麗な所だ。湖には魚がいるかもしれん。……釣りでもするか。血の付いたオノが沈んでるんだった。やめよ。川でも探すか。
俺がそう考えてる間も茶髪(女神?)はアホ面さげて微笑を浮かべ両手の上には金銀の斧が浮かんでいる。……気のせいか? 怒りマークが……。
「それとも」
俺が答えてないのに茶髪は無理矢理続けてきた。
「君が落としたのは、この――」
茶髪の前の湖が裂け、ゆっくりと漆黒の斧が浮かび上がってきた。エフェクトに黒い稲妻が弾けてる。
「――普通の斧ですか?」
笑顔が恐い。ついでに言うと、これを普通って言ってのける感性も恐い。
大丈夫。落ち着け。問題ない。答えなきゃいいんだ。このままリアクション起こさなきゃ先に進むことはあるまい。いざとなったら偶話になぞらえばいいんだ。正直に言えばすくわ、俺の捨てたオノが選択にない。詰んだ。
思考に没頭したのは一瞬。
その一瞬で、茶髪様はもう笑っていなかった。
「神の質問に答えないのは神への反逆を意味しまーす」
初耳。
どうやらオリジナルな展開で行くことにしたらしい。茶髪は手のひらの上で浮かべていた斧をむんずと掴んだ。漆黒の斧が茶髪の周りを衛星のように回り始める。両手に斧と衛星斧を装備した茶髪。なんだよその凶戦士。攻撃特化にも程があるだろ。
茶髪が再び笑顔を浮かべる。
ああ。うん。そっちの方が似合ってる。恐いくらい。
俺は逃げることを決めた。ダッシュで。
森の中を跳ねるように逃げる。飛ぶが如く! 飛ぶが如く!
しかし振り返ると茶髪との距離は離れていなかった。
「神様から逃げるのは…………えーと、反逆を、意味(?)しまーす」
なんでだよ。
こちとら全力で逃げてんのに茶髪が踏み出したらそれだけ距離が詰まる。
そして距離関係なく黒い斧が飛んできた。
なんでだよ。
視界が暗転する。
俺は目を覚ました。
いつもより意識がハッキリしてる。いつも通り体中が痛い。俺はゆっくり起き上がった。
「にぃーちゃん! 起きろよ! あとちょっとで……なんだ。起きてんじゃん」
五月蝿い弟が五月蝿く入ってきた。なんだよ? なんか用かよ?
首を傾げる俺に弟は指を突きつける。
「兄ちゃん。肩外れてるよ」
えっ? 本当だ。よいしょ。
ゴキっと鈍い音を鳴らしながら左肩を入れる。どうでもいいけど、いやよくない。もっとデカいリアクションとれよ。兄の肩が外れてんの見て、ヤレヤレみたいな反応は止めろ。
俺が肩を入れてる間に、弟は布団を強奪し隅に投げ捨てた。もう嫌だ。
どうやらこの家は鬼の住処だったようだ。どいつも(姉)こいつも(姉弟)容赦がないよ。
俺は携帯を取り出すと電話を掛けた。相手はすぐに出てくれた。流石だ。早速仕事を頼もう。
『はい、もしもし? お兄さんですよね? 何かあったんですか?』
おさげちゃんだ。結構前に緊急連絡用に電話番号を教えてくれていたので、今活用するのは変じゃないよね? 緊急だもん。
「弟がクラスで行ってる女子へのスキンシップと浮気の定義について、少し話したくなってね。今だい」
『――詳しくお願いします』
じょうぶ? と続ける前に喰い気味で答えられた。話が速くていいね。
「キスしたら浮気かな?」
『浮気です』
「ボディタッチは?」
『浮気です』
「視界に女の子が入っ」
『浮気です』
俺が電話かけたんだがもう切りたい。女子こえぇ。
おさげちゃんの方から電車が駅に入ってくるアナウンスが聞こえた。チャンスだ。俺は震える声でおさげちゃんを気遣った。
「ででで電車来たみたいだね。乗り遅れたら遅刻しちゃうよ? またにしようか」
『遅刻なんて、健二君の命に比べれば』
弟は死ぬの?
俺は「あっ、あれ? でで電波悪いなぁ〜」と言いながら通話を切った。電源も切った。
しばらく携帯を見つめる。緊急連絡ってのは軽々しくしちゃ駄目なんだな。一つ学んだよ。
弟のこれからが心配。仕方ないよね。鬼の住処だもん。
風呂に飯。そしていつも通り学校へ。
チャイムが鳴ったと同時に教室に入る。授業は今日までなのでクラスの中は少し弛緩した空気が流れていた。
担任が出席をとるのに応える。今日の机は普通の色で、プレゼントも入ってなかった。
むぅ。なんか残念なんだが。決して欲しいわけじゃないけどね? なにがとは言わんが。おっと一限は体育だ。
ぞろぞろと群れをなして教室を出て行く劣等種(男性)のケツの方にくっついていく。
授業に自習じゃなくて自由って入れたらいいと思う。言葉一つでえらい違いだ。無双されちまう。一限体育とかヤダなー。どうしよう。倒れそうだわ。貧血かな? これは体育できないなぁー。
そんな事を考えながら着替えてグラウンドに整列する。女子はいない。なんか水泳しているとかチラホラ聞こえてくる。プールはあっちだね?
俺が駆け出す前にハゲが来た。
「おらっ! ならべー! ダラダラすんなよ!」
この炎天下で無理を言う。それでも生徒な僕らはダラダラと並んだ。なんか人数が多いと思ったら二クラス合同だそうだ。暑苦しさ二倍。殺す気でキてるね。
ハゲが光を反射させながら言う。マッチョで暑苦しさ四倍。誰か倒れてもおかしくないレベル。
「クラス対抗で野球するぞー。第二グラウンドまで駆け足!」
ハゲ……。
現代体育において水分摂取は必須要項である。教師たちも冷やして固めたペットボトルや水筒を持ってきてもいいと言っているが、稀に忘れる奴もいる。そんな奴は教師に申し出て、校内設置のウォータークーラーで水分をとるか自販機で飲み物を買う。カラカラで干からびそうだから俺も教師に申し出たら、オマケがついてきた。
「八神。自販機はこっちだぞ?」
スーパー(リッカの兄ちゃん)が自販機のある廊下を指差す。
こっちにも水はいっぱいあるんだよ。俺は潤いを求めていた。
「金忘れたのか? 一本奢ろうか?」
うぇ。気持ちわるっ。特に親しくもないやつのおごりとか。
俺が視線にどんな裏があるのかと乗せて奴を睨んだら、軽く笑われた。
「いや、昨日妹の相手してくれたんだろ?」
なに言ってるかよく分からない。外人なんだろうか? 高校生が児童に声掛けしたら捕まっちゃう世の中なのに、俺がお前の妹の相手をするわけがない。というより、昨日の記憶が余り残ってないんだが? ま、よくあるよね。一週間前の弁当のおかず覚えてないのと一緒。だから俺は話を合わせた。
「気にすんな」
ほんと、俺の事は気にしないでください。
軽く手を振って話を打ち切る俺の後を、スーパーがついてくる。あれ? 気にしないでって言ったのにね?
「……八神、こっちは…………」
プールを見下ろす形でLL教室がある別棟に俺は入っていった。ベストポイントはその教室だけだな。後は木が邪魔で見えないし。
まだ一限なのにテンションの上がる俺の肩に手が。ホラーじゃないよ?
「いくらなんでも。それは、マズいだろ」
肩越しに見るとスーパーが難色を示していた。……バカな……本当に男か?
俺は手を振り払い駆け出した。
スーパーが焦って追っかけてくるが、俺の逃げ足は日々魔神(姉)に鍛え上げられているので追いつけまい。命がけってほんとスゴい。額に弾丸うけなくても兄弟に姉が入ればいける。
目に焼き付ければ俺の勝ちだ! 何も裸を覗くわけじゃないんだから。俺は階段を駆け上がり教室の扉を開いた。
「はい。また一名様到着っと」
わぉ先生。今日もお綺麗で。
教室の中には、女性教諭ばかり四人と正座している男子生徒が三名。お説教中かな? 邪魔しちゃ悪いね。
俺が、そっと扉を閉めようとしたら副担任の先生がそれを押さえた。先生、何を?
俺が驚いて副担任の顔を見ると、冷たい目で言われた。
「……なんか、来るんじゃないかって思ってたわ……」
ヤバい。悟りを開いておられる。
俺は振り返り、『せめて一太刀!』とスーパーを巻き込もうとしたら、スーパーはいなかった。あいつの危機回避能力にもの申したい。
「……先生、迷っただけって言ったら信じてくれます?」
「毎日通っている学校で、どうやったら迷うの」
副担任が重い息を吐き出す。
方向音痴とかで、ひとつ。
しかし、俺の懇願は受け入れられず、副担任は座れと顎でシャクってみせた。恐い。
俺の視線が男子に向く。
三人中二人は青い顔をしていた。そりゃそうだわ。これ多分すぐに広まるし、そうなったらレッテル持ち(二つ名持ちの対義語?)になるし、これからの学校生活が心配だしな。ただ残りの一人は、このピリピリした空気の中で正座してるのに、はぁはぁ身悶えている。駄目だ。早すぎたんだ。あれの隣に座るのが既に罰なのでは? 俺はもう一度説得を試みた。
「先生。なんで俺は正座しなきゃならないんでしょう」
「分からない?」
視線の圧力が増す。だが俺は頷いた。
「俺は水分補給しようと迷っただけなんです。なんでいきなり怒られるのか、よく……」
「血迷ったのよね?」
せめて気が迷ったで。
駄目だ。何故かわからないが副担任の好感度がカンストしててツンドラ化してる。デレがない。他の誰かで。厳しそうな年配の教師。気の弱そうなおっとりした教師。保険医……だと……?! 年配の先生しかないな。気弱は例え論破しても周りへの影響力がないため、結局逃げられはしないだろう。保険医論外。年配の先生、いざ参る。
「はーい。いいから早く座りなさーい」
副担任に胸ぐらを掴まれ正座ポジションに引っ張っていかれた。せめて言い訳ぐらいさせてよ。
渋々正座をする俺。こうなったら罪の軽減に走ろう。
「でも、実際覗いてないから罪は軽いですよね?」
「その発言が出てる時点でアウトなの分かってる?」
しまった! 正直に言えば救われるかと……あれ? なんでそう思ったんだっけ?
俺が首を傾げていると副担任は溜め息を吐き出した。なんだろう? 疲れてるのかな。有給とったら?
どうせ他にすることもないので俺は副担任に話しかけた。
「去年はこんなんやってなかったですよね? 今年から始めたんですか? 何かあったとか?」
「……ボロボロと余罪が出てくるわね。君だけ昼休みと放課後も進路指導室ね? 来なかったら迎えにいくから」
ふっ。どうかな? 帰宅することにかけては俺の右に出る奴はいないぜ? 果たして俺をつかま「家に」大人って汚い。
副担任の見事な誘導尋問にひっかかってしまった。さすが年上。伊達に人生積んできてないな。しかし俺も! 既に人生詰んでないぜ! 主に家族で。
何もなかったように続ける。何もなかったよね?
「それで? なんでこんな男子生徒ホイホイを?」
「自分で言う? 聞かなかった事にしても駄目ですからね。昼休みは反省文をしっかり書いてもらいます」
副担任がまた溜め息を吐き出した。
「……一年生から、プールの授業中にシャッター音が聞こえたって話が入ったんです。写真、もしくは映像を撮ってたら問題なので」
「ここで張っていた、と」
俺が言葉の最後を引き取る。俺がチラッと隣で並んで正座している奴らを見ると、副担任は首を振った。
「カメラの類は持っていませんでした。勿論、携帯は没収。中身も調べます」
あー、なる程。そりゃ顔が青くもなるわ。漢の秘密で一杯だもんな。デブは知らん。
しかしそこで俺は首を傾げた。あれ?
「俺は?」
「八神君は、体育の途中だったんでしょ? その格好見ればわかるし、携帯もそうだけど、何かを隠し持てるスペースがないじゃない」
体育着だしね。
俺はうんうんと頷いて、答えた。
「まだズボンの中がありますよ!」
「セクハラで呼び出しくらいたいのかクソガキ」
副担任先生の、握力は強かった。顔の形が変形するほどに。
窓の外は楽園の筈なのに。ガラス一枚隔てるだけでこの有り様とは。学校って恐い。