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めんどくさがりと澁澤 2 いじめ?


 夏休みまであと三日。


 するよね? カウントダウン。


 正直三日なんてあってないようなものだよ。いーじゃん、風邪で。四捨五入なら昨日からでも可だよ。一日待った俺は大したもんだよ。


 今日ものこのこやってきた弟に珍しく早起きして説得してみた。風邪があれでイジメがあれで色々それで、眠い。俺から布団(彼女)をとらないで!


 俺の必死な説得が好を奏したのか、弟は一つ頷くと、


 布団を引っ剥いで隅に投げ捨てた。


「起きてんなら手間とらせんなよな」


 今日は素敵な捨て台詞付き。


 弟が消えていったドアを呆然と見つめる。しばらくして戻ってきた俺の意識はある提案を持ってきた。


 おさげ?


 おさげ!


 俺は自分の中の意識を統合させると体を起こした。社会人ばりに、とりあえずコーヒーから入るか。


 おさげを使っての復讐を考えていたら、そういや最近会ってないのに気付いた。弟の謀略のせいだろうか。むむ。俺の与える試練のおかげで二人の絆はより深まるというのに、失礼な輩め。こりゃ与える罰…(罰って言っちゃった)…試練は二倍だな。大丈夫。艱難汝を玉にするって言うし。すげぇ言葉だね。磨り減り過ぎてなくならきゃいいけど。


 俺は台所に突撃した。


 台所には麗しき母君と物言わぬ死体(屍)がテーブルについてた。母君は食後のコーヒーを楽しみ、屍の前にも湯気が立つコーヒーが。供養かな? 俺もコーヒーをカップに注いで席につく。


「朝ご飯どうする?」


 母君が聞いてきた。俺は首を振って辞退した。


「……た〜べ〜る〜」


 隣の屍が突然、音を発した。奇妙なことに「食べる」と聞こえた。お前を食ってやるとかソッチ系? 母君が笑いながら食事の準備を始めた。供物かな?


 屍が顔をこちらに向けてきた。眼光は鋭く爛々としていた。ははーん、さては貴様、生きてるな? 俺を謀るのは無理と悟ったか。


「……あんた、……学校は?」


 どいつもこいつも二言目はそれだな? 心配せんでも行くわ! 今日はいつもより余裕あんじゃろがい!


 少しイラッときたので、姉の死角をついて姉のカップにどこぞの魔女より多く砂糖を投入してやった。疲れには糖分。家族思いな俺。


 姉の食事が出来たが、姉はまだテーブルに突っ伏していた。駄目じゃないか。寝るならちゃんと棺桶で、な? 起きてくるなよ?


 母君が笑いながら洗濯にでていったので、俺は絶望的な表情で自室にしばか…着替えに戻った。例え起きても姉の味覚は死んでしまうだろう。悲しいことだ。ほんと、学校に行くのは悲しい。










 昇降口。


 いつも通り一人。この時間にここにいる奴は遅刻ですな。俺は自分の名前とクラスの近さに救われている。


 さっさと上履きに換えて教室に行こうと、下駄箱の取っ手を引いた。


 ドサドサドサ


 そんな擬音がピッタリな感じで、というか実際そんな感じで下駄箱から大量の手紙が落ちてきた。


 ラブレターだった。


 ま、違うかもしんないけど、ハートの付箋に白とピンクの封筒。下駄箱。ときたらそうでしょ。いやー、俺っていつからモテ男に? これが所謂あれか? モテ鬼。鬼にモテる。


 ……わかってるけどね。今日は虫じゃなくラブレターを入れたわけね。しかしなんだあれだ。中身もちゃんと書いてるとしたらすげー労力。そのエネルギーは違うことに向けろよ。不良なの? やべぇ。意外とキくな。今一人で良かった。恥ずかしさマックスだよ。


「わ、わ、遅刻遅刻」


 その声で意識が戻ってくる。やヴぇ。結構ぼーっとしてしまった。


 思わず遅刻者と目が合う。


「…………」


「…………」


 つり目だった。神よ……。


 つり目は、俺と俺の足元と下駄箱から溢れているラブレターを認識すると、笑い出した。声を上げないのは情けか。


 それにしても笑い過ぎじゃなかろうか? 俺がモテんのはそんなにおかしな事ですか? 俺は一言いってやることにした。


「ふぅ。またこんな大量に。よわったなぁ」


 チラッとつり目を見やる。


 つり目はお腹を押さえて首をイヤイヤと振っていた。嫌よ嫌よも好きのうちらしい。日本古来から伝わる伝承に則ってもう一言。


「ハハ。また休み時間は断るだけで終わってしまうな。モテるのはツラいね」


 つり目は顔を真っ赤にさせてプルプルする生き物になってしまった。待ってと言わんばかりに手を突き出してヒーヒー言ってる。俺が言うのもアレだが、そこまでか? 笑い上戸なの? ツボにハマった人間というのは恐ろしい。


 俺は次なる被害者を出さないためにラブレターを処理した。さて、この哀れな生物はどうしたものか。










「下駄箱でヒーヒー言わせてたんですが、人に見つかる前に、保健室に移動してそこでヒーヒー言わせようかと」


 事の次第を保険医に説明すると、保険医は「煙草吸ってくる」と言って保健室に鍵をかけて行ってしまった。理解力のある方で良かった。因みにつり目は、俺の説明の最中にツッコミを入れてきたが、俺が顔を向けると吹き出して笑い始めた。今度は声を出して。発作なの?

 身悶えしているつり目をベッドに座らせる。時折ブハッと吹き出し何事か呟くとまた笑うを繰り返した。おい止めろ! 流石に傷つくわ! 俺の涙腺メーターの減りがヤバい。


 つり目はしばらくして落ち着いたのか、ハーハーと息を整え始めた。二人きりの保健室。興奮してハーハー言ってるつり目。警戒しなきゃ。


 つり目のベッドの対面に腰掛ける。発作が収まったようなので、ポケットから缶コーヒーのカフェオレを二本取り出し、一本をつり目に差し出す。視線でコンタクツ『飲むか?』


 つり目、爆笑。


 なんでだよ。


「ひ、ひひふ……キメ、キメがお、で、あっはっは! どっか、どっから取り出してんのよ! はっはっは!」


 落ち着くまで待つこと五分。


「あー、のど渇いたわー。これ貰うねー。お腹いたーい」


 俺は既にカフェオレの摂取を終えていたが、減った水分的にはトントン。目からね、詳しくはハブく。

 俺のカフェオレをグビグビと飲むつり目はお腹に手を当てている。そのポーズだけでも止めないか? 正に抱腹絶倒。もう起き上がってくんなよ。


 俺が目をこすっていると(かゆかっただけだ!)つり目が話しかけてきた。


「それで? あれなに? ネタ?」


 可愛い顔で小首を傾げているが、訓練された俺はこれが何の合図か知ってる。そこでネタとか出てきちゃう時点で人間性が知れる。むしろあんだけ笑った時点で人間性は分かった。女性だ。マジ危険。


 最大限警戒してる俺に、何を勘違いしたのかつり目は笑みを浮かべる。


「あー、なに? 怒った? ごめんごめん。だって面白かったから」


 うん。謝ってないね。言い訳って知ってる? 貴様がいま口からのたまっている云々ではない事は確かだ。


 まるで悪びれない悪は話を戻した。待って! してよ! 言い訳! ここまで笑われながらも連れてきた俺に。


「でさぁ、八神君は何で、ら、ラブ……ブハッ! ら、ラブレターに、埋もれていたの?」


 それは夢のような状況なのに、今のこの状況はなんだろう?


「しらね。下駄箱開けたら溢れてきたんだよ」


 少し突き放した言い方になったが仕方ないと思う。ブーたれても仕方ないと思う。


 しかしつり目は気にしない。


「へぇー。八神君ってモテるんだね? ツラいね?」


 つり目を見るとニヤニヤしていた。なんかコイツとの会話が一番発言に気を使うよ。一々拾ってくるんだもん。あっと言う間に黒歴史だよ。新しい格言じゃないよ?


「わかってて言ってんだろ?」


「まぁね。八神君よりは深くわかってると思うよ」


 異なことを。


「まぁネタで大体合ってるわ。まだ読んでねーけど、差出人は書いてねーだろうしな」


「八神君も大変だねぇ。机は赤くされちゃうし大量のラブレター貰うし」


 教科書にはカミソリ、上履きには虫って続くけどな。


 つり目が少し考え深げに尋ねてくる。


「困ってるのは分かるけど、どうしたらいいか、わかんないなぁ〜。助け求めてる?」


「ノー」


「……まぁ、いいけど。デリケートな問題だし」


 爆笑してませんでした?


 つり目はサバサバと頷くと立ち上がった。教室に戻るのだろう。が、顔をこちらに向けてきた。


「今からどうしよう……どうする?」


 そう、一限目始まってるんですよね。別に俺はつり目と違って発作持ちじゃないので教室戻ってもいいんだが、あれだその恥ずかしい。注目浴びるとか嫌だ。


「俺は一限終わってから行くわ」


「えー。私もそうしようかなー」


 つり目が『ズルい』と言わんばかりの眼光でこちらを射抜く。君が心配になる程笑い転げなかったらこうはならなかったんだよ? 息、止まるんじゃね? って程笑ってたくせに。


 結局待つことにしたのか、つり目は元の位置に戻った。俺はどうしようかな。あんまり知らない女子と二人とか嫌だしな。屋上にでも行くかな。


 俺が行動する前につり目が話しかけてきた。


「八神君、彼女とかいるの?」


「え? 何その質問。俺のこと好きなの?」


「やー、ないわー。八神君、彼氏としての魅力度ゼロだもん。面白いから友達がギリ」


 つり目が『何言ってんの?』と少し引いた表情で返す。


 それでも義理かよ。態度といい発言といい、ほんと止めたげて。ライフがゼロだよ。


 傷ついた表情を見せたら負けな気がしたので、内心は微塵も見せずに会話を続けた。


「最近それ系の質問多かったからな」


「あ〜。蕪沢さんと亜丞先輩の……。確かに。目立つもんねー、あの二人」


 つり目が納得したように一つ頷く。


「それで?」


 続きを促してきた。


「なにが?」


「だからー、彼女は?」


 いつも通りの解答でオッケーかな? でもつり目だしな。なんかコイツ別種の恐さがあるというかなんというか。


「いるかいないかで」


 催促だと?!


「……いない、けど」


 つり目は聞いてきた割には興味薄げに「ふーん」と軽く頷くと黙ってしまった。沈黙が息苦しいな。いっそ帰ろうかな。まだ俺が登校したって事実は無いんだし。はっ、目の前に証人が。


 とりあえず保健室から出ようと腰を浮かせた所でドアの鍵が開いて保険医が入ってきた。保険医も女性だ。くすんだ色の長い髪を首の後ろの所で止めて流している。前髪も長く目が隠れている。


「あー。おまえら、実はこういう物があってだな」


 保険医が掲げた物を見て、俺は『理解ありすぎじゃない?』と思った。つり目に視線を振ると、つり目の目がつり上がっていた。もう、怒ってんのか呆れてんのかよくわからん。俺は溜め息を吐き出した。










 三限だよ。


 二限じゃないのは、つり目と一緒に教室に戻るとか、変な目で見られるのが嫌だったからだ。つり目が二限で教室に戻った後、再び保健室に戻った俺はベッドで一休みしようとした。その際「休憩したいんでベッドいいスか」と聞いたら「あたしとか?! 見境いなしなんだな」と驚かれた。保険の先生だもん、仕方ない、こたぁないだろオイオイ。素早く変な空気を作る保険医を放っといて屋上で時間を潰したよ。むべなるかな。


 ようやく教室に辿り着いた俺に、次の試練は襲い掛かってきた。


 そんなに目立つこともなかったので、席について教科書を取り出そうとしたら、机の中にピンクな教科書も大量に入っていることに気付いた。


 ありがとうございます!!


 ……………………………………………………………………はっ! 違う! いや大体合ってる。しかし違う。これは問題だぞ。そう。どうやって気付かれず取り出し持って帰るかが問題だ。駄目だ! 下手に取り出すとバレる。体育は? 今日は移動教室は? ないよ! ホントどうなってんだよ日本の教育は! 一日一回は体を動かすべきでしょう!


 俺は血走った目で周りを警戒した。幸いこちらに注目してる奴はいなかった。さてどうする? 今日は図書当番もあるし、昼休みに購買か学食するため席を離れなきゃならない。鞄だ、鞄に入れるんだ。先人達の知恵を俺も倣い、教科書と教科書の間に挟んで鞄にイン。夏休み前で教科書持って帰ってる奴もいるから自然だ。家で勉強するためにね。うん自然。


 しかし、いま鞄に教科書を入れるのはおかしい。授業前だしね。帰る時なら自然だろう。帰りまで待つのか……。


 俺がジリジリしていると隣の奴が話し掛けてきた。


「……あの、八神君?」


「ああ、いい天気だな」


 俺は、極めて自然に最高の笑顔で普通に返事を返したというのに、隣の奴は少し引いてた。おかしいんじゃないの?


「あのさ、昨日は……その」


 隣の奴は少し言いづらそうにモゴモゴ喋った。なんだよ? 先生きちゃうぞ?


「……悪かったね? 話し掛けづらくてさ、なんか。真田さんとか凄い怒ってさ。どう声掛けていいのか……」


 隣の奴は申し訳なさそうに言った。なんだ、昨日の事か。いいよいいよ気にすんな。むしろ俺の事とかずっと忘れててくれ。今あんまり注目集めたくない。


「気にすんな。俺だって机が赤だかピンクだかの奴に声掛けたりしねぇから」


 なんなら誰にも声掛けないよ?


 隣の奴は胸のつかえが取れたようにホッとした表情を浮かべた。


「良かった。別に関わり合いになりたくないってわけじゃなくてさ。ただ、真田さんの怒気が凄かったから、皆下手に動けなかったというか……」


 真田って誰だよ、武将? と問いただす前に教師が入ってきた。


 今日はピンクに染めた髪をドレッドヘアにしていた。

 三限は数学。ホント、俺なら関わり合いにならないよ。










 放課後だな。


 俺は口笛を吹きながら目を逸らして教科書を鞄に入れた。超自然。

 つり目とロリ子に目が合ったけど偶然偶然。


 俺は光もかくやというスピードで教室を出た。ぶっちぎりで家に帰るつもりだ。


「そうはさせないわよ」


 黒縁があらわれた。俺は逃げ出した。


「逃がすわけないでしょう?」


 黒縁は俺の腕に取り憑いた。逃げられない。というか恥ずかしい。


「……あの、先輩。逃げないんで離してくれません?」


「駄目よ?」


 黒縁は『馬鹿なの? 死ぬの?』といった視線を返してきた。いや、離せよ。注目度がやべぇ。二年の階に三年がいるだけで注目されんのに、腕に抱きついてくるとか止めて。本当止めて真剣止めて。これで付き合ってないとか笑う。否定しようにも、こんなん俺なら……はっ!


 すかさず黒縁を見つめると、俺の気付きに黒縁はニヤリと黒く笑っていた。こいつ俺を虫除けに使うつもりだな?! まさかあの進路指導室での流れも?!


「さぁ、部活に逝きましょう?」


 艶然と笑う黒縁に引きつった笑みで返す。姉さん事件です。どうやらあなたの言う通り、俺はいじめに合ってます。女子と腕組んでる男って大変。よく見て。拘束されてない?


 そのまま連行されていく俺に待ったが掛かった。


「すいません先輩」


 声の主は、俺と黒縁の間に手を入れ、極自然に引き剥がすとそのまま俺の手を掴み引っ張った。一歩下がる俺。


 黒縁は少し驚いている。俺もだ。引き剥がすといっても力ずくではなく、本当に自然な動作だったのでスルスルと離れた。どこか優雅さを感じる所作だった。


「ヤガミ君は、今日は図書委員の仕事があるので駄目です」


 凛としたロリ子が黒縁に話し掛けていた。あれ? どうしたんだろう。いつものワタワタ感がないよ? ロリ子『さん』って感じ。図書当番今日だっけ? え? 俺がサボりそうだったから怒ってはる?


 ロリ子さんはそのまま黒縁に一礼すると踵を返した、俺を引っ張って。 黒縁に目をやると、少し残念そうな雰囲気だったが追っては来なかった。ロリ子さんパねぇ。


 図書室まで引っ張っられる間も注目が凄かった。ロリ子さん、俺の腕じゃなくて手を握ってるからね。めちゃくちゃハズい。え? 何この拷問? 十八以上じゃなきゃ持っちゃいけないから罰を受けてるの? ドフトエフスキーなの?


 図書室までのドナドナの間、一度ロリ子に言ってみた。


「…………なぁ、手……」


「ダメだよ」


 意外な事に、しっかりとした拒絶が返ってきた。顔は真っ赤だったので、ロリ子さんも恥ずかしいんじゃないの?


「最近、油断ならないから。駄目」


 図書室に着くまで、この会話の最中もロリ子とは一度も目は合わなかった。サボって帰るとこだったもんね? 二度目だもんね? 俺は大人しくドナドナされた。鞄の中の聖書だけはバレてはいけない。


 図書室に着くと、ロリ子は漸く手を離してくれた。真っ赤な顔でチラチラ俺を見てきたので、「悪かったな、当番忘れてて」と言ったら「べべべ別に! 大丈夫! 全然!」と手をワタワタ動かしてた。良かった。いつものロリ子さんだ。


 そして図書当番をこなしてるわけですが。


 ……なんだろう。ロリ子がくっついてくる。


 前はカウンターと返却と分けて仕事をした気がするんだが、今日は俺がカウンターをしてるとロリ子もカウンターに来て返本の仕分けをし、俺が高い所の本を直してるとロリ子もついてきて低い所の本を直す、しかもなるべく同じジャンルの。


 エナの高まりを感じて振り向くと、ロリ子が「なぁに?」と笑って封殺してくる。気のせいか?


 夏休み前なので生徒の利用は皆無。作業の音だけが図書室に響く。


 再び振り向くと、気のせいかロリ子との距離が少し縮まっていた。ロリ子さん笑顔。視線を戻そうとしたら第六感が「駄目だ!! 今視線を切ったら絶対駄目だ!!」と大魔王(姉)攻撃色警戒レベルで訴えてきた。第六感?


 自然ロリ子と見つめ合う。そういえば今日は小動物的雰囲気を纏っていないのは、やはりロリ子もレディだからだろうか。ロリ子の口が開く。


 カタン


 痛いほど静かだった図書室にその音は響いた。俺もロリ子も音のした方に視線がいく。


 カウンターに大量に本を抱えたテンパが立ってた。


 俺がカウンターを指差して頷くと、ロリ子は悲しそうな残念そうな表情で手を降った。俺がカウンターに処理に向かった。


 テンパは徹頭徹尾半眼でボーっと虚空を見つめていた。火竜じゃないお? そもそも無音スキル持ちなのにここで音を出したのは俺を呼ぶためじゃなかろうか? 俺はテンパの借りる本を読み込んだ。


『赤い雨』『この狭間の果てに』『人体力学』『不気味な泡』『ピンクの子豚と青いモグラ』『女教師放課後の個人授業』『あかぎ』


 はいストップ。なんで通るんだよ?! どんな学校だよ?! 閲覧禁止とかぶっちぎってるね?!


 俺は本についてるバーコードを剥がした。どこか別の本から拝借したのだろう。漫画を返し、ちゃんとした貸し出し手続きをこなした。こいつの名前なんか難しかったのでテンパでいいか。ピンクな本はテンパが瞬きした瞬間にすり替えた。今日ほど自分の身体能力に感謝したことはない。あのね? 十八以上は持ってちゃ駄目なの。だからこれは正義の行い。虚空を見つめていたテンパの視線が俺の鞄に固定されている。なんだよ。早く帰れよ。


 しばらくテンパは感触を確かめるように視線を固定していたが、電池が入ったように突然動き出し借りた本を鞄に詰めると図書室を出て行った。あいつって何がしたいんだろうか?


「――――ヤガミ君」


 訝しげな表情で戦利品を鞄に詰めていると背後から声が掛かった。すわっ?! 忘れてた! 否、戦利品に夢中で他が見えてなかった。


「ああ、どうした?」


 俺は平然と振り向いた。やましい事しかないからね。開き直り。


「今の子って、知り合いかな?」


「いや全然」


 微塵も。


「……綺麗な子だったね……。ヤガミ君はあういう子、好き?」


「ないな」


 ロリ子は少しびっくりしていたが、俺もびっくりだよ。あれは鬼女だよ? 女性なんて、人間の皮被った女性なんだよ。理想は二次元にしか存在しないんだよ。


 俺の返答にロリ子は「……そうなんだ」と少し嬉しそうに微笑んでいた。えへへと笑いながらロリ子は違う話題を振ってきた。


「いま、かばんに」


「さぁ仕事しようか」


 俺は率先して返本作業を再開した。ロリ子はハテナを浮かべながらも付いて来た。




 世の中には知らなくていい事しかないよ。あれもその一つだよ。俺は無事家に帰れるんだろうか。

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