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めんどくさがりは夜に飯を食う


 ここはぽこ? わたしはどれ?


 目が覚めたよ。


 戦争は無くならないし、愛とかないよ。俺の左腕が物語ってる。


 ダラーンと垂れた左腕をハメ直す。よいしょ。

 鈍い音がしたあとに左手をグーパーグーパー。良かった。まだ生きてる。


 時刻は今日と昨日の狭間ぐらいだな。夕飯が残ってるだろうから、俺は一階に下りることにした。栄養が欲しい。もっと言うなら平穏も欲しい。


 流石に親も寝ている時間なので、家中の灯りが消えてる。特に足音を忍ばせたりはしないが、灯りは点けないようにしよう。台所に行くとラップされた料理が置いてあった。魚の煮付けだ。


 特に文句はないが、オカズ一品はちょっと。あ、これ文句だね。文句ありだね。


 俺は己の欲望を満たすため、冷蔵庫を漁る。カニカマ発見。シシャモがあるよ。焼くのめんどいなぁ。おぉ、唐揚げがあるよ。明日の弁当用かな? だとしたら弟だね。つまり俺の物。あとはデザートがあればペキだな。


 ガサゴソやってたら電気が点いた。誰だよ。今何時だと思ってんの?


「……あんた、なにやってんの?」


 姉が怪訝そうな顔で立っていた。俺が答える前に姉は一人で結論に達していた。


「……あ〜。あんた、いま起きたの? いつまで寝てんのよ」


 おい。


 俺は姉に抗議の視線を贈ったが受け取って貰えなかった。姉は俺など眼中にないかのように振る舞った。具体的には、無視してコーヒーを入れだした。


「あんたも飲むー?」


 姉がコーヒーを薦めてきた。しかし、俺が返事をする前に姉はもう一つカップを取り出しコーヒーを注いだ。


 うん。それ強制だね? 聞こう? 俺の意見とか意思とか。


 姉はコーヒーを自分の席とその隣に置いて、そのまま椅子に腰を下ろした。えっ? 嫌だよ。俺は部屋で食うよ。煮付けとカニカマと唐揚げと白米にコーヒーは合わないよ。


 姉がコーヒーに口をつけながらこちらを見てくる。


「食べないの?」


 姉が小首を傾げながら聞いてきた。断ったらアレかな? アレをあーするのかな?


 俺は渋々、戦利品を姉の隣の席に置いた。唐揚げをレンジに入れ、伏せて置いてあった茶碗にご飯をつぐ。チン。上手にご飯が出来ましたー。そして手を合わせた。錬成じゃない。幸せでもない。


「主よ。万物を流転させ命を紡ぎし神よ。今夜も糧を得られる事を感謝します。いと高き場所からの恩寵にこれからも照らされんことを。エイメン」


「……なに逝ってんの?」


 あ。間違った。


「いただきまーす」


 姉の呆れた視線もなんのその。俺は食事を開始した。


 姉はぼーっと俺を見ている。眠たげな眼差しがチクチク俺に刺さっていた。なんだよ。なんかやることあるんじゃないの? 早く部屋帰れよ。光より速く残像も残さず消えてくれ。姉の一撃が俺の頬に。


 頬に手を当てて姉を見る。酷い! 親父にはぶたれたことないのに! と視線でアピールしたが、姉は「なんかイラッときてやった。いまは後悔している」と棒読みで答えてきた。うちのジャイ属性がヤバい。平気で嘘つく。


「……食事中は止めてよ」


 ルールの設定を求む! 休戦時間と安全地帯の設定とかしてよ! じゃなきゃ保たない。保たないよ?!


 俺は悲痛な声でそう言った。しかし姉は「あんたが止めたらね」と返した。何を?


 挫けず食事を続ける俺。ちびちびコーヒーを飲む姉。もう気にしないよ。この煮付けうまーい。


 嬉々として食事を続ける俺を見て、姉が一言。


「あんた、夜にそんな食べたら太るわよ」


 誰のせいだと思います? お姉様?


 しかし俺は食事を続けた。もう視線向けるだけでも殴られるからね。反論しようもんなら論破されちゃう。拳で。大体いつもこの時間に食うのが多いからいいんだよ。豚上等。飛んだらいいんだろ? トンでも豚です。


「今日は寒いわね?」


 ぱねぇ。


「今から夏本番だよ、姉ちゃん」


 俺は冷や汗を掻きつつ反論した。拳は飛んで来なかった。思い込み、良くない!

 姉はどうでもいいのか「あー、そうねー。沖縄いったから、比べてるのかも」と適当な調子で返してきた。……世間話か。良かった。ついにサトラレとして開眼したのかと。


 食事を終えてコーヒーを飲む。姉は二杯目に突入。


「……姉ちゃん、寝られなくなるよ」


「いいのよ。やることあるんだから」


 姉はつまらなそうに返事をした。夏休みなのに、深夜やらなきゃならん事があるとは……。大変だなぁ。弟としては、邪魔にならないように部屋で静かにしてよう。寝るとかどうだろう?


「あんた、彼女できた?」


「……はい?」


 突然の話題についていけず思わず聞き返しちゃったよ。気をつけなきゃ。それが最後の仕業になりかねん。


 姉はコーヒーのスプーンをカチャカチャ回しつつ続けた。こっちを見てはいるがあまり興味があるようではない。単なる話の繋ぎのようだ。


「いや、なんか茶色い髪の子があんたの部屋にいたし。手ぇー繋いで出かけてんのも見たから、彼女かなぁー、って思ったの」


「末恐ろしいぜ」


 茶髪も姉の考え方もな!


「……違うの?」



 姉が首を傾げる。


「違う違う」


 俺は苦笑しつつ手をパタパタ。ほんと、女の子と絡んだだけでつき合う事になるなら苦労はしない。というか女の子というだけで苦労するのに。


「この前ファミレスで友達認定されたよ」


「あ〜、振られたんでしょ? あんた女の子の扱い方がなってないからねー」


 姉の声には嬉しそうな響きがあった。軽く笑ってるし。本当に振られてたらどうすんだよ。泣くぞ? すぐ泣くぞ? 絶対泣くぞ!


「なんだよ扱い方って」


 俺は憮然とした表情で聞いた。女性検定の特一級の俺になってないとか笑う。危機回避の仕方から攻撃色の見分け方までできるぜ。本を一本書いたらベストセラーですよ? 人類の半分がご購入するからな。


「まず優しくあることねー。でも分け隔てなくしちゃ駄目。その子限定」


 姉はコーヒーを口に含み間を取った。


「健二は? あいつだってクラスの女子に優しいらしいぞ? でも彼女いるじゃん」


 いじめっ子の防波堤になるぐらいだからな。


 姉は苦笑しつつ答える。


「だからいつも香奈ちゃんに怒られてるじゃん。でも健君は、香奈ちゃんをちゃんと特別扱いしてるもの」


 あれはほぼ俺のせいだよ? 特別扱いは頷けるが。


「あんたの場合は駄目ねー。あんたって男女関係なく接するもの。誰だろうと、関係なくね」


 俺は女子の方が警戒に値すると思ってる。奴ら宇宙人に近いからな。地を裂き海を割るんだよ? その叫びは空を焦がし、その歩みは池を創る。勝てねぇ。攻略法教えてくれ。エンディングが見えないよ。


 姉は少し面白そうに笑うと付け加える。


「まぁ、そこが警戒心が薄れるとこでもあるんだけどね」


「マジか。じゃあ、いつでもお持ち帰りできるな。モテ期楽勝ですな。これで勝つる」


 俺の将来が明るい。

 俺が未来に期待を膨らましていると、今度はハッキリ姉が笑った。随分失礼な人だね? 俺がうちの姉ちゃんなら貴女は今頃存在してないよ? 良かったな、俺が俺で。


「だから無理なのよ。あんたが彼女作るとか。ちょっと想像してみなさいよ? まず告白するか告白受けて」


 そこから? 俺はオカッパを思い浮かべた。他に例がないからね。もし告白をオッケーしたら…………ふぅ、精神のパロメーターが半分以下に。


 姉が続ける。


「彼氏彼女になりましたー。次に、毎日メールのやり取りや電話、二人で登下校」


 えっ? 毎日? なんで? 煩わしさマックス。


 既に精神はマイナスに。もう病だ〜。


 机に突っ伏した俺に姉の言葉が襲いかかる。


「休日は二人でお出かけは当然。一人でいても『いま、何してる〜』の呼び掛けが」


 ビクッビクッ。俺は瀕死。


 だが姉は残酷。


「趣味にも待ったが入るわよ? 何も予定がなくても一緒にいるわよ? 仕事と私、どちらが大事なの? 他の女を見ただけで怒るわよ? 私の事どれぐらい好き? 世界は恋で満ちるわよ?」


 やめてやめてやめて! 降参だよ! サレンダーだよ! デッキはどこ?! 手がおけない?!


 俺が精神的に病んだ事で姉は満足したようだ。得意気に揶揄する。


「ほらみなさい。あんたが彼女とか六十年早いのよ」


 かなりの確率で一生が終わりますが?


「駄目駄目なあんたが恥かかないように忠告しといだげるわ。それは誤解で妄想なの。よく考えて、撤退しなさい」


 逃げる前提とか、得意分野すぐる。


 そっかぁ。気のせいだったのか。茶髪には利用発言されたし、そういえば黒縁は俺に判を求めたな。つり目は俺の頸動脈シメるのが趣味だし。尻尾は俺を殴るし、最近はほっぺに唾つけてきやがったな。副担に至っては俺から昼飯を取り上げ一室に監視つきで監禁しやがったよ?! つまり女性は危険でオッケー?


 知ってる。


 俺は目の前の女性筆頭を見上げる。


「姉ちゃん……誤解も妄想も、しようがないよ。殴られ詰られ、机にはカッター下駄箱には虫だよ?」


「……どこからそんな話になったのよ……」


 姉は呆れたような視線を向けてくる。なーに、貴様の番武不当の責め苦に比べゲフぅ。


「なんかイラッときたわ」


 この電波。更に一撃。タオルタオル。タオル投げて。色々必要だよ。


 頬がリンゴのようになった俺に満足したのか、姉は会話を続ける……だと?


「あんたイジメられてんの?」


 たった今な。これに比べれば尻尾の一撃は気安い友達の冗談のようなもの。曇りなき眼で見定めてくれ。姉には俺がどう見えてるのか知りたい。


「…………姉ちゃん、今のコレはイジメじゃないの?」


 姉が鼻で笑う。


「愛よ」


 ならば愛などいらぬ!


 俺は虚ろな目で答えた。


「じゃあ、あれも愛だろうよ」


 素敵な刃物を沢山いただいたしな。しかし姉は、『全く。やれやれ』と言わんばかりに肩をすくめた。


「誤解と妄想よ。あんたはイジメにあってんのよ。認めたくないのは分かるわ。でも現実と戦わなきゃ」


 偏見と詐称だろ。ああ、俺は姉からイジメを受けてる。いい加減認めてよ。理不尽とは戦えないっつーの。


 姉がふと気づいて時計を見ると、短針が半周を越えていた。姉が面倒くさそうに立ち上がりコップを流しにつける。あれ? 俺を心配してたんじゃないの?


「よく考えたら、あんたがイジメとか笑うわ。相手を応援したいぐらいよ」


 愛って怖い。


 震える俺を背に、姉は台所から出ていった。




 ホントだ。姉ちゃん、今日は寒いね。

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