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めんどくさがりと澁澤 1 イジメ


 拷問って知ってる? 別に。聞いてみただけ。


 普通は月曜の朝が一番憂鬱らしいが、俺にとってはどの朝も憂鬱だ。差などない。


 情け容赦などない弟がいつものように俺を起こしていく。真面目な奴め。それがおさげ覚醒のトリガーになっているのに何故気づかない?


 ゆっくりと体を起こし、いつもの覚醒の手順を繰り返す。また生き残っちまった。ほとほと呆れるよ。姉に。


 頭が徐々にハッキリしていくにつれ、体の各部のチェックを始めた。


 筋繊維はボロボロ、関節はガタガタ、骨はミシミシ、時折引きつる様な痛みが頭を貫く。


 問題ないな。


 爪という爪が何故か痛んだ。不思議な事もあるもんだ。だが、俺が生きている程じゃないな。


 俺は眠気(?)でフラフラしながら下に降りていった。


 ……コーヒー……コーヒー……アクアウエイタエ……コーヒー……エリクサー。


 何か思考に雑音が混じるな? まぁ、朝だから。解決。


 頭はスッキリしてるよ。思考もバッチリだ。あと四日で夏休み。俺は八神家の長男。一昨日茶髪に会った。かるたアニメを見た。昨日は……何もないよな? えと、疲れて寝た…………寝た。テンパと鍋。お姉様の命令は絶対。朝はコーヒー。炭酸が好き。お姉様は綺麗。弟は鬼。今日は図書当番。お姉様の部屋を掃除。じゃなきゃ俺が掃除。お腹減った。めんどい。


 いつも通りだな。学校行きたくないなぁ。


「あら、珍しい」


 台所には母さんがいた。珍しい? 何が?


「いつもなら後二十分は起きてこないから。目玉焼き食べる?」


 母さんが俺の前に目玉焼きを乗せた皿を出してくる。他にも、納豆、味噌汁、ウィンナー、サラダ、白米、と一般的な朝ご飯がものの数秒で用意された。


 俺は時計を見る。確かに少し早い。まぁ、朝だから。解決。


 いつもはコーヒーだけだが、今日は妙に腹が減っていたので、素直に朝食を頂いた。


 そうだ。俺は腹が減っていた。食べ物を買おうとした。した? アニメを見て、それから、……それから?


 深く考えようとしたら頭に痛みが走る。額に傷でもあるんだろうか。名前を覚えていないあの人が、強い感情を発する時に痛むんだな、きっと。


 俺は考えるのを止めた。昔の人は感じろって言ってるしね。


 いつもより早く起きて、いつもより頭に違和感があって、いつも食べない朝ご飯を食べて、いつも……いつも、いつもどおいつも通り。いつも通りだ。


 食事の手が止まる。そうだよ。なんで気づかなかったんだ? 掃除しなきゃ!


 一旦食事を取り止め、姉の部屋へ。


 そうだ。そうだよ。掃除、掃除しなきゃ。掃除しなきゃ。掃除されちゃう。


 頭の隅の方で冷静な声が俺にストップをかける。っさいな。黙ってろっ。天使と悪魔の格好で出てこい。男性不可。


 姉の部屋のドアノブを握った辺りで正気が戻ってきた。おかえり。


 あっぶなぁぁぁい。やべえマジやべえ。勢いとノリで助かった命を捨てるとこだぜ。なんだよ掃除って。黒猫なの?


 無断侵入即殺の意志の元にある危険人物(姉)にまた接触する所だったぜ。だから嫌なんだよ、朝って。昼も駄目だ。シエスタがある。メイドじゃないぉ? 午後三時辺りがモアベター。人として終わってるが、構うか、突っ切れ。


 記憶と心が戻ってきた俺(別人)は台所に戻った。ご飯! お前の出番だ! 俺の栄養になれ。


 俺は完全体になるべくエネルギーの吸収を開始した。姉ちゃんの拷問もそうだが、弟の俺の起こし方も悪いと思う。ところで弟は毎朝どうやって俺の部屋に入ってくるんだろう? 今日は鍵を掛けておいたのに。


 鍵の存在について疑問がとめどない。俺は朝食を終えた。









 夏休みまであと四日。


 このキーワードを元に頑張ろうと思います。


 昇降口で上履きに履き換えながら憂鬱な顔をする。いつもより少し早く、きちゃった、……学校。駄目だよ。全然可愛くならない。


 実際、学校が楽しいという奴はどこかオカシイ。どこだよ。どこが楽しいんだよ。友達がいるから? そりゃ学校の要素じゃなくね? 数式を覚えるのが楽しいの? この変態!


 俺はいつものように、この世の全てのモテ男が死滅するよう願いながら教室に入った。俺が教室に入ると一気にシーンとなって注目を浴びた。え? なにイジメ? かっこわるっ。


 が、原因は直ぐに分かった。



 俺の机が真っ赤に染まっていた。



 え? なにイジメ? かっこわるっ。


 隣の席の奴がオロオロしていた。何と言ったらいいのか分からないようだ。まぁな。気持ちは分かる。


 とりあえず俺は普通に席についた。周りがざわつく。なんでだよ。色が違うだけだろ、個性だろ。全員染めろ。そしたら埋没するから。


「なんでよ」


 ズビシッと俺の頭部にチョップが入る。加減されたそれは全然痛くなかったが。ちょっ、やめろよ。目立っちゃうだろ?


 俺が振り向くと、つり目が目を吊らせていた。つまり普通。朝からテンションたけぇな。担任くるぞ? ハウス。

 つり目は溜め息を吐き出しつつ、俺に話し掛けてくる。


「いま、城崎君と恵理が代わりの机とりに行ってるから。八神君は机の中の教科書とか出して待ってて。入れ替えるから」


 えー。めんどくさいなぁ。もうこれでいいよ。それか、みんな机をカラーリングすりゃいいじゃん。原色な教室。転校しよう。


 俺が嫌そうに顔を歪めていたら、つり目のツッコミが入った。先程より威力が強まっていた。


 仕方ないので、俺は渋々教科書を机の上に出した。俺の態度につり目の目がつり上がる。つまり普通。


「なに? なんか文句ある?」


「ある」


 俺がキリッとした表情で言ったら更に一撃頂いた。はっはっは、おいおい。ビンタはパーでするもんだぞ〜? そんなに拳を握りこんだら痛いだろ〜?


 寛容にも一撃を不問にした俺に、つり目は手をにぎにぎさせながら首を傾げた。


「……なんか、前も思ったけど八神君って……固い? ってか重い?」


「んん? なんだそれ? 体重は平均を自負してるが……」


「自負って」


 互いに首を傾げる俺とつり目。


 教室の雰囲気はいつも通りに近いものになっていた。それ程深刻な問題ではないのかも? と思われたのだろう。只、つり目と話し出したら、向けられる視線の種類が変わったような……。


 俺が視線を捉えようと周りに気を配っていたら、


 ぶにっ


 そんな擬音が聞こえてきそうな感じで、つり目が俺の頬をつついていた。つり目はそのままググッと指を突き込んでくる。おいおい。


「な、なふだよ?」


「おぉ! やっぱりなんか重い? 固くは無いなぁ」


 別にイチャついてるわけではないよ? つり目の指は、貫けぇ! と言わんばかりの強さだし。目は知的好奇心に輝いてるし。猫なの? 死ぬの?


 つり目のされるがままにしていたが、この状況も唐突に終わりを迎えた。


「――――なにしてるの?」


 声に温度ってあるんだな。なんか寒い。みんな半袖だっていうのに。


 ざわつきは一瞬で収まり、逆に耳が痛い程の静けさがやってきた。


 ロリ子が教室の入り口からこちらを見ていた。

 スーパーが一歩引いて机を持ってる。なんかアレだ。女王様と騎士みたいだ。


 時が止まった中をスター女王様(ロリ子)が粛々と近づいてくる。突然、死刑囚に同情する気持ちが湧き上がった。なんでだろう? 不思議。ここは学校なのに。裁判とかないのに。


「なにしてるの? マキちゃん」


 プラチナ女王様(あ…ロリ子)の再度の問い掛け。今度は名指しだ。俺じゃなくて良かったと思うのは酷い事だろうか。


 名指しされたつり目は平気な顔をしている。ほんとに人間なの? それどころかニヤニヤしていた。失礼、女性ですね。


「ちょっとふざけてただけだよ。妬いた?」


「な、なにっ?! 妬いてないよ! ち、違うもん」


 ニヤニヤするつり目にワタワタするロリ子。漸く時が動きだす。ざわつきが戻ってくる。随分長いこと時を止めているから、世界の支配者なのかと思っちゃったよ。やれやれ。


「八神。この机と交換しろよ。もうあんまり時間ないから、交換した机は教室の端に置いとけよ。休み時間に空き教室に運んでくれ」


 スーパーがいつの間にか近くまで来ていた。……お前……さっき教室入ってこなかったよね?


 スーパーの危機回避能力に戦慄を禁じ得ない。その能力が俺にもあれば、俺は平穏と世界を手に入れられるのに。聞いてみようかな? 世界の半分をやるから協力を求めてみようかな? 俺は残り半分(俺の部屋)以外興味ないからな。


 しかし、担任が入ってきたので、結局は聞けずじまいだった。俺は世界を手に入れるチャンスをフイにした。









 授業開始だよ。


 一限は古典。


 いつも通りノートを開き黒板の内容を自動的に書きこもうとした。

 しかしノートを開いたらバラバラとカミソリが出てきた。


 ……………………。


 本来なら机に手を入れるかノートを持った時点で、手が切れ血がにじみ気付くんだろうが、なんせほら、あれだ、頑丈だから。


 このカミソリは文字通り心のこもったプレゼントなんだろうが、俺は髭生えてないんだよなぁ。残念。なんにせよ、初めて他人から貰ったプレゼントだから取っておくか。可愛い女の子だといいなぁ〜。


 俺はせっせとカミソリを集めるとペンケースにしまった。ダンディーな中年になったら使おう。


 三限は体育。


 みんながジャージに着替えるときに、自分のジャージがビリビリに引き裂かれているのを発見。仕方ないね。俺は保険室で過ごした。ベッドが気持ち良すぎて起きるのが億劫だ。



 四限は英語。

 寝過ごした。


 昼休みを挟んで五限。化学。


 班編成。実験とかする。みんなでワイワイ盛り上がっているので、熟練の執事並みに気配を消し、端の方で呼ばれたら必要に応じて答える感じで待機。将来ランプに閉じ込められないようにしないと。三つとかムリゲー。何でもじゃないし。知ってる事だけ――。


 あとで混ぜる薬品の一つが、よく見るとラベルと中身が違っていた。混ぜたらブルーツ波はなっちゃうよ。もしかしたらクラスメートにベジータの星の人がいるかもしれない。大猿とか困るので元の薬品に入れ替えて置いた。誰にも気付かれないとか、将来妖精になれるかもしれない。『さん』ならいいが『しもべ』は困る。



 放課後。


 昇降口で靴を履き替えようとしたら、靴に虫が詰まっていた。俺は構わず靴を取り出し一年の下駄箱へ。弟の靴と取り替えた。サイズが一緒で良かった。兄のおさがりを弟が身に着けるのは普通の事なので問題ない。いつも通り学校を最速で抜け出した。その内とうふ屋のせがれがパッシングしてきたら……承けないな。めんどいもの。車の運転は譲り合いが大事。俺は弟に靴を譲った。



 よく考えると今日一日…………理不尽な暴力を受けなかったよ! 最良の日だ! グーでビンタ? なにそれ独語?



 鼻歌を歌いながら家の扉を開けると、そこには姉が……。いつもの微笑みで……。



 多大なるプレッシャーを感じながらも俺は困惑していた。今日は落ち度はないよね?


「今から掃除をするわ」


 そうですか。


「ゴミは片付けなきゃ、ね?」


 千年の修羅(姉)は視線で、『だから、わかるでしょ?』と問い掛けてきた。わかるかいっ。


 俺は命の危機を感じ一歩後ろに下がった。家に帰るまでが遠足? 寧ろ家に帰ってからが遠足さ。どこか遠くへ。


 視線を逃走経路に切った一瞬で姉は目の前まで来ていた。そんな。ありえない。


「あたしが間違ってたわ」


 青天の霹靂?!


「ジワジワなぶるなんて……。一思いにするべきよね?」


 でもないね。


「苦しいの?」


 子供っぽく聞いてみた。


「眠りにつくより素早く、簡単よ」


 乗ってくるとは思わなかったから、思わず吹き出してしまった。姉の頬が少しピンク色に染まった。


 それが、トリガーでした。




 ほんともう、なんなのこの人(?)。

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