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めんどくさがりと秘密



 事は慎重に行わなければならない。


 綿密な下調べが大事。足しげく通う事だ。捜査の基本は足。ネットなんか役に立たない。この役立たず!


 さり気なさを身にまとう技術も必要だ。歩調、視線、呼吸、全てが自然でなければならない。見つからない事よりも、見つかったからどうした? という態度が重要。微細な繊維程の気配も残さない事だ。


 周りの視線も計算に入れるべきだ。出来るなら誰も見てないのが望ましい。景色に同化し空気となる。


 事を起こすなら夜が良いだろう。闇が何もかも隠してくれる。記憶に残らないよう心掛け、意識の隙をついて進む。


 何事にもシュミレーションは必要だ。予想外の事態に狼狽えぬよう、幾通りのパターンを考えるべきだ。


 時刻は深夜。俺の家。


 俺はそっと家を抜け出すと辺りの気配を探った。いつにも増して真剣な表情でスイッチを入れ感覚を最大に。


 肌に触れた夜気から何十メートルもの情報を読み取る。結界内の動きはどんな些細な物であっても気付く。視覚は細かく細分化され、嗅覚は生物の状態すら嗅ぎ分ける。


 俺はそのまま闇に紛れ夜の町を行く。自転車は邪魔だ。音で気配が探られてしまう。


 夜の町は意外に明るく、電灯や開いてる店の灯りの隙間を縫うように歩く。今のところ視線は突き刺さらない。


 夜の町はいい。体中の細胞が目を覚ましたかのようだ。体を駆け巡る歓喜のままに走り回れたらどんなにいいか! しかし自重だ。目的は別にある。


 尾行を恐れた俺は目的地まで遠回りした。何度か目的地を通り過ぎ目的地の状況を確認。勿論目視されたりはしない。下調べは完璧だ。焦ったりもしない。しかし、殺しのプロによれば、決行を決めた時にこそ稀に起こる予期せぬ事態というのには当たるらしい。世界バグってんな。


 何度もプランを確認する。いざという時のための『逃走』が一番大事だ。経路を確認。スイッチを切る。


 何食わぬ顔で灯りの下に出る。煌々と宵闇に光る目的地の店の中に入る。


 眠そうな顔で男性店員が欠伸をかみ殺している。客は数人、それぞれ思い思いに商品を選んでいる。


 俺はさり気ない仕草で周りの人員をチェック。長居は無用だ。短ければ短い程いい。危険が減る。


 俺は目的地まで距離を詰める。あと五メートル…………三…………一っ。


「あれー? 八神じゃん?」


 ちぃ! 緊急コース形成! プランふの二に変更! 惜しむな! 窮地を脱すれば次がある!


 内心の動揺を微塵も見せずに俺は振り向いた。茶髪が驚いた顔で立っていた。


 顔を合わせて、俺と確認できたからなのか、茶髪は笑顔を浮かべる。


「やっぱりー。珍しいね? こんな時間に会うなんて。君も本買いに来たの?」


 そう、ここは本屋です。しかも深夜営業してる地元のお店。住宅地の真ん中にポツンとある。この時間は当然、人は少ない……のだが?


 俺は茶髪に聞いた。


「も、って事はお前も本買いに来たのか?」


 こんな時間に?


 茶髪は少し苦笑いしながら頬をかく。


「いやー、早くに着いてたんだけど…………立ち読みしてたら遅くなっちゃって。本はだいぶ前に買ってたんだけどね」


 そう言って、もう片方の手でビニールに入った本を掲げて見せる。そこで茶髪が何かに気付く。


「…………わぁー、真っ暗だなー。一人歩きとか怖いなー。危険だなー。誰か送ってくれないかなー」


 そこで茶髪は俺を凝視する。せめてチラ見で。


「誰か、送って、くれない? かなー」


 一言一言区切って茶髪が俺をガン見する。口調は棒読み。


 確かに、深夜の女の子の一人歩きは危険だ。暗闇に乗じて男に襲いかかるかもしれない。逆? バカ言うない。


 解決方法は多岐に渡る。俺が送る。タクシー。以上。なんてこった、二つしかない。俺が送るがありえない以上、結論はでたな。俺は自信満々に言い放った。


「朝まで店にいれば?」


 茶髪の鋭いケリが俺の脆い臀部にヒットした。はは。な? 言ったろ? 白旗上げてもこれなんだ。逃げる一択だよ。


「いいから送って」


 茶髪は「もー」と言いながら細かいパンチを俺の腕に当ててくる。近くのアニメ雑誌コーナーにいた男性と目が合う。


『イ、オ、ナ、ズ、ン』


『だが断る』


 視線での会話を終了すると、お互い満足げに頷いて視線を外した。野郎、できるな。


「ちょっとー、聞いてんのー?」


 茶髪は怒ってますと言わんばかりの態度と表情だ。常日頃から、バカップルには死を。モテ男に虚無を。死ね、みんな死ね! の信条を掲げる俺としては、これ以上誤解とは言えイチャイチャ見える行動をとるのは良くないと思い、茶髪に説明した。


「お前、家、近い。俺、不要。俺、ここに、用。一緒、行けない」


 最期に、分かるか? と、コメカミをトントン。


 ケリの威力が二倍になった。分かり易く喋ったのにこれだ。もうどうせいっちゅうねん。


「君は相変わらず馬鹿だね〜。それで? 用事って何? なんの本買いに来たの?」


 茶髪が俺が足を止めてるコーナーに視線を振る。そこには『趣味』と書いてあり、バイクやゴルフの雑誌が置いてあった。


 予想されてるパターンだ。問題ない。


「へぇ〜。君、バイクとかに興味あったんだー。なんか意外」


 茶髪は納得がいってなさそうだが、俺は頷いた。


「まぁな。免許持ってねーがな。車の免許取ったらバイクの免許も取りたいと思うぐらいには」


 俺はしたり顔で喋っているが茶髪はまだ納得してない。茶髪の視線が一メートルずれる。


 そこはピンクなコーナーだった。ピンクな考えを持った野郎がピンクな雑誌を求めて、ピンクピンク。頭の中どピンク。


 茶髪の瞳に知性が宿る。茶髪が呟く。


「……時刻は深夜。本を買いにきた。店員は男。一メートル手前」


「送るよ。この時間に女の子が一人歩きするなんてよくない。さぁ行こうか」


 俺は体で茶髪の視線を遮るとそう言った。何を勘違いしてるのかな? あそこは十八歳以上じゃなきゃ買えないんだよ? つまり見るのも不可。俺は茶髪を犯罪者の誹りから救ってやった。エスコートするように手を出口に向ける。お嬢様、お帰りはあちらです。

 茶髪はニマ〜と笑みを浮かべてこちらを見てる。なにその猫口。


「なーんだ。気にしなくていいのに〜。待つよ? 君の買い物が終わるまで〜」


 茶髪はピンクコーナーに歩いて行こうとする。俺は分身を用いて通路を塞いだ。バッカッ! おまっ?! だみだって言ってるだろ! 事は高度に政治的な問題なんだ! 素人は引っ込んでろ!


 俺は仕方なく茶髪の腕を掴んで外に引きずっていった。


「男なんだから〜、別にいいのに〜」


 ズルズルと引きずられながらも茶髪はブー垂れていた。最近どうも俺のエデンを侵す輩が多い。林檎なんか食べないって言ってるのに無理矢理食わす老女のようだ。ああいう役は全部女だよ。つまり童話は警告してるんだね? 勉強になります。


「……ねぇ。腕。痛いんだけど?」


「知ってる」


 俺はさもありなんとばかりに頷き、茶髪の腕を放してやった。


 茶髪は少し眉をしかめていたが、腕を揉みほぐすと手を差し出してきた。ああ、やっぱりな。俺は唇を噛み締め体を震わせながらそっと手を伸ばし――


 茶髪の手に財布を乗せた。


「なんでよ!」


 茶髪は俺の財布を地面にベシッと叩きつける。なんてことを! 弟の飯代が入ってるんだよ?! 樋口さん! 直ぐに助けるからね!


 抱きかかえるように財布を拾う俺。良かった。無事で。


 涙を目尻に浮かべる俺を茶髪は冷たい目線で見下ろす。でも泣かない。男ゆえ。


「……もういいよ。送ってくれるんでしょ? 行こ」


 そう言って歩き出す茶髪。


 満面の笑みでもって手を振っていたら、戻ってきてストンピングの嵐にあった。風当たりが強いなんてもんじゃない。漁師は時化ると海に出ない。時化るかどうか分かるとかパない。空気を読む能力に関しては漁師がベスト。俺には無理。


 俺の将来の職業の一つと顔が(物理的に)潰されたが、茶髪は気にせず俺を闇に引きずっていった。正直に言って。俺いる?










 ファミレスだよ。


 あれれ? 君のお家はあっちだよ? どこいくの? と顔を傾げて人差し指を反対方向に向けていたら茶髪が、


「あたしまだ何も食べてないんだー。ちょっと腹ごしらえ」


 と説明してくれた。


 三食キチンと食べないとかどうかしてるぜ。お前みたいな欠食児童が朝飯ぬいたりすんだよなぁ。やれやれ。健康には留意しなよ?


 茶髪が俺の分のドリンクバーも注文した後で俺は店員さんに言った。


「ハンバーグとエビフライのAセットで」


 朝コーヒー、夕鍋、夜定食。俺の健康が留まる所を知らない。


 店員さんが注文を繰り返して去っていった後で茶髪が、


「君も夕ご飯たべてないの? また寝ててスルー?」


 と不思議そうに聞いてきた。


 またとは失礼な奴め。だが答えてやろう。俺は腕を組み足を組み茶髪に向かって嘲るような笑みで答えた。


「ひ・み・つ」


「不問に処すから飲み物とってきてー」


 茶髪の目は据わっていた。


 涙は出なかった。ツラくなんてない。ほんとだよ?


 俺はグラスを二つ掴んで席を立った。茶髪の声が後ろから追いかけてくる。


「コーラでー」


 コーラday? この店の新しいサービスか何かだろうか? とりあえず手をピラピラ振って了解の意を示した。


 ドリンクバーでカルピスソーダとコーラの烏龍茶割りをグラスに注いで席に戻った。俺流のサービスさ。粋だろ。



 茶髪はカルピスソーダを盗った。どゆこと?



 しかしドリンクバーだ。注ぎ直せばいいのに文句を言うのもな……。俺はコーラ(W)を一口飲んでみた。なるほど。一つの可能性がついえた瞬間だった。企画の人は気をつけて。基本、炭酸にゼロ系とかお茶系は合わない。マズいからもう一杯飲むとかない。紛らわしい広告は電話して。


 俺は真剣な顔で頷いていたが、茶髪は外の暗闇をつまらなそうに見ていた。正直、いつもコロコロ表情が変わる茶髪の、色のぬけ落ちたような顔は珍しい。そうか。そんなにさっきの秘密があとを引いているのか。


「君さぁ」


 茶髪が声を掛けてきた。考えを纏めているのか言葉が途切れる。


「……こんな夜中に出掛けて、親は心配したりしないの?」


「しない」


 茶髪が顔をこっちに向けてきた。目が合う。


「なんで?」


 なんで? ときたか。難しいこと聞くね? そういう存在なんだよ。水が低きに流れるが如く。子供の頃から投げっぱなしだよ。


 俺は幼い頃から爺さんの家に預けられていた事を話した。放任も放任だと。今更ですよ。


 茶髪は口をポカーンと開けて聞いていた。だから口に氷を放り込んでみた(てへ)。


「ぐっホッ! つめたっ! 何すんのよ!」


 吐き出そうとして止めたり、氷の感想を言ったり、俺をビンタしたり、忙しい人ですね? 料理を運んできた店員さんがビックリしてるじゃないですか。


 茶髪は運ばれてきた料理には手をつけず、また外を見ていた。今度は膨れっ面で。


 ふぅ。情緒不安定な奴だな? 一体何が気に食わないの? 話さなくてもいいよ。めんどい。


 俺は自分の分の料理を食い始めた。食い溜めの方が重要だね。今日、明日と食事しないかもしれないもん。


 食べだした俺を茶髪が横目で見ながら再び話し掛けてくる。


「…………あたしさぁ、高校から一人暮らししてるんだー」


 へぇ。俺はミンチを咀嚼する。


「なんか、親の考え、わかんないっていうか……放り出された気がするっていうか」


 はぁ。俺は油の海を泳いできた海老を切り刻む。


「…………でね……大学からオファ」


 そぉ。俺はコーラに見える液体を飲み干した。ノルマクリアだ。次こそはソーダで。


 立ち上がろうとする俺を茶髪が止めた。具体的には、髪の毛掴んで強制着席。ははーん。さてはきさま女だな? この行動、間違いないに違いない。あの、離して。お願い。


「正座して」


 四人掛けのソファーにテーブルだよ?


「正座して」


 さっきのビンタで店員さんの注目浴びてるよ?


「正座して」


 ナイスジョーク! ジョーク……。


「正座して」


 俺は正座に座り直した。


 茶髪の視線がチラッと床に走ったのには気づかない振りをした。茶髪は一応(?!)納得したようだ。正座してを言わなくなった。


「もう! ちゃんと聞いてよねー。相談してたんだからー」


 茶髪はプリプリしながらも食欲が出たのか食べ始める。


 深夜に人生相談とかどこぞの妹かと。食事しながらでもいいのかな? ドキドキしながらフォークに手を伸ばそうとしたら、茶髪がその手を冷たく見つめてきたので、すごすご引っ込めた。店員さんがこっちをチラチラ見ながらヒソヒソ話してるのは気のせいだろう。最近の俺は被害妄想がヒドいな。


 茶髪の話を聞くこと二十分。


 漸く正座を許された俺は飲み物をとってきてもいいそうです。勿論、茶髪の分も。


 最早サービスしてやる程、俺も甘くはないので、普通にコーラを二杯ついで席につく。すっかり冷めた料理をガツガツ食べる。


「……なんか、吐き出したらスッキリしちゃった」


 茶髪はサッパリした表情でデザートを追加していた。


 茶髪の話はビックリする程つまらなかった。親に愛を感じないとか学校がつまんないとか、ふとぅーの思春期のモラトリアムっぽくて、はぁ〜。


「それで髪染めてタムラー共と関わっちゃったの? 馬鹿なの?」


「地毛って言ったよね」



 ギャー!



 グサッと、茶髪がケーキを食べてたフォークで俺の額を刺す。


 のたうち回る俺を尻目に茶髪は淡々とフォークを他のと取り替えていた。本当はアサシンなの?


「君、少しは真面目な意見を言えないの? はい、リテイクー」


 ワンサゲン?!


 額を押さえて戦慄する俺に茶髪は据わった目を向けてきた。フォークをぷらぷら。俺は少し考えてから発言した。


「お前はバカだ。待て落ち着け。話せばわかる。今から話す。あの、その、とりあえずフォークは置こう。ナイフも」


 茶髪はフォークを逆手に、使わないはずのナイフも握りしめたので俺は必死にへこへこした。何を切り分ける気なの? ケーキだよね? 当然。


「まずな、知らない人についてっちゃ駄目だ」


 渋々フォークを置いた茶髪に俺がご高説を垂れる。


「うーん。君がバカなのか、あたしをバカにしてるのか、分かんないなぁー」


 茶髪の手がフォークの辺りをウロウロ。落ち着いて。


「これはな、友達とか顔見知りとかの意味じゃねーよ」


 その言葉で、漸く俺の意見に興味を持ったのか、茶髪が首を傾げて続きを促す。手が止まったので、俺も必死に会話を続ける。


「その人の内心や内情、性格や目的の事を言ってんだ。どんなに仲がよくても、それは一切関係ない」


「……友達でも駄目ってこと? それじゃあ基本的に誰とも連れだって歩けないじゃん」


 茶髪は視線で『バカなの?』と問うてくる。へっ、よせやい。照れるじゃねぇか。


「基本的には連れだっていいんだよ。ただ中身が見えなかったら、常々警戒するぐらいの気構え程度は持ってろって事」


「……どういうこと?」


 茶髪が首を傾げる。


「例えば「遊びに行こう」って誘ったら、どんな所を想像する?」


「街」


 即答かよ。そしてまた漠然とした答えだな。


「相手が友達でよく知ってる気の合う奴ならそうだろうよ。でも、友達がオタクとかだったら何処に行くと思う?」


 茶髪はそこで少し考えながら答える。


「う〜ん。ゲーセンとか? あとはエロいとこ?」


 偏見がヤヴェ。冷や汗が止まらないよ。


「お前の意見はともかく」


「君が聞いたんじゃん」


 ともかく。


「相手が『オタク』ならそこに行くと思ってんだろ? お前は相手の性格や目的を知ってる。でも全然わからない、知らない奴には「遊びに行こう」って言われても断るか、最低限警戒はしとけ。そいつにとっての『遊び』が危ない事だったりするかもしれん」


 俺は続ける。


「そこら辺は付き合いの長さで相手の事を知れる。それでも全部じゃねぇけど、そんな事言ってたらピンキリだ。知ったつもりでいいさ。只、内心や内情の把握はしといた方がいいな」


「そんなの。それこそ分かんないじゃん。相手の考えてる事なんて……」


 茶髪の目が泳ぐ。心当たりがあるんだろう。茶髪の言葉に俺は頷いた。


「そうだ。だから警戒心ぐらい持てって言ってんだよ。よく知らない男に人気の無いとこに呼び出されたら、ついて行っちゃ駄目なんだよ」


 茶髪が「うっ」と言葉に詰まる。


「あっ、あれは、だって、先輩の友達で、知らない人じゃないし、あんな事するなんて、常識とか、君が助けてくれたんだから、遊んだことだってあるし」


 茶髪がしどろもどろに言い訳する。タムラー共か。俺は溜め息をつきながら答える。


「いわゆる『学校での友達』ってやつに似てんな。学校では遊ぶし話すけど、家に呼ぶことはないし外では一緒に遊ばない。だから、そいつの趣味思考は知らない」


 茶髪は俺の言葉に少し考え出す。俺はこの会話の着地点を目的の場所まで持っていく。茶髪は素直に聞いてる。これはチャンスだ。


「だから深夜に男に声を掛けちゃ駄目だ。知らない男の家に泊まっちゃ駄目だ。学校で馴れ馴れしくしちゃ駄目だ。部屋から漫画を強奪しちゃ駄目だ。男の部屋を家捜ししちゃ駄目だ。あと殴らないで。あとあと精神を侵す微笑みで削らないよう。あとあとあと」


 今のうちに。今のうちにいっぱい!


「……それ、君の事だよね」


 はっ!


 黙考していた俺に、茶髪はジト目を向けていた。

 茶髪が少し不満そうに言ってくる。


「なーに? 迷惑?」


「ろんもち」


 ははは。茶髪さーん? 君のつま先が僕のスネに何度も当たってるよ? 気をつけて。


「まぁ、君の事は置いといて」


 持ってきてー。


「君の話は結構面白かったよ。うん。そうだね。もうちょっと気をつけようと思う」


 そうか。なら当然……、


「あっ。君に対しての態度は変える気はないからー」


 んな?!


 驚愕の表情を浮かべる俺に、茶髪はストローでコーラを飲みながら続ける。


「だって君って、安牌じゃん?」


 ひっかけかもよ?


 俺が納得のいかない表情をしていたら、茶髪が困ったように「んー」と笑いながら何事かを考え、意を決したのか一つ頷いて話しかけてくる。


「最初はさ、君のこと怖かったよ」


 茶髪は手をパタパタ振りながら「今は全然そんなことないけどねー」と言って続ける。


「だって、あっという間に五人のしちゃったじゃない。のした、って言うより、壊した、って感じで」


「怖かったよー。のした人達の一人でも私は恐いって感じてたのに。君、五人も、文字通り血溜まりに沈めたのに、なんか平然としてるんだもん」


「その上、帰るとか言い出したじゃん? 警察が来るまで死にかけのレイプ犯と、レイプされそうになった場所にいたい訳ないじゃん。思考停止してたけど、助けられたのは分かったし……なんか取り残されたら死ぬんじゃないかって思ったの。その目やめて。だから、思考停止してたの!」


「……夢の中にいるみたいに、なんかフワフワしてて、心の中がグチャグチャだったの。言っとくけど! 警戒心が全くなかったわけじゃないから。君の家に入ったら、君、急にテンション上がったじゃん? またちょっと怖くなったよ」


「拍子抜けだったけどね。食事に寝床に提供されて。君の部屋に圧倒されたってのもあるけどね、好きに座れって……ベッドぐらいしかないし」


「……泊まりたいって言ったのは、う〜ん。あたしもよく分かんない。ただ一人になるのが嫌で、君といると安心できたからかも? それでも、どうやって寝るのかで、また不安になったけどねー」


 茶髪は少し間をとってコーラを啜った。


「杞憂だったけどねー。君、サッサとガラクタの上で寝ちゃうし。呆れちゃったよ。同時になんか馬鹿らしくなってきちゃって」


「君は寝てたから知らないだろうけどさー。あたし、少し起きてたんだ。緊張……うん、緊張してた、かな? それも君の寝顔見てたら解けちゃったけど」


 落書きとかしてないよね?


「こういうのなんて言うの? 友達の家に泊まるような? 今までそんな経験なかったから分かんないけど」

 茶髪は困ったように笑っている。


「話してみたら面白いし、ちゃんとお礼を言わなきゃって思ってたのは本当。でも……」


 茶髪はそこで少し躊躇ったが、結局続けた。


「打算もあったよ。君って滅茶苦茶強いしね。正直、また絡まれないように……ううん。絡まれても大丈夫なように、ってね。怒る?」


 茶髪の眼差しが不安に揺れてるのが見てとれた。怒るポイントはどこだ? 寝顔見たとこ? 俺は首を横に振った。


 俺のその反応に茶髪はホッとしていたが、視線はやや下がってしまった。

「……だからね、君は安全って分かってるから、こういう態度とれる。これからもそうしたい。……男友達? みたいな。本当言うと、あたし、今、男子には一線引いてるよ?」


 むっ。一線引いてるのか。それならいい。越えんなよ。一応俺も男アピールした方がいいのかな? はっ! もうこんな時間! 帰らなきゃ。


「もう遅いから、送っていくよ」


 歯をキラッ。親指をグッ。


 俺が全開で男アピールをしてみたら、まだ会話の途中という感じだった茶髪は、頭を抱えた。


「……聞いてないし〜」


 失敬だね。聞く気がないだけだ。


「もう! 分かったよ! 何してんの? ちゃっちゃっと行くよ!」


 茶髪はプリプリしながら立ち上がり出口に歩いていく。おーい。あれ? 伝票忘れてる。おかしな奴だよ。俺がいなきゃ捕まってる所だよ。


 しかし茶髪は店を出てしまった。外で待ってる。


 どうやら、助けたはずの樋口さんの命運は既に尽きていたようだ。俺は会計でお別れを告げた。











 日曜の夕方さ。


 茶髪を送ったあと、猛烈に眠かったので家に帰って寝た。校長先生の話並みだった事は、茶髪には言わなかったよ。命って大事。


 ゲームでも漫画でも良かったが、何かアニメの気分だったので、アニメをごっそりレンタルしてきた。二期合わせて五十一話とか、燃えるね。


 ぶっ続けで見た俺は超クールだ。どこぞのハードな一日を過ごす警官のようだ。机の人が最後に敵陣抜いたシーンとか二回見ちゃったよ。全国制覇の瞬間とか思わず叫んだ程だ。かるた〜? とか言いながら借りた俺を殴りたいね。


 素振りをしながら階段を降りる。なんかシャドーボクシングしてるみたい。違うね。人間の反射の限界に挑戦してるんだ!


 買い物をしに外に行くか。みんな今日帰ってくるだろうけど、腹減ったよ。残りの金額は少ないけどコンビニ飯ぐらいならなんとか。


 靴を履き玄関の扉に手を掛ける。おや? チェーンが掛かって…………ああ。テンパ対策に掛けておいたっけ。俺はチェーンを外して扉を開けた。



 扉の横に、体育座りしている涙目の姉が俺を見上げてきた。



 ワァツはぷん?


 インターホン? インターホン!


 人。反。限、界!


 光すら置き去りにする速度で家に引っ込み扉を閉めようとした。だが姉が強引なセールスよろしく足を入れてきた。閉まれ! 閉まれぇええええええ!


 万力を込めて引いたが姉には僅かな痛痒すら感じられないのか、隙間から手を入れて扉をこじ開けに掛かった。


「あ・ん・た・はぁー!!!!」


 ヒィィィィィィィィ?! いつもと怒り方が違う。マジに真剣で命が危険であぶない?!


 俺は振り返らずに逃げ出した。窓! 窓から飛び降りれば!


 二階に上がろうとしたが階段の途中で追いつかれ足を掴まれる。そして引っ張った。


 ズダダダダダダ


 見事な階段落ちを決めた俺だが、大して痛さは感じなかった。この後にくる痛みに比べればね。


 うずくまる俺に、姉の言葉は掛からない。掛かるのは熱ささえ感じれる殺気。くっ!


「ジュースとアイスと雑誌では?」


 しかしやはり言葉は返ってこない。黒い太陽(姉)がゆっくりと近づいてくるのが分かった。


 あと四日学校に行けば夏休みだったのにな…………。




 俺は床に寝そべりながら虚無を待った。全部夢でありますよーに。目が覚めたらテーブルの上にメモが二枚。弟にやらせよう……なんて、どんなにいいか。


 俺の意識は闇に呑まれた。痛いとか痛くないとか、そんなレヴェルじゃなかった。

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