めんどくさがりと鍋
夏休みが目前だぜ!
流石にこの時期学生はソワソワしちゃう。
みんな休みどこ行くー? ここにいる奴らで海行こうぜ! 予定合わせて遊ぼうね〜。部活だよー、マジ最悪ー。試合勝ったから夏がねぇよ! 水着どうする? 買いに行く? 今度の当番の時に聞かないと夏はチャンス無しだねー。俺ん家の田舎にみんなでいかね? 海のそば? 川ならある! わいわいガヤガヤ。
いつもの自習時間。
例え授業があろうがなかろうが、鉄壁の涙腺と目が死んでる時だけ発動するボートタイムを持つ俺は黒板以外の情報をシャットアウトできる。だが。
今日の俺はどうしたというのだ? まるで集中力がないではないか。雑音が耳に入りすぎだろ。教室にいる奴らの呼吸音から微妙な衣擦れの音まで聞こえる。空気中に舞う埃の一繊維も見える。クラスの奴がつけてる香水も嗅ぎ分けられる。変態? バカ言っちゃいけない。紳士だ。クマの。
目がコワい雌ウサギに見つかる前に紳士度を押さえなくては?! 気を消せ! できるかハゲ!
駄目だ。もう色々駄目だ。
俺の心を激しく揺らしているのは、昨日携帯に着信があった相手。爺。
いつも通りキッチリサイレントモードにしてあったので、ウッカリ電話に出てしまう失態は避けられたが…………何かめちゃくちゃ気になっている。今更なんのつもりよ?!
不気味だが極力関わりたくないので、家族にも話を振ったりはしない。何か言われたら鼓膜を破ろう。聞こえない。筆談されたら目を潰そう。見えない。点字を読むように手を取られたら、触らないでよね!!
そんな事を考えていたら自習が終わった。いかんね。ぼーっとしてしまった。次からは気をつけなきゃ。
昼休みに入る。昼休みは購買へ。
購買が混み合っていたので、学校を出ることにした。学食最近行ってないなぁ。個室とか作ったらもっと流行ると思う。なんて素晴らしい気付きなんだ?! 目安箱に入れておこう。無記名? バカ言うな。シェアの獲得のため名前入りだ!
「八神君」
考え事をしながら裏門を出ようとしたら呼び止められた。選択肢は二つ。うっさいんじゃぼけぇ! おあ。五月蝿い。阿呆。どこぞの組の副長よろしく言ってみよう。おろ?
剣気満載に振り返った俺は凍てつく視線に凍ってしまった。弱い。
副担が青筋無表情で俺を見ていた。何も言わずに俺に近づき胸ぐらを掴む。ご飯! ご飯食べてから! じゃなきゃヤダ!
ここから進路指導室までは遠い。俺は見せ物のように歩いた。一体、俺が、何をした?
「八神君は真面目な生徒だと思っていたのに…………」
副担は眉間に皺を刻んで目を瞑り、片手を額に当てて深い溜め息を吐き出した。
勿論、模範生を自負する俺は反論した。
「カツ丼は嫌いなので天丼を要求する」
キリッ。
バァン!
副担の手が机に叩きつけられた。てぃぴーおー大事。俺は反省文の執筆に戻った。
副担はもう一度深い溜め息を吐き出した。どうでもいいけど、ふくたんって呼んだら恋人への愛称みたいだな。ゆるキャラではない。ゆるく無いからね。
俺が大作を書き上げていると、副担が困った顔で話し掛けてきた。
「……八神君。もしかしてあなた、結構常習?」
何が?
首を傾げる俺に、副担は言葉が足らなかったと続きを話す。
「一年の時の出席日数とか成績とか調べたけど、休みが結構多かったわ。でも、留年にはほど遠いレベル。休みの日数の割に、受けてない授業数が若干多かったわ。普通なら早退に遅刻に保健室での治療とかなんだけど……」
副担は自分の中で考えを纏めているのか、少し間が空く。
「…………そういえば、評価も少し…………。授業態度は少しぼーっとしてるけど、質問の受け答えはハッキリしてるし、ノートもとってる。成績は中間ぐらい。先生達の話題に上がる事もない……。でも、覚えがいい分けでもないし…………なんかこう、意識の隙を突いてるような……? 記憶に残りにくいというか」
げぇ。鋭い。
言ってて分からなくなってきたのか、副担は首を捻り出した。
今こそ唸れ! 俺の演技力! 乗り移れ芝居の神よ!
俺は困ってるような、少し気弱げな笑みを顔に浮かばせながら副担に話し掛る。
「先生。実は俺、体弱いんですよ。朝目が覚めた時に起き上がれない事があって……。休みはそれです。授業は、体育の後とかバテて、次の授業に遅れる時があるんスよ。途中で教室入るの恥ずかしくて、一時間ブラブラする時があるんです。すいません。次からは保健室行きます」
頭を下げる俺に、副担は慌てて手を振った。
「せ先生こそ、ご、ごめんなさい! 個人的な事情だったのね?! そうね! 別に成績も悪い分けじゃないもの。本当にごめんね? 気をつかわせちゃって」
ニヤリ。
頭を上げた時には、俺は笑みを引っ込めていた。
しかし副担は「ん?」と少し首を傾げる。
「じゃあ今日は? もしかして早退?! ヤダ! 手ぶらだったから、てっきり……」
「いや、家に弁当忘れて。金も持ってなくて」
罪悪感に顔を歪ませる副担に俺が待ったをかけた。この人ヤバい程チョロいよ。心配。
俺の一言で副担は納得したように頷いた。
「家に帰るつもりだったのね。でも駄目よ。罰はちゃんと受けてもらいます」
「分かりました」
唯々諾々と従う俺に、副担は漸く顔に笑みを浮かべた。
「先生のお弁当、少し分けてあげようか?」
『内緒よ?』と言わんばかりに囁く副担。しかし食う時間はもう少ない。
「先生のお弁当ってコンビニ?」
貰うつもりはなかったが、ちょっと気になったので聞いてみた。自炊とかか?
副担はパタパタと手を振りながら答えた。
「牛丼」
社会人の悲しさが垣間見えてしまった。良かったよ、涙腺堅くて。教師のプライベートとか踏み込むものじゃない。
こうして俺は昼飯を食いっぱぐれてしまった。
家に帰って来たら台所にメモが二枚置いてあったよ。
二枚。
俺は崩れ落ちた。このまま死のう。悔いはない。天に帰るのに元々人の手なんていらねぇ、二枚の紙さえあればいい。ノラとコフク。あんまりだよ。そりゃ明日は休みだけど。来週で学校も終わりだけど。いつもなら明日なのに、金曜からとか……。
俺の涙が川になる前にポケットが震えた。携帯。昨日の事もあるが、せめて最後に俺の生きた証を残そうか。
誰からかは分からないが電話に出た。
「メメントモリ」
次に会うのは、もうチョイ先でいい。俺はキングじゃないけどね。
『兄ちゃん? 何言ってんの?』
遺言。
俺の手から携帯が離れた。床が気持ちいいね、犬。世界的な名画は何処?
携帯からは変わらず弟の声が洩れ聞こえてきた。
『今日、俺友達のとこ泊まるから。聞いてる』
早く速くこないかな。俺は虚無を待った。
『多分兄ちゃんメモ読まないだろうからさ、電話したんだけど。電話出たのも少し驚いたよ』
それ行け。長いこと保ってきたこの意識を手放そう。この、八神h――――
『母さんと父さん、爺ちゃん家に行ってるから。多分土日一杯までかかるんじゃないかな? あと、姉ちゃん今日から旅行行ってるの気付いてる? もう夏休み』
俺は通話を切った。電源も切った。家族の縁も切った。他人だね。
メモを掴み取る。虚無? クソ喰らえ。根性出せば二世紀は生きられるわ。
『お金置いとくので、土日はこれで乗り切ってね』
『予定通り友達と沖縄に行ってき〜。部屋の掃除よろしく』
俺は恐らく姉の方であろうメモの後半を千切って呑み込んだ。
フリーダム!
なんだこの全能感。敵味方問わず避難勧告しちゃうレベル。自爆します。逃げて超逃げて。
まずは腹ごなしといこうか。
神となった俺は生け贄を求めた。本当だ! 生け贄っているね!
昨日の昼から何も食ってない。冷蔵庫は空。カップめんが少し。駄目だ! ガツンと食いたい!
しかし料理レベル壱の俺は切る焼くしかできない。もっとガッツリいきたいなー。お祝いだしねー。
俺はとりあえず食料を買い込む事にした。いざカマクラ!(近くのスーパーの名前)
スーパーに着いた俺はカートにカゴを二つセット。何人たりとも俺を止める事はできない!
「あ! 八神君だ」
なんとなしに来たお菓子コーナーにつり目がいた。
俺は気がつかないフリでユーターンを決めた。
「洗剤、せんグエッ!」
俺の頸動脈が締まる。つり目が襟を引っ張っている。
「ちょっとー。今バッチリ目が合ったでしょ? 無視はいかんよ無視は」
つり目は如何にも怒ってますな表情だが怒気は発していなかった。
「ああ、悪い」
名前なんだっけ?
俺が軽く頭を下げると、つり目は「よし」と笑い掛けてきた。
つり目が俺の推してるカートを見る。
「お使い? 随分買い込む気満々だねー」
「まぁな。そっちは?」
「私? 私はお菓子買いに来ただけー。……一人だよ?」
俺がキョロキョロしてるのを勘違いしたつり目が言葉を付け足してくる。違う違う。逃げ道探してるだけ。
「恵理は今日習い事の日なんだー。じゃあ、引き止めて悪かったね」
つり目がバイバイと手を振るのに応えると、つり目はレジに行ってしまった。不発のようだ。ふぅー。
額の汗を拭っていると、お菓子コーナーの陰から誰かが出てくる。ん? チャラとトアルじゃねーか。向こうも俺に気付いたのか声を掛けてくる。
「あれ? 八神じゃん。買い物か? 買い物っしょ!」
「おお、ホントだ。学校の外で八神に会うのとか初だわ」
俺は金属製モンスターか。
近づいてきたので、渋々「よう」と返事する。
二人もカートを推していた。カゴの中には、肉、野菜、魚、肉、肉。肉食ですね。
俺の視線に気付いたトアルが説明する。
「今日泊まりでゲーム大会すんだよ。夕飯は鍋」
「ま、夏休みに何するかの予定立てもやるんだけどね〜」
二人共、楽しそうだが、俺程じゃない! なんせ今日から魔……神になるんだからな!
「八神も誰かんとこ泊まる系?」
「え? 蕪沢んとこじゃないよな?!」
トアルがなんか食いついてきた。俺は正直に答える。
「いや、単に買い出しだ。今日家に俺一人だからな」
俺の返答に二人は「お〜」と声を返してくる。
「それテンション上がるわ〜」
「な。ぶっちゃけそんなないシチュだもんなー」
その後、直ぐに手を振って別れた。特に話題もないし、お互い予定がある。
しかし良いヒントを貰った。鍋か……いいな。隣の芝生は青く見えんだよ。今夜の夕飯が決まったよ。
俺は鍋の材料を買い漁った。
荷物満載の自転車に乗りながら、俺は辺りを警戒した。なんか今日はクラスメートによく会うよ。もういいよ。せめて会っても話しかけて来ないで。
俺は後ろを振り向く。誰もいない。
いかん。病気じゃね? これ病気なんじゃね?
俺は家に着くと大きく深呼吸をした。
焦るな。こっから一人だ。邪魔者はいねぇ。でも確認のためにもう一回。最後にするから。
だ・る・ま・さ・ん・が・こ・俺は振り向いた。
電柱の影からテンパが足を一歩踏み出していた。
見つめ合う俺とテンパ。しかしそれは一瞬。テンパは何事もなかったように俺のそばまでくると、ピタリと俺の後ろをマークした。通り過ぎろぉおお!
「……なんだテンパ? 弟は今日、家にいねぇぞ。帰ってもこねぇ」
俺が片眉を下げ片眉を上げるというチンピラ表情でテンパを散らしにかかったが、テンパは斜め上を眠そうな半眼でぼーっと見ていた。
精巧で美しい人形みたいな奴だが、こいつはイジメっ子をイビり倒す鬼女。障らぬ神に祟り無しだ。俺が神だ。故に触れるな。
幸い家の前だ。流石に家の中まで…………来ない、か? こいつのイジメの手法を聞いてるだけに法とかチギッてる気がする。
俺はジリジリと警戒しながら自転車をしまい、荷物を持って玄関に向かった。
その間テンパは、その場に立ち止まり虚空に焦点を定め、俺に付いては来なかった。よし。
玄関の扉を閉める時に、一瞬だけまたテンパと視線が合う。俺はシッカリ鍵を掛けた。
どうやら吸血鬼は招かれないと家に入れないというのは本当らしい。ニンニクを買わなかったのが悔やまれる。
とはいえ。
さぁ! こっから自由だ! 何をしても許される! 俺が許す! なんせ神!
俺は鼻歌を歌いながら自室に上がって行った。そりゃ部屋で食うよ。わざわざ下で食うのめんどいし。おっと後は鍋とコンロに食器だな。少し早いがもう食おう。はらへりへりはら。
ピンポーン
台所で鍋を探していたらインターホンが鳴った。多分ね、流れからね、分かるけどね? 一応確認。状況赤。シトだなぁ。
テンパはぼーっとカメラを見てた。こっちが見えてそうな視線だなー。鏡とかカメラとかに映らないんじゃなかったっけ?
ピンポーン
決してピンポン連打されてる分けじゃないが、規則正しく一定の時間で鳴らしてくる。
対応に出るのがパンピー、無視するのがヒッキー。
だから俺は風呂場に向かった。
脱衣所の上に配電盤があり、中を開ける。各所のブレーカーを目視。えーと、インターインター。あ、玄関発見。パチっとな。
ピンポ…………
よしよし。俺は頷くと台所に戻った。鍋鍋。
ガチャリ
鍋道具一式を持って階段を上がろうとした所で後ろからそんな音がしたので振り向いた。
少し開いた扉の隙間から、碧い眠そうな眼差しが俺を捉える。
こいつはピーキーだ。深夜じゃなくて良かった。確実に逝ってた。
しかし、見てるだけで入っては来ない。鍵掛けたよな? 開けるだけでも犯罪なのかな? うーむ。さっきの事なのに忘れた。掛けたつもりで逆に回したとか、あとなんだ、よう分からん。
とにかく、どうやら俺の掛ける鍵はことごとく突破されるようだ。意味ないね。
テンパは玄関先に突っ立って俺を見てる。俺は階段前に突っ立ってテンパを見てる。見つめ合う二人。恋が生まれる前に俺は切り出した。
「…………入る?」
俺の言葉に、テンパは頷くでもなくスゥッと玄関に入ってきた。やはり我が校の一年は足音を消せるらしい。アストラル体じゃないよね? 違うと言って!
ビクビクと階段を上がる俺にテンパが付いて来る。
この前『目を付けられた』時から何となく感じてはいたが、どうやら、次の玩具は俺らしい。ザラスで買えよ。頼むから。
俺が育てたブロッケンの怪物は、とうとう実体を持ってしまった。在るよね? 実体。
腹が減っては戦ができぬ!
人は何故飯を食うのか? 戦うためさ。不毛。
部屋では鍋がコトコトいってる。俺とテンパは向かい会って座っているが、俺の手元にしか食器はない。
当然。敵に塩を送るとかバカかと。昔の人の考える事はよく分からん。砂糖だろ常考。
蓋を開けると湯気がもや〜っと出てきた。俺は早速器につぎ分ける。
テンパの方をチラッと見たが、テンパは向かい側に女の子座りで座り、あらぬ方向に視線を向けていた。
前も見ていた。今も見ている。俺の額に汗が浮かぶ。
落ち着こう。まさかそんなバレる分けないのだ。恐らくテンパの癖か何かだろう。それかテンパにしか見えない何かとコンタクト中なのだ。邪魔しちゃ悪い。
しかしテンパは立ち上がり危険地帯へと足を運ぶ。いっ、一体何を?!
テンパは今や真上を見上げている。当然、届きはしない。そこは、うら若い乙女が立ち入るべきではない聖域。女人禁制の男子の秘中の秘。暴かれざる正義だ!
今や噴き上がる汗を拭いテンパの挙動に一意専心で望む俺。下手な事をするな? 実家の両親が泣くぞ?
テンパが椅子に手を掛けた。縮地。
「鍋でもどうだ?」
コマ送りのようにテンパの背後に回り肩に手を起き、もう片方の手の親指で鍋を指差しスマーーーーイル。歯がキラッ。
テンパは返事はしなかったが、椅子から手を離し元いた場所に戻った。目は一切合っていない。俺は汗を拭った。
大人しく座ったテンパの対面に俺も戻った。予備の器に鍋の具をつぐ。
テンパは、今度は真っ直ぐ俺を見ている。ネギ、春菊、豆腐、つみれ……テンパの視線が鍋に向く。ああ、なる程。
「つみれ嫌いか?」
「…………」
「肉は全般駄目か?」
「…………」
俺は頷くとつみれを器から外した。テンパの視線が再び俺に。白菜、魚の切り身……なんだ? この圧迫感は?
テンパを見る。相変わらず眠そうな半眼で俺を見ているが…………気のせいか?
貝柱を摘もうとすると、再びプレッシャー。こいつ……魚好きなのか? ふざけんな。切り身は五切れしかないんだ。後四つは俺んだ!
構わず貝柱を摘むと、テンパの視線が危険地帯に。くっ?!
切り身を入れる。二切れ目。まだ戻らない。三切れ……この辺で? テンパが軽く腰を浮かす。四……。テンパの視線は動かない。………………ご…………。テンパの視線が俺に戻った。その間、テンパは特に表情を変えていない。何を考えているのか分からない表情でボヤーっとした視線を向けている。あれ? おかしいな? 目の前が歪んでる。湯気だね、きっと。
テンパの前に箸と器を置いた。
こうして、二人きりの鍋は幕を開けた。
一人で食ってるのと変わらん。
テンパは特に俺にちょっかいを出さないし、会話もないので、相手をするのは楽だった。
テンパが器を出してくる。
「ネギか? エリンギは? 肉一切食わねーんだな、お前」
「…………」
俺が具を盛った器をテンパが受け取る。が、器に箸をつけずテーブルに一旦置く。
「こっちのまだ空けてないから。わりぃがコップとかねぇ」
お茶のペットボトルをテンパに差し出しテンパが受け取りキャップを空ける。一口飲むとテンパが再びこちらを見てくる。
「あぁ? 締めはうどんだ。それ用に海老天買ってある」
「…………」
「米はねーよ。元々炊いてないから」
「…………」
「なんだよ? 文句あるなら食うなよ」
「…………」
「切り身はねぇ。あれ高かったんだよ……」
「兄ちゃん………………何やってんの?」
テンパとの言い争い(?)に夢中で、弟がいつのまにか戸口に立っているのに気付かなかった。
「あれ? お前泊まりは?」
首を傾げる俺に、弟は驚いた顔をしたまま答える。
「……いや、着替え取りに…………。じゃなくて、………えーと、なんで? いや、何が? 何やってんの?」
何って。
両親と姉弟が不在で自宅に一人きりの時に弟のクラスメートの美少女を自室に連れ込んでエロ本を読まれないようにするために食事に誘った。ふむ。
「鍋だ」
自信満々に頷く俺。弟は眉間に指を当てている。テンパはパクパク食っている。
「…………いいよ。分かった」
ホントに? 俺でさえ理解とか無理なのに。
「……とりあえず、俺の飯代は? 台所になかったんだけど」
「こいつの腹の中だ」
俺はテンパを指差す。弟が固まる。
動かなくなってしまった弟がもの凄く邪魔なので廊下に出してドアを閉めた。冷房効いてるからね。またな銘探偵。
俺も食事に戻った。
締めのうどんも食い終わり、少し食休み。
ベッドに寄りかかっていると目がトロトロしてきた。テンパは俺の本棚から本を一冊取り出して読んでる。
ってイカーーーーン!
俺は目をカッと見開く。あぶねーアブねー危険があぶねー。流れのままベッドイン。結婚。出産まで行く所だった。
俺はテンパに目を向けて言った。
「おーい、テンパ。そろそろ帰れ。まだ明るいけど、もういい時間だわ」
俺の言葉が聞こえたかどうかは分からないが、テンパは本を閉じると本棚に本を直し、部屋の戸口で俺を振り返った。
見送りね。
俺はテンパに頷きを返すと二人で玄関まで降りていった。
俺も靴を履きわざわざ外までテンパを見送る。別れ際にテンパに声を掛けた。
「なんか収穫はあったか?」
テンパはぼーっと道路の先を見ている。
俺は苦笑を浮かべるとテンパに盗聴器を差し出した。
「忘れもんだ」
そこで漸くテンパは俺を見た。盗聴器を受け取る。ちゃんと二つあるだろ?
テンパの表情は一切変わらなかった。ここに来た時からずっとボヤっとしている。
「次は菓子折り持ってこいよ? 菓子だけ貰って相手はしてやんねーと思うけど」
俺は手をピラピラ振りながら帰っていった。
俺が家に入るまでテンパは動かなかった。それは、固まっているように見えた。