めんどくさがりのイジメ推察
恋愛物にするんだ!恋愛物にするんだ!恋愛物にするんだ!恋愛物にするんだ!(フラグを)避けちゃ駄目だ!!(十四の少年口調)
澁澤さん?
二部、いっきまーす!
おかしいな? どうしてこうなった?
いつも通りに学校に来て、いつも通りに授業を受けてるのだが、授業と授業の間の休み時間にチラチラと視線が俺に刺さる。なんだよ。削りにきてんのか? 俺の涙腺は揺るがんよ。
ここ最近いつもこう。イジメ格好悪い。
期末テストも終わり夏休み前の教室は少しザワザワしてる。俺の耳は別に千切れてはいない。
隣の席の奴も、友達と集まって偶にこっちを見てる。話し掛けないで! 話題とかないよ。
満を持して、チャラ(男)が俺に話し掛けてきた。
「なぁ、八神ー。八神って亜丞先輩とつき合ってんの?」
一瞬ピタッとなるクラスに俺は鋭く視線をフリ巡らせるも、誰とも視線が合わないどころか、そんな事実は無いですよ? と言わんばかりにザワザワしてる。忍って、心の上に刃物持ってんスよ。パない。
俺はそれに渋々答える。
「……なんだよそれ。彼女がいたら、今俺の心はこんなに寒くないよ」
俺の答えをどう解釈していいものかと、チャラと隣の席の奴のグループは顔を合わせる。
今度はチャラの隣のとある男子(ラノベ好き)が声を掛けてくる。
「じゃあ、蕪沢とつき合ってる?」
俺は(以下略)
「……なんだよそれ。彼女がいたら、今俺の心はこんなに寒くないよ」
真面目に答えてないと思われたのか、他の奴らも俺に質問を浴びせようとした。そこで、
「よーし、席つけー。授業始めるぞー」
古典の教師が入ってきて授業が始まる。チャラグループも解散した。話してる間中、視線を感じたんだ! 嘘じゃないよ! 少年の気持ちがちょっと分かった。村人全滅ざまぁ。
礼を終えてボートタイムに入る俺。ここ最近の視線の原因……分かってる。プリン頭じゃあるまいし、そんな鈍でもスルー持ちでもない。
最近の俺の状況が原因。
あの試合から、しばらくすると尻尾が学校に出てきた。当然俺は知らなかったし、どうでも良かった。だが周りは騒いだ。俺の耳に入るくらい。
尻尾は髪を留めずに学校に来てるようだ。その格好がまたワーキャー言われてる。だが格好で騒がれてる大きな原因は左手をギブスで吊っている事だろう。どうも尻尾は荒事の噂は絶えないようだが、怪我をした所を目撃されるのは初めてらしい。大変。何があったのかしら?
しかし、その格好も問題っちゃ問題らしいんだが、武道の人として有名な尻尾なら、そういう事もあるだろうと納得する奴らも多数いるので、噂の中核は別にあった。
なんでも『お願い』を聞かなくなったらしい。
うん。分からん。
強靭な姉でもいるのかな? なら『お願い』は不可避だね。聞かなくなったら命に関わるもんね。怪我も納得だよ!
実際は、
「ごめん。先約済みなの。手合わせはもうしない。告白の返事も、やっぱりごめん」
と言って回ってるらしい。
どうも尻尾に彼氏が出来たとか。まぁ、どうでもいいね。
そんな噂話のせいか、俺の存在は石ころの様だった。正に忍。そろそろこのスキルで一山当てられるんじゃ? そう思ってた時期がワシにも有りました。
ある昼休み。食堂でいつもの様に食事をしていた時の事。二人席に一人で腰掛け、天ぷらまいうと心の中で叫んでいたら、
尻尾が対面に腰を下ろして来ました。
ガタッ!
「我慢して」
すぐさま立ち上がった俺の腕を尻尾が掴む。
我慢て。魔法の言葉と勘違いしてやしないかい?
周りが比喩じゃなくどよめいた。
空いてる席はまだあるのに、わざわざ一緒に食ってるんだ。噂の渦中の人と。視線が集まる集まる。
俺は嫌そうな顔を尻尾に向ける。尻尾は申し訳なさそうに言った。
「お願い」
「断る」
条件反射でつい。本音が。
「お願い」
尻尾は遂に頭を下げ出した。周りの視線が俺に。
「はっはっは。なんだよ急に頭を下げて。とりあえず座ろうぜ!」
ものすっごくフランクにいってみた。汗が濁流。視線が雨の様に俺に刺さる。大変。喋る剣に体を動かして貰わなきゃ。
二人共席に着く。
周りの事態は鎮静化を見せず、俺の周りの席はあっという間に埋まった。デジャーーーヴ。
尻尾は、ふぅ、と目を伏せ息を吐き出している。残身残身、終わってないよ!
尻尾は噂通り左手を吊っており、髪もポニーテールじゃなくそのままストレートにしていた。だが、前の様に苛立ちがないというか優しいというか、柔らかい空気を醸し出している。眉間に皺を寄せていない。
特に話し出す事なく食事が始まる。おいおい、お前友達いないのかよ。部活でも作れば?
俺の憐れみの視線に気付いた尻尾が微笑みを浮かべる。いつからだろう。女性の笑顔が恐くなったのは。また拳? 拳なの?
戦々恐々とする俺に尻尾が言った。
「ありがとう。色々我が儘につき合って貰って」
「存分に感謝の意を示せ」
俺は鷹揚に頷く。具体的にはもう話し掛けないで。
尻尾がクスッと華が弾ける様に笑うと、周りはドヨドヨ。俺はオドオド。
「何か、スッキリしたよ。本当は謝るべきなんだろうけどね。微妙に違う気もするし。色々ケジメも付けたいし」
尻尾は笑っている。
指? 指なの? なんで女の子は俺の指を狙うの? 誰も助けてくれないの? この世は真っ暗なの? いいや! 明日はきっといい日だ! 外科医も言ってた。
尻尾と食事を続ける。何かあんまり味がしないな? なんでだろ?
尻尾は右手一本で食事をしている。……左手。腕ごと包帯でグルグル巻きだ。前に出るから! 戦時中の少年の様な事を思ってしまった。反省。
「ああ、これ?」
俺の視線を察した尻尾が頷く。
「そうだね。凹んでる」
凹んでるの?!
「左右で大きさが変わっちゃったけど、早く治すよ」
そう言って尻尾は自分の右胸に手を置いた。胸かい。男が胸ばっか見てると思うなよ? だが! 一応言っておこう。
「ありがとう」
「何が?」
尻尾は首を傾げていたが、「あぁ」と何かに気付くと二、三度納得したかのように頷き、周りをキョロキョロ。うん。注目が凄いから意味ないね。
尻尾もそう思ったのか立ち上がり俺の耳に顔を近づけてくる。
「いつ取りに来てもいいから」
ちゅっ
戻り際に俺の頬を軽く啄んでいった。壁側だったし一瞬だし大丈夫。大丈夫って言って!
青い顔の俺を、顔色に変化のない尻尾は見下ろし、
「約束だから。別に彼女とか居てもいいよ?」
そう言い捨てて去っていった。
じょん風に決めよう。ヤレヤレ。寧ろじょじょ風だったな。
俺にクモの糸は降りてこなかった。私をすくええええええ!!
被害妄想。
それからというもの、俺は視線に追われていた。
はぁはぁ。くそっ! 誰だ?!
後ろを振り向くと誰もいない。第一授業中。静かなもんである。
俺は、
授業をサボり、教室を抜け出し、渡り廊下を横断し、体育倉庫に侵入し、武道場を通り抜け、一年生のクラスの前を匍匐で進み、二階の窓から飛び降り、中庭を転がり、ベンチで休憩。職員室に忍び込み、保健室のベッドを捲り、下駄箱を小躍りしながら歩き、男子トイレの大便用のドアを開け閉め開け閉め、焼却炉の中に潜り、花壇の雑草を抜き、コーラを買い飲む。駐輪場の自転車の上を飛び歩き、サッカー部の雀卓をひっくり返し、バスケ部のボールを磨き、すれ違う教師を息を潜め見送り、誰もいない廊下で何度も振り返った。
メダパニってんだよ。
あれから数日、視線が凄い。
やっぱり見られてたのか、でも確証はないのか、周りがジリジリ俺に迫ってきてる気がするんだ。でも誰とも目は合わない。
特に何かされてる訳じゃないからいいけどね。ステルス? 人間が透明に成れる訳がない。自分調子くれてましたサーセン。
人の噂も七十五日だし。なげぇ。休み明けても言われんのかよ。
幸い期末テスト期間に入ってきてるので、追及の手は軽い。それでも常に誰かに見られてる気がするんだよ。深夜でなくて良かった。風呂に入れなくなる所だ。
もう一度振り返ってみる。誰もいない。
溜め息を吐き出し顔を戻すと、俺のクラスの副担任と目が合った。
「八神君。今、授業中」
副担任は視線で『生活指導、逝っとく?』と促してきたので、俺は『女教師と密室で二人きりなんてそんな』と首を振った。しーーんし。
「いいから。来なさい」
夏服に変わった俺の胸ぐらを副担任は引っ張っていった。ハハハ。強引だなぁ〜。
こってり絞られたよ。
課題をたっぷり貰いました。「そんな! いいのに〜」と言ったら倍に。授業の不満を聞かれたので、「ゲームを導入しては?」で更に倍。来週までらしいっス。また巡回要員なのに、仕事増えて大変っスね? で、「……保護者の呼び出しくらいたいの?」と先生から遊びが消えたので黙々と貰った課題をこなしました。まーる。
休み時間食い込むとか…………先生も痛い筈なのに。
俺は溜め息を吐き出すと進路指導室を後にした。
購買かな。
そう考えながら歩いていると空き教室から声が。しかも廊下側に窓がある教室なので中の様子がバッチリ。黒縁と目がバッチリ。
黒縁は誰か男子生徒と話しているようだ。邪魔しちゃ悪い。
俺は紳士レベルを上げるために空気を読む事にした。黒縁に頷きを返すとそのまま通り過ぎた。
『遺書を書け。疾く』
ガラッ
「ワォ! 先輩奇遇!」
ボリュームが大になってるぞ。うっかりだな〜。
どうやらこの判断で合っていたらしく、黒縁はウムと深く頷いていた。
「あ? なんだお前」
浅黒く焼けた体格のいい三白眼が俺を睨んできた。オラオラ系。恐い怖い。
ピシャッとね。
『遺書をか』
ガラッとね。
「……お前何がしたいんだ? 今取り込み中だから出てけ」
訝しげな顔でオラオラがシッシッと手を振る。
「待たせたわね八神君。何も取り込んでないわ。行きましょう」
「あぁ? だから俺は納得してねっつってんだよ。待てよ!!」
通り過ぎようとした黒縁の進路をオラオラが塞ぐ。
ムッとした表情で黒縁がポケットから何か取り出した。武器かな?
ボイスレコーダー。
黒縁は音量のツマミを最大に。
「待つんだ! 先輩が嫌がってるじゃないか!!」
俺は義によって声を張り上げた。頼むぞ、涙腺カテナチオ。
オラオラは怒り顔で振り返ると俺に近づいてきた。
「何気取ってんだお前、バカか? 邪魔してじゃねーよ」
オラオラの後ろでは黒縁がシャドーボクシングを始めた。クソアマ〜。
「はっ! お前ビッてんじゃん。オラッ! 外出てろ!」
黒縁にこれからずっと弱みを握られたままなのかと震えが来ていたのを、オラオラは勘違いして俺を外に蹴り飛ばした。バカはお前だ。
「先生! 校内暴力の現行犯です! 指導しちゃって下さい!」
「はぁ? お前何言って」
ガラッ
進路指導室のドアが開く。中から使命感に燃える副担任が出てきた。
「誰ですか! 校内暴力の現行犯というのは!」
「ちっ、マジかよ!」
オラオラは悔しげに顔を歪ませると逃げ出した。
「先生! ホシが逃げる!」
「待ちなさい!」
咄嗟に煽りを入れ、副担任を焚き付ける。
いってら〜。
よく考えれば俺も黒縁も顔を見てるんだから、逃げても追っても意味ないのにね。教育者としてやっていけるんだろうか。不安。
俺が手をフリフリしてると黒縁が近づいてきた。諸悪の根元め!
「二度と私に近付かないように、畳んでしまっても良かったのだけれど……」
『使えないわね?』と黒縁は目線で語りかけてくる。
戦慄。まさかそれを他人にやらせるつもりだったなんて。
黒縁は右手にボイスレコーダーを持ってる。今しかない。ナァウ、ゲッタチャァンス!
俺は黒縁の右手に飛びついた。ボイスレコーダーが廊下に転がる。
「なっ?!」
黒縁が少し遅れて驚きの声を上げる。
フハハもらったー! ボイスレコーダーを掴む。今度は黒縁が飛びついてくるが、如何せん。身体能力の差がデカい。無駄無駄。黒縁は必死だ。
「離しなさい! 壊れちゃうわ!」
「別に構わんよ? 嬉しいだけだが?」
「………………あなた達、な、なに、何を」
顔を上げると副担任が驚愕の表情を浮かべていた。帰ってきたんすね? お疲れッス。
副担任はワナワナしてる。……何だ? 何か粒子濃度が濃いような…………ハッ!
黒縁が俺の手からボイスレコーダーを取り戻そうと、俺の手を両手で掴み抱え込むようにしてる。でも見方を変えると、俺が黒縁の一部分を後ろから鷲掴みにしてるようにも見える。たいーほ。
コンマ何秒の間に黒縁とアイコンタクトを取る。黒縁も今がどういう状況か分かってる。判断は速い。俺は手を開きボイスレコーダーを黒縁に返した。痴漢容疑を掛けられる訳にはいかない。背に腹は代えられない。
黒縁は『仕方ないわね』と視線で返してくる。オッケ。なんとかなりそう。
黒縁が副担任に事情を説明しだした。
「ここじゃ嫌って言ったのだけれど……」
も、全然。全然コンタクトなんか取れてなかったよ。
「八神君。進路指導室戻って」
副担任はフルフルしている。黒縁はまるで俺に暴行にあったかのように、沈痛な面もちに胸に手を当てている(手の中にはボイスレコーダー)。
俺は大人しく従った。最早何もかもめんどかった。月とか落ちてこないかなぁ。
しばらく後で黒縁が誤解だったと告げるのだが、この進路指導室の話が歪んで伝わり、俺と黒縁がつき合ってるという噂になった。
そんなこんなで最近の俺は予断を許さない状況だ。
もう不登校しかないね。中退もありだね。
この二択で親に迫ってみよう。
昼休みは追及を逃れるため購買だ。何処だ! 何処で食えば俺は助かる!
教室。ないね。針のむしろだよ。屋上ないね。中庭……そんなこと考えちゃうくらい追い込まれてんのか、俺。トイレ。一瞬名案かとおもっちゃったよ。ないよ、ない。となると、空き教室。…………茶髪遭遇率が高ぇんだよ。何者かの作意を感じる。駄目だ。
こんなに広い学校なのに、どこもかしこも地雷ばかり。
……茶髪? ……はっ!
新しい人類ばりに思いついたよ! ピリっときた。山椒じゃない。
イッツァエスケェェプ。俺の絶招が万能すぐる。
俺は地雷原から逃げ出した。
「ねー。君のナゲット一個ちょーだい。代わりにあたしのポテトあげるから」
等価交換は? 腕とか脚とか無くしちゃうよ?
茶髪は返事を聞く前に俺の栄養を一つ攫っていった。ポテトとか俺も頼んでるからいらないのに。
マックの二階で茶髪と向かい合って食べてるよ。人間、考えて迷って出した結論とか大抵間違い。旅団みたくコインで決めるべきだった。
マックについた俺は大人しく列に並んでいると服の裾を掴まれた。振り返るとニコニコ茶髪。これがツインテでウッウーとか言ってくれたらいいのに。戯言さ。それで? 人はいつ二次元にいけるの?
逃避してる内に注文は終わっていた。無意識下でも動ける俺は将来プロボクサーになるべきだな。じゃあ女性は全員プロですね。茶髪は裾を離さない。やだな〜、逃げやしませんって。
結局席に着くまで、茶髪は裾を離さなかった。……茶髪の席の方が階段に近いのは、…………いいや、考え過ぎだ。
一見和やかに食事する俺ら。茶髪はニコニコしてるが表情が動いてない。さっきから理不尽な要求が続く。ポテトとナゲットの交換。俺のマスタードソースを盗る。俺の魚バーガーの味見をする。その茶髪の手にも魚バーガー。同じだよ? 一口食べた後に「ホントに同じ味だー」とか、ないよ、ない。しまいにゃ俺のオレンジも一口。返ってきたオレンジはいやに軽かった。巨人の一口だね。女性だもんね。
「あっ」
残ったオレンジを飲もうとする俺に、茶髪は今日初めて顔色を変えた。少し赤い。任せろ! ここにいるのは紳士だよ。
俺はカップの蓋をとるとガラガラいった。ほぼ氷。
テーブルの下で茶髪は俺のスネを蹴った。
ハッハッハ。どうやら紳士がお嫌いか。女性だもんね。
茶髪は拗ねたのかそっぽを向いてしまった。
今の内に俺はガツガツいく。やはり飯は一人に限る。盗られる心配がないからね。
茶髪が徐に話しかけてくる。
「……君さー」
しかし、言いにくい事なのかそれ以上言葉が続かない。
俺は閃いた。
「二年だ。タメだ」
「知ってるよ! 前聞いたじゃん! そうじゃなくて!」
えー。じゃあ分かんない。俺サトリじゃないもん。
しかし、今の会話で勢いがついたのか茶髪が続きを話してくる。
「……君さー、三年の先輩とつき合ってるってホント? あと蕪沢。蕪沢とキスしてたって噂を聞いたんだけど……」
またそれ。
俺はウンザリした顔を茶髪に向けるが、茶髪はしつこく聞いてくる。
「ねー、ねー。どーなの?」
「……なんだよそれ。彼女がいたら、今俺の心はこんなに寒くないよ」
「なにそれ? つき合ってないって事? じゃあキスは?」
「してない」
俺は真摯な視線を茶髪に向けた。俺は、してない。
茶髪は納得したようにウンウン頷くと、漸く固さがとれた笑顔を浮かべた。
「だよねー。君モテなさそうだもん」
何が嬉しいのか俺の肩をバンバン叩いた。女性だもんね。
それから茶髪はスマホを弄るのに忙しく会話はなかった。
茶髪が食べ終わると俺達は学校に戻っていった。
私は帰ってきた! 家に。
教室を出た後、後ろから、
「八神君はいるかしら?」
と、黒縁の声が響いてきた。間一髪下校する生徒の群れに溶け込んだ俺は急ぎ足で家路についた。先輩、幽霊って存在しないスよ。
自転車をドカーン(頑丈)。家のドアをガチャリ(今日は安全)。階段をドタバタ駆け上がり、いざ! シャングリラ!
自室の扉を開けると、ベッドの上に等身大の人形が鎮座していた。異世界なんて山のよう。自宅の扉を開くと通ずる。
人形は金髪の短い髪をアチコチにハネさせていたがそれが似合っていた。碧い瞳は天井の隅に固定されている。そこは危険だ止めておけ。あとは、我が校の女子の夏服を着ていた。
これはかの有名なラブドゥールという奴では? つまり好きにしても可? 人として不可? どうやら状況はコム・シ・コム・サのようだ。
俺は人形に近づいた。
肌白ぇ。金髪なんかキラキラしてんな。誰が持ってきたんだ?
首を傾げる俺に、人形が視線を合わせてくる。ん?
人形の碧い瞳は半分隠れており、半眼で眠そうに俺を見つめてくる。
人間か。
俺は落ち着く為に、ポケットからコーヒーを取り出しストローを挿して吸った。
見つめ合う俺と金髪テンパ。
「兄ちゃん帰っ、……あー、こっちに入ったのか澁澤さん」
後ろから弟の声が聞こえてきたが、俺とテンパは見つめ合ったまま微動だにしなかった。コーヒーの残量だけが減っていく。
「……ちょっと兄ちゃん? 澁澤さん?」
弟がおずおずと声を掛けてくる。
その時、俺の中の種が割れた。
瞬間! 弟の首根っこをひっつかみ廊下に飛び出るとドアを叩きつけるように閉めた。コーヒーは飲み終わり、ゴミをポケットへ。勝つる! 勝つるぞ!
俺は弟の頭を脇に持ち抱え悪意ある笑顔を浮かべた。へっへっへ。
「おいおいおい、二人目ですか? 二人きりで自室で何をするつもりだったんだい? おさげはこの事を知っているのかな?」
ん〜? やべ、愉しい。
「ちっ、違うっ! 違うって!」
「おさげはお前の部屋にいるのかい?」
「いない、けど!」
おさげで通じるとか。テンパってんなー。
「なーに。大丈夫、言やしないさ。ただホンのちょっと俺の頼み事を聞いてくれたらだけどなぁ〜」
姉の盾とか。休日任務とか。朝の扱いとかな!
「だから違うって! ちょっと聞いてよ!」
弟は俺の腕から逃れるとその場にしゃがみこんだ。手招きされる。いいけど。おさげには言うよ? 紅葉が見たいから。
俺もしゃがみこむと、弟は声を潜めて話し出した。
「実はさ、クラスの女子からイジメの相談受けてて……」
さーてと。
「二時間ぐらいでいいな? 外で潰してくるわ」
「兄ちゃん我慢して」
立ち上がる俺を弟が掴む。我慢が今度の流行か? 俺は踊らされたりはせん!
しかし、弟の視線が余りに真剣だったため、俺は渋々従った。
「お前な、女子のそういうの受けたり関わったりすんな。男子ならいいけど。女子の問題に男子が出ていく拗れるぞ? 先生とか親とかに持ってけ」
俺は渋い表情で諭す。何この会話。全然楽しくない。
弟も苦虫を噛んだような表情で続きを喋った。
「わかってるんだけど……。俺の知らない所で意外と被害がデカかったらしくてさ。引き受けちゃった以上あの子をどうにかしないと」
弟は溜め息を吐き出す。ん?
俺は自室を親指で指差し聞いた。
「あの子? あの子イジメっ子?」
「あの子イジメっ子」
弟が頷きを返してくる。
いがーい。はぁー、人は見かけによらないもんだ。
俺の驚いた表情に、弟は苦笑を浮かべた。
「兄ちゃんの言いたい事は分かるよ。正解でもあるしね。あの子、澁澤さんって言うんだけど、イジメっ子でイジメられっ子なんだ」
ん? 何その二律背反? 少し歌って貰おうか。
弟が言うには、弟の見ていない所でイジメがあったらしい。
ターゲットは今俺の部屋にいるテンパ。
見目麗しく成績の良い彼女はヤッカミの対象になった。
それだけなら其処までじゃないのだが、彼女は人とコミュニケーションを全くと言っていい程とらず、告白されようが怒鳴りつけられようが無視。授業で当てられても淡々と答えを黒板に書くだけ。どこどこを読めと教師に言われたら無視し続け、それが余りにしつこかったら教室から出て行くらしい。
何故か声を出さない彼女を教師達も諦めたのか放置しているらしい。これまた何故か、お咎めも一切無し。
良く思わなかったのがクラスの女子連中。
特別扱いされてるように感じ、本人もお高くとまっているように見えたのだと。
安達という女子グループがクラスで幅を利かせているらしく、その安達を中心にテンパに対してのイジメが始まった。
机に誹謗中傷の落書き、本人を前にヒソヒソと悪口、机の中にカッターの刃を仕込み、下駄箱には上履きに虫を詰めたりと、男子から聞いたのはその辺りだそうだ。男子は気付いていた奴もいたらしいが、テンパは話し掛けられてもコミュニケーションをとらないので放置していたらしい。女子は当然スルー。
その女子達は何食わぬ顔で自分と食事を取っていたと、弟は少しショックを受けていた。
問題はこれから。
イジメをしていた女子達が、仕返しにあった。
その女子がした事をそっくりそのままやり返されたらしく、落書きをした女子は机の同じ所に同じように落書きされ、カッターを仕込んだ女子は、これまた同じように仕込まれ手を切った。
只、何故、誰がやったのか分かったのかが分からない。
本人を問い詰めようにも、それでは自分がイジメをしているのを白状するようなもの。だが、どんなに見張ってもテンパの仕返しの現場は押さえられず、仕返しは続いた。
それでも遂に気の強い女子が人気の無い所で問い詰めたらしいが、戻ってきた時にはその女子は青い顔をしていた。聞くところによると証拠を握られてるようだ。
これで腰が引けた女子もいたが、元々悪い事と分かってやってるのだ。イジメは続いたらしい。しかし、テンパが仕返しをしているという証拠は見つからなかった。
この辺りから少しイジメの様子が変わる。
テンパの机に花瓶を置くと、ちょっと目を離した隙にテンパの机に花瓶は無く、代わりにイジメに参加した子の机全部に、全く同じ花瓶と同じ花が置かれていたらしい。
落書きも、次の日来るとテンパの机に書かれていた筈の物が自分の机にそっくりそのまま書き込まれいたり、上履きもテンパは普通に履いて使っているのに、自分達のは虫だらけになっていたりと、自分達だけ割を食う形になっていた。
ここらで弟も気付いたらしい。もう隠れてやっているようには見えない。トイレから戻ってきた女子が水浸しになっており、ジャージに着替えようとするもジャージは切り裂かれていたり。体育の授業に女子が半分しか出てこなかったらしく、残り半分はずぶ濡れで早退したとか。
とうとう学校に出てこなくなる女子が出てきて、安達とやらが弟に助けを求めたそうだ。
動揺する弟は、移動教室に手ぶらで出向き、急いで教室に戻った所、机をスプレーで赤く塗るテンパを目撃したそうだ。ご丁寧にマスキングはしてあったらしい。知らんがな。
一通り聞き終えた俺はつまらなそうに言った。
「つまんな〜い。俺早退していい?」
「……兄ちゃん」
弟はうなだれた。
だってぇ。自業自得だろ。そのまんま返しなら両成敗だろ。やる奴が悪い。イジメ女子達とテンパと両方な。イジメられっ子がキレて刺す時代だよ。覚悟がないならやんなよ。
弟は悄然としながらも話し続ける。
「……とにかくさ、止めさせたいんだ。証拠も破棄して欲しいんだ」
「証拠も?」
そいつは…………都合がいいことばかりだな。弟の考えとは思えないので、恐らくそれも頼まれ事の一つだろう。はぁ〜、バカだねー。
俺が深い溜め息をついたのを見て、弟が焦ったように話を変える。
「で、でもさ、どうやって犯人を特定したんだろうね? 凄いよな」
「簡単だろ」
「へ?」
ボケッとする弟に俺は説明を始めた。
「特定は筆跡鑑定だな。机に落書きしたんだろ? クラスの女子の答案用紙の名前やそいつ等のノートを写し取ってパソコンに取り込む。後はソフトがあればいけんじゃね? 依頼してもいいしな。花瓶やカミソリは指紋だな。こっちは簡単だわ。警戒もしてなかっただろうしな。職員室にソフトもある。俺も潜り込んだ事あるぞ? トイレは多分窓弄って外で待機。個室に水ぶっかけてた奴らを直に見てたな。後は付け狙うも良し、罠でも良し。今までずっとバレなかった理由はな、見張ってんのを見張ってたんだろ。で、帰った後か来る前に仕掛ける。多分早朝。先に来て、朝イタズラがあればそこで仕返し。なければ来るのを見張って仕返し。証拠はスマホ持ってりゃ余裕」
掌の上だな。途中から踊らされてるわ。だから、意図も読める。
弟は驚愕の表情を浮かべていた。
「そ、そこまでするかな……普通」
するんだよ。だってこいつは。
弟が続ける。
「……なんて言えば、止めてくれると思う?」
「そう悲観すんな。多分普通に止めてくれると思うぞ?」
「え? なんで?」
弟の目が開かれる。俺は投げやりに説明を続けた。
「人目に付かない事が最低条件なのに、お前が見つけた。偶然か? 否だ。ここまで周到に準備する奴がそんなアホなこたぁしねぇよ。もうイジメにやる気が感じられない」
「でも、俺に見つかる事ないだろ? 普通に問題になるよ。それなら、仕返し止めりゃいいのに……」
「問題になるのは塗装だけだ。他は証拠がねぇ。当然、教師は理由を聞くだろ? そしたらイジメにあってた事を告発。こっちは証拠が山。他の女子は停学か退学。テンパは停学かもしれんが、明らかな被害者だ。下手したらお咎め無しだろうな」
弟、絶句。俺は指を一本グルグル回しながら続けた。
「あーーー、お前に見つかった理由な? 多分飽きたんじゃね? 他の女子がお前に頼ってくるぐらいだから、多分、女子の反応が薄くなってきてたんだろうよ。段々過激になってたのが証拠。だから次のターゲットにシフトした」
指を弟に向けて止める。
「お、俺?! なんで?!」
動揺する弟を特に宥めたりはしない。甘えんな!
「あいつな、遊んでんだよ。イジメの証拠なんてもんを握ったら、そこで終わったようなもんなんだよ。なのに仕返しをしだした。手口から見てわかる通り、反応を見てんだよ。愉快犯。コミュ障なのにお前について来たのが、次のターゲットはお前って言ってるようなもんじゃねぇか。いつも親に言われてるだろ? 知らない人をホイホイ連れて来ちゃいけませんって」
特に女性。
弟は青い顔をして少し考え込んでる。ロダン。
おまけを言えば、その安達って奴もいい根性してる。自分のイジメは棚上げ、証拠の破棄を依頼、上手くいけば弟と繋がりを持てるとでも思ってんじゃねーの? 依頼するって事は連絡取ったりコンタクトが多くなるからな。まだ学校に来てんなら、イジメの実行だけ人任せにしたとかな。
弟は己の中で今の言葉を消化し終えたのか、細かく頷いている。
納得したのか、弟はこちらに顔を向け話しかけてくる。かけようとした。
「に、い、ちゃ……」
弟の視線が俺の後ろで止まった。俺は振り向いた。
いつから其処にいたのか、テンパがしゃがみこんでいた。
テンパは両手を握り拳にして両頬に当てて、俺達と同じ中腰の態勢で脚を揃えてしゃがみこんでいる。
相変わらずの無表情と眠そうな半眼は――――――何故か、俺を捉えていた。
俺もテンパの顔を視界に捉え目が合うと、テンパの口角が僅かに持ち上がり………………笑った?
どうしたものかと弟と顔を見合わせ途方にくれる俺達。
テンパはその間ずっと俺を見続けていた。
テンパが帰った後、弟が俺の部屋に来たから塩をぶつけてやった。
「何すんだよ?!」
帰れ!
「話ぐらい聞いてよ!」
「ヤダヨ。めんどくさい。なんか怖いしダルい。結果報告とかいらん。課題やらなきゃ。お前とか苦しめばいい!」
五分だけな。……ん?
「悪い、間違った。入る所からやり直してくれる? ちゃんと帰れって口に出して言うから。きっと言うから」
「なんでだよ! ……もう。とりあえずこれ。証拠貰った」
弟は数枚の写真とメモリーを持っていた。
焼き払え! とか言って欲しいのかしらん? 俺にどうしろと?
「……写真はこれでいいとして、動画とかは今から確認するんだけど……」
弟は言いづらそうな顔をしている。
まぁ、写真がすげぇもんな。これが女性の本性とか言われたら引くよなぁ。もっと酷いよ?
「いいよ。俺が処分しといてやるよ」
弟が驚く。まぁ、俺が面倒事引き受けてるもんな。驚くわな。会議! 家族会議しよう! テーマ『…………』やべ。思い浮かばん。
ま、めんどくせぇよ。でもお前が動画を確認して、明日からクラスで普通にやれるのか分からんからな。
何か言い募る弟からメモリーと写真を奪うと部屋から叩き出した。
俺はメモリーを折り写真を破ってゴミ箱に捨てた。確認はしない。意味ないだろうし。
俺は溜め息をつくと、ベッドに身を沈めた。
携帯のコールは無視した。