めんどくさがりと蕪沢 2 話し合い
皆さんは休日を如何お過ごしですか?
僕は読書と音楽鑑賞をしつつ、ついつい思索に耽ったりします。なんて、ハハッ。
随分高尚な趣味だと思いませんか?
そんな人って、中々声を掛けづらいものですよね?
それでは少し砕いてみましょう。
俺はラノベと漫画を見つつ、アニソンを聴いたりします。時々、暇なのでボーっとします。てへぺろっ、グヘヘ。
こちらは面接を落とされます。履歴書には少しオブラートに包んだ物言いが重要になります。
大人は、自分含め基本九割は嘘で構成されるので変な事ではありません。優しさは嘘です。
しかし警察を呼ばれるのだけは注意しましょう。女子の「……きも」と冷たい目線に耐えられるだけの実力がついている方は、御自分の判断で行動下さい。
まぁ、とにかく。俺が今何をしてるかというと、ラノベ読んでるよ。完徹。
夜。中々眠れなくて本棚から本を取った。面白かった。続きが気になる。次へ。エンドレス。俺は後何人、あの子を殺せばいい?
漫画ならまだ良かった。例え海賊物だろうが交番勤務だろうが漫画の読了時間とか短いしね。でもラノベのシリーズものとか禁書だよ。十万もいらない。十冊あれば殺れる。
四冊クリアした俺は、……六……七……二、十五冊。……あと十五冊か。
あと十五冊読む事を決意した。
だって気になるんだもん。『リリセロ』と『メグトレ』。どえらいこっちゃ。少しのミスが思わぬ惨事に繋がる。文字って偉大。ドロドロしてしまった。何その超展開?! めちゃくちゃ気になる!!
四人の四角関係にドキムネしながら俺はベッドから降りた。
兵糧の確保に向かおう。なに、まだ時間はある。学校に行くまでの五十時間。一冊平均四時間と考えれば、精神と時の部屋に入らなきゃ。どうしようこうしよう。
これは余りやりたくなかったんだが、仕方ない。
俺は時計の短針を九から零に戻した。寧ろ進めた。アナログで良かった。デジタルなら電子レンジに携帯電話取り付けるしかなかった。無茶しやがって。
俺は満足げな表情で額の汗を拭うと「フー」と息を吐き出した。よい子はマネすんなよ。
時間移動に成功した俺は下に降りていった。
台所には弟が実在していた。こんな夜中に一体何を?
「おはよう兄ちゃん。……これ、母さんから。暇ならやっておいてって」
残念だ。まさか今日に限って予定があるなんて。
「父さん関係だから、やらなきゃキツいと思うよ? 折檻が。幾つかやっておいたから、あとは頑張って」
おさげへの発言をちらつかせる、か? メモを改竄して姉にやらせるか? 父さんに泣きつくのもアリだ。
オヤジが言うには断固たる決意がいるそうだ。
俺が己の命(選手生命)と『リリメグ』(百合になっちゃった!)を天秤に乗せていると、『リリメグ』に圧倒的傾きをみせた所で弟が言った。
「……俺も頼まれ事されて街の方いくから無理だからね。姉ちゃんは出掛けた。父さんと母さんは今日仕事だよ」
一人とか幸せすぐる。尚更これは受け入れられない。
実力行使しかないね? 仕方ないね?
銃を取り出して弟のコメカミに突きつける。虚空からハリセン取り出せる女子高生もいるんだから俺だって出来る。みんな出来る。アポートだよアポート。
ポケットから取り出して突きつけられた銃に弟の顔色が変わる。さて、交渉しようか? 交渉、な趣味だからね?
「に、にい」パンッ
躊躇わず引き金を引いた。喋るなと言った。言った?
しかし弟は避けた。
バカな?! コイツ人間か?
リビングに逃げる弟に構わず引き金を引き続ける。
動くなよ〜? 弾が当たらないじゃないか〜。
注:全弾ゴム製で、安全な監修の元やっております。よい子は読まないで下さい。
ソファーの影、ドアを開いて盾に、テーブルの下、弟は逃げ回った。
「おのれ! ちょこまかと!」
あはははははは! たぎる! たぎるぞ!! 何してたっけ?
目的も弟も見失ってしまった。
……………………。
静かだ。家には弟と俺しかいない。両方息を殺しているため物音がしない。あいつ、まさか反撃を考えているのか?! 信じられん! 家族を討つつもりか?!
俺は歯噛みしつつ弟の気配を探った。今やどちらが獲物でどちらが狩人かといった状況だ。
しかし焦ってはいけない。急いては事を仕損じる。奴が動き出すのに五感の全てを集中させた。
涎が落ちるのを気にも止めず集中した。扉が開き人影が出てくる。
撃った。
弾道は寸分の狂いなく理想の軌道を描く。当たるのは撃つ前から分かっていた。悔しいな。もっと遠くても当たるのに。
極限の集中から生まれた魔弾が人影に吸い込まれる。
当たった。姉(七つの大罪の八つ目)の額に。
構わず撃ち続けた。
撃った。撃った。撃った。撃った。撃った。撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った再装填撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃った撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃。
「くたばーれっ」
巻き舌気味に言った。
弾数は分かっていた。最後の一撃だ。街狩人もかくやという程ワンホールショットしてやった。しかし大罪(姉)は微動だにしないどころか額が赤くもなっていなかった。
只、ずっと嗤ってた。
カチッ。カチッ。
俺は引き金を引き続けた。
弾が切れたのが分かると、姉は一旦部屋に戻った。
え? 嘘?! やった!
が、喜びは刹那。部屋の壁の横から姉が顔と手だけを出して手招きをし始めた。どこの日本昔話?
違う違う違う! 違うんだよ姉ちゃん!
俺は釈明を始める前に弟を探した。家族だもん。助け合いが大事。
振り返ると、玄関で靴を履き終えた弟が、扉の向こうから手を振っていた。みんな覚えてた? 俺の弟って足音消せるんだぜ?
ゆっくりと閉まる扉は、俺の未来を暗示してるかのようだった。詩的。
「こっちよ?」
いつの間にか近寄っていた姉が、そっと俺の手を取った。柔らかい。なんであんなに痛いんだろ?
イヤイヤと首を振ったが姉は微笑みを浮かべたまま、足は勝手に動いた。どこぞの天才ですね。
俺は姉と一緒に、姉の暗い部屋へと足を踏み入れた。きっと電気が点いてないせいだね。
扉は勝手に閉まった。そろそろ本当にこの家に取り憑く霊と対話するべきだな。もうすぐ仲間になるかも知れないし。
家の用事と書いて家事。
俺ん家にはこれは二種類ある。
一つが『指令』。
要するに普通の家事ですな。買い物風呂掃除洗濯。両親共働きなので、休日ぐらい手伝えや! のスローガンの元やっている。
なんで『指令』かというと、命令違反は家族法廷に立たされるから俺だけそう呼んでいる。
もう一つが『お願い』。
こちらは厳密には家事とは関係ない頼まれ事ですな。
どこそこが美味しいらしいから食べて確かめてこいよ。とか。あそこのドーナツバカウマらしいから買ってこいや。とか。
理不尽な分、報酬として差額は貰えたりします。
行列に二時間並んだり、隣の市まで自転車漕いでいくのはキツいわ!
なんで『お願い』かというと、命令拒否は家族法廷に立たされるから俺だけそう呼んでいる。
裁判官は様変わりするのに、執行人は常に、人の形を象った恐ろしい何か(姉)、です。
たまに一人二役こなす働き者です。
「断罪」の合図で鬼ごっこ開始です。おっと。俺とした事が『ごっこ』だなんて……。鬼に悪いよね?
一度、金だけくすねたら割りに合わない報いを受けました。……まさかイチゴのショートが置いてない店が存在するなんて……。
それ以来写メが義務化されました。味の感想とお土産は必須です。あれ? 報酬は?
自転車で一時間程のカフェに来てます。
メモの内容はブレンドのコーヒーとケーキの味見。
無意味な依頼だな。コーヒーは全て砂糖クリープをジャンジャン入れる俺に味見とか。滑稽。
それでもやるよ。頭はズレてる、腕と足の筋肉が悲鳴を上げてる、体の中がぐちゃぐちゃで、もう痛いのは嫌なんだ! ……はっ。大丈夫。姉君は聡明で気高く優しい御方。
自転車マークに自転車を止めてお店に入った。
木造のお店だ。あんまり大きくないな。ツタとか絡まってるし。
店の中は綺麗。普通のお店らしくメイドさんはいなかった。
「いらっしゃいませー」
テイクアウトをメインにやってるお店っぽかったが、左手奥に席もあった。右手側がお土産コーナーでコーヒーの豆とか売ってる。
俺はカウンターに近づいた。
「食べてく事ってできますか?」
「できますよ。ケーキはショーケースからお選び下さい。ドリンクはこちらです。お会計は先になりますが宜しいですか?」
「構いません」
受け取ったメニュー表からブレンドを選び、ケーキはガトーショコラにした。
レジで会計を済ませると番号札を貰った。
「番号札を持って奥のお好きな席についてお待ち下さい。商品は店員がお持ちします」
俺は頷いて奥の席に向かった。
俺以外お客さんはいなかった。やはりテイクアウトメインなんだろう。
いい雰囲気のお店だな。人もいないし。これでケーキがおいしかったらスタンプカード作っちゃうレベル。緊急避難場所に指定しちゃうよ。
店員さんがケーキを持ってきた。普通のエプロンだ。どちらかと言えばコーヒー店に近い。ケーキが評判になってテイクアウト始めたんじゃなかろか?
俺はケーキとコーヒーを写メった。……任務、完了。
「――――ごめん。待たせたかな?」
「ああ、大丈夫俺もい………」
テンプレって大事。だってお客さん俺以外いなかったし。例え恥をかこうとも、言わなきゃならない時もある。……でもさぁー。
私服姿の尻尾が、そこには立っていた。
黒のニーソにデニムのホットパンツ、ストライプのキャミに淡いグリーンの薄手のパーカー。
気づかなかったが、カウンターの方に男性客が増えてる。マジハーメルン。
対面じゃなく、尻尾は俺の隣に腰を下ろした。逃げられない。
俺は、
空がとべる。空間を制すればスピードは己の中にある。倍プッシュだ! 美味そう。買い物は嫌なのに。復讐は理屈じゃないよ。俺が羽化させる。めしゃあまだかの? 刀身を――滑らせろっ!! 呼吸を読め。俺が行く! なら俺は止めとく。一直線になるよな? ぬるりと来たぜ。決着は着いた、これ以上何を? ピンクの象が空をゆくよ。獏だ! 火薬を固め火を入れる。爆弾? ルールを守らず雄々しくデュエル。
カチャ。
気がつくと、店員さんがケーキとコーヒーを運んできていた。ああ、待って。行かないで。
隣の尻尾は、今日は覇気を纏っていなかった。なのに何故、俺の心臓は止まろうとしてるのん?草をもさもさ食べてもいいのんな?
幻覚だよ。
今週は黒縁と尻尾がやたら俺を捜し回ってたから。逃げるのに必死だった徹夜明けの俺は幻覚を見てんだよ。やだハズい。
「……大丈夫?」
「いやダメだ」
幻聴まで……。睡眠って大事。
尻尾は少し悲しそうな顔でこっちを見てる。睫なげぇな。
「……あの、八神? 今日は少し話したい事があるんだけど……」
躊躇いがちに切り出す尻尾。
これが、最後になるかも知れないだろ……。って言うんだろうか。名作だよね。
「まず、先日の事を謝らせて欲しいの。ほんっとにごめんなさい。今さ」
「なに、いいよ、気にするな」
だから帰っていいかな?
俺は尻尾の発言を途中で遮り手を振る。
尻尾は顔を上げると、驚いた表情をしていた。なんか剣呑な雰囲気を取り払うとコイツの素顔は幼く見えるな。化粧っ気がないせいか?
「……いいの? 私、自分でも随分な事言ってると思うんだけど……。今日だって弟君にお願いして此処に八神を呼び出したんだけど?」
人間は嘘で出来てるよね。今度おさげにアイツの学校生活の様子を話そう。きっと喜ぶ(俺が)。
「うん。いいよー」
寧ろ暴力を振るわれた後に謝られるとかあんまりない。貴重な経験だ。
尻尾は微妙に納得のいっていない表情だったが、俺が追求しないからか続けて謝りはしなかった。
俺はガトーショコラをパクつく。
隣の尻尾は紅茶にチーズケーキだ。暫く二人でケーキを食べた。
席は少し埋まり出してる。間違いなく尻尾効果だろう。尻尾への熱い視線と俺への冷たい視線で店内は適温を保っている。只、半分女性なんだけど?
尻尾はチーズケーキを食べつつも、こちらをチラチラ見てる。話題がないのか話し出しては来ないが。
何? この状況。デートかデートなのか?
じゃあ、もう終わりでいいね。帰ろうか。明日から他人だね。元から他人だったね。あれ? デートじゃなくね?
「……その、この前……あの後なんだけど……。どうやって意識を取り戻したの?」
清浄なる蒼き未来のために頑張った。そう言った。
「せ、せい? 何?」
理解が遅いなー。一からか? 一から噛み砕いてか?
俺は仕方なく一から説明した。秘技死んだフリだと。
「…………へぇ。そう」
尻尾の声が少し剣呑になった。安心。だって女性ですものね?
「私は顎を砕くつもりで振り抜いたわ。悟られないように、軌道も途中で変えて」
尻尾は笑顔だ。
「あなた一回転したわよね? 手応えは確実にあったし、受け流されたようには思えないんだけど?」
流してないからね。普通に痛かった。
「つまり、私はナメられてたって事でいい?」
会話の流れがおかしいよ? 流れていかない。
「俺ちょっとトイレ」
「我慢して」
立ち上がりかけた俺の腕を尻尾が掴む。座り直す俺。どの道、尻尾がどいてくれないとトイレに行けない。我慢て。
「あなたは私の一撃なんか気にもしないって事よね? 歯牙にもかけなかったと」
「に、逃げるのに必死で! ほら、突然襲われたんだよ?」
そこを突かれると弱いのか、尻尾は、うぐっと口を紡ぐ。
「……つまり、正々堂々だったら良いわけね? そしたら言い訳できないものね?」
良くない良くない良くないぞ。この流れは良くない。大体言い訳じゃない。痛いのは嫌だ。痛いのは嫌だよ!
「ところで」
尻尾が話しを変えてきた。笑顔だ。そうそう変えましょ。変えましょ。帰りましょ。
「私って道場に通ってるんだけど――」
尻尾は地図アプリで道場の場所と名前を教えてきた。何? 布教?
「……聞いた事ない?」
「ないな」
尻尾は真剣だ。だから俺も誠実に即答した。
「…………そう」
尻尾は暫く俺の顔を見つめていたが、一つ息を吐き出すと顔を引き締めた。
「八神にお願いが」
「断る」
俺の即答に尻尾が少し呆気に取られていた。
「……まだ何も言ってないんだけど」
「すまんが、俺こう見えてめちゃくちゃ忙しいんだ。今も、これから睡眠時間を削ってやらなきゃならんこともあるし」
「今日じゃなくてもいいけど?」
「両親に知らない人についていっちゃ駄目だって言われてて」
尻尾は凄いジト目で俺を見てくる。俺はコーヒーに砂糖とクリープを入れてグルグル。魔法陣みたい。
尻尾はポケットからメモ帳を取り出すと何かを書き始めた。
書き終わるとそのページを破いて俺の前に置いた。
「さっきの道場。私、八神が来るまで、ここで待ってる。いつでもいいから、連絡して」
言い捨てると尻尾は振り返らずに店を出て行った。
行かないよ? 行かない。
俺はメモに視線を落とすと、どうしたものかと考えた。周りが凄いメモ見てる。流石に電話番号も書かれてるしそこら辺に捨てるわけにもいくまい。
俺はメモをポケットに突っ込んだ。
残りのコーヒーを流し込むとお土産を買った。一つにタバスコ入れる事は可能か聞いたら、店員さんは迷惑そうな顔で首を横に振った。ごめんなさい。
帰り道にコンビニかスーパーに寄らなくちゃ。……家族を売るなんて、もはや弟とは思うまい。
この『お願い』も弟の策だろう。お仕置きが必要。
しかしこれで俺を阻む者は誰もいなくなった。待っててねラノベ。いま、会いにいきます。
おまけ。
俺は弟を待っていた。
家には弟は居らず、ケーキは冷蔵庫に入れた。
俺は弟を待っていた。
ラノベを読み進め、ふわっ! 幸せ! と感じていた。
俺は弟を待っていた。
俺はセーフのケーキを食べようと下に降りた。
俺は弟を待っていた。
リビングには邪心な邪神がいたが、放置一択で。
俺は弟を待っていた。
冷蔵庫を開くと、ケーキの箱は開いており、危険物が抜き出されていた。
俺はリビングを見た。
邪神が丁度、危険物を口に含む瞬間だった。
俺は弟を待っていた。既に過去の事だ。