めんどくさがりと蕪沢 1 不意打ち
晴れ渡る快晴です。
関係ないけどね。全部屋内でやるもん。
午前中は予選をやる。開会式を体育館でやった後に各選択毎に分かれる。
空手は第一武道場。柔道は第二武道場。剣道は剣道場。
剣道場だけ遠いので移動が大変だ。うちのクラスは剣道と空手が被って両方第一試合になってしまった。両方一年が相手なので大丈夫だろうが。基本ヘルプは選抜選手にくっついているので、柔道の選抜選手とヘルプを置いて、剣道には臨時応援班と選択で剣道を選んだ男子が少しついていく。空手には他の残りがついていく。
柔道は第三試合だ。空手と剣道はそんなに試合時間は長くないが、柔道は長い。もしかしたら空手剣道の二回戦と被るかもしれない。
式が終わるとバタバタとみんな駆けていく。選手は試合着、それ以外は体育着を着ている。
今、熱い闘いが始まる。
冒頭に戻るよ。
今日サボろうとしたよ? 弟が許してくれなかったんだよ……。なんで今日って部活免除なの? どっかでフけようとしたら弟が後ろから付いてきたよ。流されるままクラスにいったら、流れるまま体育館で開会宣言聞いてたよ。
選手じゃない奴は基本自由ですが、補欠を作っていないので、大体選択した科目に付いていくよ。格闘技に怪我はつきものだからね。いつ交代になってもおかしくない。
だから俺は体育倉庫にいる。
体育館の外に備え付けてある物置の隣の地面に、足を投げ出して座ってるよ。
体育館はあと閉会式しか使わないし、この先は行き止まりなので、人気無し。
持ち込んだゲームをやってるよ。青のタヌキなんかいらないよ。量産型汎用タイムマシンで一気に昼休みだ!
今日、生徒は色んな所で飯食ってるよ。
午後一の試合に間に合うように試合場で食べたり、学食や運動場、体育館で食べてる。
閉会式が終わったらそのまま解散なので、わざわざ教室で食べる奴の方が少ない。
だから俺は、屋上で食べてる。
今日は学食がめちゃくちゃ多い。そして何故か購買が早く開くんだよ。混雑嫌いだからね。早く行って買って屋上に来てます。黒縁はいない。
フハハハハハハ! 一人万歳! 個性に埋もれるのがベターなどと思うなよ! 孤独死上等! 他殺(姉)されるより全然いいよ。
ガチャ。
「……いないわ。おかしいわね? 上手く思考トレースできたように思ったのだけれど」
庇の上に隠れたよ。
まさか対姉ちゃん用緊急避難スキルが役に立つとは。
黒縁はそのまま周りをグルッと回ると、一度扉を閉めてから少ししてまた開いた。
「今の内に出てきた方がいいわ。手荒な真似はしたくないの」
違うよ絶対。俺のことじゃないよ。
「八神君」
弟の事だね、きっと。
黒縁は溜め息をつくとそのまま出ていった。
ここに来る時も歩き回る時も帰る時も、足音は全くしなかった。誰が教えてんの? そのスキル。
俺は戦々恐々としながら昼休みを終えた。
午前中と同じようにゲームをして午後も過ごす。午前中と同じ場所で。
また黒縁が突然エンカウントしたら困るので午後を過ごす場所は鉛筆サイコロで決めた。どっかのバカよろしく、「唸れ! シャイニングブレイカあああ!」って言って振ったら屋上が出た。シャイニングブレイカー?
俺は運より実績を取った。
チラチラ視線を上げながらゲームをするのは苦痛だった。……何故俺はセルフで拷問してるのん?
一際大きな歓声が聞こえてくる。恐らく決勝戦の決着がついたのだろう。がんばれ俺。あとちょっと。
ゲームに悪戦苦闘する(見た目)俺に誰かが近づいてきた。
黒い艶やかな黒髪をポニーテールに纏めた美しい女子だ。
午前中にクラスが負けたのか既に制服に着替えている。
美しさにも何通りかある。精緻な芸術品や美術品の様な物もあれば、日本刀の様に危なさを備えた物も。この女子は間違いなく後者。っべー。マジべー。
第六感がスタンダップ! と言うので、俺はゲームを止めて立ち上がった。尻尾は真っ直ぐ俺に向かってくる。
ナンパかな? って思った所で尻尾はポケットから携帯を取り出す。せんせぇー、授業に関係ないもの取り出してるよー。
尻尾は携帯と俺を見比べて声を掛けてきた。
「……あなた、二年の八神で間違いない?」
「違います」
俺はキメ顔でそう言った。
しかし尻尾は何故か納得したように一つ頷いた。
「本当に否定したわね……。あなたが二年の八神だって事は分かってるから、こっちきて」
うぇー。なんだよサボりばれたかな?
俺は女性に逆らう愚かしさを知っているので、大人しく言われた通りに尻尾に近寄る。
尻尾は嫌そうな顔をしてる。呼んどいて嫌がるとか理解不能。あ、女性ですもんね。仕方ないですね。
久しぶりだが、涙腺の防壁はキチンと荒波を防いでくれた。場数が違う。
尻尾は深い溜め息を吐き出すとこう切り出した。やめろやー。これ以上涙腺刺激すんなよー。
「……あなたが悪いわけじゃないんだけど、私も止むに止まれない事情があって……いいや、関係ないわね。とにかく先に謝っておくわ、ごめんなさい」
いや、サボってる奴が悪いだろ。
一瞬で。
尻尾は距離を零にし震脚。上がってきたエネルギーを無駄にする事なく肘に伝え、胸が陥没するのではないかという速度と威力の肘鉄を放つ。
一撃で意識を刈り取る肘鉄を俺はよけた。
尻尾の繰り出した肘鉄が俺の胸に触れた時点で、肘鉄の速度と同じ速度で体を後ろへ。
まるで二人の姿はブレたように見えただろう。
五、六歩下がる。ひぃー!
追撃してくると思われたが、尻尾はどこか呆然とした表情だった。少し、幼く見えた。
「…………あなた、なまえは?」
「八神健二!」
違うんだ弟よ。兄ちゃん悪気しかないんだ。
そこで尻尾はハッと意識を取り戻して表情を引き締める。
「八神。悪い事は言わないから、大人しくやられなさい。なるべく痛くないようにするから」
犯される。
尻尾がジリジリと詰め寄る。俺が詰め寄った分下がる。一気に距離を詰めないのは後ろへ逃がさないためだろう。俺の後ろはいずれ行き止まりだ。人気のない所ってほんと危ない。男性諸君気をつけて。
このまま下がっちゃジリ貧だ! だから俺は駆け出した。
後ろに。
「……ま、待ちなさい!」
呆気に取られた尻尾が追ってくる。しかし少し距離が開く。
ふふん。油断したな? 俺には秘策がある。我が国は法治国家なのだ。貴様のような暴徒を国が許すはずがない! くらえ俺の最終秘奥!
「たすけてええええ! ころされるぅううう!」
ワアアアアアアア!!
歓声が上がった。
うるっさいんっだよお! 近所迷惑を考えろボケナスども! ……なんてこった?! もう策がない!
俺は追い詰められた(文字通り)。
「観念しなさい。声を上げても無駄なようよ?」
俺は尻尾に聞きたいことがあった。こんな目にあってるんだ。尻尾には答える義務がある。
俺は怪訝な表情で尻尾に尋ねた。
「いまのセリフ、恥ずかしくない?」
尻尾は無言で突っ込んできた。
首から上がすっ飛ぶようなハイキック。俺はしゃがんでかわす。水色。嫌いじゃない。
後ろを抜けようとした俺に、蹴り足を入れ換えて後ろ中段蹴りが跳ぶ。顔面を狙ったそれを顔を後ろに反らしかわす。水色。何、只の確認。尻尾がバックステップで距離を空ける。
尻尾はどこか嬉しそうだった。
「……あなたが二年? そうだとしたら、私の目も節穴ね。……一年も見逃すなんて」
尻尾は呼吸を整えだした。
別に息が切れたわけではない。おそらく呼吸法だろう。いいか? 本気でいくぞ? ってやつ。
尻尾が距離を詰める為に前に出るのと同時に、俺も前に出た。
意表を突かれた尻尾の顔がすぐ前にある。顎を狙った左フック。さっきより速い。体を立ててかわす。尻尾も足を止め超接近戦。右側から拳の五連撃。それぞれ喉、人中、水月……って殺す気満々じゃねぇか!
掌を開いて拳を受け止め、そのまま引く事で威力を殺す。さっきの肘鉄をかわした動きと同じ要領だ。五回繰り返す。右手も加わり尻尾の回転率が上がる。……蹴りは?
時にいなし、時にかわし、尻尾の攻撃を避け続ける。
尻尾の足が跳ね上がる(よし!)。再びハイキック。俺は左手を防御に上げる。これを受けて距離を空けたらダッシュで逃げる。が、空中で軌道変わり下段蹴りに変化する。
脹ら脛を狙った一撃を足を引いて回避する。その勢いのまま尻尾は回転すると、上段後ろ回し蹴りを放つ。水色!……はっ。チャンスだったのに。コイツはさぞ名のある闘士に違いない。下着気にしてないしね。
俺はバックステップで大きく避ける。
「ちょこまかよく避けるわね? 大人しく当たれば一発で終わるのに」
エキシビジョンもそろそろ終盤だろう。なんぞ飽きたよ。終わらせるとしますか。
俺は最終形態になったフリ…尻尾様に、超えてる人(文字数OK)よろしく言ってやった。
「あててみろよ」
尻尾の表情が消える。余計な事言うんじゃなかった。
尻尾は俺から三歩の位置にゆっくり歩いて陣取った。俺様弁慶仁王立ち。
尻尾が浅く息を吸い込む。
一歩。軽い助走。
二歩。捻転された力を殺さず更に勢いをつける。
三歩。深く震脚し地面に罅が入る。最高速から零に、速度は全て威力に変換。逆突きの形で俺の腹へ。
途中で軌道が変わり俺の顎に叩き込まれた。
激しく視界が回転して頭から地面に激突する俺。
ワアアアアアアア!!!
一際大きな歓声が上がった。
流石に気絶したと思ったのか、警戒を解き息を吐き出す尻尾。
そのまま行ってくれぇ。知ってるー? 熊には死んだフリ効かないんだよー。つまり人間には可。
携帯を取り出して電話をかけだす尻尾。通報すりゃ良かったじゃん。
「……先輩。終わりました。今、何処にいますか? ……剣道場? ……ここはー、……待ってて下さい。迎えに行きます」
携帯をしまうと尻尾は振り返る事なく走っていった。
よいしょ。
さて、閉会式だな。
意識の統一が大事だ。
みんな分かっていたことだろうが、解り易くいこう。シンプルがいい。
女、コワイ。
これは世の摂理だから、何を今更! と思う人が多数いると思う。でも女性至上主義の方もいるでしょう? 育った環境が違うんだろうね。価値観の違いは否めないね。別に狙ってないですよ。へのつっパリィとかいらんとです。
閑話休題。
しませんよ。女性の生態から詳しく話していこう。
奴らは非常に獰猛で甘いモノを好む。ここら辺は説明の必要はあるね。まず、好戦的かつ直情的な奴らは攻撃をしかけてくる前に謝ったり、攻撃後にお礼を述べたりする。これだけでもう理解はできまい。そんな奴らも甘いモノを与えると偶に大人しくなったりする。過信はいけない。甘いモノも貴様の命も貰うぞ? と視線で問いかけてきたりするからだ。可愛い顔して小首を傾げるのが合図だ。間違えるなよ!
次に、奴らの使う言語は我々と似通ってるだけだ。勘違いしてはいけない。奴らの可愛いの基準はおかしい。イカレてる。稀にこちらの基準と一致するときがあるが偶然だ。お前のモノは吾が輩の、吾が輩のモノは吾が輩の、と空気中に気配を放つ時がある。「これ! おいしーね!」などとのたまうのが合図だ。盗られるなよ? 類義語に「……これ、おいしーね?」
があるが逆の意味を表す。目で判断してくれ。光が灯ってなかったら全力で逃げ切れ!
最後に、言うまでもなく奴らは生まれついての強者だ。ある魔法学校に通う兄妹なんて妹の方が立場が上だ。兄は従順を示すほかない。そんな強者な奴らだが、奇跡と云わんばかりの確率でおとなしい種が存在する。騙されてはいけない。二人きりの収納場でアナタは永遠の眠りを強いられる。詩の一節にもあるように、衆人監視のない所に行ってはいけない。例、弟。
コンコンと摂理を説いたのは、男子だけの武道大会で喜んでる奴らがいるからだ。
優勝は三年生のチームが締めている。番狂わせはなし。エキシビジョンで、無敗を誇る弟が指名されまくったらしいが、みんな知らない。おさげがチラつく。
体育館で集合がかかった際、尻尾と目があった。めちゃくちゃ驚いている隙に俺は自分のクラスへ。尻尾は俺のクラスと正反対の列らしい。露骨に視線を感じたからね、俺の目がチラチラ近い非常口に走ったのは仕方ない。
閉会と同時に逃げ出したよ。目立たないように競歩で。
……家に帰ってきたよ…………。
え? テンション? ナニソレ? ゲーム?
これまで女性の恐さは嫌という程身に刻んできたが、……まさか初対面の女の子まで襲いかかってくるなんて。あのマッド野郎、何回世界線越えてんねん。一秒毎に越えられたら堪らんっちゅーねん。お外は魔窟と化しました。安全な我が部屋へ帰ろう。女コワイオンナコワイ。
ガチャ。
玄関のドアを開けると、
「あ、お兄さん。お帰りなさい。お邪魔してます」
おさげちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「ひっ」
俺は叩きつけるようにドアを閉めた。
…………はっ! 違う違う。おさげちゃんは俺の周りでは、稀に少ない貴重で唯一の暴力を振るわない(俺には)女の子だ。俺の事が好きなのか、俺が寝ている所に抱きついてくるぐらいだ。事実だが?
俺は再びドアを開いた。
おさげちゃんは玄関先に突っ伏していた。
……なんだろう? 可愛いな! そうだよ! 女の子はこういうリアクションで頼むよ! バイオレンスからは何も生まれないよ。
さて、どうしよう。なんか思わず抱きしめたくなるな。後ろから抱きしめて唇を奪って弟から奪ってみようかな? どうしようそうしよう。
「あれ、香奈? ……何してんの?」
弟が俺の肩越しから覗きこんできた。
足音を出せ! 生きてる証だよ! 深夜に足音忍ばせるとかマジ困る。
「……あ、健二くん。おかえり……」
おさげちゃんは少し涙目で顔を上げる。弟が少し険しい顔で俺を見た。
誤解だ。違うよ。未遂だよ。正確には思考しただけだよ。
「…………いや、なんかお兄さんの反応に驚いちゃって……」
っさげ、黙ってろ。
試合後でアドレナリンがバシバシ出てる弟の周りには、薄く湯気が発ってるように見えた。闘気?
「……兄」
「あっ、違うの! ……只、やっぱりちょっと……似合ってなかったかな? って」
そう。おさげちゃんは今、髪をポニーテールにしている。思わずドア閉めちゃったよ。
尻尾との違いは、おさげちゃんの場合、首の後ろ辺りで纏めてる事だ。
「そんな事ないよ! 滅茶苦茶似合ってるよ!」
弟は処刑を留まってくれたようだ。おさげちゃんを必死にフォローする。
「ほんと似合ってる似合ってる! 家間違ったかと思ったもん!」
思わず襲っちゃう所だったもん。
俺はトラパーの流れを感じとり、この波に乗ることにした。
「……ほんとですか?」
涙目のおさげちゃんを弟と二人で宥め賺しながら弟の部屋に送った。弟が部屋に入る前に、「しばらく下にいるからエロっていいよ。二時間で足りる?」と聞いたら「兄ちゃん!」とテレていた。良かったよ。兄ちゃんで。新記録を打ち出せなかった俺は大人しく下に降りていった。
リビングには凝り固まった邪悪(姉科姉目)が鎮座していたが、俺は隣に座って一緒にテレビを見た。おさげちゃんが家の中にいたから予想はしていた。
「茶」
「はい」
「……あたしクッキー飽きたな、辛いのないの?」
「お煎餅でよろしいでしょうか?」
「お前に飽きたな」とか言われないよう、俺は甲斐甲斐しく世話をやいた。
二人でバリバリお煎餅を食べながらテレビを見た。最後の一枚は当然手をつけない。俺はガスが充満してる中を煙草を噴かせながら歩く趣味はない。死の商人じゃないからね。
「……ちょっとトイレ」
「代わりに行って参ります」
「まてコラ」
あががががががががが!
「代わりに行ってどうすんのよ? 普通に順番待たなきゃいけないじゃない」
そう言うと姉は限界が近かったのか俺を放り捨てトイレへ。
少し頭の形は変わってしまったが、タイミングが良かったのか被害は軽微だ。
茶髪は言わなかったのに、うちの姉は言うんだよ。
姉は戻ってくると少し首を傾げた。
「…………何してたっけ? 折檻かな?」
「お姉様はテレビをご鑑賞中であらせられました。お茶のお代わりは?」
なんだよその戦争かな? みたいなノリは!
姉はコクコク頷くとソファーに座り湯飲みを突き出した。俺は跪いてお茶を注いだ。
「やっぱりカフェオレが飲みたいわ。豆はキリマンジャロにして」
「畏まりました」
俺は急いで台所に走った。
今日は両親は二人で呑んでくるそうだ。絶対権力者の姉には逆らえない。
あれから三時間経つが弟は降りてこない。
孤立無援の状況で俺は孤軍奮闘を続ける。えーと、雑巾雑巾。
雑巾に手を伸ばしかけた所で後ろから殺気が吹き上がった。俺は手を引っ込める。
「それが終わったら、お風呂を掃除してお湯を張りなさい。そろそろ入りたいから」
上は天国。下は煉獄。な〜んだ? リアル。
「……あれ? 返事がないわね。じゃあ屍にするわね」
「直ぐにご用意致します。しばしお時間を」
こんな感じで執事とお嬢様ごっこを続けた。執事物が流行る理由が俺にはわからない。