乙女、語らう
決定的ではないけれど私の友達がピンチです。
混雑して溢れ返る食堂で、私と恵理は窓際の二人掛けの席に座った。
先程から恵理は券売機の方ばかり注視していて、トレーを持ったままぶつかりそうになったり、明らかにキープしてる席に座りそうになったりした。
漸く席に着いたのに、恵理は食事もせずにキョロキョロしてる。お腹減ったよ。
「恵理。……多分、彼、今日はパンなんじゃないの? 私達もご飯食べよ。昼休み終わっちゃうよ」
「…………うん」
ガッカリした顔をする恵理に私は一つ溜め息を吐き出す。
私は日替わりのA定食に、恵理は海老天饂飩。
正直、意外だ。恵理は基本洋食を好むので、ペスカトーレかB定食辺りかと思っていた。
私のA定食はサンマの塩焼きがメイン。
普段は私達は弁当グループなので食堂は利用しない。
恵理もどういう基準かは分からないけど、毎日食堂で食べているわけじゃない。基本はお弁当。
それでも今日食堂に来たのは、運が良ければ八神君と相席できないかと思ってだ。
恵理はてっきり一人で行くかと思っていたが、明日は付いてきてほしいと言っていたので、昨日二人で明日は食堂で食べようかと夜に電話で話して決めた。
理由は莉然さんだろう。
一昨日の放課後、一向に戻ってこない八神君を恵理は心配していたが、私に言わせればサボりだ。特に病弱なようには見えないのに、彼はチョイチョイ学校を休む。
私は保険委員なので、保健室の利用履歴を調べたり出来るけど、八神君の名前は一度も見たことない。つまりいない時は堂々とサボっているんだろう。
そんな八神君が戻ってくる前に、莉然琉那が私達のクラスを訪ねてきた。
朝も少し覗いていたが、直ぐに帰ったのでそれ程騒がれなかったが、問題は昼休み。
「あ、君。このクラスって八神のクラスだよね?」
莉然さんは扉の近くにいた男子に話し掛けてきた。男子は少し緊張気味に答えていたが、莉然さんはニコニコしていた。
彼女はその見た目から、よく言えば気さく、悪く言えば軽いと見られている。あの髪の毛は地毛だそうだ。
莉然琉那。我が校が誇る頭脳だろう。私達が新入生として入学式を行った時の代表。今まで一度もテストの結果で一番を譲った事のない、二年の超強者。テストの順位は貼り出されるが、そこに点数は載ってないので、常に満点を取っているとの噂もある。
その容姿も、顔は綺麗だしスタイルもいいし、制服もオシャレに着崩されていて隙がない。男子が騒ぐのも分かる。
しかし、莉然さんは去年の冬ぐらいから学校を休むのが目立ってきた。
私が前に見た時も、気さくというよりバッサリで、話し掛けてはきても話し掛けられたら無視、みたいな印象があった。雰囲気変わったような?
八神君が多分食堂だと聞くと、「そっか。ありがと」と言って廊下の端で待ちだした。手には紙袋を下げている。やはり変わった気がする。私の勝手な印象だが、クラスの中で誰の席でもいいから勝手に座って待つような人だと思っていたから。
話し掛け易いと思ったのかクラスの男子が声を掛けている。
それに丁寧に答えつつも、やんわり拒絶を内包していて、話は長く続かない。露骨に番号を聞くも断られる奴もいた。衆目があるので余り強引には出れないのだろう。大人しく下がっていた。結局、八神君は戻ってこず、莉然さんも自分のクラスに帰っていった。
私の親友は食べかけのお弁当の前で、「え? なんで? え? だって? ……え?」と挙動不審になっていた。とりあえず落ち着いて弁当食べな。
莉然さんは放課後も来た。八神君の鞄を確認すると、昼休みと同じポーズ同じ場所で待っている。わー、なんか健気〜。
気になる人は多いのか、直ぐに閑散となる放課後の教室なのに半分以上が残ってる。よそのクラスの奴らもうちのクラスの前を行ったり来たりしてる。私の親友もその一人だ。
私はもう帰りたかったのだが、親友が袖を掴んでいる。逃げらんない。
諦めてしばし待っていると八神君が帰ってきた。莉然さんが嬉しそうに話し掛けている。今までも笑顔だったが、今の笑顔の方が断然魅力的だ。
話の内容は大分想像を掻き立てられるものだった。まぁ、私達の年齢じゃ不思議じゃないよね。私はまだだが。
チラリと親友を見ると、口をパクパクさせていた。
他の友達から下駄箱で番号とアドレス交換をしていた事を聞いた。
恵理には悪いけど、これは確定ではなかろうか? 前からいい関係だったら、葵乃上の告白を断ったのも分かるし、アレが原因でつき合い出したのも納得はいく。私だったらつき合ってもないのにアレはしないけど。
次の日、八神君は学校に来なかった。
すわっ、お泊まりか?! なんて思ったのは私だけじゃないはず。でも莉然さんは普通に学校に来てた。朝、教室を覗きに来てた。
恵理は朝からキョドキョドしてた。返ってくるテストも気にならないらしい。私には死活問題だ。お小遣いの額が決まる。八神君のおかげで数学が滅茶苦茶良かった。思わずお礼を言った程だ。恵理が泡を食ってた。
その日の夜に恵理と電話でお喋りした。最後に明日一緒に学食で食べない? と言われた。そっちが本命だったのだろう。
「お母さーん。明日、私お弁当いらなーい」
私は了承した。
しかし、昼休み前の自習で恵理の聞きたいことを、代わりにクラスの男子が聞いていた。正直、聞き耳を立てていたのは私だけじゃないはず。
八神君に話し掛けた男子も、一昨日、莉然さんと喋っていた男子だ。もしかして惚れたんだろうか?
それでもお昼ご飯は持ってきてないので、恵理と連れ立って食堂にきたのだが、八神君は今日は食堂じゃないらしい。
「良かったね? 彼女じゃないってさ」
「…………うん」
話し掛けても恵理は上の空だ。気になってる事は分かる。彼女じゃないと分かった時の恵理はホッとしていた。八神君が誤魔化している可能性もあるんだけど……。
「恵理も番号とアドレス交換したら?」
「……えっ?! だ、誰と? む無理……、だって露骨過ぎっていうか……」
やっぱり。気になる点はそこだったか。相変わらず気持ちが悟られないようにしてるね? でもこのままだと押し切られちゃうかもよ?
奥手で計算高い友人に私は助言を与えた。
「図書委員の連絡事項伝えるのに不都合だからー、とか言えば?」
私の助言に恵理は天啓を得たとばかりにハッとし、少し考え込んで細かくウンウン頷いていた。
どうすることに決めたのかは分からないが、食事を終えた私達は席を立った。そこで、
「亜丞先輩。こっち、二人掛けの席空いてますよ」
「ええ。ありがとう蕪沢さん」
私達の席の隣の席に、我が校の有名人が二人腰掛けた。
一人は蕪沢椎名。私達と同じ学年で『武神』と呼ばれている人だ。最初は大袈裟なと思っていたが、闘う姿のその圧倒的強さと美しさは思わず息をのんだ程だ。
もう一人はもっと有名かもしれない。
亜丞麒絵。芥川賞と直木賞を受賞した経験のある、最年少女子高生作家。その容姿と変な言動は常に周りの人を惹きつける。
…………。
「マキちゃん?」
はっ! ヤバい思わず見入っちゃった。だって二人とも綺麗で滅茶苦茶絵になるんだもん。
二人は今も注目の的になっているが、慣れているのか気にせず食事していた。でもジロジロ見るとかマナー違反よね?
私は反省して、恵理の後を追って食堂をあとにした。
今日も違った。
いつも通り『お願い』してきた相手に丁寧にお断りをして、食堂に向かった。
いつもは教室で友達とコンビニで買った昼ご飯を食べるのだが、少し寝坊してしまいコンビニに寄れなかった。
仕方ないので先に食べて貰い、私は『お願い』を断って一人食堂で食べる事にした。
もう誰も並んでいないだろうと思っていた券売機の前に、ここで見るのは珍しい人を見つけた。
「亜丞先輩?」
思わず疑問系になってしまう程、この人に学食の食堂は似合ってなかった。
そもそも先輩は小食で、昼はゼリーやカロリーメイトで済ますことあるらしい。
「あら、蕪沢さん。こんにちは」
「しっ……一人ですか? ご一緒しませんか?」
思わず「食事ですか?」と聞きそうになってしまった。それはいくらなんでもない。ここは食堂だから。
「そう? ありがとう。私も一人になってしまったから少し寂しかったのよ」
これも意外だ。この人は一人を好む。寂しいなんて初めて聞いた。
私達は券売機で食券を購入し、カウンターで商品と交換して席を探した。丁度席を立った二人組の隣の二人掛けが空いていたのでそこに座った。
注目は凄いされていたが、今更だ。煩わしく思ったが、今は先輩と一緒なので顔には出さない。
私はA定食。先輩はおにぎりだ。……おにぎりだけ頼む人を初めてみた。
「さっき一人になったって言ってましたが、お弁当忘れたんですか?」
何の気もなしに、食事中の話題として聞いてみた。実際、私はそうだし。
「一緒にここで食べようとしたのだけれど、振られてしまったわ」
それを聞いて少し驚いた。先輩の誘いを断れる人がいるとは。
「友達ですか?」
「……そうね。この前、初めて会った男の子だけれど、友達というのかしら?」
……本当に、驚きには事欠かない人だ。余り深く掘り下げないほうがいい話題だろう。私は適当に返事して会話を切った。
先輩はおにぎりを箸で切り分けて食べている。もうおにぎりじゃない気がするが、食べ方なんて人それぞれなので気にしないことにした。
黙々と食べていたら、先に食べ終わった先輩が話し掛けてきた。
「蕪沢さんにお願いがあるのだけれど……」
「……お願いですか? 私に、出来ることなら」
一瞬『お願い』かと思ったが、考えすぎだろう。少し恥ずかしい。
「ええ。……蕪沢さんが適任だと思うわ」
「何ですか?」
「とある男子生徒の意識を少しの間奪って欲しいの」
噴くよう醜態は晒さなかったが、少し喉に詰まった。何を言い出すんだろうか、この人?
私の返事がない事を勘違いした先輩が噛み砕いた言い方で言い直す。
「ぶっ飛ばして気絶させて欲しいの」
私は周りを見渡した。人聞きが悪いにも程がある。幸い、もう昼休みも終盤で人は少なく、近づき難いからか周りの席に座ってる人はいなかった。
私は先輩に視線を戻す。
「お断りします」
「駄目かしら? いつもやっていることでしょう?」
いつものは合意の元にやっている。襲いかかれば暴漢だ。私は別に暴力を振りかざしているわけじゃない。
断固として拒絶を含めて、私は無言で首を横に振った。
「……そう。残念ね」
そう言うと先輩は、立ち上がり私の隣にきて耳に口を寄せて囁いてきた。
ごにょごにょごにょごにょ。
うわっ?! 何で先輩がそんな事知ってるの?!
思わず上げかけた悲鳴をすんでの所で呑み込む。青い顔の私に先輩が言った。
「後で詳細はメールするわね? それじゃあ私は先に教室に戻るから。お昼、一緒に食べれて楽しかったわ」
憮然としていた私だが否やはなかった。そして一緒に食べているのに先に帰るとか、マナー違反だ!
私は残りのご飯を食べつつ、何が残念なのかを知りたかった。