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蕪沢の探し者



 つまらない。



 高校に入れば何か変わるかと思っていたが、そんなことはなかった。


 周りからの視線も掛けられる声も、相も変わらず煩わしい。


 返ってきた答案用紙を見ながらクラスメイトが談笑している。もう既に配られたテストの結果表に目を落とす。クラスで二番、学年で四番。自分の成績も他の奴の成績も大して気にはならなかった。


 それでも真面目にテストを受け……いや、学校に来ているのは、元来の気質だろう。与えられた仕事をこなしているだけだ。恐らくずっとこうなのだろう。


 自分のテストの成績が書いてある紙をゴミ箱に捨てると、第一武道場へ向かった。試合して欲しいと言われているからだ。


 自分が『武神』なんて大層な渾名を付けられているのは知っている。その事自体に文句も興味もなかったが、実は武道自体にはそんなに固執しているわけではない。只、それ以外の判別方法がないだけだ、私の探し人の。







 自分で言うのもアレだが、幼い頃の私は傲慢だった。……それは今も変わらないか。それでも、今よりもっと不真面目だった。

 何でも出来たし何でもやれると思っていた。


 学校の勉強は退屈を極めた。教科書は数日で読破してしまい、教えられる内容は既に知っている事ばかり。教えられる方も教える方も退屈な奴らだ。私は直ぐに学校に行かなくなった。意味がないからだ。


 両親の説得で進級できる日数だけ登校したが、正直、苦痛で仕方なかった。


 武道に携わってたのも崇高な精神を磨くためじゃない。其処では大人と平等に交流できたからだ。子供同士では直ぐに相手がいなくなった。


 一年も経つと、通っていた道場に敵はいなくなり、つまらなくなったから辞めた。

 その後色々な格闘技の道場を回ったが、中々面白いと思える物はなかった。


 最終的に流れ着いた道場は、細々と古武術を教えている所で、闘い方が私に合っていた。


 退屈な日々からの脱却。ここで教わる術はそこそこ面白かった。


 ここには普通に近所の子供も通っており、毎日の手合わせ相手は、何故か同い年の子供からだった。

 私はそれが不満だった。どうせやるなら、最低でも高弟か師範代クラスが良かった。師範にはまだ勝てなかったが、それも直ぐに追い越せるだろうと軽く見ていた。なんて愚か。未だに師範には勝った事がない。この頃の私の武道は趣味でもなく、暇つぶし感覚だったから仕方ない。思い出すと顔が赤くなってしまうが。


 ここの子供は他の道場の子供と違い泣かなかった。闘いやすくはあったが、歯ごたえの無さは同じなので私は気にしてなかった。




 そんなある日。道場に老人が訪ねてきた。


 師範の古い友達だとその老人は言ったが、師範は明らかにペコペコしていた。初めて見る師範の態度に私は少し驚いた。


 師範は六十代だが、常に纏っている覇気と柔らかい笑顔で凄みのある人だった。

 対してその老人は、どこにでもいるゲートボールとかしてそうなお爺さんだった。

 年がどう見ても師範より十は上なので、それで敬意を払ってるんだろうと思った。


 そのお爺さんが言うには、他流試合をさせたいと二人の子供を連れてきていた。


 二人とも私と同じくらいの年齢で、一人は物珍しい気にキョロキョロと周りを見渡し、一人は………………なんだろう? 目が死んでる。


 師範はそれに快諾し、今日の修練は他流試合になった。

 私は少し戸惑っていたが、よくある事なのか他の弟子はサバサバと試合の準備を始めた。


 試合は総当たり戦とよくある物だが人数が違う。こっちは二十人以上いるのにあっちは二人だ。お爺さんは参加しないらしい。私は大丈夫なのかと首を捻っていた。


 第一試合は私から。勿論希望してだ。余り期待してた訳じゃなかったが、後の方でヘロヘロの相手と闘るのもゴメンだからだ。


 兄弟らしい二人の兄の方から闘った。拍子抜けする程キレイに蹴りが決まり、秒殺で幕を閉じた。


 しかし弟の方には負けた。これには驚愕した。


 その後の試合も兄は全て負けていたが、弟は師範代とまで良い勝負をするに至っていた。この時初めて師範代がまだ自分との試合に全力じゃなかった事がハッキリした。更に驚く事に、弟は自分の一つ下だというではないか!

 私は弟に興味を持った。


 次の日また来た兄弟は、今度はいつもの修練『自由組み手』に参加した。一番最初は同い年の子と。私は年が近い事を理由に弟と組んだ。


「ねえ。学校行ってておもしろい?」


 私は蹴りを放ちながら話しかけた。弟は少し警戒しながらも真面目に答えた。


「たのしいよ。ともだちもいるし」


 その返答に私は怪訝な表情になった。この子の周りには同じレベルの子がそんなに沢山いるのだろうか?


「わたしはつまんない。だって退屈だもん」


 私の急所突きを流して、弟が私のお腹に掌底を入れる。威力のないものに見えたが、体がタワむ程強く膝をつく。

 顔を上げると弟はまだそこにいて、


「『たのしい』は人それぞれだって兄ちゃんがいってた。だから『たのしい』を見つければいいよ」


 そう言った。


 私にもあるのかな。


 その後は、弟は高弟達と兄は子供達と組み手を取っていた。私は初めてノックダウン。道場の端から眺めていた。


 兄は本当に弱く、バシバシ技を決められてアチコチ飛ばされていた。私にもう少し見る目があったなら、そこまで技を決められて何故動けるのか不思議に思ったはずだ。私はノックダウンしたというのに……。


 兄の方に動きがあったのは、お爺さんと一本とると言われてからだ。兄の目に初めて意志が宿っていた。


「なんぞ怠けちょるからな。渇を入れちゃるわい」


 そう言ってお爺さんは笑っていたが、明らかに年寄りの冷や水だ。でもあんなに弱い兄の相手には丁度いいかもしれない。


 何故かお爺さんと兄の試合を全員で観戦することになった。師範はめちゃくちゃ焦っていた。弟子を全員壁際まで後退させ非常口を全て解放した。いざとなったら外に出るよう言われた。


 痺れて動けない私に弟が近寄ってきた。


「いざとなったらボクがはこぶからだいじょうぶ」


 弟は申し訳なさそうな顔をしていた。何が?


 師範が他の子供の前に立つと、道場の中央にお爺さんと兄が進み出てきた。


 これから起こる試合を私は生涯忘れないだろう。それ程衝撃的で、これからの私の性格に多大な影響を及ぼしていた。


 先手は兄。


 構えるでもない両者は、二人ともリラックスしていて自然体だった。


 変化は突然起こった。


 いつ始まるのか? そう思った矢先、


 兄の体が掻き消えた。


 一瞬でお爺さんの横に出現したかと思うと、手が霞んでみえる程の連撃を繰り出した。

 お爺さんも何でもないかのように迎え撃った。


 ガガガガっと人体が出す音じゃないだろうと思う破砕音が響く。どこからか吹く風が道場に吹き荒れる。


 信じられなかった。自分の中の常識がハッキリと割れてしまった。くだらない、ここまでしかないのだろう、そう決めた自分の枠の外を軽々と越える存在が目の前にいるのだ。


「くたばれクソ爺! 貴様に事故という名の引導を渡して俺は自由を手に入れる!!」


「子供は元気が一番じゃわい」


 会話は聞こえたが、姿は途切れ途切れだった。何故天井や横壁に穴が空くのか分からなかった。恐怖で震えた。こんな間近に化け物がいる。それも自分が弱いとくくった中から現れたのだ。


 同時に歓喜で震えた。なんて私は小さかったのだ。この化け物共はそう思える存在でもあったからだ。


 夢中になって見入ったが、実際は十分にも満たない時間だったろう。


ズタボロになった兄が道場の中央に出現した所で、試合は終了となった。


「……み、みて。……でぃ、でぃーぶい……の現場…………だ、よ? ……だれ、か……けい」


 本当に兄は理解しがたかった。


 気を失った兄を弟が担ぎ上げて、お爺さん達は帰っていった。

 何故兄は弱いフリをしていたのか師範に聞いたら、


「脅威に思われなかったのでしょうね。彼にとっては赤子がじゃれつく様なものだと。……性格面の問題もあるでしょうが」


 そう苦笑していた。


 私は怒った。


 私も子供と手合わせは嫌だったが、手を抜いた事はなかった。今までの自分の態度に思う所はあったが、目先の怒りをとにかく相手にぶつけたかった。


「わたしと勝負して!」


 次の日も飄々と出てきた兄に驚いたが、怒りが断然勝っていた。


「いいよー」


 その軽い言い方にまたイラっときた。


 その後の試合は全部私が勝った。危険な程に技が決まった。常に全力でぶち込んだ。なのに、


「「ありがとうごさいましたー」」


 一日中、私と試合をしたのに、兄は平気な顔で帰っていった。

 私は常に全開で飛ばしたので、呼吸が荒く道場に横たわり、どちらが勝者かといった所だった。


 私は泣いた。


 悔しかった。兄の目には私の存在など入ってなかったのだ。自分が今まで他人にそうであったように、兄には私は有象無象の一人なのだろう。


 この時から私の他人への接し方が少し変わり、学校に真面目に行くようになった。


 あの兄弟が稽古にきたのはその日が最後で、名前を聞いておけばと後悔した。







 空手着に着替えていたので、今日の告白相手は空手家なのだろう。


 私も空手着に着替えるため、更衣室に入る。


 ……なるほど。今日はそういった相手か。


 私は無造作に隠されていたカメラを掴みだす。が、これは囮だろう。反対側から見つけにくくされたもう一つのカメラも引きずりだした。


 カメラのデータをペキッと折り、ついでにカメラも握り潰した。


 何も珍しい事ではない。私は男子に純粋な好意が半分性欲が半分ぐらいの割合で告白されてると思ってる。友達に言わせると周りの視線に無頓着すぎるのが原因だそうだ。


 告白もしつこい奴から危ない奴とピンキリだ。一々丁寧に潰すのが面倒だったから、「勝ったら私の体を好きにしていい」と公言している。流石に痛い目をみた後は干渉も減る。


 空手着に着替えて更衣室を出る。

 観客は多く、女子男子半々といった所。


 この『お願い』男子が多いが……稀に女子もいる。

 野良試合でも私は構わないが、学校側から武道場でやれと言われている。流石に喧嘩を黙認は出来ないが、ここで闘えば試合といった体裁を取れるからだろう。

 最初は着替えるのが面倒だったが、友達から絶対やめろと言われたので渋々着替えてる。すぐ終わるのに。

 お陰でこういう覗きも増えた。空手着を着た男子は少し嬉しそうだ。カメラをどう使うつもりだったんだか……。


「お願いします!」


 中央で礼をする。


 構えると早速といった感じで飛び込んできて、私の胸目掛けて順突きを突きこんできた。警戒も何もなし。

 一応黒帯だが、とても実力者には見えない。にやけた面に嫌悪感が湧いた。


 カウンター気味に逆突きを鳩尾に叩き込んで離れた。一秒でも近くにいたくなかった。勿論掠らせもしなかった。

 周りは直ぐ終わってしまった事に少し不満があるらしいが、不満の声は痙攣する男にしか上がらなかった。


 再び制服に着替える。この事は学校に報告しておこう。


 高校に入った頃は、何処かに似たような存在がいるのではないかと、格闘系の部活を総ナメにしてしまった。少し反省している。相変わらず勉強はツマラないが、そこそこ『楽しい』を幾つか見つけた。世の中凄い人は結構いる。


 特に強い人を探すのは楽しい。探してるのが強い人なのかどうなのかは……少し判然としないが。


 知らない人に馴れ馴れしくされるのは煩わしい。それなら冷たいと思われても構わない。知り合いがいないわけではない。


「蕪沢さん。また勝ったのね」


 廊下で向けられる視線を疎ましく思っていたら、知り合いの三年の先輩に声を掛けられた。


「亜丞先輩。部活ですか?」


 この黒縁の眼鏡をかけた綺麗な先輩も、凄い知り合いの一人だ。


「ええ、勧誘よ。入部届けを書いて貰おうと思って、探しているのだけれど……」


 少し困った顔をしている。勧誘なのにもう入部は決まっているのか。


「どうかしたんですか?」


「……蕪沢さんは、八神健二君って知ってるかしら?」


 知っている。一年でもの凄い目立っている子だ。選択の空手で無敗を誇るとか。本当なら手合わせ願いたい。


「知ってますよ」


「顔も分かるかしら? 良かったら私に教えてくれないかしら?」


 その言葉に驚いた。亜丞先輩が男子に興味を抱くのは珍しいからだ。


 一年の教室に案内し、トランプをやっているグループを目線で示した。


「あれです。今、女子のカード引いた子」


「……そう」


 先輩はそう言うと、既に興味を失ったのか、流れるように歩きだした。私も後に続く。


「他に、八神健二君っていないかしら?」


「……多分、いないと思いますよ」


 いたら話のタネになりそうだが、そんな話は聞いた事がない。


「そうよね。……ありがとう。付き合わせてしまったわね」


 そう言って先輩は自分の教室に戻っていった。


 私は職員室に行く。


 ……今日の相手も違ったな。


 強い相手と闘うだけなら、道場で師範と闘りあえばいい。だから強い相手を求めてるわけじゃないと思う。


 でも探してる。


 あれからこの街の道場を虱潰しに探して回った。私の思う『強い』相手はいなかった。私は『強い』のだろうか?


 あれから九年経つ。確かめたい。




 願わくば、あの恐怖と歓喜をもう一度。

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