八神さん家のめんどくさがり
ばっちりだ。
奴は気付かずにやってくる。長年掛けたこの罠に隙はない。幾度となく犠牲になってきた就寝具の仇を、今日とれる。
バタバタと足音を響かせて奴が上がってくる。それが貴様の十三階段になるとも知らずに。
「もう、兄ちゃん! いい加減にしとけよ!」
荒々しく扉を開いて入ってきたのは弟というカテゴリーよりマーダーに入るのではないだろう健二くんだ。これから兄の偉大さを知ることになる。
「毎日、毎日」
グチグチと呟いてこんもりと盛り上がった布団に歩み寄る弟。そしていつものように、兄が引っ付いている布団を剥がした。しかし出てきたのは既に制服姿の兄だ。
「おらあ!」
「ぐっ?!」
渾身の一撃をがら空きのボディに叩きこんでやった。理由は兄より優れてないことの証明だ。
「な、なんで?」
バサリと布団が落ちてきて健二くんに被さる。
「男子高校生流、朝の挨拶だ」
え、知らない? うっそ、遅れてるぅ。
こんもりと地面で丸まった布団を部屋の隅に蹴り転がす。いつもそこにあるもんね。他意はないかんね。
カバンを引っ付かんで部屋を出る。パタパタを廊下を降りてリビングへ。今日も元気ないアンデット(姉)がテーブルの放置されている。もうやだこの家。
「あらぁ? お兄ちゃん、健くんは?」
「ああ、眠くなったのか俺の布団被って寝てる」
「あらぁ。でもそういう日もあるわよねぇ」
そうそう。だからこの誰かの朝食は俺が頂いておこう。エコの精神で。
目玉の形を模した卵黄と白身を貪り、焦げつくまで焼いた小麦粉を練って型に無理矢理押し込んだ発酵物を噛みきり、泥水に白濁とした物を垂らした飲料を啜る。
円環だか循環だかの理を断って今日も生きていく。
「…………あんた……めずらしい……わね?」
うわ喋ったよこの置物。
「約束あるから」
ガバッと起き上がるホラー。やめてくんない。そういうの夜にやってくんない。
「……誰? どんな約束?」
お約束とばかりにこちらの手首を砕きにくるホラー娘。掴まれた状態じゃコーヒーが飲めない。反対の手を使おう。解決。
「四十ぐらいの壮年の紳士と」
「あ、そ。なーんだ。あ、お母さん、あたし今日はご飯に納豆」
「はーい」
四十歳の外人と朝から会うというのに心配されないっていうんだから、うちの家庭はどうなってんだろね、ほんと。
なんかおかしくなって笑みが浮かぶ。
時計をチラリ。よし、遅刻だ。流し込むように残り口に詰め込んで咀嚼する。残したら誰に食われるかわからないからね。
「あ、あんた。今日はいつ帰ってくる?」
「ん? んー……」
その問いには答えず席を立つ。カバンを担いで玄関へ。
「ねー、いつー?」
しつこさなら不死者も顔負けだな。我が家の保菌者は。
「早く帰ってくる」
なんせ、それだけが出掛ける時の楽しみですから。
靴を突っ掛けて扉のノブに手を懸ける。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
重たい気持ちと軽いカバンを引きずって、俺は今日も学校へ行く。
短い話をダラダラと投稿する作者につきあってくださり、ありがとうございました。
本作は終わってしまいますが、またどこか別の作品でお会い出来れば嬉しい限りです。
バイバイ




