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めんどくさがりと莉然 2 救い上げる



「『確定視』と、我々はそう呼んでいる」


 何が?


 国道の方向を聞いているのに話の通じないオヤジだな。女子高生さらっちゃうぐらいだもの。なにそれ強い。


 不思議と落ち着いてるオヤジとは対象的に、小脇に抱えた茶髪が震え出す。雪山だもの。一面白いし。脚を出してるからそうなる。ほんとありがとうございます。


 しかし、そんな気持ちも茶髪の表情を見て霧散する。


 ……真っ青なんだけど?! なにそれ大丈夫。


「……や、めて……やめ……」


 え、うん。ごめん。


 そっと茶髪を雪原に降ろす。よく見ると雪かと思ったら白い岩のような地面だった。騙された。なんでそういうことすんの。


 男性恐怖症の気があるらしい茶髪。これで茶髪の様子も良くなるかと思いきや、カタカタと細かい震えは止まらず髪を巻き込んで耳を塞ぎ出す。


 お、おう。大丈夫?


「……その能力は『言魂』に匹敵する神へと至る力だ。予測される事象……いや本人にとって都合のいい未来の事実を『確……」


「やめてええええええええ!!」


「了解」


 一足跳びにオヤジへと詰め寄る。


 初手全力だ。


 オヤジの顔面へと拳を放り込む。ガンという鈍く低い音が響く。とても人を殴って出るような音じゃない。しかも微動だにしないところを見るにロリ子的な能力が働いているのかもしれない。


 構わず連続で殴る。


 皮が裂け血が舞い指が潰れる。


 どうでもいい。


「……『確定』へと導く。運命という物がもし存在するとしたら、それを自由に操り決定せしめる物だろう。過去に発動経験があるようだな。そうだ――」


「……あ、あ……あ……」


「――君が、そう決めたんだ」


「あ。あああああああああああああ!!」


 全然ダメ。固いなんてもんじゃない。オタクなんでできてるの?


 その青い瞳は俺を映さず茶髪へと注がれている。目の前で拳から血を飛び散らせる俺には一瞥もくれない。


 ならこうだ!


 バックステップ一番、茶髪の下まで下がる。


 髪をクシャクシャとかき混ぜながら踞る茶髪の頭を両手で挟んで持ち上げる。うへえ、涙と鼻水で凄い。


「ああああああああ!」


「うるさい」


「あ?!」


 ゴスッと鈍い音を響かせて茶髪の額にチョップを入れる。白目を向いて茶髪の酷い顔が更に酷くなった。なんて酷いことを?!


「うわ、ひど」


 同感だ。


「……ふむ。合理的な判断だ」


 呆れるような視線を向けてくる悪霊と違って、オヤジはあくまでこっちを見ない。パタリと閉じた手元の本がかき消える。


「しかし無駄な足掻きだ」


「うむ。毎日のようにやってますが?」


 むしろ足掻けないと直ぐに死ぬ日常にいるので。


「一鬼がどういう思考を元に行動しているのかは読めないが、もはや終わっている。そこの彼女は既に手中にある。この均衡を打破せしめる能力は、彼女の帰る場所を奪うだろう。我々以外を求めたとて目的を達しているのだ。意味はない」


「お前、あれだ、めんどくせーな?」


 なんだその話し方。友達いる? 俺はいない。


「理系っぽいこと言いやがって。文系クラスに行くしかなくなったじゃねえか。返せ俺の将来。きっとあったハーレムルートを!」


「うわぁ……」


「おい悪霊。お前それしか台詞言ってないからね? やめてくれるそういう誹謗中傷」


 もはやゴミを見る目の悪霊に正当な権利を主張していると、オヤジと悪霊の姿が薄い霧に包まれるように、白い空間へと溶け込みだした。


「君達はこの空間から出れない」


「こういうとこはな、意外とデカい声を出せば出口ができ……」


「そして鍵は私しか持っていない」


 話を聞かない奴め。


 全力で殺気を放つ。


 流石に目を反らせなかったのか、ようやくオヤジと目が合う。


 指を突きつけてニヤリと笑ってやった。


「吠え面かきな」


「覚えておこう」


 その問答を最後にオヤジと悪霊は消えてしまった。


 まあ幽霊だし。


「…………よし」


 帰えんべ。もう疲れたよ。旅行ってこんなに長かったっけ? 二年は旅行してた気分だよ。


 茶髪の下に歩み寄ってその体を引き起こす。


 寝ているようなので八神家方式で起こしてやることに。


「お・き・ろ・茶・ぱ・つ・こ・の・や・ろ・う」


「い、な?! たっ、や、め!」


 右頬を張れば左頬に裏手を。右頬、左頬、右、左、み……。


「痛いってんでしょ?! やめてよ!」


「へび?!」


 クロスカウンター気味に俺の左頬に拳が突き刺さる。平手は愛だが拳は憎だと思うよ。


 互いに頬を張らした男女が見つめ合う。愛憎があるのに色恋に発展する様子はない。不思議。


「なあ、茶髪」


「……なに? つーか超いたい」


「助けてくれ」


「君、何しに来たのよ?!」


 ははは、それが俺もさっぱり。ロリ子に脅されて仕方なくといったら今度は左頬も腫れそう。


「大体なんだお前、姫か? 姫ってキャラか? 百歩譲ってギャルだわ。お前が連れ去られたら配管工も助けに行かないわ。仕事優先ですわ。弟の派遣に待ったなし」


「とう」


「べし」


 無事に俺の左頬も腫れることになってペアルック。付き合ってもないのに止めてくれる?


 溜め息を吐いて、未だに目尻に涙を貯めた茶髪の頭を荒々しく撫でる。ギロリと睨まれた。全然ポッてならないんだけど。なにこれイカれてる。


「……お前なぁ、あんな奴の言うことを真に受けんじゃねえよ」


「で、でも! ……だって」


「そんなんだから毎回変な奴らに着いてっちゃうんだよ。あれか? 幼児か? 頭カラッポか? 成績大丈夫か? 進級も危うい」


「だ、大丈夫、な筈?」


 不安なところでもあるのか、茶髪の視線が流される。よしオッケー。流されてくれた。このまま話題を変えよう。


「じゃあ、茶髪の元気が出たことだし、帰りますか!」


 やっべ。超テンション上がる。一刻も早くお部屋帰りたい。


「……誤魔化しきれてないし。ていうか、帰るって言っても……」


 茶髪が不安げに周りを見渡す。一面の銀世界だ。ゲレンデにはヴァイオレンスしかなかったけど。


「大丈夫だ」


 立ち上がって地面をタシタシと踏む。


「ここにはちゃんと地面があるだろ? これを……」


「どうすんの? 掘る?」


「割る!」


「マジすか」


 大マジです。伝わるかなあ、この俺の気持ち。帰巣本能。


 息を、深く吐き出す。


 こんなに間を置かずに開けるのは初めてだ。しかも日に二度開けるのも初めて。下手したら……。うーん、そうかぁ。そういうこともあるかぁ。


 チラリと茶髪を見つめる。


「な、なに?」


「……この空間を出るには俺のやる気が必要です」


 生まれてこのかた持ったことないけどなあ!


「そこで茶髪さんにやる気を起こさせて貰いたく……」


 できるならね。


 もう結構キツい。ほっといたら姉か弟あたりが迎えに来そうな気がしなくもないし。まあ、あれだ。めんどくさくなってきた。


「……えー? そ、そういう?」


 どういうんだよ。


 キョロキョロと辺りを見渡す茶髪。安心しろ。白しかない。観念したように立ち上がると俺の後ろへと回る。殺し屋ですか?


「前向いてて!」


「おす」


 トイレかな? お腹冷えちゃった?


 そんなことを考えていたら、後ろから乗っかってきた。心を読まれたか?! と戦慄の表情を浮かべていると、肩から顔を出した茶髪が――――



 ちゅ



 頬に残る湿り気と赤い顔の茶髪に何をされたのか悟る。


 挑むように見つめてくる茶髪。


「な、なによ! 出たでしょ、やる気?!」


「……お前、今時の男子高校生をこの程度で……」


「てい」


「はい」


 蹴りのオマケまで頂いた。


「早くやって!」


「へいへい」


 やる気が出たか出てないかは、これまでの人生で感じたことがないのでよく分からないが……。


 血は沸き立った。


 丁度いい。
















 爆音が響き、地面が揺れる。


「また、うお?! おい地震もあるぞ! なんかに掴まれ!」


 真田の指示の下に埋まっていたバスを掘り起こしている途中で、幾度となく爆発音が聞こえてきた。既に感覚が麻痺してるのか、それで作業が中断することはなく雪を掘り続けていた。


 しかし今度のは長く、しかも揺れる?!


「な?!」


 バスの屋根に捕まっていた俺は、もしかしたらその地震の元凶かもしれない現象を目にした。


「や、山が割れ割れわれ?!」

















「凄まじいな」


 呟いた台詞はあたしに聞かせる為のものか、思わず漏れてしまったのか。しかしそれも分からなくもない。


「どーする? あれ」


「構わん。本来なら覚醒を促したかったところだが、早いか遅いかでしかない。飛鳥を回収して戻る」


「……はーい」


 再び本を開く彼から視線を外し、数分前にいた山に目を向ける。


 そこには地面に木の棒で線を引いたように引き裂かれた山があった。


 これで余波だと言うのだから……。


 しかも被害はまだ……。

















「よ、良かった。息、してる。生きてる」


 突然体中から血を流して倒れたこいつに、凄く動揺した。


 なんでそういうこと言わないんだろ、こいつ。


 無理したのだ。また凄く。


 鬼のような咆哮を上げて、体を真っ赤に染めて。


 山を割ってしまった。


 呆れるような、恐いような。


 そして、あの白い空間が消えると同時に倒れた。慌てて抱き止めて心臓の音が聞こえるようにと耳を胸へと押し付けた。願うように強く。微かだがしっかり、弱くなることなく鳴っている鼓動に、涙が溢れた。


 ………………ほんとバカ。


 しばらくして……顔を上げる。


 色々と考えなきゃいけないことができた。


 ううん、多分……最初からあった。


 でも大丈夫。


 きっと大丈夫だ。


 縦に割れた山をなぞるように裂けた雲の隙間から、あたし達をお日様が照らし出していた。



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