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めんどくさがりと莉然 1 追いかける



 抜けるような青空だ。


 バスの後部から先の道路がこんにちはしてる。雪なんかなかった。それでも振り向けばまだ四台もバスが埋もれているとかマジダルい。


 疲れた。もう帰りたい。


 右腕がビキビキと引き吊っていて痛い。早退だ。いくらフクタンが厳しくても認めてくれるだろう。


 というか、ここで旅行も中止になるよね。だって雪崩だよ? この後は救助が来て毛布なんかにくるまってTVに出て「突然のことで……もう怖くって」とか言っておけばいいさ。どうせカットされる。


 女神ムーヴ的な事をやらかしてるロリさんももう許してくれる筈。なんか限界以上のパワーを使ってしまった後は任せたぜ的な空気を出してれば、残る四台のバスの雪かきは免除されるんじゃなかろうか?


 それで行こう。


「ヤガミ君!」


 ビクビクと痙攣を起こす右腕を左手で咄嗟に押さえる。いたたたた、本当に痛いんだから俺の演技力もバッチリだ。


「ごめん! 突破されたの! 先頭車両に誰かが入ってきて……誰かを連れてかれ……」


「いたたたた…………ん? なん……」


 戦闘車両? 運転手が女性とかかな。


 振り向いたロリ子の瞳が潤んでいて、聞き返す事を躊躇ってしまう。冗談も言えない空気だ。


「ごめん……ごめん」


「いけよ八神。あとはこっちでやっとくから」


 渋くキメたのは相棒だ。スーパー君を軽々と担ぎ上げて、反対の手でクイッと先頭のバスがある方向を指す様はどこかカッコいい。


 しかし台詞の前半が頂けない。後半だけは予想していた台詞だ。いらんアドリブ出しやがって。


 ガヤガヤと騒ぎ始めたバス内で、何人かの生徒が意を決して扉のなくなった出入り口から外を覗いている。何故に窓じゃなく? ツと見上げれば曇りガラスのように緑色の光の壁がバスをなぞるように覆っている。


 なんてこったい。俺の勇姿が伝わってなくない?


 精神的な疲労もズンときた。こいつぁキツいぜ。


 気落ちしてる俺の右手の袖を、ロリさんがギュッと握ってくる。もちろん。絶賛痙攣中だ。


 超痛い。


「…………ヤガミ君が……」


 行けってことですね、わかりました。


「任せとけ!」


「……あ」


 笑顔でサムズアップして、ロリ子の手を振り払う。これ以上拷問が続かないようにと駆け出した。雪の上に乗るのは危険なので、突き出している木の上に飛び移る。


 どこぞの山でも似たようなことしてたなあ。俺は山なんて大っ嫌いだ。




「……いつも行っちゃうね……」


 ロリ子の呟きは聞こえなかった。


















 俺は、山が、嫌いでーす!


 特に雪はダメだ。てめーは許さねえ。すげー滑る。しかもズボる。走るのに向かない。だからソリやスキーが開発されたんですね。納得。


 足場にする木には困らないが、着地点に雪があると良くない。落ちる。追撃のように雪が落ちてきて埋まる。経験済みだ。


 ふふふ、こいつは正義の鉄拳に支援(私怨)が混じってど偉いことになるぜ。


「ふははははは! もっと速く逃げられないのかね? 追い付いちゃうぞお!」


「うっそ! なんでわかったの? どうして!」


 どうしてって。


「一人は仄かに香るスメルに体臭が混じって甘い。体を暖めるために風呂でも入ってたのか? 一人は若干の汗と無香性の香水が逆に居場所を教えてくれてるぜ。一人は薄い抹香と活性炭の匂い。カイロでも持ってんのか? そんだけ垂れ流しといて、どうして追い付けるのって言われても……」


 公共物破壊の犯人だ。


 公家少女と幽霊少女。おまけにもう一人白いローブを纏った奴もいる。幽霊少女が我が校の制服を着た生徒を担いで飛びすさってる。担がれてる生徒は気を失っているようだ。幽霊はコートを羽織り、公家はそのまんまだ。逆じゃね?


 ていうか茶髪じゃん。お前なにしてんの?


「……キモい」


 公家少女の呟いた言葉に足を滑らせて樹上から落ちていく。追い撃ちをかけてくる雪。しかしそんな卑劣な罠など物ともせず、直ぐさま再び樹上へ跳ねる。


「ふ。なかなかやるようだが……女性からの攻撃には耐性があってね?」


 俺の涙腺をナメるなよ?


「……ふーん。ほんとに『隠蔽』が効かないんだ。凄いね」


 白ローブが興味深そうにこちらを見てくる。


「あたしの『隠蔽』じゃ相性悪いんだよねー」


「ま、いいよ。そのために今回ついてきたんだし? ボクがやるよ」


「……あいしゃる、りたーん」


「え、アスちゃんやりたいの? でもセキくんやられちゃったらしいから、アスちゃんは帰っといた方がよくない」


「……むむ」


「とりあえず俺が茶髪を持っとくから。じゃんけんで決めれば?」


「……名案」


「いや、ダメだって」


「アス、リーザ離れて!」


 なんかモメてるのをこれ幸いと茶髪を受け取ろうと近寄ったら、白ローブが掌を向けてきた。


 それだけで。


 血管という血管が浮き立ち、鼻血が溢れ、血涙が流れた。スイッチをオフにした時と似たような現象だ。痛い。


 つまり慣れてる。


 それよりも重要なのは、白ローブの手だ。黒い手袋のような物をしてるなぁと思ってたんだけど、こちらに向けられてハッキリと分かった。


 穴空きグローブだった。


 この真冬に。これは間違いない。


 罹患者だ。


 将来的に悶えてしまう系だ。


 幽霊が樹上で止まり、それに合わせて左右の木の上で公家少女と白ローブも止まる。墜落した時に雪が受け止めてくれたので、全然痛くはなかった。雪最高。


 ボコりと体を起こして幽霊を見上げる。下は昨日と同じ服装のようだ。色違いのキュロットかよ。ちくしょう!


「え、(ちょく)ったじゃん? お兄さん人間?」


「…………これは驚いたな」


「……わたしの式紙がやられるぐらいだから」


 ムフーと得意気な公家少女。寒くないの?


 さてどうするか。素直にお願いしてみよう。


「すいません、それ、うちの生徒なんですよねー? へへへ。お返し頂けたら嬉しいなあとか……うへへ」


 揉み手に笑顔でご対応だ。パーフェクツ。


 これに三者が三者とも怪訝な顔するから女性って分からない。完璧に立場的にも立ち位置的にも下から言っているというのに。


「……あのさー、それ本気で言ってる?」


 呆れたような表情の幽霊、実害があるので悪霊だな。悪霊少女に、俺は不敵な笑みを浮かべて応える。


 わかってる、対価が必要なんだろう? うちの荒御霊(姉)を抑える際にも必要だから。こういう修羅場を幾度くぐり抜けてきたと思っているんだ。


 バッと指を三本立てる。


「一番高いアイス、三つだ!」


 無言で白ローブが掌を向けてきたので横っ飛びで回避する。避ける前まで立っていた雪面が激しく空気が抜けるような音と共に粉々に砕ける。散らされた雪が白い霧のように舞う。


「くっ。やはり雪山だからアイスの価値が?!」


「やれやれ。これに逃げられたの? 君ら」


「だから相性悪いんだって! ……もう先行くから。わかってるよね? あいつ、あたしの事を追っかけられるから……」


「任せといて。もう誰も追っかけられなくしとくよ」


「……なむなむ」


 言葉の裏を読み取ると……ははーん、あいつ女性だな。狂暴。


 悪霊が茶髪を連れて空を駆ける。それに合わせて木の上から白ローブが降りてくる。そこに公家少女も追いかけてきた。


「……飛鳥。君、帰るんじゃなかったの?」


「……わたしは帰ってきた」


 帰るってそういう?


 昨日のように紙片をばら蒔き自動折り鶴を形成する公家少女。色は白。周りの景色に溶け込んですげー見にくい。更に悪霊から止められてた短冊の束を扇子とは反対の手に広げる。監視役がいないからと暴走してない?


 これに少し期待しながら白ローブを見つめる。公家少女を見つめる白ローブが溜め息を吐き出す。


「ボクと君って共闘しづらいんだけど?」


「……がーん」


 いや止めろよ。なんかあれ危ないって言ってたぞ。


 少し大きな木の陰に隠れてチラリチラリと様子を見る。あ、やっぱもう大丈夫です、って言ったら見逃してくれないだろうか。


 スーっと空中を滑るように白い折り鶴が周りを囲んでいく。どうやらこちらの位置はバレてるようだ。お見舞いに折り鶴を持ってこられたら卒倒しちゃうかもしれんね。


 未だに右腕は痛いし、体力的にも精神的にもギブアップ通り越して帰ってきてるような状態だ。しかも厄介そうなのが二人。更に両方女性だというのだから……。




 あれ、詰んでね?



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