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めんどくさがりの雪崩に対する対応策



 バスというのは、逃げ場のない監獄のようなものだ。トイレにも行けない。


 右の席には看守と呼んでも差し支えのない副担任。左の席にはツインテールの図書委員。


 座席は後ろを塞ぐ背もたれ仕様で前には壁だ。


 あ、ははーん、殺しにきてるな?


 体がその危機に応じて汗をかかんとしてるのに、寒さで汗腺が上手く働かない。そういうの涙腺だけにしてほしかったマイボデー。


 そもそもなんでこんな事になったの? 日々を真面目で品行方正に生きる俺には皆目見当がつかない。ざわざわからヒソヒソへと進化したクラスメートの囁きは、マナーを守った末の物の筈。


 しかし場の緊張感を誤魔化せはしない。


 何か、何かとてつもない悪意ある展開が近付いてきます……! そんな感じ。


 大丈夫だ。こういう時の為に先達というのは存在する。


 助けてフクタン!


「……」


 瞳を閉じたその様子は、まるで眠っているかのようで……嘘みたいだろ? 寝て、ねーだろそれ。さっきまで今後の予定をツラツラと語ってたじゃねーか。俺に仕事させる気満々だったじゃねーか。


 グイグイとフクタンの袖をロリ子に見えないように引っ張ってみる。バシッと腕を払った後、まるで寝返りを打っただけだと言わんばかりに背を向けるフクタン。そんなんだからいつまでも副が付いてんだよ! うそラッキー。


「あ、あの、ヤガミ君!」


 その福にあやかろうと俺もフクタンの夢にダイブしようとした機先を制された。閉じかけた瞳に映るのは真っ赤なロリ子。気のせいか……湯気が出てるように見える。


 いやロリ子のオーラカ(おおらか)が、そう見せているんだろう。この反応は……女子か! 的な。


 普通に考えて湯気が出るとかおかしいしな。


 暖房の効きすぎだろう。うん。


 暖房の調節はどこで出来るのかと、視線を窓の方へ向ける。とりあえず狸寝入りする汚い大人しかいない。期待したのはここで降りますのボタンなんだが。


 と。


 何気なく雪原となった山の斜面を眺める俺の視界に、その色に溶け込むような白い折り鶴が。


 折り鶴に目などついてないのだが、『あ、気付かれました?』とばかりにクイッと器用に全体を傾けて、山の頂上へと飛んでいく。


 ……いやー、無理だよ。無理無理。バカ言うんじゃねえや。


 人一人とバス五台とか比べらんねーから。


 頂上に見える人数は、三つ。


 二つは女性だろう。知ってる人影だ。寒くねーの?


 最後の一つが手を掲げた。



 ズシン、と。



 揺れは一瞬だった。しかし咄嗟にブレーキを踏んだのか五台のバスが路面を滑る。ロリ子とフクタンの腕を握って座席に足を絡ませて固定する。急制動に他のクラスメートも浮き足立つ。動けたのは他に二人。スーパーがツリ目を抱き抱えて自らをクッションに、相棒が突然席を立って落ちてくる荷物を軽々と受け止めた。そして叫ぶ。


「八神!」


「ああ。朝飯を食べるべきだったな?」


 死刑囚にも最後の晩餐があるのに……。


「冗談言ってる場合じゃねえ! 今のは襲撃だぞ?!」


「いや、余波じゃね?」


「余……」


 ツイっと人差し指を外に向ける。相棒がそれを追い絶句する。


 いつもはのほほんとした雰囲気のある相棒がキビキビとした印象を放っている。


 あれだ、非常時に強い男性ってやつだ。モテる。俺も非情時には強いんだけど。おかしいね。


 ゴゴゴゴと唸りを上げて大量の(あくい)が押し寄せてきていた。


 数秒か数十秒か。


 どちらにしろ緩い一本道で逃げ場はない。今すぐアクセルを全開にしても無理な範囲だ。


 まあ、あれだ、仕方ないな。


 諦める俺を叱咤するように左手が握り込まれる。ツインテールさんが真摯な眼差しを向けてきていた。


「なんで逃げないの? 間に合うよね?」


「いや無理で……」


「ヤガミ君なら、間に合うよね?」


 …………。


「一人なら助かるよね。ヤガミ君、だけなら。だから……『なんで逃げないの?』」


 つっかえつっかえ話すロリ子のいつもの口調じゃないのは、死を目の当たりにしてるからか? 目が怖いよ。女の子かよ。


『なんで逃げないの?』


 なんか昔、同じようなこと泣きながらしつこく訊いてきたガキがいたな。大人ぶった感じの小学生。なんて名前だったかな?


 そんで――――なんて答えたっけな。ああ、思い出した。


「めんどくせえ」


 一人生き残るとか。


 こちとら人並みに埋もれる人生目指してんだ。夢はヒモ。


 ゼロか百で頼むよ。壱じゃなく。


 俺の気怠い呟きにロリ子が微笑む。


「……変わってないね」


 何が? と訊こうとして、言葉に詰まった。


 その返事を聞く時間がないからじゃなく、ロリ子の変化に驚いたからだ。


 薄い緑色に発光するロリ子に。


「大丈夫。任せて」


 白い闇が襲い掛かってきた。



















 微動だにしてないよ。


 ただ雪に埋もれた事は理解した。真っ暗になったから。


 いやそれは正確じゃなく。


 静けさに満ちたバス内は、それまでのパニックが嘘のようだった。直前で雪崩が来ていることを察知した生徒が意味もなく叫んでいた筈なのに。


 雪に埋もれているのは間違いないだろう。だって暗いし。ただ雪崩を受けたにしては衝撃がまるでない。その原因は――――


「ひ、ひかってる……」


 誰かが呟いた通りに、ロリ子が暗闇の中で緑に光っていることと関係してるんだろう。


 神々しさとでも呼ぶべきか。ツインテールが重力に逆らい波打つように緩やかに浮かび上がっている。緑色の光に包まれていることと相打って、静けさは静謐さと言い換えてもいいような状態だ。


 ちょっと浮いてるし。


「……恵理?」


 反応を見せなかったロリ子がその呼び掛けに少し震えた。


 ツリ目の声だったように思える。


 しかしそれに取り合わずロリ子は俺へと視線を向けてくる。なんだろう? 告白かな?


 なんかの本で読んだことがある……。命の危険に晒された男女の仲は急速に近付くことがあると……!


「ヤガミ君。とりあえずバスは五台とも無事だけど、雪に埋もれてるから掘り出してくれないかなぁ?」


「あ、はい」


 本なんて妄想の産物じゃないか。知ってた。


 とりあえず席から立ち上がり、しっかりと右手を掴んできていたフクタンを手酷く振り払い、バスの昇降口へと行ってみる。まずは非常用の開閉レバーをバキる。ダメだ。雪崩でやられてやがる。仕方なく扉を蹴り空ける。普通にスライドした気がするが気のせいだろう。蝶番ごと飛んでいったバスの扉が雪の壁に当たる。


「……ヤガミ君」


「八神……」


 命令されたから仕方なく……俺は、俺はやりたくなんてなかったんだ!


 名字を呼ばれただけなので、きっと健二くんのことだろうと気にせず外に出る。


 バスは緑色の光のドームに覆われていた。


 しかし雪が外からぎっしりと押しかかってきている。他のバスの様子も見えず、路面にあることから流されてはないようだけど……。


 これを掘れなんて……ロリ子も立派な女の子なんだなぁ、としか言えねえ。


 絶望はいつも讃えているので、今度は諦めでも称えようかと俺の瞳が訴えかけている所で、相棒がバスから降りてくる。


「おい八神。やれんのか?」


「やれない」


「そうか。じゃあ……いや待て。やれねえの?」


 潰れちゃうよ? 期待面でも現実面でもだ。見ろよ。見えねえ。真っ暗だ。


「まるで僕たちの未来を暗示してるようじゃないか?」


「会話! 繋がってねえから!」


「ヤガミ君」


 ロリ子もバスから降りてくる。少し明るくなった。凄い便利。


「人間発光ダイオードかな?」


「……お前、もうちょっと気ぃつかったりできねえの?」


「大丈夫だ。私はあと一度の変身を残している。わかるな?」


「そっちの『気』じゃねえよ!」


 相棒の鋭いツッコミにロリ子がクスクスと笑みを見せる。


 ロリ子が笑ったことで、肩に力の入っていた相棒もフウと大きく息を吐き出して笑顔を浮かべる。それを見たロリ子が頷き、俺へと視線を向けてくる。


「どうかな? できそう?」


「できない」


「そっか。でも、お願い」


 あれ? できないって言ったんだけど?


 どうしたものかとロリ子と見つめ合っていると、スーパー君が降りてきた。クラスの代表的な立ち位置にいる奴だけあって、率先して行動している。


「なあ、どういう状況なんだ? 今……」


「お、おう。俺が説明するわ」


 しかしそんなことでロリ子との見つめ合いを中断するわけにはいかず、相棒が説明役を買って出る。


 ……………………なーんか見たことあるんだよなぁ。


「睫毛なげーし。髪サラサラだし。肌ツルツルだし。色白だし」


「あ、あああああの! ヤ、ヤヤヤヤヤガミくん?!」


 おまけに直ぐ赤くなるってことは血行もいいんだろうし。


 同級生の女の子にするには失礼かもしれないが、ロリ子の髪をグシャグシャと撫でた。最近チビっ子に縁があったからかもしれない。


「適当でいいんだよ、適当で」


「…………え、あ」


「合図したらバス後方のバリアっぽいの外してくれる?」


「は、はい!」


 できればこういう役目って弟のなんだけど。


 まあ、しゃーない。


「いや待った」


 盛り上がった気持ちに水を差すのはスーパー君だ。いつの日もイケメンが邪魔をする。俺もそうありたかった。


「何をしようとしてるのかは知らないが、このまま救助を待とう。下から雪を掘ってどうするんだ? 次々と上から落ちてくるだけで、今よりもっゴおっ?!」


「黙ってろイケメンめ」


 こういう状況下では人間の本心が出やすいという。出ちゃった。


 思い切り腹を殴られて白目を向いたスーパー君。フラフラと掴み掛かってきたが、そのままズルズルと倒れ伏す。


「……いや、八神さぁ」


「話が長そうだったから、つい」


「めっちゃ私怨に見えたけど?!」


 ははは、まさかー。


 スーパー君を打ち捨ててバスの後ろ側へ歩く。相変わらず真っ暗だ。光り輝く緑の壁に手を当てて深呼吸。スイッチを入れる。血流が増し筋肉が蠕動(ぜんどう)する。右拳を握り込む。気息と共に大地から力を巻き上げ腰を引く。


 まだ足りない。


 だから血の力を借りる。


 心臓の奥の奥にある、禁忌に触れる。


 吐き出された力が心臓から全身へ回る。御し切れない力が溢れ出し、アスファルトの破片がパラパラと浮かび上がる。尚も足りぬと軽い放電現象が起こる。


 寿命を削らんと心臓が圧迫され骨が軋みを上げる。


 一発が限界だろう。


「ロリ子!」


「え? あ、は、はい!」


 瞳の毛細血管が破裂して目が赤く染まる。腕の血管も圧迫に耐えきれず破れ、肌が黒く染まっていく。


 緑色の光が途切れるのを待っていたかのように、雪が塗り潰さんと降ってきた。



 限界を越えて腕を振り抜いた。


 大気が爆発した。



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