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蕪沢 椎名



 何か妙だ。


 空気の粘りとでもいうのか、肌に纏わりつくこの感覚を私はよく知っている。


 視線だ。


 でも…………なんだろう…………違う。


 好奇の視線を向けられることに慣れているから分かる感覚だが、この視線は違う。


 観察、いや品定めのような……。


 ハッキリとしない。


 ただ今の時点で分かっていることは一つ。相手が強いということだ。視線の出所がまるで分からない。気配も感じとれない。鬱陶しく思っていたが、晒されることに慣れた体が、直感的にそう判断している。


 そしてそれに間違いはない。


「……ねー。しい、修学旅行ぐらい大人しくしときなよ」


「ん? え、ええ。勿論。……ってぐらいって何よ、ぐらいって。最近は他流試合なんてやってないでしょ?」


「なにが他流試合よ。ケンカでしょケンカ。そんなこと言って小学校の時の修学旅行じゃ旅行先で道場破りしてたじゃん。中学の時は……」


「わかった。私が悪うございました。メイ様のご忠告を真摯に受け止めさせてもらいます」


「よろしい」


 バスで隣の席になった小学校の時からの幼馴染でもある友達が、満足気に鼻から息を吐き出して読書に戻った。


 三つ編みを二つ結びにして大きな眼鏡を掛けるこの娘は、小学校からの友達だからこういう話し方をされると困る。前はそんな風に感じなかったが、冷静に受け止めると悶えそうだ。


 これが黒歴史とか言うやつなんだろうか……。


 再び窓の外を見る。


 ちらほらと雪が積もっている場所が散見される所まできた。薄っすらとだが雪も降ってきている。


 よろしくない。


 雨や雪などの天候は痕跡を消してしまう上に、気配も読みにくくなる。細い糸を掴むように感じているこの視線も分からなくなってしまうかもしれない。


 それはこれ以上の接近を許してしまうことに繋がる。


 ……なんだろう。非常に落ち着かない。


 自ずと厳しくなる視線。ピリピリとした空気に体温が上がる。


 不意にトンネルをくぐり、窓に反射されたバスの内部が映る。


 本の上部から顔を出して、じっとりとした視線でこちらを見つめてくる幼馴染がいた。


「だ、大丈夫よ。私もそこまで愚かじゃないわ」


 パタパタと手を振って和やかさをアピールだ。


「……しいの愚かさを上げれば枚挙に暇がないよ」


「じゃ、じゃあリボン解いとくから。ほら、戦闘モード解除。ね? これで安心」


「なによ戦闘モードって。あーもう、髪が散らばっちゃっただけじゃん」


 咄嗟に良い言い訳が思い浮かばず、ポニーテールに括っていたリボンをほどいて振ってみせる。ハラハラと散らばった髪を鬱陶しげに払う幼馴染は酷いと思う。


「ねー、なんの話? まぜてー」


 文句を言いながら幼馴染の髪も解こうとする私に、前の席に座っていた別の班の子が話し掛けてくる。


「ええ、いいわ。この子の髪を解いたら直ぐにね」


「ちょっ、本当、あーもう……。両方解くし」


「お揃いね?」


「キモちわるい」


 口の減らない幼馴染を今度はどうしようかと髪ゴムを弄っていたら、前の席の子がクスクスと笑い出した。


「なんかー、蕪沢さん変わったよねー。あ、悪い意味じゃないよ? 良い意味で。丸くなったっていうの?」


「……そう?」


 そうだろうか? 私的には変わりないと思うんだけど……。


「それね。わーもそう思ってた。なんかあったっしょ?」


 頃合い良しと判断したのか、もう一方の前の席の子が座席の上に顔を生やしてくる。


 最初の子は膝立ちになっているのか、上半身が見えているのに、わざわざ顔しか出してこないとこをみるに、変な子だ。


「……ねー。なんか、こう、特別な経験したとかー?」


 ニヒっと面白そうに笑顔を浮かべる生首女。適度にざわついていたバス内が少し静かになる。気付いてはいたが、聞き耳を立てる他の生徒もいるという事実に額を押さえる。


 質問の答えは、した、になる。でも今ここでそう答えたなら別に意味でとられることになるのは間違いない。


 パタリと、珍しくも本を畳んだ幼馴染。


 その動作に期待が湧く。何らかのフォローだろう。やはり持つべき者は親友だわ。


「それ。あたしも気になってた」


 友達なんて信じない。


「……何もないわよ。……本当に何も。大体、丸くなったって何よ。それじゃあ元々が尖ってたみたい……何よ?」


 ジッと見つめてくる視線には多分に呆れが含まれていた。


「いやいや、近寄ってくる男子ぶっとばすとか、尖るとかいうレベルじゃないから」


「ねー? すごいよねー」


「……いやいや、すごいってあんたもうちょっとあるでしょ?」


「あのね、しい。そんな日常的に男子殴ってる女子なんて刺じゃ済まないよね?」


 これには私にも言い分があると思ったけど、口は挟まなかった。どうやら私はこういうことに強くない。コミュニケーションを疎かにしてきた代償みたいなものだ。


「でさぁー、なんか最近は男子の『お願い』も聞かなくなっちゃったしー、意味ありげなこと言ってるらしいからさー。これは負けちゃったのでは? とかいう噂も……」


 生首女が話を戻してくる。


 そうして思い出すのは、強烈な一撃。


 胸に深く埋め込まれた拳に恐ろしいほどの歓喜。


 眠たげな眼差しに幾度も立ち上がる姿を幻視した。


 途端に顔が赤くなり、咄嗟に胸を押さえてしまう。


 ハッとした時には既に遅く、ニヤニヤしていたその顔はポカーンとした物に変わっていた。


「え、うそ。本当に? ヤられちゃった?」


「ヤられてない!」


 しかし私の叫びなどお構い無しに、何故か周りの男子が漢泣きやら雄叫びをあげ始め、女子は押し潰さんばかりに押し掛けてきた。


「ちょっとお! 潰れちゃうでしょ!」


 幼馴染の上げた悲鳴には激しく同意するけど、少しばかりスッとしたのは内緒にしとこう。フォローしてくれないからそうなる。


 バス中の注目を集めてしまい、最初に感じた視線がその中に紛れて分からなくなってしまった。なんとか集中したくとも、繰り返される質問責めに上手く集中できない


 あーもう、全員痺れさせようかしら!


 そんな思考がもたげる程にやり取りには体力を使った。逃避気味に窓の外を覗けば、丁度S字を曲がっているアイツが乗るバスが視界に入った。


 …………いざとなったら責任とってもらおう。


 そう考えて、一旦怪しげな視線のことは忘れてクラスメートの暴走を止める事に力を注いだ。



いたんですよ

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