真田 恵理
もう時間がない。
お婆様のやんわりとした反対を押しきって修学旅行に行くことにしたのは……一重に『修学旅行マジック』という物を期待したからだ。
「修学旅行って彼氏できる率高いよー?」
そんなことをマキちゃんが言うから、あたしは、珍しくお婆様の意見を無視して修学旅行に行くことにした。
お婆様が本家に御不在だったことも、あたしに有利に働いた。
直系のあたしの行動を止める者は居らず、お父様とお母様はなんの疑問も持たず、それが普通だと送り出してくれた。
ごめんなさい。多分危ないことになるだろうとは分かっていました。彼関連って大抵そうなので。
本人は気にしてなさそうだけど。
準備にも気合いが入った。マキちゃんと買い物に行くだけでは飽きたらず、デザイナーを呼んで深夜まで討論を交わした。泊まって貰ったマキちゃんが「……私の思ってたお泊まりと違う……」とかよく分からないことを言っていたけど、そうよね。
実際に着ないと。
マキちゃんはあたしと違う視点を持っているから、本当によく気のつく親友だと思う。だから敷地内に建てたホールでショー形式で服を見た。マキちゃんの目が虚ろだったのは、恐らく徹夜させてしまったからだろう。悪いことしたかな?
その時は、修学旅行までもう一週間しかなかったので、あたしは少し焦っていたのだと思う。
でもそのショーケースで服を見たお蔭で、昔は髪型が違ったなぁ、なんて気付きも生まれたので、全くの無駄じゃなかった。モデルさんがバレッタをしていたから。出てきた服は全部着なかったけど。
彼の好みの髪型にしていたけど……反応がないし。昔の髪型を見てくれたら、もしかしたら……彼も思い出してくれるんじゃないかって思ったから。
結果は予想とちょっと違ったけど、嬉しい一言をくれた。
だから。
思わず大胆な行動に出てしまったのだけど、失敗だったかも……。
でもあれは彼が悪いと思う。
修学旅行自体も、楽しいものだった。
マキちゃんや班の皆と遊ぶのも、彼の行動に慌てるのも、些細な事で胸が満ちてしまうのも、全部全部、楽しい。
でも新幹線を降りたり、川で泳いだりするのは、あたしの予想していた修学旅行にはなかった。
ただ、彼の行動の過激さに、お婆様の忠告が段々と浮き彫りになってくる。爆弾テロだと放映されたり、動画や写真が出回っていることで、それは確とした姿を現してきた。
…………それに何故彼が巻き込まれるんだろう。本当に……もう!
あたしがここにいるのに、その地域が攻撃されている。しかも能力者達に。
不可侵であるはずなのに……。お婆様は何か隠している。
事態は結構切羽詰まってきている。
…………なのになんで彼は覗きをして金属バットで殴られているんだろう……。誰かが飛び降りたという話を聞いた時……情報が入る前なのに彼を思い浮かべてしまっても仕方のないことだと思うの。
しかも守人と二人きりとか!
真田家次期代表として話を伺う為に、乱にゅ、じゃなくて訪問しなければと部屋を出ようとしたあたしを止めたのは、家の情報部からの電話だった。
お婆様からの電話だ。
『恵理、旅行は終わりです。即時帰宅しなさい』
有無を言わさない口調だった。
車を準備されているが、行き着く先に用意されているのはヘリのようだ。
いや、緊急性を考えると、もっとかもしれない。
それだけ時間がないのだろう。明日の朝も待てないほどに。
もう十分楽しんだ。ここから先は危険だ。マキちゃんも連れていけばいい。お婆様に逆らってはいけない。お電話をしてきた? 連れ戻すなら直に来る人なのに。だからこそだ。ならヤガミ君も。だから守人が? お婆様は、守人、ヤガミ君、陰陽寮、ヤガミ君、ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君ヤガミ君――。
「お断りします」
返事は聞かずに通話を切った。外に控えている情報部には帰るように伝えた。ここもお婆様の落ち度だ。その場の直系の言葉を優先する、そう決めたのもお婆様なのだから。
朝が来た。
意外にも、朝まで何もなかった。
守人が頑張っているのか、それとも籠を作っていたのか、もしくは…………お婆様が待たれているのか。
そんな憂鬱な気分でバスの前に集合したら、彼は彼の班の人を集合場所に積み上げていた。
……………………いつもそうなんだけど。……なんだろう、少し腹立たしいのは、あたしの感情抑制が上手くいってないからだろうか?
しかもトランクに班員を詰め込もうとして怒られているし。
……ただ、握りしめていた手から、力を抜けた。
冷静さが戻ってきた頭で考える。
絶対にここだ。
まさか一日も待ってくれるほど甘くはないし、このまま抜け出せる訳もないだろう。
自然と楽しそうに騒ぐ班員に目がいく。一番後ろの席を陣取っている。
「ん? 欲しい? 食べる?」
「……いらないよ」
のほほんとチョコ菓子を薦めてくるマキちゃん。少し心がほんわかする。本当に大好きなあたしの親友。
全力でいこう。
掟は破ることになるかもしれない、信頼を裏切ることになるかもしれない、もしか……しなくとも――――恐がられて、一緒に居られなくなるかもしれない。
でも。
いつだか彼が言ったじゃないか。
『構わんだろ?』
酷くめんどくさそうに。
うん、構わない。
最後なら、もういいかもしれない。こんなの、彼は望まないだろうし、上手くいくとは思えない。
徐々に距離を詰めて、電話番号を貰って、一緒に食事して、とりとめない話をして、もう面倒だな……追い払うのも面倒だと思わせられればって考えてたんだけど……。
もう、構わない。
だって無理だ。
「あれ? どしたん、恵理?」
「うん。ちょっと」
座席を立って前に進む。外の景色が雪に変わりテンションの上がったクラスメートが手を貸そうとしてくれるのを、やんわりと断って、
前に。
楽しそうに途切れないお喋りが耳に入っては抜けていく。あたしの心臓の鼓動の方が余程大きい。
たどり着いた最前列。彼はいつもの様に眠たげで。それにお湯に浸かっているような安心を覚える。
「や、ヤガミ君。……こ、ここココいいかな?」
「ダメだ」
断られたことに笑みが溢れそうになった。変なの。ああ、なんだ。あたしも十分おかしい。彼とお似合いじゃないか。
構わず彼の隣の補助席を開く。構わなくていいと、彼が言ったのだから。
そこに至り、お喋りの声が小さくなり、代わりにざわめきがヒソヒソと響く。彼はこういうの嫌いだろうな。
めんどくさそうな表情だけど、決して邪険にしない。意思表示はあれだけど、いつもいつも面倒だと思いながらもくみとってくれる。
「……ああ、好きだなぁ」
呟きは小さく、自分にしか聞こえないほどだ。
聞きとれたのは一人だろう。
反応はない。それはそうだ。ずるい言い方だ。でもいいんだ。楽しみは後に取っておきたいし――――全然、諦める気なんてないのだから。
多分、短い。
この幸せな時間は、そんなに長く続かない。きっと邪魔が入る。それでもやっぱり嬉しい。
もう時間はない。
さて。なんの話をしようかな。
あたし達の出会いを話して見ようかな。
彼はきっと驚く――――




