めんどくさがりの修学旅行 3日目
前回までのあらすじ。
女性は恐ろしい。
これさえ覚えていれば受験に活きる。ただバレたら今を生きれない。悩みどころだね。
朝だよ。
「まだ寝てるよ八神君……」
「おい、ヤガちゃん。っべーって。バス出るぞ。マジ準備マジ」
起きてるとは言ってない。
俺は枕を変えてもよく寝付けるほど薄情者だったのか? いいやきっと違う。これは枕を一途に思う俺の気持ちが夜を眠れなくして今マジ眠い。
「お前が俺に構わず先にいけって言うから、出る準備してるかと思えば……」
「まあ、あれネタだけどな」
俺を置いて飯を食べてきた薄情ジャージどものお帰りか。そのままお帰り。いや待て。俺が帰ろう。
勘違いがあるようだが、あれは「俺のことはいい! このまま先に進んでくれ!」じゃなく「俺はこのままがいい! 朝食は持ってきてそこ置いといてくれ」って意味だったんだが。
使えない奴らめ。
三々五々と各自ジャージから制服にと着替える。それぞれが洗顔に歯磨きにと忙しい中、俺なんか意識無い系だから、深く瞑想へと誘われていく。自分を高めるために、自分の中の自意識と向き合うんだ。
眠い。眠くね? 超眠い。
俺の自意識が正直すぐる。
「おら起きろ!」
意外にも最も準備時間が少なかったチャラ。ヘアもガッツリと水で濡らして顔も水洗いという水使い。俺の布団へダイビングだ。前髪が気になると未だジャージで鏡の前を占領してるモブとは大違いだ。
「断る!」
「いや、断んなし! あーあー、間に合わんね、こんままじゃ」
「もういい……もういいんだ。俺のことは置いてってくれ……」
「いや普通に俺らも怒られっから。昨日も思ったけど、八神起こすのマジ大変なんだけど? 毎日どうやって起きてんだよ」
どうって、至って普通に? 布団と命、どちらを剥ぎ取られたいかの選択だ。
布団の上でスマホを弄り出したチャラは本気で起こす気はないように見える。逆に起きられないしね。困ったね。
意外とマメさを見せるのが相棒だ。使った物を片付け、ゴミなんかを纏めている。なんかいいとこのお坊ちゃんみたい。
「うーん、こんな感じかな? まだ気になるなあ。ヘアアイロン持ってくれば良かった……」
「「「え?」」」
未だにジャージのモブが前髪をいじいじしながら洗面所から出てくる。呟かれた台詞に誰もがビックリだ。そうか。ヘアアイロンが今の男子高校生のマストバイなのか。よーし、いつもお世話になってる弟にサプライズでプレゼントするかな。
可愛くデコったやつを、おさげが部屋に来るタイミングで置いておこう。きっと凶器乱舞だな。
「そろそろマジで時間だぞ」
「おら、てめーはいつまで寝てんだよ!」
いつまでも。
とうとう本性を表したチャラがボディブローを放ってくる。舐めてもらっては困る。俺も八神家長男として! 決して(男の)暴力に屈したりはしない!
「こらー、ここの班はまだ連絡来てないよー」
「あ、すいません布団片付けてて」
扉を開けて入ってきた副担任に超スピードで布団を畳みながらペコリ。チャラを挟んだ布団を押し入れに直す。モガモガうるさかったから一発叩いておいた。おらぁ! おはよう!
昨今の男子高校生の挨拶はこう。ついさっき知ったので間違いない。弟もよくやるんだ。
「あれ、まだジャージなの? しかも二人も」
「なんかあいつ乙女なのか洗面所占領するんすよ。前髪気になるとかホザいて。言ってやってくださいよ」
「なっ?!」
クイっと親指でモブを指差すと絶句していた。
「ハア、なんでもいいけど直ぐに準備、いい?」
「四十秒もかかりません」
「?!」
なんかラノベがピクリと反応してたがまあいいや。相棒が部屋の整理をしてたので疑われることなく副担任が出ていく。その顔はモブに向けられ、ちょっと困った奴を見るがごとく。
ガチャリと閉められた扉に息を吐く。
クルリと振り返って一言。
「やあ、皆おはよう」
じゃあ挨拶から始めようか?
長野にバスで移動するんだと。
なんだよそれ旅行かよ。修学は置いていく気かよ。
喜々として話す我が校の学生グループ。ホテル前。全員が荷物をバスに放り込み、小分けしたバッグやカバンなんかを持っている。班員の整列を教師が呼び掛けてるが、誰も聞く耳を持たないハイテンション。ざわざわなんてもんじゃねえよ。
「しーずーかーにー! 委員長、てんこー!」
このタイミングで転校か。確実に何かありましたねその人。
消えてしまった委員長(女子)の謎は探偵志望の誰かに任せて、移動の際の常識として点呼をしようと思う。クルリと我が班を振り返る。
「はいじゃあ、いちぃー」
率先して点呼していくスタイル。前の方で男子の委員長が班ごとに全員いるかいないか訊いているので、こっちに来るまでに確認しとくという俺の優等生ぶりだ。
ただし他の班員は違うようで。
「ううう」
「ごふっ」
「……がはっ」
「……な、なんで俺まで」
返ってくる返事はうめき声だけ。未だに寝こけている班員を持ってきたのは俺だ。しょうがないやつらめ。
いつまで経っても返事はない。どうやら四名死亡らしい。今が戦時なら全滅判定だ。
「3班いるか?」
「いないな」
「…………じゃあなんで返事できるんだよ。つか返事早いよ」
確認を取りに来た委員長に真実を告げたというのに、溜め息を返されるという始末。全滅したら光点は消えるんだよ? 知らない?
こちらの事はお構い無しに指で人数を確認して戻っていく委員長。積み重ねられた同級生はどうでもいいんだろうか? なんか苦しそうな声を出してるんだけど。
バスのトランクというのだろうか、人体でいうところの脇腹の辺りに荷物を放り込んでクラスメートが乗車していく。最後尾に当たる我が班は勿論最後だ。
動けそうにない班員に代わり、俺が荷物を詰めていく。やれやれ。
しかし順番も最後になると既に荷物もパンパンで中々入らない。くっ、なんとか無理やり詰め込むしかないのか?!
「そーい!」
「うぐ」
「って何をやってるの八神くん! なんでクラスメートをすし詰めに?!」
通勤ラッシュ時の駅員さんの如く頑張っていた俺を、フクタンが止めた。
「むしゃくしゃにしてやった。今は後悔してる」
「ムシャクシャしてやったでしょ?! どこが後悔してんのよ! 得意気じゃない!」
「上手く詰め込めたなと」
「そこなの?! 得意になるところじゃないでしょ! ……はあ。もういいから、早くバスの中に運んで上げて」
「でも……手荷物は少ない方が」
「いつまでもクラスメートを荷物扱いしない! というか、さっき見た時は元気だったじゃない……。この短時間の間に何があったのよ……」
額に手を当てるフクタンに、俺は原因を告げた。
「俺以外は朝食を食べてましたね」
なので怨みを買ったのだと。
「……え~、食中毒? うそ、でも他の生徒も先生方もなんともないわよ? 拾い食いでもしたのかしら?」
「いえ、それが悔しくてボコボコにしました」
後悔してるって言ったよね?
「…………早く運びなさい!」
プリプリと怒ってバスに乗り込んでいくフクタン。どうやら手伝ってはくれないらしい。
仕方なく班員を運び入れる。座席は奥から埋まっていて、最前列しか残っていなかった。二人席に二人ずつ詰めたもんだから、余りが一。
「……」
ツンとした表情の怒ってますとでも言いたげなフクタンの隣しか席が空いてなかった。一つ頷いて助手席を広げた。
「ここが空いてるでしょ!」
バシバシと自分の席の隣を叩いてアピールだ。
多分、いつでも叩けるんだぞというアピールだ。怖い。
脅しに屈した俺は渋々とフクタンの隣に腰を降ろした。それを確認したフクタンが立ち上がると振り向いて「全員いるー?」と声を掛けていく。いや、いないと返事できないでしょ? というツッコミは飲み込んだ。
フクタンの合図と共に運転手さんがバスのドアを閉める。
軽く揺られながらバスが発車した。
「それが、彼らを見た最後の光景になった」
「不吉な事言わない」
いや、二度とこのホテルに来れないだろうことを予知した発言ってだけだよ? 俺の稼ぎ的に。
ホテルの敷地からバスが鈴なりに出ていく。俺のクラスは最後尾らしい。
次は雪山か。寒い時に寒いところに行くなんて、生存本能が仕事してない。働け。
こうして、班員はほぼ死亡、俺はフクタンにマークされ、修学旅行の三日目が幕を開けた。
バスの後ろとはえらい違いだ。




