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めんどくさがりと謝罪



 振り切られた彼女の右手が頭部へヒット。


「あんたはアホかあ!」


 片テールが怒鳴る。


 スパンという小気味いい音と共に振るわれたハリセン。片テールからクール眼鏡にツッコミが入った。ねえ、どこから出しました?


 衝撃でズレたのか眼鏡を押し上げつつ、クール眼鏡の視線がようやく俺から外れる。向かう先は相方だ。


「痛いです」


「じゃあ学習してよね! 毎度毎度、とりあえず排除しておけばいいと思ってない? 打ち合わせに来たプロデューサーとか控え室で読み合わせしてる相手俳優とか、揉み消しに走るあたしの身にもなってよ!」


 揉み消すんですね。どういう消し方だろうか。彼等の身の上が心配。


 常備していただろうハリセンから察するに、この問答はよくあることなんだろうか。ねえ、どこから出した?


「大体、こういう仕事って本当はマネージャーがするもんなんじゃないの? なのに稲田は警備と称して仕事放っぽり出すし、スケジュール管理任せたら必ず寝坊するし、毎回頭下げて回って毎朝起こしにいって……」


 クール眼鏡のマネージャーさんかな?


 頭痛でも感じてるのか眉間を揉む片テール。クール眼鏡な稲田は真剣な表情でこれを聞く。手に持ったバチバチは未だ絨毯を焼いている。火が出たらダッシュで逃げよう。


 くどくどと続ける片テールに、コクりと頷くクール眼鏡。どうやらなんらかの了解が得られたらしい。生きたい。


「もう宜しいですね?」


「いくないよね?! 話聞いてた?!」


 クイッと持ち上げられたバチバチを片テールが咄嗟に奪う。なんてことだ。バチバチとハリセンの二刀流となった片テールの危険度が急上昇。もはやクール眼鏡なんて目じゃない。今日一の危機。


「今日はそういうんじゃないでしょ?! 今日は殺しちゃ駄目なやつなの! ていうか、稲田来てから余計ややこしい感じになってるから! もういいから! 部屋で待ってて!」


 ………………今日は? ああ、なんだ挨拶か。今日(こんにち)はね。はいはい。でも聞き取った感じ、きょうはって聞こえたね。不思議。


 しかし文面や前後の状況を照らし合わせたところ、今は危機的状況なんじゃないだろうか?


 こういう時は深く考えちゃ駄目だ。故人も言ってる。考えんな、感じろ。


 何も考えず感じとったところ、クール眼鏡の殺気が凄い。どうやら危機的状況で落ち着くようだ止めて。


 グイグイとクール眼鏡を扉の外に押し出す片テール。しかし扉の閉め方が分からないのかもたつく。自分に任せてほしいと胸を叩いて俺登場。そっと片テールをクール眼鏡の方へ笑顔で押しやり、クソ重い扉を閉める。


 片テールの足が隙間に滑り込む。訪問販売員もびっくりのテクだ。


「あんただけ残ってどうすんのよ?!」


「うちは新聞も消火器もスマホで間に合ってますんで」


「スマホでどうやって消火すんのよ! って消火器売りたいわけじゃないよね?!」


「私が排除しましょうか?」


「何を?! ていうか稲田は部屋に帰ってて!」


「そうだ帰れー」


「ちょっと黙っててくんないかなあ? つーか稲田! 早く帰ってよ! これ命令だから!」


「しかし」


「か・えっ・て・て」


「はい……」


 ヤバい。遠ざかる足音と訪れた静けさが物語っている。


 怒ってるなんてもんじゃねえ、大激怒だ。


 どうして怒っているのなんか原因は聞かなくても分かる。カルシウム不足だ。小魚、つまり雑魚がお嫌いなのだ。なら見逃して下さい。


 ゆっくりと開く扉に入り込んでくる冷気。なんてこった殺気が物理的に寒い。まるで寒波のようだ。


 余り時間がない俺に残された選択肢は二つだ。


 このまま頭を下げるか、膝をついてから頭を下げるかだ。


 へっ、何を迷う必要がある。


 俺は扉から表れようとしている漆黒(ジャージ)に不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと膝を折った。


 こちらにはいつでも頭を擦り付ける用意がある!


 堂々と胸を張る俺に、片テールは呆れたような表情を浮かべている。男のこういうところは、女には理解出来ないだろうな。


「はあ、別にいいけど……」


 すると何を考えたのか、片テールも床に正座しだした。頭二つ分ほど空けて膝突き合わす形だ。なにやってんの?


「この度は、うちの血族の者がご迷惑を被り、誠に申し訳ありませんでした」


 こちらが片テールの正座に虚を突かれた隙に、片テールが先に頭を下げた。なんて先手必勝?! 血も涙もないのか!


 いや待て。


 頭を、下げてる、ね? うん? これは新手の奇襲とかかな? このつむじからビームが出る、とか? しかし、まるで俺がやろうと思ってた、謝罪に似てる。


 凄いな。新しい攻撃法か。いつになったら攻撃されるのだろう?


「……聞いておられますか? 一鬼(ひとつき)家の(おん)(かた)


 誰かと間違えてるね。間違いない。


 となるとこれは、謝罪、なのやもしれん。


 つまりだ。


「う~ん、そう言われてねぇー? こっちも被害も出てる訳だしぃ? まずは誠意から見せてほしいなあ誠意。わかる? 誠意?」


 おう、パン買ってこい。焼きそばな。作りたて以外認めんからな。


 直ぐさま近くの椅子に腰掛け、テーブルの上のワイングラスを弄ぶ。あれー? グラスの中に飲み物が入ってないよー?


 しかし片テールは未だに頭を下げているので、こちらが見えていない。うん、頭、上げようか。


「…………誠意、と申されますと……? 被害に掛かった費用はこちらで」


「費用だけかね?」


 ほら、グラスグラス。いや、パンに掛かったお金は払うつもりだったんだけど。


 片テールの手が握り込まれる。


 それは誠意じゃなく戦意では?


 すかさず定位置である正座に戻る。調子乗るのはよろしくない。人違いなのは後々分かるんだから。


 張り詰めた空気を引き裂かれる前に、先に声を上げる。


 ドキドキだ。


「ちょっとした冗談です。全然許しますよ全然」


 むしろ今のような状況では、こっちの方が許して欲しい。


「…………フゥーーー」


 風船のように息を吐き出した片テールがクタる。耳の頭がやや赤いのは、まだ怒っているからだろうか?


「き、緊張したぁ。だって、今までの雰囲気と違って正座で促してくるんだもん。『罪人(つみびと)に罰を求める』とか、知識で知るぐらいよね?」


 何を言っちゃってるんだろう。


「真摯に対応しようかと思いまして」


 しかしそんな事は言わない。だって、痛くするんでしょ? 言ったら、痛くするんでしょ!


「あ、あ、そっち? なんだぁー。もしかしたらあたしの首を差し出しても足りないかと思ったよ。ほら、そっちの八家って政財界への関わり深いじゃない? 陰陽寮からこっち、うちじゃ権力者と交わると録なことにならないって方針とってるからさぁ、お互いに暗黙で不可侵だったじゃない? だからってあたしを渉外担当にすることないよね? ハグレてるのって若手じゃ実力高めの奴だったからさぁー。いや、こちらとしても被害を抑えようとはしてるのよね。でも組んでるのに認識阻害の凄い奴がいるっぽくて」


 ぐったりとしていた方テールだったが、途中から元気を取り戻してきたのかガバッと起き上がってきた。近い近い近い。ちょっとパーソナルスペース越えてこないでくれます? 使徒なの?


「あの、そろそろおいとましないと」


 年頃の男女が密室に二人きりとか危険が危ないからね。主に生命的な意味で。


「え、あ、そうよね? …………」


 ゆっくりと立ち上がる。焦っちゃダメだ。何気ない感じで帰るんだ。問題ない。


「あ、待ってよね」


 問題しかない。


「なななななななななんでしか?」


「……なんでそんなにブルブルしてるのよ」


「寒くて」


 心が。悲鳴を上げてる。


「…………あの、連絡先とか、交換しとかない? ほら、互いに知っておいた方がいいよね?」


 ごそごそとポケットからスマホを取り出す片テール。


「すんません。自分、携帯電話を持ってなくて」


 バカ野郎。人違いなのに連絡とかされても困るだろ?


「嘘?! じゃあどうやって連絡とればいいのよ!」


「手紙を瓶に入れて海に流してくれれば」


「届かないでしょ?!」


「新聞の広告欄に土下座の思い出を語り合おうって入れてくれれば」


「読まないよね?!」


「ヤフーニュースのトップを飾れば」


「スマホ持ってるでしょ? 持ってるよね!」


 いえ持ってません。今は。


 こちらは真摯に伝達手段を伝えてるというのに何が不満なのか、片テールは立ち上がって距離を詰めてきた。


 ジト目で見つめてくる女子と瞳をザブンザブンと泳がせる男子の出来上がりだ。


 おかしいな。嘘なんてついてないのに。届くとも読むとも見るとも言ってないからセーフ判定なのに。おかしいな女子。


 僕の視線が扉や窓に流れるようになったぐらいで、片テールは深い溜め息をつくと共に、モダンな机の引き出しから封筒を取り出して渡してきた。


「はい、これ。協力を約束してるから、渡しておいても問題ないよね」


 これはお金だ。慰謝料ってやつだろう。受け取れない。人違いなんだよ?


「ありがとう」


 だから医者料として貰っておこう。アイタタタ、潰れたお腹が痛い。右だったかな? 左だったかな?


 俺はいい笑顔で封筒を受け取った。










 俺たちの高校が占めているエリアまで戻った。


 凄い騒ぎだ。覗きでも出たんだろうか? 許せないよね。


 バタバタと駆け回る教師陣に見知った顔が。


「副担任先生!」


 声を掛けてみる。


「あ、八神くん! まだ部屋に戻ってなかったの?! 早く戻りなさい、後で各クラスの担任が点呼して回るから!


 副担任先生にツッコミがなかった。うちのクラスの副担任ことフクタンは相当慌てているようだ。浴衣ってことは風呂上がりだろうか。


「何かあったんですか?」


「知らないの?!」


 何か事件でもあったのだろうか? 女子がバットで暴れたのは違うよね。よくあるもの。


「本当は言って回ることじゃないんだけど、多分部屋に戻ったら他の生徒に聞くだろうし…………ここの最上階から飛び降りた人が出たって騒ぎが起こって、それが、もしかしたらうちの生徒かもって! 顔は見てないらしいんだけど、落ちていくのを見たって人が多くて……さあ早く戻りなさい。あ、八神くん! 足を折ったり大怪我してる人とか知らない? 見てない?」


「知りませんね」


「そう……じゃあ部屋で待機しててね」


 手を軽く振るのもそこそこに走り去っていくフクタンを見送る。


 そうか、つまり。


「反省タイムは終了ということだな?」


 部屋で待機と言いつつも互いの部屋を行き来している生徒を見ると、どさくさに紛れてもいいようだ。


 それにしても飛び降りとか怖い。何があったんだろうか。





 部屋に戻ると、アイドルの応援Tシャツを着てる班員が嘆いていた。


 何があったんだろうか。やだ怖い。


 

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