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あたしとあいつ 3



 姿見の前でクルリと回る。スカートや制服の裾がよってないかチェック。顔を鏡に寄せる。眉よし、睫毛よし、リップよし。前髪をちょいちょい弄る。枝毛とアホ毛は…………なーし。


「……よし、オッケー」


 足元のボストンバッグを持ち上げる。……ちょっと重い。ホテルや旅館に服を送っているので、これでも選別したんだけどなあ。キャリーケースにしたらよかったかも。


 厳選から洩れた残りの服がベッドの上や椅子の上に無造作に広がっている。


「…………帰ってきたら直すし」


 うん、問題ない。


 そもそもほとんどの行動が制服にジャージだから、選ぶのはインナーとか部屋着なんだけど。ラビィとかジェラピケとか可愛いから着たいの多いし、嵩張る。いやいや、バッグに入ってるのは、替えのシャツとかリボンとかだし、あとは……なにいれたかな? とにかく大丈夫な筈。


 ふと鏡に映る表情から楽しんでいる自分に気づく。落ち着くために深く息を吸い、しかし下がらないテンションを表すかのように、艶めいた吐息が漏れる。


「修学旅行、かあ……」


 期待なんかしてない。そもそも期待ってなに? 学校行事ってだけだし。今時の女子高生なんだから週末旅行で海外へ行ったりするのに、国内ぐらいで騒いだりしない。


 心を沈めながら革靴に足を入れる。玄関の扉を開くと冷たい空気が顔に当たる。


「さむ……」


 他に住人のいないマンションだが、管理業者や清掃の人が入ったりするので思わず左右を見渡す。独り言、聞かれたらハズいし。


 空調管理型の密閉式の廊下だが、特に起動させてはいない。移動が非効率だったので一階に住んでいる為、外気が紛れこんできて尚のこと寒い。


 カードキーでロックを掛けつつ、ふと思う。


「……あいつ、来ないとかないよね……」


 扉をガチガチに施錠して布団にくるまって籠城する姿が脳裏を過る。


 ……ないない。もしかしたら今日休んだら一週間休みとか思ってそうだが、いくらなんでもそこまで短慮じゃないでしょ。


 寒さのせいか、気持ちのせいか、自然と足が速まる。


「……ふふ、んでもって無意味に課題とか終わらせてて、ふふ、結局意味なくて終わるとか」


 ありそう。


 すれ違う人がいたのに、自然に漏れでた笑みをマフラーを引き上げて隠した。


 ……少し恥ずかしい。


 繰る足が少しばかり速まる。予定の時間より遅れているからだ。嬉しいからじゃない。


 でも吸い込む空気の冷たさは気にならなかった。










「一緒に回ろうって言ったのに…………嘘つき」


 嘘つく奴なのは知っていたけど、ついていい嘘とついて悪い嘘って、ある。


「……嘘つき」


 一人ホテルの部屋に戻ってきた。ちゃぶ台に額をつけてブツブツと呟いて時間を潰している。ツイッターだ、なーんて。


「……つまんない」


 ハアーと息を漏らす。何を思って出ているのかよく分からない。


 ……分からない。


「……お風呂入ろ」


 秋口さんとあいつ、一緒にいなくなったけど心配はしていない。心配ってなんだ?


 どうせ面倒になって部屋でダラダラしてるに決まってる。……って思ったのに。誘っといてどっか行く神経もそうだけど、ほんとにもう……。


「なに考えてんのよ!」


 ……罪のない座布団が犠牲になってしまった。あいつが悪い。


 とりあえず、もう一回あいつの班が泊まっている部屋に行ってみよう。自由時間の為か、見回りしている先生もいない。部屋の行き来が今は自由だ。気軽に行ける。


 開けようとした扉が先んじて開く。あいつと目が合う。思わず固まってしまう。なんか言わなきゃなんか。


 幾万という言葉や思いが喉で詰まって出てこない。なんだ、これ。


 そんなあたしを見透かすように、あいつはやれやれと首を振る。


 なんだ、それ!


 直ぐさま閉められる扉に条件反射のように飛び付く。開かない。


『同じ手は喰わん』


 意味わかんない!


「ちょっとー!」


 あれだけ詰まっていた言葉がするりと出てくる。怒らせるあいつが悪い。


 なんか濡れてなかった? 小脇に誰かを抱えていたような? 服はボロボロだった。


 どうしてそうなる?


 理不尽で不可思議なあいつに、こみ上げる思いがドンドンと扉を強く叩かせる。そうか。これが壁ドンか。


 どうせ開けてくれはしないんだから、嫌がらせのつもりで叩く。さあ開けろ。さもなきゃあたしの手が死ぬぞ。


 すると聞こえる解錠音。


「ちょっと! 説明」


「こいつは土産だ!」


 空振ってつんのめるあたしに何かを投げつけられる。土産? 重い。冷たい。


 受け止めきれず後ろに倒れるあたしを無視して帰っていくあいつ。お尻打った。痛い。涙出る。咄嗟に起きようとするも、投げてきた物が邪魔で起き上がれない。


 あ、あったまくる~!


「覚えてなさいよー!」


 うわ、遠吠え台詞。でも言わずにはいられなかった。ほんと覚えとけよ。覚悟しろよ。


「……うぅ~、ひどいぃ」


「……え、は? 秋口さん?! え、なんで?! うわびしょびしょ! 浴場に、いや待ってて! 直ぐにお湯溜めてくるから! 本当に何があったの? この季節にそれは死ぬよ?!」


 あいつはなんで平然と震えもせずに立てていたんだろうか。体温ないの? 冷たいし。ロボットなの? だから鈍い。 


 秋口さんは唇も紫色で、手の指先も足も全身がガタガタと震えているというのに。張り付いた髪に服に、たっぷりと水分を含んでいるのが見てとれる。ちょっと水を浴びたなんてレベルじゃない。服を着たまま水に浸かったという具合だ。


 まさか真冬の海に飛び込んだ訳じゃあるまいし。


 そんなの自殺だ。馬鹿でもしない。


 お湯の温度を上げてお風呂にお湯を張る。暖房も効かせて、まだお湯が溜まる前に秋口さんを放り込んだ。


「シャワー浴びてて!」


 服のまま放り込んだけど、あれだけ濡れてれば一緒だ。中で脱ぐだろうし、一秒でも早くお湯に浸かっていた方がいい。


 直ぐさま聞こえてきたシャワー音にホッと息を吐き出す。あとは着替えと温かい飲み物だろうか。





 浴衣を出しながら、勝手に荷物を漁る訳にもいかず、下着をどうするべきかと、あたしは悩んだ。

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