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あたしとあいつ 2



 あたしは助かった。


 助かった?


 変なの。


 助かる筈がない。あたしは貪られて弄ばれて消えていく。そのはずだ。おかしい。目の前で携帯を投げ捨てる男子はおかしい。


 終わりが変わる筈がない。『終わり』は誰にでもやってくる。だからあたしが終わりを予測するのは変じゃない、変じゃないでしょ、お父さんお母さん……。


 気がつくと手を伸ばしていた。


 掴んでいた。


 わんわん泣いていた。


 ひどく、面倒くさそうな表情の男子だ。結末が読めない男の子。変わるかもしれない。変えて欲しい。


 普通の家なのに廃墟のような部屋でくつろぐ男の子。すごいちぐはぐ。


 何故か一晩泊まることになり、何故か送って貰うことになり、何故か安心している自分がいる。食べた唐揚げに泣きそうになった。


 自室に帰るとベッドに横になった。いつも通り一人。一人? 上から着せられた男子の制服になんかおかしくなって笑った。この日は、薬を飲まずに眠れた。


 可能性があるんだろうか。今まで夢見た可能性。父さんと母さんとあたし。別にまた三人で暮らしたいなんて言わない。元に戻してなんて言わない。ただ、もう一回。あと一回。三人で食卓を囲めないだろうか。


 学校に通う。


 あいつと繋がりを持つのに必死。自分の滑稽さに笑う。めんどくさそうなあいつの表情に傷つく。最低、あいつ最低。


 一人になる時間。一人にさせまいとあいつが現れる。あたしは驚く。


 なのにひどく嫌そうな表情。あたしはイライラする。


 あいつを探すと捕まらない。あれだけ強いのに選手じゃないとか。あたしは手渡す予定の紙コップを握り潰していた。


 あたしはあいつのことを知ろうと思った。


 名前は直ぐに分かった。でもあいつが名乗るまでは呼んでやらない。あいつがあたしの名前を覚えるまで呼んでやらない。


 クラスだって知ってる。家だって知ってる。アドレスだって知ってる。なのにあいつのことは分からない。


 まず、なかなか捕まらない。なのに予想出来ないような場所で出会う。


 あまりモテそうに見えない。なのに女友達が多い気がする。


 活発に行動するタイプではない。なのに行動範囲が広い。


 なんなの、 ホントなんなの?


 違う方面からアプローチしてみる。友達になろう云々、男子が怖い云々。自室に戻ると転げ回る日々だ。発言が恥ずかしい。リアクションの薄さにムカつく。


 あたしはクタクタになって眠りにつく。


 分からないってこういうことなんだ。皆、分からないまま生活している。それは凄く大変で、ちょびっとワクワクする。あー、ムカつく。


 気づくとモヤモヤしてる。


 気づくとヤキモキしてる。


 変なの。


 移動教室の時に、あいつの教室を覗く。きちんと教科書とノートを出しているのに笑ってしまう。


 合同体育の時に、あいつの座っている辺りをみる。ボールが来そうな危ない位置だ。なんでそんなところに?


 学食にいるんじゃないかと食堂に顔を出す。意外と女子に話しかけられたりするらしい。あたしと違う反応の仕方にちょっとムッとする。


 街にいる時に、ふとあいつを目で探す。暑い夏の日、あいつが部屋から出る訳ないのに。


 生徒が溢れる帰り道、視界の端をあいつが横切る。横切った気がする。少し足を速めて確認するも、見つからない。


 あいつの家の前に立つ。あいつの部屋の窓を見上げる。いつの間にか送ってたメールに返事はない。今時メール。こみあげるこの感情はなんだろう。なんか出てきて欲しいな。窓を見つめる。顔を出さないかな。ああ、分からない。ずっと立ってようかな。激しく開く窓から、文字通りあいつが飛び出してきたのは、この直ぐ後。


 クラスメートとも話すようになった。情報収集。色々遊びに行った。


 彼氏と喧嘩してる子。仲直りする。好きなバイトを始めた子。4日で辞めちゃう。あたしのことが好きな男子。二つ隣の地味めな女子と結婚する。


 これがなんなのか分からない。でも気にしない。そっか。気にしないでいい。


 ボールを投げる。ここでボールを投げると、昼休みに男子が拾って適当に遠投する。体育の時間が終わって片付けるボールの中にグラウンドの隅にあったボールが紛れる。体育教師が関係のないボールを見つけてとりあえずポケットに入れておく。廊下で落とす。掃除の時間に拾った男子がキャッチボールを始める。教室で言い争いを始めた男子が向かいの男子を突き飛ばす。教室から急に出てきた男子にボールが反射して窓ガラスが割れる。その男子の頭に溜まっていた血が破裂して死ぬ。


 渡り廊下で拾ったボールを見つめる。硬球だ。背後を通った男子と目が合う。顔を赤くしている。あと少しで死んでしまう男子。


 あたしはボールを持って返ろうとした。


「あっ」


「ご、ごめ!」


 文化祭の準備中期間だったためか、前が見透せない程の荷物を持った男子に背中からぶつかられた。


 ボールが転がっていく。


 拾えば間に合うだろうか。分からない。しかし『始まり』だ。『終わり』は必ずやってくる。


 咄嗟に手を伸ばすも届かない。いつも届かない。


 あいつがひょいと現れた。


 ボールが落ちる寸前であいつが捕まえると、あたしに手渡してくる。あたしはそれを呆然と見てる。


 知り合いなのに声も掛けずに去るあいつ。ムカ。思わずボールをあいつ目掛けて投げた。あいつの後頭部にボールが当たった。


 『終わり』はもう見えなかった。


 あいつは酷い。


 相手のことなんて考えない。


 あいつは鈍い。


 自分のことなんて考えない。


 あいつは嫌い。


 あたしのことを見ないから。


 あいつは……。





 溶けて固まってしまった心を、新しくすることをあたしは望んだ。元に戻すことなんて出来ないから。投げ捨てた心をあいつが受け止めた。ひどくめんどくさそうに。


 喚き立てるあたしを放って、あいつは足早に去っていく。


 あたしはそれを追いかける。


 罅割れた蓋の前をあいつが歩く。向こう側は見えない。あたしはあいつの背中を追いかける。



 追い付けた時は、逃げることなく前を見れるだろうか…………。



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