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あたしとあいつ 1



 まさか新幹線に乗りそこねるとは……。


 そんな馬鹿な、を平気でやる奴と、知り合いになったのは最近。




 あたしの家庭は、すごい冷めてる。


 というのも、あたしが両親の仕事に口を出したのが始まりなんだろうけど。


 幼稚園ぐらいまでは、共働きをする仲の良い両親だった。唐揚げが好きな父さんに、お肉が嫌いな母さん。でも唐揚げが食父さんは、いつもあたしを味方につけて晩御飯を肉料理にしようと提案してた。仕方ないわねと、微笑ましそうに折れてくれる母さんが大好きだった。


 歯車を狂わせたのは、あたし。……あたしだ。紛れもなく、あたし。


 小学校受験。


 勉強が得意だったあたしは、私立の小学校を受けて受かった。子供心に父さんと母さんが誉めてくれるのが嬉しく、頑張った。


 父さんと母さんは話しあった。


 あたしの将来の為に、お金を積み立てよう、この子はきっと凄い才能がある、ってね。


 親バカだったのかなあ……今となっては分からないけど。


 海外の大学まで考えたのか、積み立てる金額の最終到達地点は高く、父さんは起業を決意。ある程度お金を稼ぎ、経験をしたいからと株なんかも始めた。


 あたしは父さんが勉強をしてるんだと思った。


 父さんの膝の上に座り、一緒に株価の変動を見ていた。この線が上がったり下がったりするのは予測するのだと、父さんは言った。


 子供を理解させる為の、おおざっぱな説明。


 あたしは簡単だと上がる線と下がる線を予測した。


 最初に当たった時、父さんは凄い凄いと誉めてくれた。


 それが何回続いても、父さんは才能がうんぬんと誉めてくれた。そして父さんが起業した。


 仕事から帰ってきた父さんは、上手くいかない時や事業が進まない時に、母さんと相談した。あたしもそれを聞いていた。


 どこの誰々がうちの会社の情報を、ここのパイプがないと他社に先んじられる、そんなことを苦しそうに言っていた。


 あたしは答えた。知りもしない父さんの秘書の名前と、実績が不確かでリストに載っていない会社の名前を。


 父さんと母さんが初めてみる表情であたしを見ていた。あたしはそれが不思議だった。


 父さんの会社はグングンと業績を伸ばした。


 父さんは家によりつかないようになっていた。


 最初に住んでいたマンションは4LDK。株で上手くいくと7LDK。起業して一軒家。そして豪邸へとあたしは移り住んでいった。


 そう、移り住んでいくのはあたしだけ。


 起業して父さんの悩みを聞いていた頃、母さんが食品の買い出しにいくと言った。だからあたしは「いつものスーパーで二番目のレジに並ぶと、お腹刺されちゃうよ? 違うところいこう」と注意した。母さんは激しく怒った。母さんは刺された。


 母さんは入院したのを機に、家に帰ってこなくなり、母さんの入院中の荷物を取りにきた父さんをみた時に、何故か分からないが、父さんと母さんがあたしが成人すると同時に離婚するだろうという強いヴィジョンが浮かんだ。


 父さんと母さんは、あたしを怖がっている。でも父さんと母さんは仲が良い。離婚はおかしい。するわけない。


 あたしはあたしに蓋をした。この先に待ち受ける事実(・・)を、あたしは拒んだ。


 しかし、家には誰も帰ってこない。広すぎる家で、お手伝いさんと過ごす日々の始まりだった。


 中学受験も受けた。もしかしたら誉めてくれるかも。そんな考えがあった。


 学校の勉強は簡単だった。というより、『難しい』『簡単』という地平にいない自分に気付いた。あたしは勉強なんかしてなかった。


 父さんと母さんからお祝いはなかった。


 高校はランクを落とした。


 もしかしたら、あたしが、家をでれば、あの事実は消せるのでは?


 もしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたらもしかしたら。


 心配するのでは? 喜ぶのでは? 帰ってくるのでは? 愛してくれるのでは?


 頭に浮かぶ無数の可能性と、罅の入った蓋に、あたしは嗤った。


 電話をしたら秘書がでた。父さんの浮気相手。住む場所が欲しいと要求。マンションを一棟買い与えられた。


 マンションに引っ越すと母さんに電話。繋がらず、後日お手伝いさんが了承を告げた。


 お手伝いさんは家の管理に残り、あたしは一人になった。


 首席合格だ新入生代表だという手紙を、開かずに床に放り捨て、あたしはベッドに転がった。


 あたしは笑った。そう、笑い続けた。目から涙がボロボロと零れるのがおかしかったから。


 高校生活も中学生活も大して変わらなかった。くだらない教師、くだらない生徒、くだらない毎日、くだらないあたし。


 罅割れた蓋から、時々、何かが見えるようになった。


 男子生徒を嬉々としてぶっ飛ばす女子生徒の死。将来犯罪者になる頭のいいクラスメート。ボロボロになりつつも何かを成し遂げる先生。


 どうでもいい。


 目の前がクラクラする。全員揺れてる。あたしは回ってる。


 ……長く生きるのがめんどくさくなった。二十歳まで生きると……。


 あたしに話し掛ける先輩。明るくて可愛い。薬漬けにされて売られちゃうのに。あたしに話し掛ける理由? あたしの立場が高いからだ。あたしも引きずりこまれる。先輩が裏切るからだ。もういいや、それで。


 楽しい。これは楽しい、だ。だって皆笑ってる。人に迷惑掛けて、傷つけて、笑ってる。


 学校に行かなくなった。だからなんなんだろう。先輩と遊ぶ。お洒落して化粧してショッピング。男子と合流。カラオケに花見。サークル活動サークル活動! と先輩がはしゃぐ。まだ飲めないアルコール。飲み干す先輩。気にしない。


 気にしない気にしないルールなんて気にしない。誰の感情だろうと気にしない。誰がどうなろうと気にしない。


 ――――あたしがどうなろうと、気にしない。


 先輩があたしの家を見て口にする。「へー」と、いつものテンションはない。サークル活動とやらの男どもは、先輩よりあたしを見ているのに先輩が気づく。先輩と遊ぶ回数が減り、先輩があたしに怒る回数が増える。大学生は忙しいらしい。そろそろかな。先輩抜きで遊ぶ日が増える。いつの間にかあたしの連絡先を知ってた。あたしを連れ出す頻度が高くなる。上手くかわすあたしに焦れる男ども。もう無理かな。先輩からの連絡。ああ、今日かあ。いつも通りの格好で、いつも通りの待ち合わせ。でも待ち受ける結末は違う。いつも制服だ。面倒だし。頬を殴られる。また殴られる。萎縮させるために。萎縮した。カメラを用意してる。どうでもいい。乱暴に服を破かれた。…………これで、死んでもいい理由にはなるかな?




 ……………………なんで涙が出るんだろう。




 分からない。



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