めんどくさがりとスイート
「なめんなよ」
ズタボロだぜ。
覚醒一番、声を出して起き上がる。俺じゃなかったら死んでたなんて言わない。誰でも死ぬわ。
死んでいるはずの肉体が鈍痛を訴える。主にお腹が痛い。原因は一つ。食事だな、間違いない。
ホテルを訴訟して億万長者で楽勝人生まで組み立てた。完璧。ただ死んでなければね。残念。
お迎えの天使はと、ここでようやく周りをキョロキョロ。豪勢なひじ掛け椅子に座っている黒ジャージ兼片尻尾と目がバッタリ。スマホなんかいじってらっしゃる。
もしもしジーザス?
応答がない。屍だけに。どうやら地獄方面のようだ。いや待てよ。品行方正で優しく真面目な俺が、地獄に落ちたりするだろうか? 窓からは落ちるよね。だって窓だもの。
「生きてる可能性が微粒子レベルで存在するな…………どういうことだ?」
いやいやそれはないって。グチャっていったもの。最初はグーって幻聴が聞こえてきたもの。待て、参った参った、って言った雰囲気出したもの。
考えこむポーズで口に手を当てた俺に、片尻尾が呆れたように声をかけてくる。
「いや、生きてるし。ほんと不思議だけどね。まあ、ちょっとした騒ぎになってるから、ほとぼりが冷めるまではゆっくりするといいよ」
「ホワイ?」
白。
「いや、なんでって……普通あんだけ騒ぎながら走り回って飛びおりなんてかましたらそうなるよね?」
どうしよう。白か黒か警察用語的に聞いただけとは言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。発音って大事。
とりあえず空気を読んで、成る程と頷いておく。
ちょっと意味あるのかというサイズのベッドから抜け出し、キチンと揃えられていたスリッパを履き、トイレ行くのに不便な広い部屋を無駄に豪華な家具を避けて横切り、扉に手を掛けて振り向く。
したらば拙者はこれにて。
「人の話聞きなさいよ! しばらくほとぼりが冷めるまでって言ったでしょ?!」
ははは、何を言っているんだろうねこの片テールは。迸るパトスなんてとっくに冷めてる。むしろ警察関係者には片尻尾を指差すこと相違ない。あいつです。急に追っかけてきて怖かったです。ってね。
黒か白で言えば真っ黒な片尻尾だ。そう言えば奴が纏っているオーラのせいか服さえ黒く見える。逮捕勾留は免れないだろう。
「じゃーな黒ジャージ」
「だから、聞けえ! 人の話!」
片手を上げてニヒルに微笑む。なんか慌ててるが、ほとぼりなんて言っちゃう奴なんで、きっと自分が捕まることを恐れているのだろう。やだマジ犯罪者。
扉にノブなんぞ存在しなかったが、代わりにボタンがあったので押してみると、バシューという空気音と共にスライド。最近のホテルヤバいな。そのうち宇宙に進出しそう。
「どこにいくのですか?」
「間違えました」
開いた扉から眼鏡を掛けたクールビューティーが登場したので再びポチっと。
閉まる扉。消える美女。ミステリー。
ふう。どうやら外に繋がる扉ではなかったようだ。
ヘブンズドアーだった。間違いない。
「……いや、あのね」
再び手元のボタンをチラリ。よく見るとタッチパネル式の液晶とカードを通すチェッカーがついている。
ふむ。
明後日の方向を見つつ無反動パンチを打ち込む。なんか電気的な音が響いてきた。
「壊れたな」
「壊したんでしょおおおおおおおおお?! は? マジで何やってんのよ! 稲田が入ってこれないじゃ、って、あたしらも出れなくない?!」
「落ち着け」
ひゅばっと差し出した手の平を片尻尾に向けて興奮を抑える。俺の真剣な様子に息を詰めた片尻尾に告げる。
「機械には程よい刺激を与えると直るという法則が存在するらしく、つまり俺は壊れるのを抑止するための次善の策を行使しただけであって壊したという言い方は正しくないと思われる為、撤回を要求する」
「元から壊れてなかったでしょおおおおおおおお!」
ちっ、駄目か。
しかし俺も学習する。女性が小首を傾げるのが惨殺サインであるように、奴らには扉の前にいた異性はとりあえず殺っとく的な習性もあるみたいだからな。ここで上手いこと言いくるめねば、先程のクールな女性に冷酷な鉄槌を下されに違いない! やらせはせん……殺らせはせんよ!
大丈夫具合を演出するために、テレビで得たと思われるフワッと知識を披露する。
「まずは水と食料の確保だな」
「……どこの無人島よ」
え、違うの? 外に出れないとかお腹すくじゃない! という姉的な発想じゃないの?
じゃあトイレやお風呂問題か? おいおい、ここはホテルだよ。そんなもんついてるに決まってるだろ、やれやれ。
「……なんでそんな目であたしを見るのかな? よくわかんないけど、イラっとするから止めてくれる」
「オーケー」
だから殴らないで。握った拳は開いた方が素敵だよ。
「……それで? なんで鍵壊したの」
うん。ぶっちゃけ言うと、扉の目の前に全く知らない女性がいて動揺してしまったというのが理由だ。短く? めちゃ怖だったから。
ああいう人って、あれだ。デキル系? なんか怖い。
社長秘書とかによくいるタイプで、こちらが既に聞く前に仕事を終わらせておく的な人に見えた。『例の件、どうなっているかね?』という発言から始まる一連のやりとり。
しかしどうだろう。そこに一手間加えると見えてくる。妄想。綺麗な女性を見るとついつい出てしまう男子高校生の癖。
淡々とターゲットを呼び出す秘書。効率よく後ろから忍びよる秘書。黙々と山中で穴を掘る秘書。
帰ってきて身だしなみを整え、社長の後ろに控える秘書。一言。
『既に処理しておきました』
「やらなきゃ、やらなきゃ殺られると思ったのでやりました」
「鍵壊さなきゃ、壊されると思ったから先に壊したってこと?」
「何言ってんの? バカじゃん?」
結局鍵は壊れる件について。
正しい指摘をしたと思うんだが、理不尽にも再び拳を固めてくる片テール。二人きりになったため本性を表してきたな。ビッチ! 間違った。シット!
ホテルの部屋で見つめ合う男女。なんてヴァイオレンス失敬ロマンチックなんだ。死ぬ。
片テールの目が剣呑になり始めたぐらいで、ゆっくりと俺の背後の扉が開く。
「こういうアクシデント用に手動で開く仕組みもございます」
チャラリとカードタイプでない鍵を見せてくるクールビューティーがそこにいた。なるほど。死が不可避。
「朱、説明の方はもうされましたか?」
「してない。ていうか、ほんとにちょっと前に起きたんだよね」
「起きてすぐに部屋の鍵を壊したと?」
「いや、えー……う、うん。なんか、そう聞くと……」
「なるほど。分かりました、的確な判断です」
「稲田?! わかるの?!」
わかるの?!
驚愕の眼差しを向ける片テールと俺に、然もありなんと頷くクールビューティー。
「年頃の男子高校生というのは、得てしてそちら方面に思考が伸びがちです。ましてや朱の見目は良く、誘惑されたとしても詮無きこと。二人きりの状況に邪魔が入るのを嫌ったのでしょう。朱を料理する前に退路を経つ考えも加味して、扉を破壊したと。瞬時の判断力に実行力、見事なものです」
「誉めるとこ?! 危うく傷がつくとこだったんだけど! ていうか、その推理合ってなくない?! 素早く部屋から出ていこうとしてたけど!」
「余りの魅力に、つい」
「でしょうね」
「嘘ついてるよね?!」
クイッとメガネを押し上げるクールビューティーからの同意に、悔しげに握り拳なんて作っちゃう。この波に乗って上手く遠くにいけないかと。
周りの調度品から察するに恐らく高い部屋と思われる。だとすると別棟だ。逃げるのにも時間が掛かる。話を合わせつつ油断を誘うのだ……!
なーに、やってやれないことはない。二人から見えない角度の口の端を釣り上げる。いける。俺なら出来る!
「ですので、私としてもマネージャー兼ボディーガードとしての役割を遂行させてもらいます」
はい破綻。
どこに持っていたのかスタン警棒なんて取り出すクールビューティー。カシャンカシャンと伸びる警棒。
カシャンカシャンカシャンカシャン。ゴムの人ですか?
床に届く長さに警棒が毛足の長い絨毯に埋もれスパーク。焦げる。
本来なら取り回し辛い室内なのに無駄に広いスペースが、警棒を振り回す空間を実現。
「稲田?! ちょ、わかってんの?! 伝えることあるよね!」
片テールさん、信じてました。
コクりと頷くクールビューティーは、よくよく見ると片時も俺から視線を外していない。
「聴覚は残します」
なにこのスイート。甘くない。




