めんくさがりの修学旅行・夜 2日目〈廊下〉
ジャージ姿で部屋。
の前で正座中だ。
「あんなぁ……修学旅行ではしゃぐのは分かるが、こんな時間に大して交流のない女子の部屋に、約束もなく凸したらこうなるだろ?」
気のせいかな? 本来説教役のはずの教師が凄い同情的口調で喋ってるよ? あれれ?
「……あ、はい……」
「…………すいません」
「……」
「……した…………」
ほんの少し前までテンション全開だった同じグループの男子は、今や生きる屍かというぐらいの下降っぷりだ。やだ親近感。今なら友達になれる。
というのも、彼らも女子の怖さを今、その身に焼き付けている最中だからだ。
先生の後ろでは、嫌悪感を隠すどころか具現化出来るんじゃないかという程に不快そうな女子の皆さん。騒ぎになりかけているのか、扉のあちらこちらから嘲笑を貼り付けた顔が覗く。
そう、彼らはやってしまった。
なんでも自由行動はいい雰囲気で回れたらしい。途中で体調を崩した茶髪は抜けたが、女子グループとは充実した感じでいけた……という主観の話を夕食で聞いた。二回目の夕食で腹がはち切れそうだった俺は、とりあえずうんうんと頷いていたのが徒になり、一緒に女子に夜襲をかけることになった。
テンション高く風呂場で念入りに準備する彼ら。テンション低く部屋で念入りに武装する俺。
遺書を書くべきだという俺の忠告を無視し、軽装の彼らは無警戒にもヘブンズ・ドアー(女子部屋の扉)を開けてしまった。
彼らは天国を知り、叩き落とされることになった。
まあ、ぶっちゃけテンション上がった男子が、着替えやらなにやらの女子無礼講中に部屋に入ってきたから、キレた女子がセンセー! 攻撃。一言で?
あいたたたたた。
この状況に同情的な担任なのだが、罰を与えないわけにもいかず、とりあえず正座でお説教のような形をとっている。しかし実質は飢えた魔人どもの防波堤になってるという崖っぷちである。
彼女たちは待っているのだ。パーティータイムを。担任は防ぎたいのだろう。世界の終わり(黙示録)を。
ふう、やれやれだぜ。だから坊刃シャツと対ショックベストは着ていけと言ったのに。頭部の護りも甘い。お宝を拝もうってーのにそんな装備だから。ちなみにガチガチな装備の俺が一番注目を浴びている。あの短冊を持って帰るべきだった。
この気まずさの膠着状態を脱するために、仕方ない俺が人柱となろう。ぶっちゃけ早く寝たい。
被害にあった女子。その先頭で髪を指で巻き巻きしながらも眉間に皺を寄せている……えーと、女子! に向けて膝を外に開く。
古来から伝わる日本伝統のポーズの前段階だ!
「な、なによ」
こいつは……えーと、名前……? ……ともかく! 一番被害がデカかった女子だ。具体的には上のライトグリーンが少しズレてて下の肉を黙視ひゃっほうだった。
なんだかんだでまだ誰も誠意を見せていないのだ! それが怒りが納まらない主な原因! 色々飛んできて悶絶してたとかは理由にならんとです。
俺は手をつき、頭を下げて、一言。
「ありがとうございます!」
「――死ねっ!」
「眞鍋?!」
やつらは本性を表した。
「ふう、危ないところだったぜ」
「いやボコボコじゃねーか!」
「八神くんよく喋れるね?!」
「女子、こえー……」
「な? 躊躇いとかなく踏みにじってたな」
防御チートと言わんばかりの俺を囲んで蹴りの雨を降らすクラスメート女子だったが、大したダメージはなく「ふはは! 効かんなあ! 緩いマッサージかね?」と余裕発言をしたのがいけなかった。
金属バットの登場だ。
使い方の間違いを指摘したというのに、急所にフルスイング。いや球を打つ物とは言ったけどさ? この子だけは、お願いこの子だけは?! 体勢、柔道でいうところの亀で耐えた俺だったが、容赦はしてもらえなかった。配役が逆だからね。仕方ない。
そのリンチに腰の引けた担任は内股で震え上がり、他の正座仲間は土下座して謝っていた。
おいおい、そこはお礼だろう。
お風呂上がりの副担任が通りすがり事なきを得たが、反省文と消灯までの正座を言い渡されるマイ班。互いのためと、正座は人通りの無い寒い廊下に場所移動。今ここ。
命は助かったのだから危ないところであってるじゃないか? ははは馬鹿だなぁ。
人の気配がなくなったところで足をくずす。あーやれやれ。
「いやいや、正座しないと……」
「……なんつーか、意外と悪いよな、八神」
「いやー、でも俺も限界だわー、クタクタなのにずっと正座とか無理っしょ?」
「だなー」
つられてチャラと相棒も足をくずす。ラノベと隣の席の奴が顔を見合わせる。
躊躇している級友の背中を押すのが友達。そっちが崖だ。
「いいか、モブ、ラノベ。シュレディンガーの猫というのを知っているか? 箱の中に猫がいるかいないかわからんとかいうやつだ。持ち上げろと言うのは置いといてだな、観測されるまでは物事は不確定という状態を現しているとされる。つまり、正座をしていると思われている今の状態は、例え足を伸ばしていたとしても正座中であるといえよう。わかるな?」
カッと劇画調になるラノベ。
「いやバレなきゃいいって言ってるだけだから」
ノリの悪い隣の席の奴。
一人良い子を貫こうとする隣の席の奴に魔法の呪文を唱える。
「連帯責任」
「よいしょ」
最後の一人を陥落させた俺の手腕は正に悪魔的と言えるだろう。つまり本物には負ける。
車座になってワイワイ言い始めた正座仲間を横目に階段脇にある自販機で温かいカフェオレを買う。寒いのがいけない。冬が悪い。
「おいおいヤガちゃん」
「あ、でも俺も」
「僕も」
「おーれも」
次々と成果を上げる自販機。そう。滞っていた経済のために俺は身を切ったんだ。欲望に正直だったわけじゃない! マジあったけえ。
人の来ない廊下の隅でダベりながら輪を作る僕ら。反省中。微糖なチャラ男が息を吐き出して語り出す。
「やー、最後マジビビったけど、今日楽しかったくね?」
「いや、終わりがキチぃよ。なんだよこの痛い感じ」
「そうだよね……。つーか部屋間違ってたじゃん。どうなるかと思ったよ」
間違ってたの?
ブラックな相棒が間延びした声を上げる。
「あーー……、わり、俺だな。まあ良いもの見れたし、な?」
「「「確かに」」」
完璧に弛緩した我々は壁に背を預けて今日あったことをダラダラと喋り出す。
「え、つーかヤガちゃんが一人だったのにビビったわ。なんか速攻姿くらませっからさ、てっきりあのおっとり系と抜けたんかと」
「別々に迷子とかウケる」
「じゃあスカイツリー周辺のテロとか知らない? なんか連絡通路が爆破されたとかで……あの時、結構近くにいたんだよね僕ら」
「え、なにそれ怖い。帰りたい」
なんだよ爆発って。リアルでもっとも縁遠い単語だよ。
「な? つーかテロとかなんだそりゃ都会やべーって」
「あ、俺写真とったわ」
「マジ馬鹿」
「ふーん。あれ撮ったの? あたし丁度収録中だったんだよね? 見せて見せてー」
「わちゃー、スマホ部屋だ、か……ら……?」
「あ、ああ! あ、あの」
「……おお、は、始めて生で見た」
いつの間にか階段越しに話しかけてくる女性を発見。トラウマなのか誰もが驚愕するという正しい反応つきだ。なー? 怖いよなー?
話しかけてきた女の子は、黒いジャージの上下をきている。学校指定の物とは一線を画す質感で、一級品なのが一目で分かる。黒いスニーカーに片側で纏めたサイドテールの髪も黒。唯一大きな瞳だけがやや青みがかっている。長い睫毛に白い肌、人を魅了する蠱惑的な笑みを浮かべたその顔は美少女と呼んでも差し支えないといえよう。つまり危険だ。
挙動不審になっている盾を全面にジリジリと後退する。なんてこった。使用率のまるでない階段、目撃者のいない状況、犯人が黒一色、死神小学生が召喚されてしまうじゃないか。
安心しろ。直ぐに助けを呼んでくるからな!
「やはー。昨日ぶりよね? こんなとこでなにしてんの?」
しかし女子からは逃げられない。黒ジャージの視線はバッチリ俺の方を向いていた。
「し、知り合いなの……?」
隣の席の奴が小声でボソッと聞いてくる。なんで小声?
「全く心当たりがない」
「いや昨日会ったじゃない! ……あー、そかそか。昨日はロビーに居たから外出仕様だったもんね。えーと、……ほら! これでわかるよね?」
ビシッと手でツッコミを入れた後にポケットをごそごそと漁る黒ジャージ。巧妙に射線を盾で遮る位置に移動する俺。
出てきたのはマスクにニット帽。あー。
「全く心当たりがない」
「ええ?! ほら、昨日ロビーで勉強見てもらった! あたしあたし!」
詐欺だ!
更に心で距離をとる俺の用心深さよ。老後も安泰。
しかしそんな俺の警戒っぷりとは別にモジモジしている覗き魔ども。トイレかな?
「えー? あれー? わかるよね? うーん、顔見せてなかったのがここまで響くとか、予想外よね」
むむっ、と口をへの字にして腕を組む黒ジャージ。首を傾けるそれは……間違い! 殺られる!
「あんの、あの! お、俺はわかっ、わかります! 朱抄先輩ですよね?!」
「お、応援してます!」
「いつも番組見てます!」
「いや、話し掛けていいのかな? ほら、プライベートとか色々……」
わちゃわちゃしだす変態ども。しかし今のワードでピンときた。名探偵。
応援、番組、忍の里、ラーメンに入ってるあれ……ではなく。
犯罪者で間違いあるまい。怪盗とか変にカリスマあるもんね。うっすらとテレビで見たことがないようなないような……そもそもあんまりテレビ見ないしな。アニメオンリー。
ニコッと表情を変える黒ジャージ。ファーストフード店のスマイル。営業用。
「ありがとう、嬉しいな。あ、ここの売店にもTシャツとかあるよ。今ならサインをつけちゃうよ」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
なんて速さだ! 最後尾にいた俺を置き去りに売店へと向かう反省中男子。ちなみに先生達の詰所前。
「騙されてる……」
「むっふっふ」
振り向くと口を猫のようにして笑う肉食獣。キザな男子が口にする子猫ちゃんという単語は小さなトラって意味だ。本当かよやべーな猫。
つまり口をトラにする肉食獣と言い換えても合ってる。食べられる。
「やはー。昨日ぶり。今日は大変だったねー?」
? 振り返る。
「いや、あなたとあたししかいないでしょー? あなたに話しかけてるんだけど八神くん?」
? 振り返る。
「なんでよ?! 今名指ししたよね? そこで振り向くのはおかしいでしょ!」
「だって女性だし」
「意味わかんない! もっとツッコまれるとこあるよね?! なんでそんな事実確認?!」
「じゃあ俺もTシャツ買ってきますね」
「待つよね! 行かないでしょ? 行かないよね! ていうかそっち階段だし!」
ガチッとジャージの裾を掴む黒ジャージ。
「違う違うの! 話、話があるの! 聞いて、聞いてよー!」
「わかりました、聞きます。手を離してください。脱げる伸びる死ぬ」
「本当?!」
パッと手を放す黒ジャージ。
「嘘」
ダッと五段飛ばしで駆け出すわたくし。
「……うううううそつきー! もう怒った! 怒ったからね!」
そんな怒声が下から響いていたが、しかしこの差は埋めがたいだろう。ふふふ、命懸けで培った我が潜伏スキルがあれば! 最早見つかることはない! やだ泣けてきた。




