めんどくざがりと裏話
ファーストフード店だよ。
場面転換仕事しろよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!
もうね、姉とのお食事っつーか食事のシーンはいいわ。ここはもう「家に帰ってきたよー!」で修学旅行終了でいいでしょ。斬新。というか学校行事なのに家族と顔合わせるとか死んで(真で)。なにその授業参観。帰れよー(貴様の世界に!)。
はぶっ(咬まれると死ぬ蛇)。
唐突に痛くなった右頬を抑えながら姉を見る。一瞬霞んで見えた左手だったが今は確かだ。
「ここにしましょ」
ポンポンと二人席を叩いたので頷く。姉のセットを席にセット。すかさず一つ通りを挟んだ席に着席。ふう。やれやれ。
「あ、待って。違う。そこの関節はそっちに曲がらないのが人体だから。そこに新しい関節はないから」
「やってみなくちゃ、わからないわ」
臆病でいいから止めて。
だいたい『とって』だから。折ってじゃないから。
渋々と連行される様は、警察と犯罪者に見えるかもしれない。だって姉は片手で俺の両手首を掴んでいるからね。わお、ギチギチなってる。不思議。
解放された後の手首の細さに首を傾げながら椅子を引く。姉が座る。ですか。
対面に回り込んで俺も席につく。姉が早速ポテトに手をつける。そのケチャップは俺が頼んだナゲットのなんだけど?
しかし俺の優秀な学習能力が危険だと判断。声には出さない。遠回しな抗議はどうだ? 可。
俺もポテトを摘まみながらスマイル。ここじゃタダ。にこやかに会話を投げかける。
「おいおい姉さん。耄碌したか?」
「そうねー。どう思うー?」
その握り締めているのはポテトじゃなくてわたくしの指ですよ? なに、食べるの? 肉食系なの?
ポテトのように崩れさろうとしている俺の指を一瞥。廻る学習能力。
「重度だな」
ポテトと弟の指を間違うぐらいだもの。はは。あ。
何もなかった。
ほんとほんと。マジ。マジ何もなかったから。
周りから向けられる視線は相変わらず姉に集中。ただ純度の高い好奇の感情にまみれた視線だったものに、やや畏怖が混ざった気もするが……気のせいだな。
最初から畏怖ひゃくぱーに違いない。
溜め息を吐き出してポテトに囓りつく姉はやや眉間に皺を寄せて頭が痛そうだ。早退をお薦めする。
「あんた、ちょっとは真面目に話を聞こうとは思わないわけ?」
至って真面目ですが?
「えっと、どこまで話したっけ?」
真面目がなんだって?
「ああ、そうそう。修学旅行だからってハメ外してクラスの女子と仲良くなっても学校に戻った時に話しかけた際のテンションの落差にショックを受けるってところよね?」
「男子の希望を持っていかないで?!」
修学旅行が終わったらカースト上位(女子)と下位(男子)がハッキリしちゃう。
「勢いに乗って告白しちゃう勘違い系男子が増産されちゃうだっけ? 上手くいってもクリスマスまでに別れるこれじゃない系女子とかかな? ともかくそんな感じ」
「殺したまえ。もはや神はいない」
指を組んで肘をつく司令官ポーズだ。ただし顔は伏せる。絶望さ。
ズズーと音を立ててコーヒーをストローで吸う女性は何故か嬉しそうにクスクス笑う。噴くなよ?
「なんかあんたと話してるといつもふざけちゃうわ。変なの」
君がね。
「真面目に話しはできないのかね?」
「あはは、おもしろーい……造形の顔になりたいの?」
「お姉様のユーモアのセンスは大変素晴らしく耳に心地よいのでずっと聞いていたいのに時間という概念が僕の邪魔をするというわけでして、はい」
「よろしい」
あぶない。危うく東京が世紀末化するとこだった。首都が機能しないことで襲う未曾有のパニック、他国化する多県、影響を受ける貿易と外交、その危機を未然に防ぐ形となった。こうやって世界は何気なく救われるんだな。
「……なんか変なこと考えてない?」
「世界平和を」
「それは考えが二週して変だわ」
トン、と飲み終えたカップをトレーに置いたのを機に、姉がキョロキョロと周りを見渡す。姉と目があった周囲が赤に染まる。
目で殺すってやつかな?
「うーん、なんか人目がすごいわね? でも個室はダメになっちゃったし。やっぱスカート短すぎ? でもこのぐらいの丈の子なんて他にもいたよねぇ」
「痴女だな」
右向け右っ!
左頬に謎のインパクトを受けたので強制的に視界が右に。やだ下位現象(人類の半分に襲いかかる不思議現象)。顔を戻すと平然とした姉が財布をがさごそやっていた。ははーん、小銭を指に挟んで攻撃力を上げる気だな? そうはさせない!
「姉ちゃん、お代は俺が持つから」
「知ってる。ていうか、支払いは終わってるでしょ」
逃げるしかないね。
腰を浮かそうとする俺の機先を制して姉がテーブルに何かを置く。
長方形の紙だ。
短冊のようなそれには中学生が好みそうな文字が。姉が病気だ。やった。
「あ、凄いわこれ。半信半疑だったけど。もう二、三枚欲しいかも」
霊感商法につかまってるんだろうか。そのキョロキョロ度が不審さに輪をかけている。
……あれ。なんだろうこのボッチ感。
ふと姉の視線を追うと、先程までの熱狂ぶりはなんだったのかというほどの雑踏感が場を満たしている。まるで、
「教室の俺の注目度のよう……?!」
「……安心していいのか、泣くべきなのか……今後のあんたとの付き合い方を考えちゃうわ……」
あれ? どうしたの姉さん。頭抱えちゃって。疲れてるんじゃないかな? 今日のところは帰ったらいいんじゃないかな?
「……あー、これで安心して話が出来るから。この……符? ってやつで、なんか周りからの興味を無くすやらなんやら……とにかくナイショ話出来るってやつなのよ」
「病気か?」
そんな頭で大丈夫か?
「ちっがうわよ! だいたいあんたもそんな家の出じゃないの!」
「父はサラリーマン、母はオーエルです」
「知ってるわよ! あたしもおんなじ両親いるから!」
「同じ良心だと? そんな事実は認められない」
キリッと答えたところ、何故か姉は口をパクパク。なんだろう。鯉かな?
「あ、あんた……い、や、そんなことないわ。どうせいつもみたいに馬鹿なこと考えてんでしょ? そうよそうに決まってんだからもうこいつはいつもいつもいつもあたしがどんだけ大体四年も暮らしてたら……」
なるほど。一人でナイショ話ですね? 俺、いる?
姉のブツブツを聞き流しつつ芋の成れの果てをパクパク。液状トマトにつけるて頂く。魚の死骸を残虐にも磨り潰して固めた後に高温で煮えたぎる油につけた物を挟んだパンを噛みちぎる。じゅーしー。こんな酷い行為を誰が……そういえば古来より家事は女性に求められることが多いなぁ。家事、料理、女性。ピーン。
少し顔を赤くしている姉がチラチラとこちらを見てくる。ここはこう。
アップルパイを半分に割って渡す。ズズズ。
「ちっがうわよ!」
「全部ですよねー」
「そうじゃないわよ!」
立ち上がって興奮していた姉は、「……もういい」と不貞腐れながら着席。アップルパイに手を伸ばす。やはり甘い物だったか。自分の頭脳が怖い。
着々と進む食事。もう終盤。俺、この食事が終わったら実家に帰って恋人(布団)を抱き締めるんだ。
流石に点呼に間に合わないと連絡が来る。姉もそれを望みはしまい。解散の気配……。
「さてと」
! きた!
「じゃあ真面目に話を……な、なによその顔……」
「別に」
ただ物凄くショックなだけ。
「はあ、……あんたが相変わらず過ぎて、安心していいやら、心配した方がいいやら……わっかんないわ」
放っておいてくれる? それがモアベター。ていうか家内安全?
切り替えるためにか、額を揉みほぐしていた姉の手がそこから離れると、真剣な眼差しが俺を射ぬいた。
「あんたに話しておくわ。もし――――
恋かな?




