めんどくざかりといつものこと
具現化した終わり(姉)が何を血迷ったか俺に突っ込んでくる。やはり助けたのは不味かったか……。恐らくは強者(女)としての矜持があったんだろう。余計なことを! 的な?
トラックが突っ込んでくるような威圧感。失礼。トラックに。
現代を生きる男の子は転生脳。こんな場合、小動物や女の子の身代わりに体を躍らせるところだが。姉を持つ優れた弟の生存本能。ぶっちゃけ小動物や女の子ぐらいなら生け贄に捧げちゃう。ライオンだよライオン。百獣の王じゃなく歌姫的な方で。
本能と煩悩には頷くのが正しい男子高校生の在り方。頭に流れる歌詞に沿って躊躇なくバックステップを踏む。俺的に宇宙バージョンシンデレラよりピンクの髪が好みだ。
距離を縮められることに危機感を覚えたのか、合図もなしに一斉に近未来的なレーザーガンを発射するオーディエンス。その位置取りは互いが射線に入らない訓練されたもの。
視線とタイミング、肩の入れ方から指先の微細な震えで射線を読む。一般的な捉え方だ。霊界探偵の自称ライバルも言ってた。
ヒョイヒョイヒョヒョイ(効果音です。お気になさらず)。
しかし俺の体で視線を遮られているクソ化け物はよけられまい!
チラリと背後を見る。
ノイズのようにぶれた姉の体を光線が貫通し……背後の壁やら床やらに穴があく。姉無傷。残像とか言えば解決するとか思ってんだろうか? 人類の定義を定めて欲しい。
オーディエンスの纏め役なのかギャルソンが銃を捨てながら叫ぶ。
「くっ、化け物めっ!」
頷く。あいつあれで人間のつもりなんだぜ? 困るよな。
意思の疎通が見られたところで同士に近づく。心が通い会えば友達。ガキ大将的な発言だと心の友達。
チラリ背後を再び見やる。少し距離が縮まってるね。よし。
逝け友達。
ああ?! 友達!
秒も掛からず空を舞った友。エア友達。君の勇姿は忘れない。名前は……仮に1号としよう。
さて2号(仮)。
友達(羊)が密集している所に飛び込んだ俺。必然的に一人押し出されるのは仕方ないことだ。背中を押したのは友情だ。友達の背中を押すのは当然。やましいことなんてなにもな、ああ2号?!
文字通り玉砕する彼ら。近づくだけでこれなら、姉に告白とかしたやつらは半端ねえ。勇者だよ。
俺に押されたいのか、羊の群れが刃物片手に殺到だ。ジークンドーよろしく人の隙間を縫って奥へ。姉は人混みもダメ(人がゴミに見えてくるらしい)なのでこれで撒けるはず。
この状況こそ肉壁。ふはは! 近寄れまい。
「邪魔なんだけど」
ぶわっと。
姉の手が霞んだと思えば、人がダース単位で空を舞っていた。フリーになった空間で姉と視線がごっつんこ。勿論、さっきの擬音は俺の汗の発生音だ。全くこの姉は……人を、人をなんだと思ってるんだ! みんな、みんな逃げてえ!
どこぞの主人公よろしく背中を突き飛ばして姉から距離をとらせようとしているのに、『ここは任せろ!』と背中で語って姉へと躍りかかっていく友達。彼等の心を買おう。振り返らずに出口へ向かう。
振るわれる凶(強)腕に吹き飛ばされる犠牲者。飛ばす方向を意識しだしたのかこちらに飛んでくる。ヒョイとかわした犠牲者が地面に激突。ひどい! なんてことするんだ?!
「どこにいくのよ?」
言葉と共に優雅に踵を打ち鳴らす魔王。打ち鳴らした場所を起点に放射状に入る罅。かと思いきや、どうなっているのか隆起した地面が襲ってくるではありませんか。足下は土じゃないのにな。出てくるお話を間違ってませんか?
こんなに追いかけられて怖い存在なんて女性とどっかの大佐ぐらいしかないよ。市(死)が間近にある姉が最強。
どういう原理なのか飛び込んでくる岩塊を身近な者を盾にして防ぐ。咄嗟だったから。何を掴んだのなんかわからなかったから。
死屍累々となってきた半地下の空間だというのに、姉は歩みを止めずに詰めよってくる。ちぃ! 空気読めよな! 人でなしめっ!
盾を打ち捨てて再び光(出口)に向かって走る。あの列車に乗っていこう。乗り遅れたけどまだオケ?
光線と刃物が飛び交う安全圏を、人が飛び交う危険域(姉)が削っていく。もはや一刻の猶予もない。一刻って結構余裕あるよね。秒刻みの現代人スケジュールから考えると昔の人のルーズなこと。
足を引っ掛け、服を掴んで引き倒し、背中を砕いてマキビシ(生けに……生け贄)をまく。先程から倒れている者は足蹴にしないところを見るに……靴を汚したくないのだろう。
観察眼に定評のある俺だ。そこに間違いはないだろう。日々学校で鍛えてるからね。いつのまにか忍び化してる自分。うちの高校の里率がやべえ。
しかし今は感謝しておこう。ああ……光だ……。
金属製の扉が見えた。鍵が掛かってるというか、ドアノブが無いようだが、古来式のやり方でいけるだろう。なんかガチャガチャしてたら開くに決まってる。お約束(法)。
勢いのままに最後の一踏みを踏み出した俺は、古流剣術の奥義並みに気合いが入っていたお陰か、背後から迫る危険にギリギリで気づいた。第六感? なんか泣きながら笑っててつかえない。
咄嗟に飛ぶ方向を変えた俺を掠めてテーブルが豪速球。俺自身何を言っているのか(以下略)。
形容しがたい音が響く。
金属製の扉だ。
テーブルは木製。
しかし何故か扉の半ばまで突き刺さっているテーブル。
「………………」
はっ。五行的におかしい?!
見開いた瞳を染めるように、姉が視界を覆う。
頭上を飛び越した姉は、その流れるような黒髪とスリットの入ったスカートをたなびかせながら、捻りを入れて音もなく扉の前に着地する。バッチリ合った瞳が物語っている。家族を失う悲しみと憂いを。
お前がやるんですけど?!
このまま終わってなるものか!
踵でバレルを踏み抜いて、テコの原理で銃を浮かす。クルクルと回りながら跳ね上がった銃を逆手にキャッチ。
「この距離なら!」
と信じたい。
小指でトリガー。閻魔によろしく!
カシュー
……。
「……」
「……」
……トリガー、カシュー。トリガー、カシュー。トリガー、カシュー。トリガー、カシュー。トリガー、カシュー。トリガー、カシュー。ト、カシュー。速!
「……う、うわああああああああああああああああああああああああ?!」
狂ったようにトリガーを連打する俺とは対称的に、姉は静かに歩を進める。お空キレイ状況。
姉の額が、ゆっくりと銃口に押し付けられて、ようやく連打を止める。
「話し合いませんか?」
暴力は何も生まない。
「あとでね」
あとかぁー。原型が残るんだろうか。
安部氏
状況説明。死屍累々の半地下でボロボロの状態のまま正座。精神科じゃない医者なら大歓迎。
「それで?」
「この際歯科医でもいいかなと」
顔もぶくぶくですし。
「……殴り過ぎちゃったかな? 違うでしょ。旅行中は?」
「えー、『勘違いしない。異性と二人きりにならない。はしゃがない。高校生の範疇で行動します』」
「それから?」
「『休みの日は姉の買い物に付き合い。食事をおごり。楽しめる場所へ連れていきます。また、テレビのチャンネル権と風呂上がりの突発的にアイスを食べたくなったときは、譲ること』あと、なんだ、あー『交友関係は隠さない』ことを誓います」
「あたしの頼みは進んで聞くのよ」
「当然です」
聞くだけなら。
「……あんまり女の子に馴れ馴れしくしちゃだめよ?」
「当然です」
怖いから。
「家族は仲良く」
「当然です」
争いは何も生まない。
「……あんた、もしかしてあたしのこと嫌い?」
「当然です」
持ち上がる視界とコメカミの痛みが同期。いや動悸。ドキドキしたいとか宣う十代とか信じられないよね。
アンアンクローの指の隙間から見える美女は、確かに心拍数上がる系です。
「気のせいかしら? 返事は、はい(イエス)お姉さま(アイマム?)か、はい喜んでしか許してなかったはずだけど?」
言う通りにしているのに? 理不尽(姉)。
しかし自分で喋っていてその不備に気づいたのか、もう片方の手を口元にあててシンキング。こくこく頷くと顔を上げた。
「あたしのこと……好きよね?」
「当然です」
ドサッと下ろされる荷物。ちなみに持ち上げられている時も今も正座だ。だって足を崩したらあんたも崩すとか言うんだもの。
何を考えているのか後ろを向いてしまった姉の表情は見えない。見えるのはオーラ。ゴゴゴゴって言ってる。俺が口で。
「………………………………なによその効果音。怒るわよ」
これ以上だと?!
軽く溜め息と大気の吸い上げを繰り返した姉がようやく振り向く。顔がやや赤いな。息の吐き出し過ぎですね。
「あーもー、予定狂っちゃったじゃない。どうしようか?」
「……なんか呼ばれてんだろ? 爺に。早く行った方がよくない?」
「ああ、それ明日だから」
何故今日。いやいやグッと我慢だ。落ち着けよ。女子の行動にいちいち理由を求めてもしょうがないだろ? 綺麗だったからって桜の木を持って帰って庭で旦那と花見としゃれこむ主婦もいるんだし。シャレじゃなく。
「なんか……半端に食べたからお腹減ったわね? ねえ、なんか奢ってよ。ここの支払いはいいみたいだから食事代浮いたでしょ」
払いが自分だったという驚愕の事実。今日一来ました。そして、ははっ。お腹が減ったのは運動したからじゃない?
どこからか無事だった椅子を持って来て横座りする姉。正座する犬。リアル家庭内カーストが幻視させられる光景だ……。いや直視できるよ。
「どこ食べいこっか?」
なんとなしに振られた言葉。しかしこれが千載一遇のチャーンス!
考えろ、考えるんだ!
姉が納得しつつもリーズナブルで俺の懐と肉体へのダメージを最小限(喰らわないとは言えない)にするお店を、ってなんだよその店神かなにかかよ無理だし無謀だしもうめんどくさいし今日一日の密度がクラウドにも収まりきれない俺のキャパ超えだよ完全に神様の瞳でもサーセンだよ。
「……マックで、よくね?」
ふいっと下げられた瞳を正面から見返している俺は、どんな表情なんだろう。
とりあえずキリリとした表情で見つめ返しておこう。「なに食べるー?」「なんでもいいよー」という質問に「じゃあコンビニで」と返す俺にしては頑張ってるから。