めんどくさがりのフレンチ
俺の学校の制服はブレザー。赤いネクタイに制服を装備すればドレスコードを突破できる代物。有名デザイナーの仕事だそうで。
余計なことしやがって。
部活の帰りにお好み焼き屋に寄って臭いがつくような布地を、勇者の装備レベルにランクアップしてどうするんだよ?!
こうするんだね。
姉(という名の十三階段)に連れられてやってきたのは、姉の知り合いから聞いたフレンチレストラン。バルだかカフェだかじゃなくリストランテだそうで。日本語で頼むよ君。
扉の左右に仁王像のように立っている能面スーツ。彼らを突破するためにブレザーを仕立てたのだろう。マジかデザイナー。姉にはノーリアクションだったのに俺が隣を通り過ぎた時にピクリとしたんだが。デザイナー?
余人を排した空間(個室)に案内され、椅子に薦められるがままに座る。インテリアは明るく、白を基調に室内を飾り付けている。
ただし窓はない。
空調が効いているのか適温で、料理は注文してないのに適宜出てくるとのこと。
閉められるドアを笑顔で見送る。扉も俺もガチガチ。
対面には水を口に含む魔王様。ご機嫌。
ゲームですらラスボスにはパーティーで挑み、数の大切さを教えてくれるというのに……。どんなに数を揃えても無駄だからって一人を犠牲にするやり方なんて、俺は認めない、認めないんだから?!
「食べないの?」
「あ、はい」
圧倒的な「あ、はい」である。日本人で間違いない。
皿に盛られているのは前菜。前座の野菜。
つまり草ですね。
個室に連れ込まれたかと思えば、草を食うことを強要するなんて……くっ、こんな家庭内暴力には負けない! 超うまいなこれ。シェフを呼べ。
もち値段について断固抗議だ。皿洗いで勘弁していただくのが古からの習わし。
食べないの? って、むしろ無銭な俺が食べていいのか聞くべきだってよ。草をモシャモシャ食べてもいいのんな? ってね。
「ようやく落ち着いたことだし、ちゃんと説明しとかないとね」
野菜を選り分けていた手を止めて姉の顔が真剣見を帯びる。手にはナイフ。やだ怖い。
説明というのはアレだろうか……。自分たちが死ぬる理由をキチンと教えてあげときたいとかいう一流の殺し屋みたいなことだろうか。マジ怖い。
「……命乞いをしても?」
キリッ。しかし足は映さないであげてである。
「…………あのね、あんたあたしをなんだと思ってんのよ……」
クリーチャー。
命乞いをしているというのに額に青筋を浮かべる理不尽さん。しかしよくお似合いで。
怒りを吐き出すかのように姉がふぅーっと息を吐く。障気ですね。分かります。
障気濃度が高くなる密室で、俺はいつまで生きていられるだろうか……。
高まる二酸化炭素による温暖化を心配していると、姉が再びフォークとナイフを動かし始める。おっと、勘違いしないであげて。手刀によるナァイフッ! フォオオオック! ではない。
銀食器の方だ。
お目当ては吸血鬼だろう。
「……まあ、時間はあるしね。食事の後でもいいか」
狩りにでもいくのかな? さすが姉さん。吸血鬼を狩るなら夜というわけだね? うじゃうじゃ出てくるもんね。
なんらかの肉と細切りにしたチーズをキャベツの上に乗せ、丁寧に口にする様はどこぞのお嬢様のようだ。
ちなみに食事が終われば、俺は帰る。言うまでもないよね? 大丈夫。時間があるのは姉であって俺じゃないのだから。大丈夫。
無言でムシャムシャとムシャる。たまに口から光を放つが、美味い物を食べた時の人間の反応としたら、大丈夫? である。
ゆったりとした空間を演出するためか、個室の中にはどこからか音楽が流れてくる。スピーカーのようなものはないのに。しかし気をつけねばなるまい。途中からワーグナーになったら超逃げよう。目の前の奴が怪しいからな。世界の半分を敵にしても勝てる系(姉)だ。いくら食事処でも、とばっちりを食うとか……。勘弁。
食器が鳴らすカチャカチャという音とBGMに足音を紛れこませて、ウェイターがごく自然に入ってくる。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
クロッシュを被せたカートを押すメイドさんも一緒だ。わかってるな。
しかし何が気にいらないのか、姉は眉を寄せては不機嫌さを醸し出してきた。
手早く空になった皿を片付けるメイドを姉が睨む。
「どういうつもり?」
メイドのつもりだろう。バカなのかな?
俺と同意見なのか無言でクロッシュを上げるメイドさん。
中には黒光りする拳銃と立てられた弾が一発。これでも喰らえということだろうか? 斬新。
京都ではお茶漬けを出されるのが帰れという合図らしい。それの国際版で間違いない。京都の食卓にお茶漬けが出せないことを考えると合理的だな銃社会。
原因は目の前の人類では到達できない高い壁(姉)だろうとチラリと目を向けて、気づく。
ウェイターが一瞬前までは確かに持っていたワインが、何故かバレルの長い銃に変わり、銃口を姉に向けようとしていることに。
恐らくは俺の斜め後ろでも似たようなことになっているのだろう。
しかし俺はそれどころではなかった。
家族のピンチに反射的に体が動く。最初から全開。備えつけのテーブルをベリッと剥がしてメイドの方に投げつける。銃口の動きがやけにゆっくりとして見える。姉の驚いた表情。同時に踏み出した脚は一歩目から最高速度。タイミングはギリギリ。僅かでも早くと手を伸ばす。トラックに跳ねられんとする子供を助けるような状況だ。
大義名分は完璧。くたばれぇ!
胸の間、心臓の真上に掌底が入ったのは偶然だ。だって咄嗟のことだもの。偶然。
衝撃を浸透させ突き飛ばす刹那。姉と目が合う。
ひどくシラーっとしていた。
馬鹿な(良かったよ)?! 化け者かよ(
意外と平気そうで)!
轟音と共に壁が破壊される音が響く。銃口がピタリと俺の額に合う。
しかしそれどころじゃない。
ヂュインッという音と吐き出された弾が赤い火線を跡にして飛ぶ。
顔と体を僅かに傾け、真横と斜め後ろから飛んできた弾を避ける。姉の空けた穴の横の方に着弾。ちぃ! 弾の大きさに比例せず拳大の穴がほぐ。
外れた時の予定があったのか距離をとって周りを囲むメイドにウェイター。料理の追加は来なかったのに人員の追加は早い。
ありがたい。肉盾ですね?
料理人(姉)が立ち上がる。呼んだのはシェフですと言って断れるかな?
立ち上がった姉は、瞳を俺から逸らさずに首をクニクニと回し、ロングスカートをビリビリと破き出した。
汗が吹き出す。
や、やべぇ。ガチな時だ。
俺を追いかける時に服装が汚れるのを嫌う姉は、川やら沼やらに飛び込むと諦めてくれる。じゃなきゃ命のストックが何万となきゃやってられないよ。しかしこればかりは許せないという時は服どころか周りの被害なんかもお構い無しに追ってくる。壁? 邪魔。ビル? 邪魔。みたいな。
そんな時は早々に諦める(今生を)。が、流石にストッパーである母さんが出てきて止めてくれるのだが……。
ここ東京、僕弱者。
蹂躙しか見えないよ。
「ね、姉ちゃん、良かった。危なかったね……」
ここは身を呈したアピールだ。それで押すんだ……!
姉は聞いているのかいないのか返事がない。しかし視線は逸らさない。負けそう。手首をプラプラと準備運動まで始められてしまった。そうだね。周りの対応だよね?
どういうことなのか、姉が手を軽く振るうだけで空気が切り裂かれ周りの壁に線が走る。不思議。
……不思議。
外野がなにか言っているがよく聞こえない。それより姉の一挙一動に注目しなければ。母さんはどうやって姉を宥めてたっけ? 九割方鉄拳だったが、稀に言葉による説得もしてたはず。欠片の興味も湧かなかったからなぁ。
いや待てよ。
まるで主人公のようにその身を助けた俺に、姉は怒りを覚えているのだろうか?
ピンときた。
きっと周りを囲んでいる連中を警戒してるんだ。間違いない。例えその視線が俺から外れなくても、心配してるとか、視界に入れてないと不安とか、なんかこうフワッとした理由があるんだよ! そう信じてる。
「死ね」
うん。信じてた。
酷く冷たく響く声を姉が発したのを皮切りに、状況が動き出した。
修学旅行名物、頭投げってやつだろうか。投げ手、女子。投げられて男子。なんちゃって。泣きそう。




